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その4 流星観測会

 学校の屋上には思いのほか人がいた。沙羅咲が茉莉花たち三人を見つけて声をかけてきた。


「いらっしゃい。待ってたよ」


 茉莉花は屋上を見回して言った。


「すごいね。もっと小規模なのかと勝手に思ってた」


「中等部と合同だからね」


「にしても多くない?」


「部員以外もいるから。でも、みんなウチの生徒だよ」


 茉莉花はあらためて屋上を見渡した。


 よく見ると屋上の奥の方は三角コーンに張ったロープで立ち入り禁止になっており、天文部員と思われる生徒たちが不思議な光景を作り出していた。

 一画ではデッキチェアやアウトドア用の椅子が背中合わせに四方を向いて設置してあり、そこに一人ずつ座ってバインダーを持っている。その人たちの視界を遮らない位置には教室の机と椅子が置いてあり、そこで一人がなにやら記入している。全員が赤い光のライトで手元を照らしている。おそらく天文部の正確な記録としての観測を行っているのだろう。

 そこから少し離れた所にはカメラの乗っかった三脚や望遠鏡が何台か点在しており、それを見ているらしい部員が二人いた。


 それに対して、こちらの方では各々が自由に空を眺めている。案内役の部員以外は一般生徒なのだろう。望遠鏡も何台か出ていて、どうやら流星以外の星も観察させているようだ。


 茉莉花は感心した。


「人気イベントなのね」


 沙羅咲は頷く。


「おかげさまで」


 そこで沙羅咲は思い出したように言った。


「そうだ。あなたに会ってほしい子がいるのよ」


 そして紹介されたのが、車イスの少女だった。

 沙羅咲は言った。


「この子、中等部一年の平林ひらばやしここちゃん。天文部員よ」


 平林恋々菜は頭を下げた。


「平林です。よろしくお願いします」


 暗い中で見えにくくはあったが、恋々菜は間違いなく美少女だった。しかも、どこか儚げで可憐だった。

 もちろん茉莉花は美少女が嫌いではないのだが、なぜ紹介されたのか理解できずに困惑していた。だが、会話的には茉莉花のターンだった。

 茉莉花は少し緊張しているように見える恋々菜に精一杯の優しい声で挨拶を返した。


「こんばんは」


 それから茉莉花は沙羅咲に訊いた。


「会ってほしいって、どうして?」


 沙羅咲は答えた。


「この子、桐生さんに憧れてたんだって」


 茉莉花は少し渋い顔をした。

 茉莉花は多くの生徒に憧れられている事を自分でも知っている。実際にそういう声もかけられるし、話も聞くので、自惚れではない事もわかっている。

 だからといって少し話すようになったぐらいのクラスメイトに、いちいち知り合いを紹介されていたらキリがない。もし、この子が車イスだから特別に紹介したというのなら、茉莉花はもう沙羅咲とは話をするのをやめようとまで思っていた。

