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霊能力美少女の家 ―逝かせてあげる♡―  作者: 如月るん
第十一話 おじさまはコーヒーの香り
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その5 さよなら青春

 放課後、茉莉花たち三人は制服のままマンチカンの車で件の喫茶店に着いた。

 店に入ると、確かに「予約席」の札が立ててある一番奥の席に男性の霊が座っている。

 マンチカンはカウンター内のマスターと簡単に挨拶を交わしてから、茉莉花と二人で少し離れた空いている席に座った。雅は店のエプロンを付け、桜子を連れて奥の席へ向かった。


 雅は頭を下げてから、霊に向かって言った。


「おくつろぎ中のところ申し訳ありません。こちらご相席よろしいでしょうか?」


 霊はゆっくり雅を見て、それからゆっくり桜子を見て、そしてゆっくり頷いた。

 雅は深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」


 それから雅は桜子に霊の向かいの席を掌で示して言った。


「こちらのお席へどうぞ」


 桜子は頷いてから座った。

 雅は桜子にメニューを渡して言った。


「ご注文がお決まりになりましたらお申し付けください」


 雅は軽く頭を下げ、カウンター内に戻っていった。


 店内には数組の客がいたけれど、特に満席というわけではなかった。相席にする理由など本当は無いのだが、霊は別段気にする事もなかった。

 桜子は霊である元オーナーに向かって明るく言った。


「相席、ありがとうございます」


 元オーナーは顔を上げて桜子を見ると、口を開いた。


『あ…ああ…』


 桜子はさらに話した。


「ここへはよく来るんですか?」


『ん……?あ、ああ…』


「わたしはすごく久しぶりに来たんです。小さい頃に一度、親に連れられて来た事があって、その時はプリンを食べたんですけど、コーヒーのとてもいい匂いがしてたのを覚えてます。あの香りが忘れられなくて、最近コーヒーが飲めるようになったので来てみたんですけど、お店の名前が違う気がするんですよね。前は漢字の名前だったと思うんですけど…」


『……珈琲亭浪漫』


「ああ、そんな名前だったと思います。小さかったのでよく覚えてないんですけどね。名前、変わったんですね」


『そうだね……』


「いまメニューを見てたんですけど、コーヒーが色々あるんですよね。でも、初心者はオリジナルブレンドとかからがいいですよね、きっと」


『うん。いいと思うよ』


 桜子は手を上げてカウンターに声をかけた。


「すみませ~ん」


 雅がやってくる。


「お決まりですか?」


「オリジナルブレンドをお願いします」


「かしこまりました」


 それから桜子は元オーナーに訊いた。


「おじさまは注文しないの?何も頼んでないみたいですけど」


 元オーナーはハッとなって自分の前のテーブルの上を見た。


『ああ…ホントだ…』


「いま頼めばいいんじゃないですか?」


『あ…ああ、そうだな…』


 それから雅を見て言った。


『じゃあ僕もブレンドで』


 雅は頭を下げた。


「かしこまりました」


 雅はカウンターの中へ戻っていった。

 桜子は言った。


「楽しみ。小さい頃はコーヒーなんて飲ませてもらえなかったけど、このお店で飲むのがずっと憧れだったんですよね」


 元オーナーは優しく微笑んだ。


『そう…』


「このお店の雰囲気も好きだったんですよね。昭和レトロっていうんですか?わたし、昭和なんてぜんぜん知らないけど、なんか懐かしいっていうか。なんとなく前とは違う気もするけど、ムードっていうか、空間っていうか、そんな感じが同じなんですよね。上手く言えないけど。わかります?」


『ああ、そうだね。わかるよ。前のお店の残っていたものを上手く生かしてくれているみたいだ。嬉しいね』


「おじさまも懐かしいですか?」


 元オーナーは店内を見渡した。それから切なげに微笑んで言った。


『……懐かしいなんてもんじゃないよ。記憶が……思い出が鮮明によみがえってくる。ここが僕の居場所……人生だったんだ』


「……素敵な人生でしたね」


『ああ……ああ……』


 マスターがコーヒーを二つ運んできた。そして元オーナーの前と桜子の前にコーヒーを並べてから、やや震える声で言った。


「オリジナルブレンドです。厳選した豆と信州の山の湧き水を使った当店自慢の一杯です。どうぞご堪能ください」


 マスターは緊張の面持ちで頭を下げ、カウンターへ戻っていった。

 桜子は小声で言った。


「いただきます…」


 そして一口飲んだ。


「美味しい…」


 元オーナーはカップを鼻の下まで持ち上げると、香りを確かめた。それから一口飲むと、あらためてカップの中の褐色の液体を見つめて言った。


『うむ…』


 桜子はまた一口すすってから言った。


「わたし、普段はお砂糖とかミルクとか入れちゃうんですけど、それってホントは邪道なんですよね?」


 元オーナーはゆっくり首を振った。


『そんな事はないよ。好きに飲めばいいんだ。本当に美味しいコーヒーは砂糖が入ってもミルクが入っても美味しいから』


「でもわたし、ブラックはダメだと思ってたのに、このオリジナルブレンドはそのままで美味しいですよ」


『それはいい豆を丁寧に挽いて、丁寧に抽出しているからだよ。ただ苦いだけじゃないでしょ?』


「はい。上手く食レポできないけど、何て言うか……美味しいです」


『感想なんて、美味しい。それだけでいいんだよ』


「そうなんですか?」


『理屈じゃない。うんちくなんていらないんだ。それにね。味だけじゃなくて、何より本人が楽しめたかどうかが大切なんだよ。お店の雰囲気もそうだし、一緒に飲む人もそうだし、そのとき読んでいる本だってそうだ。全部をひっくるめて最高のひとときとなって思い出の1ページに刻まれる。そんなひとときのために喫茶店はあるんじゃないかな?』


