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その3 裏路地の乱闘

 お昼ご飯は茉莉花のリクエストに応えてそうめんだった。暑くてそれ以外は食べたくないという茉莉花の主張が通った形だ。

 そうめんを食べながら茉莉花が言った。


「雅って、そうめんに水を張らないよね」


 雅が答える。


「べつに張ってもいいんだけどね。見た目も涼しいし。セバスチャンは張ってたでしょ?」


「うん、確か」


「ただ、見てたら茉莉花、つゆが薄くなってもそのまま食べてたよね?」


「よく見てるね」


「つゆ替えるの面倒臭いんでしょ」


 にやける茉莉花。


「わかる?」


「言えばやってあげるのに、夏バテだとそれすら面倒臭いのよね?」


「食欲ないんだから、食べられたら何でもよくない?」


 ため息をつく雅。


「だから、つゆが薄まりにくいようにザルにしたのよ」


「でも、ザルなのに固まらないね。マンチカンがそうめん茹でた時もザルだったけど、箸で取ると固まってて全部ついてこようとするのよ」


「水洗いしたままザルに上げたからよ。これは水洗いしたあとボウルに張った水に一旦泳がせて、ひと掴みずつザルに上げてるのよ。そうすると絡まないでしょ?」


「ああ、なるほどね」


「それでも水気が切れてるから一口分はどうしても固まっちゃう。で、必然的につゆの中でほぐす事になるから、薄まらないけど減ってくる。そこで、こうやってピッチャーにつゆを入れておけば継ぎ足すだけでいいから、面倒臭がりの茉莉花でも出来るでしょ?」


 そう言いながら雅はピッチャーのつゆを茉莉花の蕎麦猪口そばちょこへ継ぎ足した。

 茉莉花は照れ笑いしながら頷いた。


「ご面倒おかけします」


 茉莉花はザルに箸を伸ばした。

 その時、インターホンが鳴った。



 昼食のあと、リビングでアイスコーヒーを飲みながら、マンチカンの持ってきた仕事の話を聞いた。

 仕事は簡単だった。バスで行ける近場の佐々木さんというお宅に、お盆に故人が帰ってきているかどうかを確かめに行ってほしいというものだ。マンチカン自身はお盆の予定がいっぱいなので、見にいけないという。

 依頼人は故人の夫である七十三歳の男性だった。夫は同い年だった妻がお盆に帰ってきたところを見た事がないという。


 雅が正論を言った。


「見た事がないって普通じゃないの?それでもみんな、帰ってきてくれてると信じてお迎えするものでしょ?」


 マンチカンがハの字眉で答えた。


「そうなんだけど、以前にオレが余計なこと言ったのを覚えてたらしくてさ」


「余計なこと?」


「オレが見えるって誰かに聞いたんだろうな。お盆に帰ってきた人が見えるのかって訊かれて、帰ってきてるのが見える事もありますよって答えたんだ」


「え?そうなの?」


「そりゃ、そうだろ。雅にだって見えるよ」


「そうじゃなくて、ホントに帰ってくるんだ。あたしの実家は亡くなった人いないし、お盆に親戚の家とか行ったことないからなぁ。他人の家なんか、もっと行かないし」


「まあ坊主でもなけりゃ、そうはお盆の他人の家にお邪魔する事もないもんな。ただ、ホントに帰ってくるのを見たのは一割に満たないんじゃないかな。お盆てのは雅の言う通り、帰ってきてくれてると信じてお迎えする事が大切なんだよ。それによって故人をしのんであげれば、みんなの心の中で生き続ける事ができる。それって、帰ってきてるのと同じ事だろ」


