其之百話 真真(まことまことし)月下の刀 四之話
岩塊山が視界に入ってきた。辺りは闇の中、余りの闇夜に一縷たちの目にも山肌がどうなっているのかはっきりとは見る事が出来ない。
「本当の闇よね、何も見えない……」
そう呟いていると、山肌が『ざわざわ……』と蠢いた次の瞬間!
『ヒュンヒュン! ヒュッヒヒヒュンヒュン! ヒュッヒュッヒュヒュッヒュッン!』
行く箇所から無数の風切音が一縷達を取り囲むように聞こえてきた。其れにいち早く反応した一縷は。直ぐ様拍を打つ。
「翠纏!」
瞬で纏うは、緑珠の纏。両手に碧色に光る短刀を持ち、迫りくる何かを次々に斬り捨てる。
『シュパッ! シュパッ! シュッシュッシュパッ! シュッシシシシュッパッ!』
一縷は、背中合わせとなった舞に問う。
「お母さん、これ何?!」
「これは、呪木です。かつて洞窟に入ろうとする者を阻む為、悪しき者が仕掛けた罠、呪木。これに巻かれるとあっという間に命が吸われてしまうから気をつけて!」
「じ、じゃあ洞窟に入る為には此奴をどうにかしないといけないと言う事ぉ?! くっそぉぉ、面倒くさい!」
そう言いつつ両手の短刀を頭上に放り投げ再び拍を打った。
「緋纏!」
次に纏うは、火焔の纏。そして腰には火焔の剱、その鞘の隙間からは、真っ赤な焔が溢れ出ていた。
「此奴等、全て焼き尽くしてやるっ!」
そう言いつつ火焔の剱を抜き、脇構えでかまえる。
『ボッボボッバァァァン!!」
剱から噴出する焔が爆音と共にさらに激しく燃え広がる。そして一縷は、山肌めがけて剱を一気に振り抜いた!
「焔燕極爆斬!!」
巨大な火焔鳥が山肌を沿うように飛ぶ。そして灼熱の焔が生い茂る呪木を全て根元から焼き尽くし、一瞬で灰と化した。
「どうだぁぁぁ!!」
意気揚々と叫ぶ一縷だったが……燃やし尽くした灰の下から呪木の新芽が生え茂り急激に成長していく。
「何これ? これじゃきりが無いじゃない……」
茫然とする一縷。しかし其処で山影から満月が顔を覗かせ、その満月の光が山肌をを照らし始めた。すると全ての呪木が嗄れ、根元から見る見る枯れ始めた。
「あっ、忘れてた。呪木は、満月の光が当たると枯れるんだった。ごめんごめん……」
「ごめんじゃないよぉぉ、そう言う事は、忘れないで下さいよぉ、お母さん!」
そして呪木が消え去った山肌の崖に、ぽっかりと開いた洞窟への入り口が現れた。
「ここが洞窟への入り口……お母さん……月下の刀がここに?」
一縷が問うと舞は、静かに頷いた。そして後ろに佇む野弧の方へ体を向け、顔を見ながら問いかけた。
「野弧、聞きたかったんだけど、あんたここまで付いてきて何をするつもりなの? まさか月下の刀を横取りするつもりじゃないでしょうねっ?!」
その問いに野弧は、鼻で笑いながら、答えた。
「ふふっ……そんなつもりは毛頭ないわ。ただ……この目で月下の刀を見たいだけ……あの蛇鬼を祓った刀が、本当にあるのかどうかを……この目で見たいだけよ」
「ふぅぅぅん……」
気のせいか、少し淋しげな表情を見せながら野弧は語った。
「じゃあ行くよ……」
一縷を先頭に洞窟へ入って行く。入り口は人が一人通れる位の狭い穴だった。それを暫く進んでいくと突然目の前が開け広大な空間が現れた。そして……ここは且つて東城舞美と嫗千里乃守が蛇鬼と壮絶な闘いを繰り広げた因縁の場所でもあった。
一縷は、暗闇の中、天井から落ちる一筋の光が、大きな岩塊の上を照らしているのに気が付いた。そこは異様な氣が漂う洞窟の端の方……入り口から離れていたのでそれが何の光かわからなかった。
唯、光が落ちている岩塊の上に何かがあっそれが光を鏡の様に反射し、眩しい輝きを広く散らしている。
「あの光は何?……」
一縷達は、その岩塊へ歩み寄って行った。
岩塊に近ずくにつれ、その光の正体が分かってきた。……それは、遥か天井にある岩の隙間から差し込む月の光……そして月光の先には……その光を吸収する様に、刀身から妖しく蒼白い光を放つ刀が、岩塊に深々と突き立っていた。そして岩塊の傍まで来ると……
「あれが、月下の刀よ……」
舞が呟きながら跳び上がり岩塊の上に『ひらり』と舞い立った。
「月下の刀……これが?……」
「そう……これが幾多の妖者を祓い斬った……鬼の力が宿る妖刀。そして東城舞美、青井優の愛刀でもあった月下の刀」
刀を見つめ、懐かしそうに語る舞、その舞に一縷が問う。
「でも、月下の刀は、折れた半分しか残ってなかったんでしょ?」
「そう……その月下の刀を私達がこの場所に返した……と言っていいのかな?……何故なら月下の刀は、この洞窟のこの場所で、最恐最悪の鬼、蛇鬼の片割れ、青鬼が身を挺して作った物なの」
「青鬼が?……身を挺して?」
「そう……とても悲しい話なんだけどね……。愛する人の為に、青鬼……自らの命と引き換えにこの刀を作ったの……。月下の刀は、その名の通り満月の光によって鍛え上げられた刀、私達は、秘密裏に折れた刀をこの場所に返し、復活させた……いつか来るであろう妖者との戦いの為に。そしてこれは真真月下の刀として生まれ変わるの、一縷の手によってね!」
舞は、一縷を見つめ……
「さぁ、一縷。この刀を……真真月下の刀をその手に取りなさい!」
満面の笑みを浮かべながら手を差し伸べた。しかし一陣の風が一縷の横を駆け抜けると共に、何処からともなく舞の背後に何者かが降り立った。
「……この刀は、私が貰う……」
『ドドッガッドッ!!』
そう言うと同時に、舞を右足で軽く蹴り飛ばした。
『ドォォォォンッ!! ガゴッガゴゴゴォォン!!』
それは軽い蹴りに見えた。しかし舞は凄まじい勢いで洞窟の壁に叩きつけられ、力なく地面に落下し、その衝撃で岩盤が倒れ込む舞の上に崩れ落ちてきた。
「お母さんッ!!」
つづく……
月下の刀……二度目の復活……だから真真月下の刀……
記念すべき百話目。皆様に感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝!