その8 違うジャンルだよ
最終日、まだ海へ行きたがるメンバーが多かったので、沙羅咲たちは午前中いっぱい遊んでから帰ることにした。けれども茉莉花たちには、もう充分だった。
茉莉花と雅と桜子と大輝はマンチカンの運転ですぐに出発した。もちろん結城もバイクですぐに出た。
帰りの車の中で茉莉花が気の抜けた声を発した。
「無事に終わって良かった、良かった。一時はどうなるかと思ったけど」
雅が訊いた。
「まあ、なんとなく感じてはいたけど、ホントにそんなにヤバかったの?」
「ヤバいと言うより、やたら多かったのよ。なんか淀んだ感じもしたし。すごく気持ち悪かった」
「気持ち悪い?」
「なんてーか不自然な感じ?ま、海に引きずり込む罠の事とか、神社の千社札の事とか、全てが他の霊能者の所業なんだとしたら、この不自然さの説明はつく気がするけどね」
「でも、なんのためにそんな事するの?」
「知らないわよ。なんのためにそんな事するのかわかんないような犯罪者なんて山ほどいるけど、それと同じじゃない?」
「いや、それでも動機になるような犯罪心理とかあるじゃない」
「雅はホントに好奇心が強いね。わたしなんて、そんなのどうでもいいもん。悪意を持って犯罪を犯すヤツなんて全員死ねって思うだけで。被害者からしてみたら心理状態なんて言い訳にされてたまるかっての」
「まあ正論だけどね」
桜子が笑いながら言った。
「まるで茉莉花ちゃん、被害者になった事があるみたいな言い方だね」
一瞬、茉莉花の動きが止まった。けれどもすぐに言葉を返した。
「……あー、えーと……大夢くんの事を思い出してね」
桜子の声のトーンが落ちた。
「そうよねぇ。あの子の事を思うと、そう思うよねぇ」
「でしょ?」
「で、なんの話をしてたっけ?」
「忘れた」
雅が苦笑いする。
「海の罠とか、千社札とか、意図がわからないって話」
茉莉花が鼻で笑う。
「だから雅は考えすぎだって。海の罠なんてわたしが言うのもなんだけど、人為的ってのはあくまでわたしの主観だからね。どっちにしろどうしょもないし」
「まあ……ね」
「千社札だって現地でも言ったけど、封印場所に困ってしてるだけかもしれないよ。わたしだって――あっ……」
「あっ?……あっ、なあに?」
「……いや、なんでもない。なんでもない」
「怪しいわね」
冷や汗をかいている茉莉花。
「いやだなあ。なんも隠してないよ」
「それ、なんか隠してる人のセリフよね」
「え~?そ~お?」
「封印場所に困ってるだけかもしれない。わたしだって――なに?」
「え~?知らない方がいいと思うよ」
雅の口調がキツくなる。
「いいから早く」
「えーとねー。あのねー。やっぱ、言わなきゃダメ?」
「い・い・か・ら・は・や・く!」
茉莉花は観念した。
「あ、ほら。桜子が来る前って除霊してたじゃない?」
「そうね」
「でも、ちょいちょい失敗してたじゃない?」
「そういえば、失敗した時は封印してたわよね」
「…………」
「あれ、どうしたの?」
「て…適切な場所に安置してあるよ」
「ん?適切な場所?」
「そそ」
「適切な場所って?」
「それはもう、適切な場所よ」
「だから、それはどこ?」
「どこかなぁ?」
「茉莉花、おやつ抜きね」
「や~ん。言います、言います」
「はい、どこ?」
「………………学校」
「――!!」
驚愕の顔を隠せない雅と桜子と大輝。
雅は震える声で訊き返した。
「が、学校って言った?」
「…………はい」
「学校って、あの学校?」
「……うん」
「あたしたちが通ってる?」
「そ」
「な、なぜ?」
卑屈な笑みを浮かべる茉莉花。
「お母さまが理事長をやってる学校だし、いいかなって」
「いいかなって――じゃないわよ!あたしたちが卒業したあと、どうするつもりだったの?!」
「だって…」
「なんでマンチカンの所のお寺に頼むとかしなかったの?」
運転していたマンチカンが慌てて答えた。
「いやいや。頼まれたけど、何かあった時、オレじゃ対処できないよ」
雅が呆れた声で言った。
「あなたお坊さんでしょ?頼りないわね」
「そんなこと言ったって、全ての坊主が神通力を使えるわけじゃないんだから…」
「お肉ばっかり食べてるからいけないのよ」
「関係ないと思うんですが。雅さん」
雅は天を仰いだ。
「あーもう。放っておけないじゃない」
それから茉莉花の方を見て言った。
「どのぐらい封印してあるの?」
茉莉花は考えつつ答えた。
「よく覚えてないけど、雅のつけてる記録を見ればわかると思う」
