其之百壱話 真真(まことまことし)月下の刀 五之話
「お母さんッ!」
一縷は、一目散に岩片の下敷きになった母親の元へ走った。しかしすぐさま目の前に謎の妖者が降り立ち、行く手を阻んだ。その妖者は、真っ白い纏、顔には猫の面。そして妖者は、面越しに一縷をじっと見つめた。
「お前ッ!!……誰だ?! 何故お母さんに酷い事するっ?!」
「別に理由はない……ただ……刀を奪うのに邪魔だっただけ。貴方も邪魔をするのなら……容赦はしない」
「くっ……お前に……妖者になんかに刀は絶対渡さないっ緋ぃぃ! 纏ッ! 爆疾焔炎斬っ!!」
疾風のごとき火焔の太刀筋が妖者を捉える。
「其処をどけぇぇッ!!!」
しかし『カキィィィィン!』と甲高い音を伴い、妖者の持つ細い棒の様な刀に火焔ごと難なくはじき返された。
「ちっ……」
一縷は、後退りしながら透かさず剣を鞘に戻し、抜刀の構えを取った、そして剱を抜刀し振り出すと、燃え盛る刃身から無数の火焔弾が放たれた。
「緋燕! 火焔舞ッ!!」
放たれた無数の火焔弾が、焔を纏った燕に変化し妖者に向かって加速しながら取り囲むように突っ込んでいく。
しかし妖者は、迫りくる火焔燕に慌てる様子もなく刀を一旦鞘に納めると抜刀の構えを取った。そして……
『シャッシャッシャシャシャシシシシャシャッシャッ!!』
抜刀したと同時に、全ての火焔燕を一瞬で斬り消してしまった。
「これで終わり? じゃぁ……」を捻りお蹴りすると
『ドォオンッ!!』
妖者が地面を思いきり蹴り、一瞬で一縷の間合いに入ってきた! その余りの速さに反応が遅れる一縷、剱で受けようにも構えが間に合わない!
『ガギッッッ!!』
その、時目の前に現れたのは、母親の舞。妖者の太刀を剣を立てて受け止めていた。
『ギッギギギッギリッギギギリッ……』
鉅と鉅が激しく擦れ合う音が耳に衝く。だが舞の後姿は、弱弱しい、やはりさっきの一撃で相当のダメージを受けているようだった。それでも舞は、妖者の刀を力づくで振り払った。妖者はひらりと後方へ飛び刀を鞘に戻した。
「お母……さん、怪我……血が出てる……大丈夫なの……」
見ると舞の左肩から大量の血が地面に滴り落ちていた。その光景に半べそをかき、平常心を失いつつある一縷に妖者に剣を指し示し睨みつけながら舞が激を飛ばす。
「一縷っ!! 目の前にいる妖者に集中しなさいッ!! そんな事では、二人ともやられてしまう、そんなんじゃ駄目っ!!」
『はっ!』と我に返り火焔の剱を両手で持ち直し構える一縷。妖者は、腰を落とし抜刀の構えを取りながら言い放つ。
「出来るお前は……そいつの母親か……。ならば……そちらから先に片付けるとしようか……」
『ドォオンッ!!』
同じように突っ込んでくる妖者、舞は右手のみで応戦する。
『ガギッ』と一の太刀を受け流す!
『カキィン!』と二の太刀は、力ずくで振り払う、しかし!
『ドゴッ!』三の太刀は、懐深く踏み込まれ、鳩尾を抉る様に突いてきた!
