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その1 エッチなお姉さん

 桜子は面食らっていた。結城は一人暮らしをしていると聞いていたので、勝手にアパートに住んでいるイメージを持っていた。ところが目の前にあるのは大きなマンションである。

 浴衣姿の桜子が結城に導かれて自動扉の中へ入ると、そこには数字のボタンの並んだパネルが設置されていた。

 桜子は初めて見る実物に、興奮気味に訊いた。


「これ、オートロックってやつ?」


 結城はパネルに鍵を差し込んで内側の自動扉を開けながら、平然と答えた。


「そうだよ?」


 よく考えると、元々は家族と一緒に住んでいて結城一人がそのまま残ったのなら、特に不思議な事でもない。

 結城はポストの中をチェックしてからエレベーターまで行き、ボタンを押した。エレベーターは一階に止まっていたのだろう。ドアはすぐに開いた。桜子は乗り込む結城の背中を追った。

 部屋は二階だった。結城は鍵をあけると桜子を中へいざなう。

 桜子は気の抜けた声で言った。


「おじゃましま~す」


 廊下を進むと突き当たりにリビングへ続くドアがある。桜子が結城と共にリビングに入ると、ソファの上にはキャミソールとショーツしか身に付けていない若い女性がだらしなく寝そべっていた。桜子は再び面食らった。

 結城が不満の声をあげた。


「ちょっと、由香ゆかねえ。桜子が来るから服を着といてって言ったよね」


 由香姉と呼ばれた女性は、のそのそと上体を起こした。


「コンビニとか寄ってくるかと思ったのよ」


「このあと、すぐランチに行くって言ったの、由香姉だよね」


 由香姉はソファの上であぐらをかいた。


「すぐとは言ってないじゃん。それに、元気も浴衣に着替えるんじゃないの?」


 結城の下の名前は元気げんきである。身内からは名前で呼ばれているのだろう。


「そんなの五分もかからないよ」


「あたしだって服着るの、五分かからないからいいじゃない」


「そういう問題じゃないよ。桜子が来るのに、みっともないだろ」


「みっともない体はしてないよ」


 由香姉はあぐらのままガッツポーズをしてみせた。鍛えられて引き締まった筋肉質な体をしている。


 桜子はドキドキしていた。

 いま同居しているという結城の身内が女性である可能性は考えなかったわけではないが、思っていたよりも若いし美人だ。おそらく二十代なかばだろう。

 そんな女性が結城の前で平気で下着姿を晒している。さっきの結城の口ぶりだと、いつも家ではそんな格好で過ごしているような感じだ。おまけにレース多めで透け面積の広い刺激的な下着だった。結城は結城で、そんな格好をなんの遠慮もなくガン見している。

 桜子は深呼吸をした。


 ――落ち着け、落ち着け。由香姉って呼んでたから、きっとお姉さんに違いない。


 そこで桜子は訊いてみた。


「結城くんのお姉さんなの?」


 結城は笑顔で答えた。


「あ、ごめん。この人は島田しまだ由香ゆか。仕事の先輩だよ。まあ子供の頃から知ってるから、姉貴みたいなもんだけどね」


 由香姉は桜子に手を振った。


「よろしくねぇ。桜子ちゃん」


 桜子は慌てて頭を下げる。


「あ、はい。よろしくお願いします」


 結城が説明する。


「桜子に会いたいから一緒にランチしようって言い出したのは由香姉なんだよ。ごめんね。呼びつけて」


 首を振る桜子。


「大丈夫。縁日に行くついでだし」


「でも、現地集合の方が楽だったでしょ?」


「ランチ、楽しみだよ?エスニック料理なんて食べたことないもん」


「由香姉が店を見つけたから行きたいんだって」


 由香姉が手に持った缶を高く掲げた。


「だって好きなんだもん、エスニック。長野にもあるのね。そういう店」


 由香姉の手にある缶に気づく結城。突然、声をあげた。


「ちょっと、由香姉!それ、酒じゃん!」


 由香姉は缶を眺めて答えた。


「あ、ホントだ」


「ホントだじゃないよ。運転できないじゃん」


「大丈夫、大丈夫。エスニック料理、歩いて行けるから」


「そのあと善光寺まで送ってもらおうと思ってたのに…」


「バイク2ケツで行けば?」


「浴衣でかよ。それに免許取って一年未満は二人乗り禁止なの」


「なんだ?それ。ペーパーでも一年経ったらオーケーなのか?」


「知らないよ。――いいよ、もう。電車かバスで行くから」


「そうすれ、そうすれ」


 由香姉は缶チューハイを飲みほし、結城は苦い顔をした。





 エスニック料理の店でも由香姉はビールを頼んだ。顔をほんのり赤くして、ご機嫌である。


「可愛いねえ、桜子ちゃん。前世の許嫁いいなずけなんでしょ?」


 浴衣姿の結城は冷めた表情で答えた。


「そうだけど?」


「そんな話でよく彼女になってくれたね」


「どうせ馬鹿にしてるんだろ」


「してないよ。繁之しげゆきさんがそうだって言ってるんだから、そうなんでしょ?」


「由香姉、繁之さんも馬鹿にしてるじゃん」


「おっと、やめてよ。イジらせてくれる優しい先輩だから甘えちゃってるけど、凄く尊敬してるんだから」


「ホントかなあ」


「今朝だって、ちゃんと進捗は報告したよ」


「そういえば、今日はのんびりしてていいの?」


「あんたが激しく踊ったおかげでお客様がどん引きして省エネモードになってるのよ。焦ってもしょうがない」


「ごめん。悪かったよ」


高切たかぎれはしてないから、そのうちアタリもあるでしょ」


「ボクはいつ復帰すればいい?」


「だから焦りなさんなってば。そんなだからケガするのよ」


「だって…」


「少なくとも夏休み中は彼女と楽しみな。心配しなくても絶対にバラさないから」


「うん…」


 桜子には関係なさそうな話題で蚊帳かやそとだったが、桜子本人は気にしていなかった。それよりも気になる事があった。桜子は由香姉の格好をジロジロと眺めていた。

 由香姉は、それに気づいて訊いた。


「どうしたの?何か気になる?」


 急に声をかけられて、桜子は思っている事をそのまま訊いてしまった。


「あの、いつもそんなエッチなカッコしてるんですか?」


 由香姉はヘソ出しチューブトップと、ローライズなダメージデニムのホットパンツを穿いていた。あと身につけているものと言えば細紐のサンダルとネックレスとピアスだけで、髪型もショートカットなので肌を隠すモノが極端に少ない。

 由香姉は笑いながら答えた。


「そうだけど、言うほどエッチかな?」


「なんか水着みたいです」


「そう?水着で街を歩いてたら捕まりそうだけど、これなら捕まらないと思うよ」


「でも露出が多すぎます」


「だって、暑くない?」


「それは、まあ……」


「それに、割れてる腹筋と細マッチョな生腕や生足を見たところで、色気なんて感じなくない?」


「でも、でも、下着姿で部屋の中をウロウロするのは目の毒だと思うんです」


 そこで由香姉は桜子の懸念に気がついた。


「ああ。エッチなお姉さんが一緒に住んでると、元気が元気になっちゃうんじゃないかと心配してるのね」


 結城がすかさずツッコミを入れる。


「おい、やめろ!」


 由香姉はニヤけた顔を結城に向けた。


「気にしたことなんて無かったけど、実際どうなのよ。思春期になったんだし、配慮が必要?」


「いや、その思春期男子の前に、下着どころか風呂からスッポンポンで出てくるのはどうかしてるとは思ってるよ」


 スッポンポンの単語に桜子は衝撃を受けた。実の姉だったとしても度が過ぎているように思える。

 由香姉は悪びれる様子もなく言った。


「だって、あたしの中では初めて会った小学校低学年のままの元気なんだもん。あの頃は一緒にお風呂にも入ってたし」


「まあ、わかるけど。ボクも同じだから。姉さんたちの裸なんて見慣れすぎて、今さら何も感じないよ」


 桜子は複雑な気分だった。「姉さんたち」ということは、結城に平気で裸を見せるのは由香姉だけではないという事だ。ただ、何も感じないのなら安心していいのかもしれない。でも、そんな「姉さんたち」に慣れているから桜子に対しても平然としていられるのかもと考えると、何か釈然としないものを感じる。