「素敵な考えですね。わたし、おじさまと一緒にコーヒーが飲めて最高のひとときになってますよ」


『それは嬉しいね』


 桜子はコーヒーを飲みほし、元オーナーがコーヒーを飲むのを慈悲深い笑顔で見つめながら言った。


「ところでね……」


 桜子の声音は深く優しい響きに変わっている。


「……それを飲み終わったら一緒にお店を出ませんか?」


『ん?』


 元オーナーは壁の時計に目をやった。それから少しだけボーッとしていたが、何かを思い出したように桜子を見て言った。


『そうか……そうだな。そろそろ行かなきゃいけないな……』


「はい…」


『居心地が良くて、つい長居をしてしまったようだ』


「わかります。だって素敵な空間ですもん」


『ああ……』


 元オーナーはコーヒーを飲み干すと言った。


『じゃあ、行こうか』


「はい」


 元オーナーは立ち上がった。桜子も立ち上がる。

 元オーナーはカウンターへ近づくと、マスターに向かって言った。


『いくらかな?』


 マスターは緊張したまま言った。


「あ……こ、今回はオープン記念で無料サービスです」


『そうなの?悪いね』


「い、いえ…」


 それから元オーナーは顔をくしゃっとほころばせた。


『最高の一杯だったよ。頑張って長く続けて、誰かの居場所になってあげてね』


 マスターは背筋を伸ばした。


「はいっ!」


 元オーナーは片手を上げると出口へ向かった。その姿を桜子はカッコいいと思った。



 ドアを出ると元オーナーは振り向いて店の外観を眺めた。桜子も横に並んで外観を眺めた。

 店の名前こそ変わっているが、元の店の雰囲気がそのまま残されている。それを満足そうに見ている元オーナー。桜子は囁いた。


「このまま送りましょうか?」


 元オーナーはチラリと桜子を見てから喫茶店の外観に目を戻し、小さく頷いた。


『ああ……頼む』


 桜子は元オーナーに抱きついた。コーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。体に染みついているようだ。生前もきっとそうだったに違いない。


「逝かせてあげる♡」


 桜子が祈ると、元オーナーの体が光り始めた。


『あ……ああっ……』


 元オーナーは恍惚とした顔で店を眺めている。

 光はますます強くなり、元オーナーはかすれた声で言った。


「さよなら、僕の青春……」


 消える間際、桜子の目には元オーナーが二十代位の青年に見えた。きっと、珈琲亭浪漫を始めた半世紀ほど前の姿に違いない。


 中学生の頃から年配の霊と多く接してきた桜子は、たくさんの漫画やアニメのように自分の事を「わし」と言ったり語尾に「◯◯じゃ」などと付ける年寄りを見た事が無い。本当に言うのは広島あたりの人だけだろうなと思っている。

 ほとんどの年寄りの男性は「俺」とか「僕」と言うし、女性は「わたし」とか「あたし」と言う。語尾も若者と何も変わらない。それは、どこかの時点から急に老人に変わるわけではないのだから当たり前のこと。ステレオタイプな年寄りを登場させる漫画やアニメの方がリアリティに欠けると桜子は感じている。


 元オーナーも、きっと店を始めた若者の頃から何も変わらず情熱を注ぎ続けてきたのだろう。ならば途切れる事なく青春が続いていたと言っても良いのではないだろうか。

 それは桜子に、歳を重ねる事が決して悪い事ではない、気持ちが変わらなければ心は若くい続けられると思わせてくれた。これまでも心掛けてきた事ではあるが、年配の霊と向き合うとき、けして年寄りという尺度で決めつけてはいけないとあらためて思い返すことができた。そんな一件だった。


 元オーナーが消えると、店から茉莉花と雅とマンチカンが出てきた。そちらへ涙のにじんだ目を向けて、桜子は言った。


「逝っちゃった…」


 そこへ、ちょうど颯空が走ってきた。息を切らしている。


「ね、ねえ…………ど、どうなった?」


 雅が答える。


「ざ~んねん。いま終わったところよ」


「え~~~!待っててよぉ!」


 茉莉花が冷たく言い放つ。


「なんで、あんたを待ってなきゃなんないのよ」


 颯空はまだハァハァしている。


「だって、見たかったんだもん」


 雅が気の毒そうに颯空に訊く。


「バスに乗ってきたの?」


「うん…」


「そんなに見たかったんだ」


「うん」


「まあ、また機会があったらね」


 茉莉花が不服そうに言う。


「雅、なんでこんな男に優しくすんのよ」


 雅が答える。


「あたしにも経験があるからね。ただ見えてるだけの時って他に何も出来ること無いから、かえって自分のこと役立たずって思っちゃうのよ」


 颯空が頷く。


「そう、それ」


 雅が続ける。


「役に立たないなら見えない方がよっぽどいいし、せっかく授かった能力ならどんな形にせよ活かしたいって思うでしょ?そんなジレンマをあたしは昔、抱えてたのよ。颯空は今ちょうどジレンマ中なんじゃない?」


 颯空が大きく頷く。


「わかってくれて嬉しいよ。だから雅ちゃん大好き!」


「はいはい。だからと言って仲間には入れないよ」


 ショックを受ける颯空だった。


次回「その6 大輝の帰京」は8/29(金)に投稿する予定です。

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