 ところが、どうやらそれだけではないようだった。沙羅咲は続けた。


「それでね。この子が桐生さんのこと、完璧で隙が無いですねって言うから、わたし笑っちゃって」


 茉莉花は違う意味で渋い顔をした。


「ん?どういう事かな?」


「だって桐生さんて外面そとづらはすごくいいんだけど、じつは面白いし、ポンコツなところもあるじゃない?」


 茉莉花はさらに渋い顔になった。


「んんん?どういう事かな?」


「そりゃ一緒にキャンプしたり、海まで一緒に行ったのよ。色々とわかるわよ。冗談みたいなこと普通に言うし、料理とかまるっきり出来ないし、いろんな意味で不器用だし」


「なんだろ。わたし、馬鹿にされた?」


「馬鹿になんかしてないよ。そんな桐生さんの方が親しみがあって可愛くて、わたしは好きだもん」


「――!」


 茉莉花は大口を開けて唖然とした。まさか、そんな評価をクラスメイトからされる日が来るとは思ってもいなかった。自分の狙っている評価とは明らかに違ってしまっている。

 ただ、好意的である事はもちろんわかるし、沙羅咲の言葉は意外にも心地よかった。

 茉莉花は戸惑いながら答えた。


「あ…ありがとう……」


 沙羅咲はクスリと笑って続けた。


「そんな話をね、恋々菜ちゃんにしたのよ。そしたら、ぜひ話がしたいって言い出したの」


「な、なんで?」


「それは本人に訊いて」


 茉莉花は恋々菜に訊いた。


「どうして話がしたいの?」


 恋々菜は答えた。


「なんか、外面そとづら仲間なんじゃないかって思ったんです」


「なに?それ」


「理想の自分……というか、求められてる自分を演じてるのかなって。だから色々とお訊きしたくって……」


「別に求められてるわけじゃ――」


 そこで強い光と共にとつぜん声をかけられた。


「ちょっといいかな」


 眩しい光に目を細めて見ると、テレビカメラがこちらに向いている。周囲にはテレビクルーらしき人達が数人いた。声をかけてきたのはディレクターらしき人だった。


「ありゃー。美少女だらけ。になるねぇ。このまま撮っちゃおっか」


 茉莉花は思い切り眉間にシワを寄せた。


「あんたたち、なんですか?」


 ディレクターは笑顔で言った。


「あ、ごめんね。信濃テレビなんだけど、恋々菜ちゃんが流星観測するっていうから取材に来たんだけどね、こんなに可愛い子が揃ってるなんてラッキーだよ。一緒に撮らせてね」


「嫌です」


「またぁ。テレビにうつるんだよ。嬉しいでしょ?」


「テレビ至上主義って、昭和かよ。嫌だって言ってんの、わかんない?」


「は?」


「は?じゃないって。恋々菜ちゃんが許可してるなら本人はいいけど、わたしたち三人は絶対に許可しないから。もし少しでも映っていたり、個人が特定できるような雑な修正で映したりしたら、肖像権侵害で確実に訴えるから」


「そ、そんなに怒らないでよ。映さないから。ただ、すごく可愛いのにもったいないなって思っただけで…」


「そのもったいないは、誰にとって?わたしたちは容姿に頼って生きてないし、好きな人にだけ可愛いと思ってもらえたら充分なんで」


「な、なるほど」


 テレビクルーは諦めて恋々菜だけの撮影を始めた。

 沙羅咲が寄ってきて言った。


「かぁっこいい」


 茉莉花が口を尖らせた。


「からかわないでよ」


「からかってないよ。場所の撮影の許可はしたけど、人物は撮影する前に一人一人に許可を取るっていう条件を付けたのよ。いるのは部員だけじゃないし、天文部の取材じゃないから部員に強要するのも違うって話になって。ただ、見てたらなんか断りにくい話し方してるのよ。それが取材のテクニックなんだろうけど、中高生相手にそれはないじゃない。条件を付けた主旨を理解してないというか…」


「確かに、わたしたちにも撮らせるのが当たり前みたいなノリで来たもんね。あれ、普段から考えてない子は『あ、はい』とか返事しちゃいそうだよね」


「でしょ?おまけに、みんな暗い所で瞳孔どうこうが開いてせっかく星が見えやすくなってるのに、平気でライトを当てまくってるのよ」


「もしかして天文部の子たちの赤セロハンの懐中電灯って、それで?」


「そうよ。でも彼ら、天体観測を取材しに来てるくせに、まるで予習してないのよね。ホント失礼。だから桐生さんの態度に少し……ううん、かなりスッキリしたわ。ありがとう」