 由香姉は口を尖らせて言った。


「じゃあ、下着姿ぐらいなら許してくれるよね。実際、楽チンなのよ」


「いや、でも来客の時ぐらいは上を着てよ」


「だからコンビニとかでもう少し遅くなると思ってたんだってば」


「今日だけじゃなくて、その格好で配達を受け取るのとかはやめてくれよ。下でピンポン押してから上がってくるまで時間あるよね」


「二階だもん。言うほど無いよ」


「いや、上を羽織る時間ぐらい待ってもらえって。ボクまで恥ずかしいし、ボクが出た時の男性配達員のガッカリした顔はちょっとキツい」


「あらま。そうなの?」


「てか、恥ずかしくないの?」


「楽チンが勝つ」


「あ、そ。もう何も言わない」


 桜子は少し面白くなってクスクスと笑った。





 エスニック料理の店の前で由香姉と別れ、浴衣姿の桜子と結城は手を繋いで裏通りを歩きだした。

 他愛もない話をしながらしばらく歩いたところで桜子がふと横道の方を見ると、視線の先に雅がいた。ちょうど建物から出てくるところだった。


「結城くん、ちょっとゴメン」


 桜子は小走りに雅の元へ向かった。


「雅ちゃ~ん!」


 雅も桜子に気付いたが、表情はあきらかに困惑している。

 桜子は雅の前で立ち止まると建物の方を見ながら訊いた。


「雅ちゃん、何して…た……の…………?」


 建物を見た桜子は唖然とした。そこには産婦人科医院の文字があった。

 桜子が視線を戻すと、雅は気まずそうな顔をしている。

 そこへ結城も追いついて来ていた。結城も建物を見て「えっ?」と小さく言った。

 雅はやっとといった感じで桜子に訊いた。


「なんでこんな所にいるの?」


 桜子は言い訳でもしているようにどぎまぎと答えた。


「あ、いまそこで遅めのランチしてたの。これから善光寺に向かうところだよ」


「縁日には早くない?」


「わたし、善光寺は初めてだから、周りを色々と見ようと思って…」


「そう…」


 そこで会話が途切れた。

 少しの沈黙のあと、桜子が唐突に囁くように訊いた。


「もしかして、大輝くんとの子供……?」


「ばっ……!」


 驚いたのは雅の方だった。結城の方を気にしつつ、雅は桜子に耳打ちをした。


「産科だけじゃなくて婦人科もあるでしょ?生理不順て事にしておいて」


 桜子はキョトンと雅の顔を見てから、こくりと頷いた。


「うん…」


「じゃ、行くから」


 雅は足早に去っていった。

 その後ろ姿を見送ってから、桜子はボーッとしたまま呟くように言った。


「生理不順だって…」


 結城は苦笑いしながら言った。


「だろうね。ていうか彼女、ボクに聞かれないように耳打ちしたんでしょ?そんな女の子の事情までボクに話さなくていいから」


「だって、妊娠だと誤解してるといけないから」


 結城はクックックと笑った。


「大輝くんって長野に来てから二週間ぐらいでしょ?妊娠には早すぎない?」


「言われてみれば…」


「あはははっ。面白いなあ、桜子は」


「あー、バカにしてるでしょー」


 結城の胸を両手でポカポカと叩く桜子と、それを笑って受け止める結城の姿は、どこに出しても恥ずかしい立派なバカップルだった。





 桜子が善光寺の縁日から帰ってくると、リビングには茉莉花と雅がいて、コーヒーを飲んでいた。

 雅が立ちながら訊いた。


「桜子もコーヒーでいい?」


 いつも通り茉莉花の隣に座りながら、桜子は頷いた。


「うん」


 座った桜子に茉莉花は訊いた。


「縁日、どうだった?」


 桜子は待ってましたとばかりに答えた。


「楽しかったよ、すごく」


「そう、それは良かったね」


「うん。提灯とか境内とか凄くキレイだったし、面白かったのはね――」


 桜子は脈絡もなく話し続けた。



 雅がコーヒーを入れて戻ってきた。

 茉莉花は雅が桜子の前にカップを置いてソファに座るのを待ってから桜子の話を止めて切り出した。


「あのね、桜子。雅から話があるんだって」


 桜子は雅の方を向いてから、本当に何も心当たりが無いといった様子で訊いた。


「え?なに?」


 雅は優しく笑って、逆に訊き返した。


「桜子はあのとき、あたしがホントに妊娠したと思ったの?」


 桜子は申し訳なさそうに謝った。


「あ、ごめんね。わたし、産婦人科って行ったこと無いから、単純に子供が産まれる所ってイメージしか持ってなくて。生理不順とかもなったこと無いし」


 苦笑いする雅。


「そういう事じゃなくて、あたしが妊娠すると思った?」


 桜子は慌てた。


「違うの、違うの。雅ちゃんがそんなエッチな事する子だなんて思ってるわけじゃないの。ただ、大輝くんみたいなステキな彼氏ができたらいいのになって思ってただけなの」


 雅は声を出さずに笑いだした。

 茉莉花は雅に言った。


「ねっ」


 雅は涙目になって笑いながら、顔を上げて茉莉花を見た。茉莉花は念を押すように首を傾けて再び言った。


「ねっ!」


 雅は大きく頷き返した。


「ホント、この子には誰も敵わないわね」


 桜子の頭の上にクエスチョンマークが咲き乱れた。


「なに?なに?どういうこと?」


 雅の声が優しくなった。


「桜子、あたしの事を大好きって言ってくれたでしょ?」


「う、うん。大好きだよ?」


 少し赤くなる雅。


「ありがとう。あたしも桜子のこと、大好きよ?」


「え?」


「ううん。大好きになったって言った方があってるかな?」


 桜子の目が潤んだ。


「う~うれじい…」


「だからね、桜子には本当のあたしを知ってほしいの」


「へ?」


 雅はまっすぐ桜子に向き直り、真剣な表情で言った。


「あたしの大切な秘密を聞いてくれる?」


 桜子も真剣な表情で雅の方を向き、迷いなく答えた。


「安心して。お墓まで持っていく――ううん。死んでも持ち続けるから」


 雅は笑顔だったが、目は潤んでいた。


次回「その2 雅の告白」は3/28(金)に投稿する予定です。

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