「まあ、そっか。じゃあ、新学期になったら少しずつ浄霊していくよ」
「え~?」
「え~?はこっちよ。…ていうか、桜子よ。自分が来る前の仕事の尻拭いをさせられるんだから」
桜子は首を振った。
「ぜんぜん、ぜんぜん。大丈夫。やるよ」
雅は桜子を指さした。
「はい、そこ。茉莉花を喜ばすようなこと言わない」
茉莉花は情けない顔をした。
「雅ちゃん、厳しい…」
雅は眉間にシワを寄せた。
「誰のせいよ」
突然、大輝が笑った。
雅がびっくりして訊いた。
「どうしたの?」
大輝は満面の笑顔で答えた。
「だって雅が生き生きしてるから。ホントに長野に来て変わったんだね。そうしたのが俺じゃないのが悔しいけどさ」
大輝の発言によって茉莉花と桜子は調子を狂わされていたが、雅は意外と冷静に言い切った。
「そうよ。長野に来たからあたしは変われたの。だからあたしに過去は必要ないのよ」
それが大輝も必要ないと言っているのに等しいという事は、そこにいる誰にでも理解できた。だが、誰もそれを咎められない。事実だからだ。
車内の空気が重くなった。それに耐えかねて、桜子は無理矢理に話題を変えた。
「ねえねえ。楓花ちゃんと亮くんって、どう思う?」
茉莉花も乗っかった。わざとらしく信じられないといった顔を桜子に向ける。
「ちょっと桜子。あんた、いつからあの子たちを下の名前呼びするようになったの?」
「え?いつからだろ。気付いたら?」
「とんだコミュニケーションお化けね」
マンチカンが茶々を入れる。
「お化けとコミュニケーション取ってるだけに?」
茉莉花の声が冷たくなる。
「つまんない。座布団ほしかったのか?」
マンチカンは寂しそうに付け加える。
「いや、桜子のコミュニケーション力が浄霊を成立させてるんだろうなって…」
雅が頷く。
「確かに霊に話しかける時、桜子は躊躇しないもんね。あたしなんて、慣れてないから緊張するもん」
茉莉花が大きく頷く。
「雅の能力は拒絶が基本だもんね」
雅は大輝の方をチラリと見てから反論した。
「別に拒絶する能力ってわけじゃないから。むやみに人を拒絶するのは茉莉花の専売特許でしょ?」
「あれ?ディスられた?わたし今回けっこう頑張ったと思うけど」
「まあ、確かにね。お姉様がたと一緒に温泉に入ったんでしょ?」
「あ、それは意外と平気だった。一番年下ってポジションだったからか、あんまし無理してない」
「そう?」
「それじゃなくて、他の子たちとも上手くやってたでしょ?」
「だいたいは受け身だったけどね」
「いいじゃない。受け身でも」
「まあ茉莉花の場合、己の八方美人な性格っていう見えざる敵にはめっぽう弱いもんね」
「ちょっと。勝手に敵にしないでくれる?自分のそゆとこ、嫌いじゃないんだから」
「でも流星観測、オーケーしちゃったよ?」
「ああ~っ……。ホント、自分のそゆとこ嫌い」
「どっちやねん」
大輝が笑っている。それをホッとした表情をして横目で見ていた雅は、思い出して桜子に訊いた。
「そういえば、さっきの桜子の質問ってなんだっけ?」
桜子自身も忘れていた。思い出して言った。
「あ…だから、楓花ちゃんと亮くんって長野に帰っても付き合うかな?バカンス中に付き合ったカップルって、帰ったら冷めるとか言うじゃない?」
茉莉花が目を丸くした。
「えっ?あの二人、付き合ってんの?」
「見てたらわかるじゃない」
その桜子の言葉を雅が補足する。
「付き合ってるっていうか、肝だめしのあと急にいい雰囲気になったよね。ずっと一緒にいたし」
茉莉花は眉間にシワを寄せた。
「気付かなかった」
雅は笑った。
「そりゃ、気付くわけないわよ。茉莉花はあの二人に全く興味ないもん」
「人聞きの悪い。少しは興味あるよ」
「ホントかな」
「……ごめん。ウソです。これっぽっちも興味ない」
「ほら」
「でも明日香と颯空が仲良くなってたのは気付いたよ」
「ああ、そうね」
桜子は目を輝かせて訊いた。
「どう思う?あれって恋愛かなぁ」
茉莉花は冷めた口調で答えた。
「明日香が颯空みたいなのに恋するとは思えないから、女友だち感覚なんじゃない?」
雅が反論する。
「そんなの、わかんないじゃない。茉莉花、明日香の事なんて本当はよく知らないでしょ?」
「よくは知らないけど、男らしい彼氏がいいとか言ってなかった?中等部の頃」
「あー、言ってたかも」
「だったら颯空は対象外じゃん」
「まあねぇ」
「なんにせよ、このまま仲良くなって一緒に帰宅部やってくんないかな?」
