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逝かせてあげる♡  作者: 如月るん
第十話 おうちに帰ろう
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その3 昇降口の少女

 問題の小学校の駐車場に着くと、マンチカンは言った。


「事務室に言ってくるから、先に昇降口へ行っといて」


 マンチカンは事務室へ向かった。


 茉莉花たちが昇降口に着くと、確かに前の段差のいちばん端に髪の長い高学年ぐらいの少女の霊が座っていた。情報通りランドセルを背負って靴を履いている。

 三人はゆっくりと近づき、ランドセルを背負った桜子は少し間を空けて横に座った。

 桜子はしばらく少女の様子をうかがってから、声をかけた。


「誰を待ってるの?お母さん?お父さん?」


 マンチカンの情報から、少女がお迎えの誰かを待っているのだろうという事は桜子には推測できていた。それで質問してみたのだが、少女はピクリとも反応しなかった。

 桜子は再び質問してみた。


「何組?担任の先生って誰?」


 反応は無い。

 桜子は少女の様子を観察した。少女は虚ろな目で、ただじっと前を見つめている。よくみると、膝の上の手にはスマホらしいものが握られている。

 桜子は立ち上がって茉莉花たちの所へ戻った。


「ダメ。たぶん待ち人が来ないと反応しない」


 雅が首を振る。


「その待ち人がわからないから話を聞きたかったのにね。ずっとここにいるって事は、その待ち人がたまたま来るって可能性も低そうだし」


 茉莉花が苦笑いする。


「似顔絵、描こうか?」


 雅も苦笑いする。


「子供たちに見せるの、新学期になっちゃう。夏休み中になんとかしてって言われたのに」


「でも、もう詰んでるじゃない。夏休み中なんて無理じゃない?」


 そこへ、校舎の中からスーツ姿の男性が現れて声をかけてきた。


「君たち、何してる?」


 三人は振り向いた。

 男性は続けた。


「何か学校に用があるのか?」


 桜子が訊いた。


「あの……ここの先生ですか?」


 頷く男性。


「ああ。ここの教頭だけど」


「あの…わたしたち、ここに出る幽霊の事を頼まれまして……」


「あれ?それって、なんか金髪のお坊さんに頼んでなかったっけ」


「いま事務室に行ってます。わたしたち、手伝いに来てて…」


「そうか…」


 桜子は一歩前に出た。


「あの……教頭先生はこの学校に何年も勤めてるんですか?」


「まあ、何年かは」


「以前の生徒の事とか、覚えてますか?」


「うん。わりと覚えてる方だとは思うよ」


「じゃあ、協力してもらえないですか?」


「いや、わたしは幽霊とか見えないよ」


「大丈夫です」


 それから桜子は茉莉花を見た。


「茉莉花ちゃん。あれ、お願い」


 首を傾げる茉莉花。


「あれって?」


「ほら。明兎ちゃんのお父さんにやった、あれ」


「ああ、了解」


 桜子が教頭を促す。


「ちょっとこっちへ来てもらえますか?ここに、その子がいます」


 教頭は昇降口から顔を出した。

 それを待ってから茉莉花は二本指を前に向けると、少女に大きく干渉しないように特殊な霊波をそっと送った。それによって教頭の目にも少女の姿が徐々に浮かび上がった。

 教頭は驚愕の顔つきでフリーズしていたが、はっと我に返って少女の斜め前へゆっくりと移動し、しゃがんで顔を確認した。それからすぐに悲痛な表情に変わり、少し少女の顔を見つめてから立ち上がって戻ってきた。

