其之玖拾㭭話 真真(まことまことし)月下の刀 三之話
「いちぃぃぃぃるさん! おっはよ!」
朝、下駄箱から教室へ向かって廊下を歩いていると後ろから声をかけてきたのは、野弧……では無く巫凛だった。
「あっ、お、おはよう御座います、凛先輩!」(凛先輩、朝から軽るっ!)
凛は、一縷の手を握り嬉しそうに話し始めた。
「あのね! 私昨日一縷さんの道場に遊びに行った夢を見たんだ! 其処には、師範もいらっしゃって三人で楽しくお喋りしてね!」
「は、はぁ……」
(楽しくお喋りだなんて……お母さんから本気で斬られようとしていたのに……)
「でも、何かおじいちゃんが何人か居たのかな? 物凄く賑やかで楽しかった夢! 懐かしかったなぁ……今度道場に遊びに行くから師範にも宜しく言っといてっ! じゃあね!!」
そう言いながら手を振りながら去っていった。その勢いに呆気にとられた一縷、首を傾げながら振り返ると其処にはいつの間にか蘭子が顔を赤らめ立っていた。そして、一縷に食って掛かった。
「もう! 何で巫先輩とそんなに仲が良いのっ?! 私を紹介してって何度も言ってるのにっ!! 一縷ったら酷いぃぃ!!」
「ごめんごめん!! 後ろにいるなんて全然気が付かなかった、今度必ず紹介するから……ねっ!許して!」
そう言いながら手を合わせて謝った。
「もう!絶対だからね!」
「はいはい!」
そうは言ったものの、自分の前に現れる時、それが野弧なのか凛なのか……予想がつかなかった。それにしても先日、野弧が言った台詞。
『私達と蘭子は同じ匂いがするしかもやばい位の……』
一縷はそれが気になって仕方がなかった。それがどういう事なのか『何れ分かる』とだけ告げた野弧。大切な友達を自分が巻き込んでしまったのかもしれないと一縷は、自責の念を感じていた。
【岩隗山】
そして、あれから三日経った満月の夜の丑の刻三つ。舞と一縷は、庭に出て目的地に向け飛び立とうとしていた。その目的地は、榊市の北東に位置する山、岩隗山。榊市は、都市の周りを高い山々に囲まれた街、その蓮峰の中で一際高い山が岩隗山であった。この山は、かつて東城舞美達が最恐最悪の鬼、蛇鬼と死闘を繰り広げた山である(第壱章 五珠の御魂と月下の刀 参照)
月下の半刀は、岩隗山の中腹にある洞窟に隠してあった。その洞窟の周りには何人たりとも足を踏み入れる事が出来ない程の強力な結界が張り巡らせてある。
「一縷、そういう事だから岩隗山が近づいてきたら警戒を怠らないで。それから洞窟に入ってからも何が起こるか分からない。月下の刀を手にするまで絶対に気を抜いちゃだめよっ!」
「う、うん分かった……」
(お母さん珍しく口調が硬いなぁ……緊張しているのかな?)
そう思いつつ飛び立とうとした時……
「ちょっと! 随分じゃない?! 私を置いて行こうとするなんて!」
野弧の声が聞こえてきた。その声と共に降りてきた野弧の容姿は、まっ白い袴に髪色は白銀、目は切れ長で腰には細く白い刀を帯刀していた。
(野弧の事すっかり忘れてた、くっそぉぉ早く行けばよかった! こいつ五月蠅いし鬱陶しいし……)
「ん? なんか言った? 一縷さん?」
「い、い、いいや、何も言ってないない!」
(くそっ地獄耳ならぬ狐耳……)
「よぉぉぉしっ、それでは月下の刀の所へ出発!!」
野弧の音頭と共に飛び立った三人、飛び立って暫くして一縷は、やはりどうしても気になったので前を行く野弧に問質した。
「ねぇ野弧、前に言ってた蘭子の事なんだけど……あれ……どういう事なの?」
その問いを聞いた野弧は、一瞬後ろを振り返り、逆に一縷に聞き返した。
「気になるの?」
「そ、そりゃ気になるよっ! 蘭子は友達だし親友なんだ! 何かあるのなら助けてあげたいし……」
「ふぅぅぅん……母親を殺そうとしたのに?」
「あ……あ、あれは彼奴に、猿面の妖者に操られていたから! だから……仕方が……なかったんだ……」
野弧は、その言葉を黙って聞いた後、前と同じ台詞を一縷に返した。
「何れ分かるわ……」
つづく……
短くてすみません……