「あれ?明日香って、何か部活に入ってなかったっけ?」
「えっ?ホントに?……何部?」
「いや、わからないけど…」
茉莉花はニヤついた。
「雅だって知らないじゃん」
「あたしは基本、茉莉花と桜子にしか興味ないから」
そこで桜子は、はしゃいだ。
「雅ちゃん、わたしに興味もってくれてるの?」
雅は冗談で言ったつもりだったので、桜子にそこまで反応されるとは思っていなかった。だから、少したじろいだ。
「ま…まあ、興味はあるわよ?」
「ホントに?嬉しい」
「あ、そう。嬉しいんだ」
「そりゃ、そうでしょ?大好きな人に興味を持ってもらえてるんだもん」
雅は苦笑いした。
「大好きなのは結城くんでしょ?」
「結城くんは違うジャンルだよ」
「違うジャンル?」
「好きな食べ物と好きなアニメと好きな場所はみんな好きだけどジャンルが違うでしょ?家族に対する好きと雅ちゃんたちへの好きと結城くんに対する好きはジャンルが違うの」
「なるほど…」
「それに結城くんのこと好きか、ホントはわかんないんだ。優しいしカッコいいし一緒にいて楽しいけど、わたしのこと凄く持ち上げてくれるから、そんなの生まれて初めてで、わたし酔っちゃってるだけなんじゃないかなって」
茉莉花が諭すように言った。
「そうよ。酔ってるだけなのよ。絶対に勘違いしちゃダメ。桜子は結城なんか好きになってないんだから」
不安な顔をする桜子。
「ホントにそう思う?」
雅は茉莉花を睨んだ。
「また、そうやって!」
桜子を優しくなだめる雅。
「大丈夫よ。桜子は結城くんのこと好きに決まってる」
少し表情が明るくなる桜子。
「ホントに?」
「だってあのアホ面は、どう見たって恋しちゃってる顔じゃない」
「え?あれ?わたし、褒められたの?けなされたの?」
「褒めたに決まってるじゃない」
「ああ、そうなんだ。ははっ…。ありがと」
「それに好きか嫌いかなんて1か0かじゃないでしょ?一緒にいて楽しいなら、少なくとも好意は持ってるって事じゃない。そこからもっと好きになるかどうかはわからないけど、考えて決める事でもないわよね?」
茉莉花が不満そうに言った。
「雅はやけに桜子とアイツのこと推すじゃない」
雅は笑顔で答えた。
「推してるつもりはないけど、桜子に興味があるのは本当よ。興味があるからこそ、できれば上手くいってほしいって思うじゃない?」
桜子が感動の表情を雅に向けた。
「雅ちゃん…。だから大好き。わたしも雅ちゃんには興味津々だよ?」
雅は複雑な顔で笑った。
「あ…そう?」
桜子はその表情を見て、ハッとなった。
「あ、でもでも、別に言いたくない事とか、別に無理に知ろうとかは思わないよ?うん」
桜子の取って付けたような言葉に、雅はハの字眉で笑い、茉莉花は苦笑いした。
帰ったその日は早めに夕食を取り、そのあと順番に風呂に入った。最後の桜子が風呂から出てくると、茉莉花と雅はリビングでくつろいでいた。
桜子はコップに注いだ麦茶を持ってリビングに来ると、ソファのいつもの場所に座って言った。
「ヒリヒリするぅ」
桜子は腕の日焼けあとを茉莉花と雅に見せた。それを見て雅は痛そうな顔をした。
「赤くなってるじゃない。ボディクリームとか塗った?」
「あとで部屋で塗るぅ」
「そうしなさい」
茉莉花が溜め息をついた。
「赤くはなってないけど、わたしも思ったより焼けたのよね。不覚だわ」
茉莉花も腕を前に出して見せた。雅は苦笑いした。
「ホントね」
「日焼け止め、たっぷり塗ってたのに…」
「海に行って焼かない方が難しくない?」
「そういう雅は焼けてないじゃない」
「焼けてるわよ。ほら」
雅は腕を出した。それを見て、茉莉花はしかめっ面をした。
「ぜんぜん焼けてないよ」
「焼けてるってば。ほら、水着のあとがついてるでしょ?」
雅は肩をずらして見せた。確かにうっすらとではあるが白く肩紐のラインが浮き出ている。
茉莉花は仏頂面になった。
「そんなの焼けたうちに入んないよ。うらやましい」
「そんなこと言われても……」
「ああ!ホントの見えざる敵は紫外線だったかぁ!」
桜子が笑う。
「あはは。うまいこと言うなあ。茉莉花ちゃん」
雅が鼻で笑った。
「おあとがよろしいようで……」
オチがついたところで今回の旅行は終了した。
第八話 見えざる敵と危険なバカンス
――終わり――
次回からは「第九話 会いたい人」が始まります。
「その1 エッチなお姉さん」は3/21(金)に投稿する予定です。
3/18(火)にはおまけの話を投稿する予定です。