「べ、別にお礼を言われるような事じゃないから」


「いやいや。いいもの見せてもらったという意味で」


「いいものでもないと思うけど」


「でも、そっか。マンチカンさんにだけ可愛いと思われればいいんだね?」


「やっぱ、からかってんじゃん!」


「ごめん、少し」


「もう…」


 沙羅咲は笑いながら訊いた。


「今日は泊まる?合宿所に布団用意してあるけど」


「ううん。しばらく楽しんだら帰るわ」


「そう。帰るとき声かけて」


「うん」


 沙羅咲は取材を受けている恋々菜の方を見て言った。


「あの様子だと今日は彼女となかなか話もできなさそうだし、あとで連絡先でも聞いてあげて」


「わかった」


 沙羅咲は他の生徒たちがたくさん寝転がっている辺りを指さした。


「あの辺のマットとか毛布に自由に寝転がって流星を見てね。視野を広くして見てると流れるの見つけやすいと思うよ」


「ありがとう。今日は晴れて良かったね」


「うんっ」



 茉莉花たち三人はマットに並んで寝転がった。晴れた夜空を見上げると、さっそく星が流れた。

 茉莉花が声をあげた。


「あ、流れた」


 桜子も興奮する。


「ホントだ!」


 そのあとしばらく流れず、沈黙していると、雅が「フフフッ」と笑った。

 茉莉花が訊いた。


「なに?」


 雅は茉莉花の口真似をした。


「今日は晴れて良かったね――だって」


 茉莉花の声が不貞腐れる。


「なによ」


「ちゃんと社交辞令も使えるじゃない」


「……雅ってつくづくイヤミよね」


「褒め言葉だと思って――あっ!流れた!」


 茉莉花も見ていた。


「今の明るかったね」


 ところが桜子は見逃した。


「えーっ?教えて、どこどこ?見てなかったぁ~」


 茉莉花が正論を吐く。


「どこって訊かれて答えたところで既に遅しでしょ?」


 膨れる桜子。


「え~?茉莉花ちゃんの意地悪ぅ~」


「まだこれからたくさん流れるから」


 茉莉花は笑った。





 流星観察を存分に楽しんだあと、帰るために屋上から階段でおりていくと、前方から杉浦美海があがってきた。


「あら?」


 茉莉花たち三人は立ち止まって身構えた。


「こんばんは」


 杉浦は微笑んだ。


「こんばんは。――もしかして帰るの?」


 頷く茉莉花。


「はい…」


「泊まっていかないの?けっこう遅い時間だけど」


「歩いて帰れるし、三人一緒なんで」


「ああ、一緒に住んでるんだったわね」


「はい」


「車で送っていこうか?」


「顧問が離れちゃまずいでしょ?」


「中等部の島崎先生がいるから平気よ」


「ああ……でも大丈夫です。ありがとうございます」


「そ?」


「じゃあ失礼します」


「気をつけてね」


「はい」



 昇降口で靴を履きながら茉莉花は言った。


「焦った。急に出現するから」


 桜子が苦笑いする。


「霊みたいに言わないで」


「だって忘れてたもん。顧問だったこと」


 雅が閉まっている昇降口の引き戸を開きながら言った。


「あたしは忘れてなかったよ。屋上で探してたけどいなくて、あれ?って思ってた」


 桜子は雅に促されて昇降口から出ると言った。


「でも普通だったね」


 茉莉花も出ながら言った。


「まあ、あの人がミナミ先生って決まったわけじゃないしね」


 雅も出て、引き戸を閉めながら言った。


「なんか泊まらせたがったり送りたがったりしてなかった?」


 茉莉花は先頭に立って歩きだしながら笑った。


「そりゃそうでしょ。海で四日も一緒にいて少しは距離が縮んだんだから」


「仲良くなったのは一緒に温泉に入った茉莉花だけでしょ?」


「まあ実際、温泉でも陽葵さんとメイクの話とか恋愛の話とかしてたし、普通の人にしか見えないのよね。色気がだだ漏れなのと、酒が過ぎること以外は――雅、過敏になってない?」


「う~ん。……杉浦先生は別として、ミナミ先生には過敏になるでしょ。ここまで神出鬼没だと」


「まあ、確かにねぇ。なんかもう、都市伝説ってレベルよね」


「あ、近藤菊之助さんが言ってた麓荘ふもとそうに電話してみたのよ」


「誰?きくのすけ」


「山で滑落して亡くなった人よ。もう興味なくしてるでしょ」


「ああ、裸の人」


「茉莉花の印象はそっちなのね」


「んで?麓荘ってなんだっけ?」


「ミナミ先生が健康診断に来た宿よ」


「ああ、そうだった、そうだった」


 雅は不貞腐れながら言った。


「で、電話で訊いたら、過去に二、三回来た事はあるけど、どこの誰かは知らないって。無料で健康診断してくれるって言うから、受けたいお客さんは勝手にどうぞって感じだったんだって」


「うわっ、なに?その無責任なの」


「あたしもそう思ったわよ。最初は次に来たら連絡してもらおうかと思ったけど、来た頃にはどうせこっちの連絡先なんてどっかにやっちゃうんだろうなって思ってやめたわ」


「賢明ね」


「あー、ミナミ先生が杉浦先生だったら話が早いのになぁ~」


「それが本音かっ。雅にしてはずいぶんと雑ね」


「だってタスクが多いのよ。幽霊電車も調べなきゃだし」


「まだ調べてたんだ」


「ちょっと!マリアさんに訊いてくれるって話、まさか忘れてないわよね!」


 茉莉花は大いに照れ笑った。


「いや~、タスクが多くてねぇ~」


「マンチカンを構ったり、マンチカンに構われたり、マンチカンとイチャついたり?」


「ぅおい!」


「お盆はマンチカンいないわよ」


「わかったわよ。幽霊電車のこと、マリアさんに訊いとくよ」


「お願い」


「お盆は親を構わなきゃならないけどね」


 雅の表情が曇った。


「構うとか言ってあげないでよ。たった一日でしょ?」


「…………」


 茉莉花は誤魔化すように話題を変えた。


「ねえ、小腹すかない?コンビニでスイーツ買って帰ろ」


 桜子のテンションが上がる。


「わ~い!」


 雅が茉莉花を横目で見る。


「夜中に食べると太るわよ」


 茉莉花は意地悪く訊いた。


「じゃあ、雅はいらない?」


「…………いる」


 雅は恥ずかしそうに笑った。


次回「その5 帰りを待つ人」は4/18(金)に投稿する予定です。

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