その7 露天風呂にて
チョロチョロとお湯の流れる音が絶え間なく響く。まだ空の明るさは残っているものの、日が山の端に隠れてまもなくランプや石燈籠を模した照明がともり、露天風呂に風情を加える。
池のような湯船は岩で組まれていて、向こう岸ちかくでは二人組の若い女性客がすでにお湯を堪能していた。
最初に訪れた日と違い、今回の鈴代荘は休館日ではなかった。ただ連泊客がきわめて少ない日だったので、夕方のチェックイン客が来るまでの時間を浄霊のためにもらっていたのだ。
仕事後のご褒美の温泉は、浄霊成功に大いに感謝しているホテル側が喜んで入らせてくれたが、そろそろ到着する客も増えてくる時間なので貸し切りというわけにはいかなかった。
先客の女性二人は控えめにではあるがキャッキャとはしゃいでいる。どうやら茉莉花たちを見てテンションが上がっているようだ。
それもそのはずである。
あくまでもサービスで解説すると、茉莉花は脱いでもプロポーションが変わらない。
しっかりと大きさはあるのに補正などしなくても形よく保たれている張りのある胸。むしろ裸の方がはっきりとわかる引き締まった腹部とシャープなくびれ。
頭の上でまとめた髪が普段は隠している背中には、天使の羽のような理想的な肩甲骨と、真ん中に歪みの無い真っ直ぐな線が一本通っている。それを斜めから見ると緩やかなS字を描いており、臀部の膨らみへと滑らかに続いている。
腕は太すぎず細すぎずしなやかで、足はまるでストッキングを穿いているような美しい曲線を描いている。
完璧な造形だ。
その体の上に美しく小さい顔が乗っていれば、それはもう芸術品と言っていい。
それに対し、あくまでもサービスで解説すると、桜子のエロ可愛さは脱いでも変わらない。いや、むしろ余計に生々しい。
小柄で華奢な印象なのに、必要な部位にはちゃんと脂肪がついている。丸くて柔らかそうな胸は、大きすぎるわけでもないのに存在感がある。
子供服が着られるからといって決して幼児体型というわけではなく、発展途上ながらしっかり女体している。
その体の上に目の大きな幼顔が乗っていれば、それはもう萌えキャラと言っていい。
そしてもう一人、雅――は、いない。
湯船に並んで浸かっている茉莉花に、桜子は訊いた。
「雅ちゃんは?」
「ああ、セバスチャンと一緒に先に帰ったよ。夕飯の用意しとくって」
「なんで?楽しみにしてたんでしょ?温泉」
「今日は温泉、ダメな日だって」
「あ~~~。そっか、残念」
女の子にだけわかる話である。
茉莉花は右手の人差し指を立て、わけ知り顔で言った。
「それに、こういうサービスは勿体ぶって小出しにするものよ」
「サービス?……誰に?」
「……あそこのお姉さんたちに?」
「小出しにしても、もう二度と会えないと思うよ」
茉莉花は苦笑いした。
「そこは気にしなくていいのよ」
そこで桜子は気づいた。
「あれ?セバスチャンが帰ったなら、わたしたちはどうやって帰るの?」
「大丈夫よ。マンチカンのポンコツで送ってもらうから」
「マンチカンさん、まだいるんだ」
「いるよ。雅のおふだを剥がし終わって、今ごろ美人若女将に成功報酬を払ってもらってるとこじゃないかな」
「そういえば報酬って全額わたしたちがもらってるの?」
「そうよ」
「マンチカンさんの分は無いの?」
「無いよ」
「いろいろ調べてもらったのに悪くない?」
茉莉花は鼻で笑った。
「そもそも頼ってきたのは向こうよ。実家が寺だし、なまじっか霊感があるからそんな相談されちゃうみたいね。でも自分じゃ除霊とか出来ないもんだから、わたしに仕事を押しつけてきてるのよ」
「それでもタダ働きはかわいそう」
茉莉花は笑いながら手をヒラヒラと振った。
「今ごろ美人若女将あいてに何してると思う?」
「……?」
「浄霊後の供養だとか、戻ってこないようにするおふだだとか、霊から守るお守りだとか、下手すりゃ今後の法事や慰霊碑まで売り込んでるわよ。慰霊碑なんて受注できたら石屋さんから仲介料をけっこうもらえるらしいよ。生臭いでしょ?」
「あーーそーーですかーー」
確かに完全なタダ働きではやっていられないと思うが、桜子は少しでもマンチカンをかわいそうと思って損をした気がした。
「マンチカンの事なんてどうでもいいのよ。それよりね――」
茉莉花は話題を変えた。
「わたし、浄霊って初めて見たわ。誰かに教わったの?」
桜子はかぶりを振った。
「ううん。気がついたら出来るようになってた」
「なにそれ、凄いじゃない」
「けど最初は浄霊してるって知らなかったの。困ってる人達を助けてただけで。そしたら、たまたま知り合った偉いお坊様がそれは浄霊だよって教えてくれたの」
「へえ」
「あ、でもそういう意味では教わったって言えるのかも。ちょうどそのお坊様が近くに一週間ほど滞在されてたからちょくちょく会いに行ってたんだけど、その時に少し浄霊についての知識とか心構えとか仏教的な意味や様式とかは教わったかな」
「よかったね、いいお坊さんに出会えて」
「うん」
「同じお坊さんでもマンチカンとは大違いね」
「でも初めてマンチカンさんが会いにきたとき、そのお坊様から聞いて来たって言ってたよ。知り合いなんじゃない?」
「そうなの?意外とあいつ、人脈があるんだよなぁ」
「紹介状も持ってた。じゃなきゃ、あの格好のお坊さんなんて信じられなかったかも」
桜子は笑った。
茉莉花は思い出して訊いた。
「そえば、マンチカンが言ってた百人を浄霊したってホントなの?」
「たくさん浄霊したのは確かだけど、百人かはわたしは知らない。誰か数えてたのかな?」
「そうかもね」
「ただ、説得の必要がいらない四十九日法要のお手伝いとか霊の方から頼んでくる場合なんかも含んでるから、実際に説得して浄霊したのはもっとずっと少ないんじゃないかな」
「それでも実績は充分じゃない?見事な浄霊に見入っちゃったよ」
「そお?」
桜子は照れた。
茉莉花は桜子を見つめて微笑んだ。
「最初の日、使えないなんて言ってごめんね」
「ううん」
「これからも、あれが見られると思うと楽しみで仕方ないわ」
「ホント?」
「もちろんよ」
桜子は、茉莉花が不埒な意味合いで楽しみにしているとは露知らず、自分の仕事が認められた気がして素直に喜んだ。
第一話 落とし物
――終わり――
次回からは「第二話 愛しのジョージ」が始まります。
「その1 オフィスビルの霊」は一週間後の6/25(火)に投稿する予定です。
6/21(金)にはおまけの話を投稿する予定です。