おまけ 長野の観光地についての会話『姨捨』
駅で電車を待ちながら、雅と大輝は話をしていた。
雅は弾むように言った。
「あたし、姨捨駅に行くの初めて。楽しみ」
わくわくが抑えられない様子の雅へ愛おしむような視線を送りながら大輝は頷いた。
「そうだな。夜景百選の一つなんだろ?」
「うん」
「俺、知らなかったよ。物語とかで聞いたことがある姨捨山が長野県にあったなんて」
「姥捨て山の説話の事を言ってるなら、どうも違うらしいよ」
「え?違うの?」
「あたしも姨捨山って聞いて興味があったから調べたんだけど、姥捨て山の伝説らしきものは全国的にあるらしいのよね。しかも、そもそも史実ではなくて創作らしいのよ」
「じゃあ、なんで長野には実際に姨捨山があるの?」
「姨捨山って俗称よ。本当は冠着山って名前なの」
「でも俗称で姨捨山って呼ばれてるんなら、そんな伝説があったって事じゃないの?」
「それが、冠着山の姥捨てについての史実や説話に関する資料は全く無いのよ。じゃあなんで姨捨山なんて呼ばれてるの?ってなるじゃない?」
「うん」
「諸説あるみたいなんだけど、例えば一説によると、小長谷部氏っていう氏族が広く住んでた事から小長谷山、そこから小初瀬山、姨捨山って変わっていったんだって。面白いよね」
「へえ。ダジャレみたい」
「ダジャレと言うより空耳って感じよね」
「うん。――でも、おどろおどろしい場所じゃなくてよかったよ」
雅は笑った。
「おどろおどろしいどころか、平安の昔から景勝地として有名だったらしいわよ。棚田が有名って話はしたじゃない?」
「うん」
「特に水の張られた棚田に月が映る『田毎の月』が美しいって言われてるの。芭蕉や一茶が句を詠んだり、歌川広重が浮世絵に描いたりしてるのよ」
「へぇ~。そんなにメジャーだったんだ」
「棚田の向こうに鏡台山って見えるらしいんだけど、山から昇った月を鏡に見立てて、山は鏡をのせる台だから鏡台山なんだって。そんな名前を山に付けちゃうくらい日本を代表する月見の名所らしくて、鎌倉時代の歌人も『月の都』なんて詠ったらしいよ」
「へぇ~。でもさ。今日、月は出てないよ」
雅はハッとした。調子にのって調べて知った事を話しすぎてしまった。
「……そうでした。今日の目的は街の夜景でした」
「そんなに話すなんて、俺に月の季節にも来てほしいってこと?」
雅は気まずそうに答えた。
「いや、そういうわけでは……」
「田毎の月か……。たぶん田んぼに水が張られた直後ぐらいの時期がきれいなんだろうな。いつか雅と見れたらいいな」
「…………」
大輝と同じ気持ちもあるし、それを否定したい気持ちもある雅は、どんな顔をしていいのかわからず下を向いた。
まもなく姨捨駅方面へ向かう電車が駅のホームに入ってきた。
おまけ 長野の観光地についての会話『姨捨』
――終わり――
現在、執筆が遅れております。そのため、少しのあいだ投稿をお休みします。
なるべく早く再開できるよう進めてまいりますので、しばらくお待ちください。
次回はいよいよ茉莉花の真実が見えてきます。お楽しみに。