「がはっ?!」
舞の身体がくの字に折れ曲がる、そこへ容赦なく蹴りが入ると舞の身体は、岩肌を激しく転げ回り、岩壁に激突して止まった。ぐったりと横たわる舞、一縷は妖者に背を向け母親の元へ向かおうとした、しかし……
「闘いの途中で私に背を向けるとは……貴方、余程死にたいらしいわね……」
背後から妖者の声が聞こえたと同時に『ガツッ!』っと頭を鷲掴みにされそのまま後方へ放り投られた。
「そんなんじゃ……誰も助けられないし……何も守れない……。娘、そこで母親が死ぬのを見てなさい……」
「お母……さん……」
涙を流しながら、そう呟いた一縷の脳裏には、あの時の事が走馬灯のように浮かんできた。
『嫌……嫌よ………お母さん………一緒に…一緒に逃げよう………お母さん………』
『一縷………貴方は、私達の…希望の光………希望の…一縷………生きて…私達の分まで………』
『この力で皆を悪い奴から助けて幸せにするんだっ! そして……そしてお母さんを守るッ! 絶対守って見せるッ! もう……あんな悲しい思いは……したくないから……お母……さん……』
そして最後に浮かび思い出されたのは、自分を庇い息絶えていく母親の姿。
「守るって言ったのに……私……お母さんを絶対守るって、約束したのに……あんな悲しい思いは……したくないって……言ったのに……お母……さん……お母さん」
(おおおい……ちょっと……ここ、これは!)
(まさ……か? まさか?! まぁぁぁさかぁぁぁぁ!!)
オジイ達が慌てふためき、一縷の身体からどす黒い惡気が立ち上り始める。
(いかん、いかんぞっ!!このままでは五珠の力が裏返る、惡氣の力にひっくり返るッ!!)
(舞美の二の舞じゃ!!こりゃ一縷しっかりしろっ、正気を保つのじゃ!!)
(やはりこの娘には、五珠の力は早すぎたのかっ?! 駄目だっ裏の力が目覚めるッ!!)
一縷の右腕の五珠と纏の色が黒く染まり始め、火焔の剱からは黒焔がユラユラと立ち上る。東城舞美は、蛇鬼の卑劣な策略に陥り、暗黒の氣を纏い邪悪な鬼になりかけた。それと同じように一縷は、暗黒の氣に包まれ邪悪な妖者になった……かに思われた。
「私はっ!! お母さんを絶対守るって約束したんだッ!! お前なんかに絶対絶対負けないぃぃぃ!!たぁぁぁぁぁっっっ!!」
一瞬、ほんの一瞬で妖者の目の前に移動した一縷、火焔の剱を振りかぶり斬りかかるっ! 余りの速さに虚を突かれた妖者は、横っ飛びで躱す。
「逃がすかぁぁぁぁ!!」
すかさず一縷も追いながら火焔の剱を鞘に戻し、平野藤四郎を抜いたと同時に櫻嘩の纏を纏った、その纏の表は漆黒だが裏は櫻色、一縷を囲むように舞い散る花びらも表裏が同じ様に色づきとても美しい。
逃げる妖者を執拗に追う一縷。その速さは妖者と互角、いやそれ以上かもしれない、そう思わせるほどの動きを見せていた。
「お母さんを酷い目に合わせたお前は、絶対に逃がさないっ! 今っここでぇぇぇ私がっ祓うっ!! おおおおお櫻嘩ぁぁぁぁぁ乱舞ッ!」
一縷の動きがここから更に速まり、その身体が五つに分身し、妖者に斬りかかるっ!
(その動きから更に速く動けるなんて……やっぱりこの子………………しかし!……)
「消えてなくなれぇぇぇクソ妖者ぁぁぁ!!」
絶叫しながら斬りかかったと同時に妖者の姿が目の前から『スッ』と消え去った。姿を完全に見失いキョロキョロすると、妖者は、月下の刀が付き立った岩塊の上に立っていた。そして妖者は、ゆっくりと月下の刀へ手を伸ばした。勿論、惡しき者は、清い力の源である月下の刀を触るどころか近づく事さえ儘ならない……はずだった。しかしその妖者は、刀のすぐ傍に立ち、有ろう事かその柄を握ろうとしている。
「惡しき者が月下の刀を……手に取った?! そんな……そんな事って……」
岩塊から刀を抜いた悪しき者の身体が眩く輝きだす。そしてその輝きの中から現れた、その姿は…………。
つづく……
正体ばれてますか? うぅぅぅん……難しいなぁぁもう少し面白く書けたらいいなぁと思う今日この頃。
真真月下の刀編、もう少しお付き合いくださいね。