「そうね」


 ところが茉莉花は不服そうに言った。


「そんなの詭弁じゃない。どうしても会いたいって思ってたら、霊でもいいから会いたいもん」


 マンチカンは黙ってしまった。

 雅は訊ねた。


「茉莉花はどうしても会いたい人がいるの?」


 茉莉花はコクリと頷いた。


「いるよ」


「誰だか訊いてもいい?」


「一人はおばあちゃん」


「ああ、小さい頃にここで一緒に住んでたっていう」


「そう。一階の客間って言ってる和室あるでしょ?あそこ元はおばあちゃんの部屋よ」


「そうかなとは思ってた。だからお盆の胡瓜と茄子をあの部屋に飾るのね」


「そ」


「んで?他は?」


「ん?他とは?」


「だってさっき、一人はおばあちゃんって。――てことは他にも会いたい人がいるって事でしょ?」


「一人はなんて言ってないよ」


「でも、さっき……」


「言ってない」


「……?そう?」


 そこでマンチカンが強引な感じで割り込んだ。


「依頼主の佐々木さんにも、帰ってきてくれてると信じてお迎えする事が大切って言ったんだよ。そしたら茉莉花と同じように詭弁だって言われた。おまけに、自分の妻は自分に会いたくてお盆には必ず帰ってきてるはずだって言うんだ。その時はそうかもしれませんねって流したんだけど、つい先日、確かめに来いって言われて」


 雅の表情が曇った。


「そんなの確かめない方がいいに決まってるじゃない」


「オレもお盆は忙しいからって断ろうとしたんだけど、どうやらお前たちの存在も漠然とだけど知ってるようで、金はいくらでも出すから見える人間をよこせって…」


 茉莉花が眉間にシワを寄せた。


「なに嫌な仕事を押し付けようとしてるのよ。一割に満たないんでしょ?依頼主を不幸にしかしないような仕事なんてゴメンよ」


 困り顔のマンチカン。


「依頼主がそれでもはっきりさせたいって言うんだから、いいよ」


「ウソつきだとか、インチキだとか、逆ギレされたらどうすんのよ。あんた、いないのに」


「そしたら帰ってきちゃっていいから。依頼料は必ず払うから」


 桜子が悲しげな顔で割り込んだ。


「ねえ、待って。誰か、わたしと逆のこと出来ない?」


 茉莉花が訊き返した。


「逆のことって?」


「わたしはあっちへ送れるけど、あっちから呼び出せれば会わせてあげられるじゃない」


 マンチカンが唸るような声で言った。


「そりゃ、イタコさんだな」


 桜子の声が明るくなった。


「イタコさん?長野にいる?」


「いや、イタコさんの知り合いなんていないし、そもそもイタコさんの能力が本当なのかも知らない」


 桜子の声が暗くなった。


「そんなぁ」


「まあ、イタコさんについては詳しそうな人に聞いてみるよ。ただ、一割とはいえ帰ってきてる可能性だってあるんだから、まずは確認が先だろ」


「そうだね」


 そんな話の流れで、結局は依頼を受ける事になってしまった。



 仕事の話が終わったあと、雅はマンチカンに桜子への告白の事を報告した。

 マンチカンは辛そうにも微笑んでいるようにも見える複雑な表情で言った。


「そっか。桜子に話したか」


 雅は頷いた。


「今まで気を使ってくれてありがとう。でも、ここではもう気楽にしてくれていいよ」


「気なんか使ってないよ。言われなきゃ忘れてるぐらいだし。忘れてるから、そもそもそういう話題すら出てこないし」


「うん、わかってる。でも、やっぱりありがとうだよ」


 マンチカンは優しい兄貴のように微笑んだ。


「お前の方が気を使いすぎじゃないのか?茉莉花が何と言うかは知らないが、オレはマジでお前らの事を家族……っていうか妹みたいに思ってる。気なんか使わないし、使ってほしくない」