 茉莉花が訊いた。


「知ってるんですね?」


 教頭はしっかりと頷いた。


「ああ…」


「この子の事を教えてもらってもいいですか?」


 教頭は難しい顔で訊き返してきた。


「この子をどうするつもりか教えてもらえるかい?」


 桜子が慌てて答える。


「安心してください。成仏させてあげたいだけです」


 ゆっくり頷く教頭。


「わかった。じゃあ、面会室で話そうか」


 そこへマンチカンもちょうどやってきて、一緒に面会室へ向かった。



 面会室で教頭は言った。


「あの子は柳原やなぎはら紗季さきさんといって、二年生までウチの学校に通っていたんだ。すごく思いやりのある、いい子だった」


 桜子は訊いた。


「二年生ですか?霊は高学年ぐらいに見えましたけど」


「あれから……三年は経ってるしね。でも間違いないよ」


「よく覚えてるんですね」


「あの子がこの学校から去る時は悔しかったからね」


「悔しかった?」


「あの子、小児がんだったんだ。二年生の途中までは頑張ってここに通ってたんだけど、安曇野あずみのの病院へ移って行った時は無力感に打ちのめされたよ」


「…………」


「そうか……亡くなってたか……」


 教頭の目が潤んでいる。

 桜子は確認した。


「この学校に通っていた時には家族がお迎えに来てたんですね?」


「ああ。毎日、誰かが来てた」


「あの子、あそこで家族のお迎えを待ってるんだと思いますか?」


「……そうだろうなぁ。…………ちょっと待って。ご家族に連絡してみる」


 教頭は立ち上がった。面会室を出ていこうとする教頭の背中に桜子は言った。


「助かります」


 教頭は振り向いた。


「こんな事しか出来ないからね。あの子を助けてあげてね」


「もちろんです」


 教頭は部屋を出た。





 聞いた住所の家へ行くと、柳原紗季の母親が出迎えた。リビングへ通され、話をする事になった。


「紗季がいるって本当ですか?」


 母親に質問されて、桜子は答えた。


「はい。昇降口で家族のお迎えを待ってます」


「じゃあ、すぐに迎えに行かないと……」


 立ちかける母親を桜子は止めた。


「待ってください。あの小学校へいつもお迎えに行っていたのは誰ですか?」


 座り直す母親。


「当時は安曇野へついて行く前でわたしもパートをしてたので、中学生のお兄ちゃんとわたしが交替で…」


「お父さんがお迎えに行くことは?」


「たまにですけど、ありました」


「他にお迎えに行く人は?」


「いません。この三人だけです」


 頷く桜子。


「では、できればその三人でお迎えに行ってほしいです。紗季さんが誰のお迎えを想って待っているのかわかりませんし、家族みんなでお迎えに行った方が喜ぶ気がします」


「そうですね。主人は仕事中ですが、連絡をとってみます」


 スマホを手に取った母親を桜子は再び止めた。


「待ってください。早く迎えに行ってあげたい気持ちはわかりますけど、お父さんに電話口で紗季さんの霊が小学校にいるって説明しても、わたしたちの存在を怪しく思うだけで理解してもらいにくいと思います。たぶんお母さんは教頭先生と電話で話したから信じましたよね?」


「あ…はい」


「お父さんとお兄ちゃんが帰ってきてから、直接ゆっくり説明してあげてください。それで、必要であれば昼間のうちにお父さんに小学校へ電話してもらってください。教頭先生には説明してくれるように頼んでありますから、それで少しは信じてもらえると思います」


「わかりました」


「そして、出来ればお父さんにお仕事をお休みしてもらって、家族全員でお迎えに行ける日をわたしたちに連絡してほしいんです」


「あの……お迎えに行ったあと、どうすればいいんですか?」


 桜子は家の中を見回した。


「ここは紗季さんも住んでいたおうちですか?」


「はい、もちろん」


「病院で亡くなったんでしょうか?」


「ええ…」


「病院で亡くなった人に多いんです。病室や待合室で家族のお迎えをずっと待ってたり、近くのバス停で待ってたり、紗季さんのようにいつもの所で待ってたり…。そういう人は、まずはおうちへ連れ帰ってあげるんです」


「紗季も連れて帰れますか?」


「ええ、おそらく。それが出来たら、あとはおまかせください。わたしたちが紗季さんをあちらへ送ってあげます」


「……あの…………ここにずっと居させるわけにはいきませんか?」


 懇願するような母親の顔に、桜子は弱腰になった。


「えと……あの……」


 茉莉花が助け船を出した。


「たぶん悲しいだけですよ。ご家族も、ご本人も…」


 茉莉花のおかげで桜子は冷静さを取り戻した。


「いま紗季さんは家族に迎えに来てほしい。家に帰りたい。その想いだけで現世にとどまっています。だから家に帰れれば現世に留まる理由がなくなります。もちろん家族と一緒にずっといたいって想いもあるとは思いますけど、残ったところで人生を謳歌できるわけではありません。それなのに生きている人たちの世にいるのは苦しいだけです」


 母親は苦しそうな表情になって言った。


「やっぱり、そうですよね」


「依頼者の中にはしばらく一緒にいさせてほしいって人も、もちろんいます。特にこちらには急ぐ理由などありませんので構わないんですけど、期限を最初に決めておかないと、どんどん決断できなくなってしまいます。もしよければ期限付きで送る日を先延ばしにしますか?」


「それでもいいんですか?」


「もちろん」


「あの……期限はどのぐらいまでいいんですか?」


「それは、そちらの考え次第――」


 そこで茉莉花が口を出した。


「三日。……三日までです」


 桜子は訊いた。


「なんで三日なの?」


「見えない人にも見えるようにしたでしょ?あれ、たぶん三日ぐらいしかもたないよ」


「そうなの?」


 茉莉花は二本指を前に向けて霊波を送る真似をしながら言った。


「存在の薄い霊に見えやすい霊波をそっと当てて輪郭を浮き上がらせるんだけど、蓄光塗料の光みたいに徐々に弱まっていくのよ。お迎えの日にあらためて当てても三日で消えちゃうでしょ?」