 そこで茉莉花が茶々を入れる。


「だからお兄ちゃんって呼んでってか。キモッ」


 マンチカンは乗っかっておちゃらけた。


「おっ、雅や桜子みたいな美少女からお兄ちゃんって呼ばれるの、萌えるね」


 雅は苦笑いした。


「やめてよ。実の兄貴だったとしてもキモいって」


 ところが桜子は可愛い仕草で躊躇なく呼んだ。


「お兄ちゃん♡」


 マンチカンは赤くなって言った。


「むちゃくちゃ可愛いんだけど、予想に反して照れ死にそうだから、やっぱマンチカンでオナシャス」


 雅と桜子は苦笑いし、茉莉花は嘲笑った。





 その日の夜、雅が大輝とのデートから帰ってくると、リビングにいる茉莉花に訊いた。


「お風呂、まだ入ってないよね?」


 茉莉花は昼間の格好のままでダラダラしていた。


「うん、まだ」


「じゃ、入ろ」


「あら、珍しい」


 雅から茉莉花を風呂に誘う事など今まで無かった。なんなら茉莉花から誘っても拒否をする。

 いつも二人で一緒に入っているのは、雅が入るのを見計らって茉莉花が乱入してくるからで、雅が望んでいる事ではない。

 けれども雅は平然と言った。


「着替え用意してくるから、あとでね」


 雅は二階へ上がっていった。



 茉莉花と一緒に湯船に浸かると、雅は言った。


「さっき裏路地で結城くんを見かけたの」


 茉莉花は浴室のドアの方をチラリと見てから言った。


「まさか、他の女と一緒にいたとか?」


 雅は首を横に振った。


「違う違う。そういうんじゃないの。――あたしと大輝くんが歩いてたら乱闘の現場に出くわしたの。一人を五人の男女が囲んでて、その囲まれてるのが結城くんだったの」


「なに、それ。カツアゲ?」


「そういうのでもないのよ。囲んでるのはどう見ても普通の人達で、ヤンキーとかじゃないの」


 呆けた顔の茉莉花。


「ん?どんな状況?」


「あたしだってわかんないわよ。サラリーマン風な人とか、飲み屋のお姉さん風な人とか、年齢もバラバラなんだけど、そんな善良そうな人達が本気で結城くんを襲ってたのよ」


 茉莉花は訝しげな顔をしたが、ゆっくりと浴室のドアを見てから、少し考えて訊いた。


「……結城くんは?無事なの?」


「それが、聞いてた通りめっちゃ強くて、なんとか凌いでたのよね」


「じゃあ、怪我は無いのね」


「いやあれ、怪我してたんじゃないかな。相手はどう見ても素人なんだけど、本気で襲ってたから。結城くんも相手をなるべく怪我させないように手加減してたみたいだけど、五人相手じゃ無理があるでしょ」


 茉莉花は首を傾げた。


「人が集まってきたりしなかったの?」


「それが怒号とかないのよ。結城くんも含めて全員が黙って戦ってるの。異様な光景よ」


「…………」


「でも、もっと異様だったのは、その五人の感じ」


「感じ?」


「なんて言っていいかわかんないけど、例えば結城くんの攻撃が当たっても全く怯まなかったり。人間味が無いというか、あたし最初は霊体かと思ったもん」


「霊体ではないのね?」


「あれは間違いなく生身の人間だと思う。全員が神田レベルだったら、あたしには区別がつかないけど」


 茉莉花は頷いてから訊いた。


「それで?どうなったの?」


「少ししたら五人は一斉に引き上げていったわ。しかも別の方にバラバラに。結城くんもそのあと何も無かったように去っていったけど、こっちに気づいてたかはわからない」


「そう……」


 雅はチラリと浴室のドアを見た。


「これ、桜子には言わない方がいいよねぇ」


「う~ん。とりあえずはね。てか、正直どう考えていいのかわかんない」


「ですよねぇ」


 茉莉花の眉間にシワが寄る。


「海でも思ったけど、なんなんだろ、アイツ。桜子の彼氏じゃなかったら知ったこっちゃない話なのにな」


「ですよねぇ」


 茉莉花と雅はお互いに困った顔を見合わせた。


次回「その4 流星観測会」は4/11(金)に投稿する予定です。

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