「そっか…」


「それ以上もたせようとして強い霊波を当てちゃうと、霊自身が消えてしまうかもしれないから、無理。――でも、三日ぐらいが別れを惜しむのには適当だと思うよ。長くいれば辛くなるだけだし」


 そこで母親は弱々しく言った。


「そうですよね。……わかりました」


 茉莉花は寄り添うように優しく言った。


「まずはご家族全員でお迎えに行ける日をご連絡ください。その日にもう一度霊波を当てて見えるようにしますので、その三日後に浄霊という段取りでお願いします」


「わかりました…」


 母親は丁寧に頭を下げた。



 帰りの車の中で茉莉花は言った。


「とりあえず、連絡待ちね」


 頷く桜子。


「うん。夏休み中にお迎えに行けるかな」


「過ぎてもいいよ、別に。教頭先生だって、もうこだわらないでしょ?たぶん」


「そうだよね」


「でも、しばらく一緒にいたいって遺族、やっぱりいるんだね」


 雅が何を当たり前なな口調で言う。


「そりゃ、そうでしょ」


 桜子が困り顔で説明する。


「ただ、あんまり良くないんだよね。説得に応じたり望みを叶えてあげた人って現世にとどまる理由が無いから、現世にいつづけるとどうなるのかわかんないの。元々が心残りな想いだけの存在だったりするから、自我を失ってどこかへ行ってしまったり、向こうへ逝けずに消えてしまったりするんじゃないかって」


「そうなの?」


「想像だけだよ?遺族からいなくなったって連絡があってから見に行っても、本人がもういないから何もわからないもん」


 茉莉花が考えながら言った。


「それは今後、先延ばしにする場合のリスクとして前もって説明しておく必要があるね。ボランティアならまだしも、お仕事だから」


 雅が頷く。


「そうね。紗季さんのお母さんにもお迎えの日でいいから伝えましょ?」


 桜子が寂しそうに呟く。


「茉莉花ちゃんの霊波なしでも家族に見えれば、もうちょっといられるのに……」


 茉莉花は首を横に振る。


「キリが無いよ。今後も例え見えたとしてもリスクを話して三日ほどで区切ろ。桜子が言ったように、人生を謳歌できないのに現世にいつづけるのは本人にとって良くないよ」


 雅が思い出して言った。


「でもあれ、どうなんだろうね。……神田と耕平」


 茉莉花が苦笑いする。


「そういえば、そんなのいたね」


「一度は二人とも未練を断ち切ったでしょ?現世に残る理由が無いわけじゃない」


「あれは、あれよ。逝く直前で未練ができちゃったんでしょ?二人でエッチしたいっていう……」


「いや、そうは言ってたけど。じゃあ、いつになったら未練が消えるの?」


「飽きるまでやりまくったらじゃない?」


「あれって飽きるものなの?マンチカン」


 急に話を振られて慌てるマンチカン。


「なぜ、オレに訊く?」


「唯一の経験者だから?」


「ま……まあ、いつかは飽きるんじゃないか?オレはまだ若いからわかんないけど……」


 茉莉花はほくそ笑んだ。


「マンチカンはまだまだお子様って事よね」


 マンチカンは不貞腐れた。


「ほっとけよ」


 桜子は最初はポカンと聞いていたが、なぜか自信満々に言った。


「神田さんと耕平くんの話でしょ?ホントの夫婦になれたら未練もなくなるんじゃないかな」


 雅が訊き返す。


「ホントの夫婦?」


「わたしのお母さんが言ってた。ホントの夫婦になったのは結婚してからしばらく経ってからだって」


「なるほど。一理あるかも。……まあ、それに限らず人生?――霊生を謳歌しちゃってる感は否めないけど」


「あんなに生きてる人と変わらずモノを考えられる人たちは珍しいんだけど、いたとしても聞き分けがいいから普通なら素直に逝ってくれるものなんだけどな……」


 鼻で笑う茉莉花。


「あいつらが特殊なのよ。まあ、仕事をするために残ったり、主役になりたいみたいな漠然とした理由で残ったりしたやつらだから、思考能力も必要だったんでしょ?二人とも欲張りなんだよ」


 雅が悪戯っぽく笑う。


「ホントの夫婦になった後は、子供が欲しいとか言い出しそうよね」


「やめてよ、マジで……」


 茉莉花は渋い顔をした。





 その夜、紗季の母親から連絡が入った。翌日に迎えに行きたいという希望である。

 心配する事もなく父親も兄も納得したようで、出来るだけ早く迎えに行きたいと、父親はすぐに有給休暇を取ったらしい。

 翌日の午前中にお迎えに行く事が決まった。


次回「その4 家族の再会」は6/6(金)に投稿する予定です。

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