その7 杉浦先生
海から別荘に戻ると杉浦が見当たらない。声を出して呼んでも出てこない。沙羅咲は慌てて二階へ駆け上がっていった。
茉莉花と雅は顔を見合わせた。杉浦美海をまだミナミ先生の疑いから外したわけではない。もし杉浦がミナミ先生だとすれば、この旅行中に何かがあっても不思議ではない。
その時、楓花のスマホが鳴った。沙羅咲かららしい。
「どした?」
「うん、うん」
「うん、わかった」
電話を切ると、楓花は言った。
「先生、上のバルコニーのデッキチェアでお酒飲んで寝てるって。揺すっても起きないらしいから赤坂くんと神谷くん、運ぶの手伝って。ほっといたら風邪ひいちゃう」
亮と奏太が返事をする。
「了解」
「いいけど、マジかよ」
楓花と亮と奏太が二階へ上がっていった。
茉莉花と雅は頷きあってから、あとを追った。
二階に作られた広いバルコニーにはデッキチェアがあり、その上に杉浦はだらしなく寝そべっていた。デッキチェアの横には乾き物が食べ散らかされた小さなサイドテーブルと、床には缶酎ハイや缶ビールが入ったクーラーボックスが置いてあり、周りには空き缶が何本も散乱していた。
楓花が呆れて言った。
「具合が悪かったんじゃなかったの?」
沙羅咲が苦笑いした。
「まあ、許してあげて。二十代後半の大人が、ずっと十代の子たちに付き合ってもいられないよ」
「そりゃ、そっか」
亮と奏太は沙羅咲の先導で杉浦を運んでいった。
「あたし、ちょっと掃除道具を持ってくる」
楓花は中へ入っていった。
空き缶などを集めながら、茉莉花は雅に言った。
「やっぱりわたし、杉浦先生とミナミ先生の人物像が一致しないのよね。エロい意味での妖しさはあるけど、不穏な怪しさを感じないのよ」
おつまみの食べ散らかされたサイドテーブルを片付けながら、雅は言葉を返した。
「でも話の中のミナミ先生に、そもそも悪意は感じないわよ。むしろ親切なくらい。ただ、ああも続くと死を呼び込んでいるようにどうしても見えてしまう。まるで死神みたいに」
「まあ確かにね」
「茉莉花の言う通り、調べたところで何の意味も無いかもしれない。意味があってもあたしたちには何も出来ないかもしれない。でも、もし身近な人たちに不幸の訪れる可能性があるのなら、あたしは絶対に無視できない。ミナミ先生が見知らぬ人ならまだ他人事でもいられるけれど、もし杉浦先生だったならって考えるとゾッとするわ」
「う~ん。まあ、気持ちはわかるけど。――わかった。じゃあ、監視……とまではいかないけど、杉浦先生を気にしておこ?遊びに来たって口実で定期的に保健室に顔を出してもいいし」
「うん…」
雅は小さく頷いた。
夕食後、別荘の庭で予定どおり花火をすることになった。その頃には杉浦も完全に復活していた。
花火は楓花の伯母が七月に別荘を利用した時の余りを置いておいてくれたらしいが、余りなどという量じゃなかった。おそらく楓花が多くの友人と一緒に利用するのをわかっていて、多めに買い込んでおいてくれたのだろう。
それだけ沢山あるものだから、花火はおおいに盛り上がった。
花火のあと、最後の夜を惜しみ、別荘の中へ戻って全員で怪談大会をすることになった。
部屋の灯りを暗くして、ランタンを灯す。怪談話をするにはなかなかいい雰囲気が出来上がった。
今回の話し手は心霊研究会だけではなかった。颯空と亮と陽葵と杉浦も話す事になった。
逆に桜子は話し手を辞退した。話し手の人数は多かったし、そもそもネタも自信も持っていなかった。
怪談話は、茉莉花は相変わらず実体験を脚色して怖く仕上げていたし、雅はパクリ怪談を自分の知り合いの実体験として話した。また、颯空はおそらく自分の実体験らしいリアリティのある話をしたし、亮と陽葵はそれなりの怪談話を持っていた。
どれもそこそこ怖い話だったので、それなりに盛り上がった。
最後に杉浦が話す事になった。
怪談は杉浦が、ある公立中学に養護教諭として勤めていた時の話だった。
杉浦はある生徒のいじめに関する相談を何回も受けていた。杉浦はその生徒のメンタルに対するケアに努め、担任教師や校長に対してはいじめ自体の解決を求めた。その問題は職員会議にもかけられ、教師たちの働きかけによって表面上は解決したかに見えた。
ところが、その生徒の相談は終わらなかった。どうやら教師たちに見えない所でのいじめは止まっていなかったようだ。その事を再び担任教師や校長に話したが、同じプロセスを踏むだけで、いじめをやめさせるには至らなかった。表面上だけいじめが無ければ教師たちは問題が解決したと主張し、いじめている生徒たちが誰なのか明白なのにもかかわらず、杉浦が何度いじめがあると訴えても本気で止めようとはしなかった。
結果、その生徒は自殺した。
その後、しばらくしていじめグループの一人が保健室へ相談に来た。リーダー格の生徒である。相談の内容は自殺した生徒が元の席に座っているというものだった。他のクラスメイトには見えていないので、幻覚を見ているのだろうかという相談だった。
そのうち、いじめグループの他のメンバー二人も同じ相談にやって来た。話を聞くと、やはり同じようにその自殺した生徒は学校へ普通に登校してくるそうだ。特にいじめの報復をするわけでもなく、あくまでも普通にしているのだという。
いじめグループのリーダーは精神的に追いつめられて、放課後にその生徒の机を倉庫へ片付けたらしいのだが、何回片付けても翌朝には元の場所に戻っていて、その生徒が座っているという。
杉浦はいじめていた生徒たちの相談に乗ってはいたが、正直、親身にはなれなかった。罪悪感から幻覚を見ているのなら、その罪悪感を一生持ち続けなさいとまで思っていた。
しかし、間もなくいじめグループのリーダーが自殺し、その後、次々と他の二人も自殺した。
杉浦自身は幽霊を見たわけではなかったが、生徒の中には幽霊を目撃したと言う子もわずかにいて、いじめグループの三人が自殺したのは怨念によるものではないかという噂が広まった。けれども杉浦は、その生徒が恨みで人を殺すような子にはとても思えなかった。その子はただ単に、平穏に学校へ通いたかっただけではないのかと思っている。
そう怪談を締めくくった。
部屋に戻ると雅は茉莉花に訊いた。
「杉浦先生の話、どう思う?」
茉莉花は少し考えてから答えた。
「怪談だからね。作り話なんじゃない?」
「確かに事実だとしたら不自然なところはあるけど、でも妙にリアルなのよね」
「どこが?」
「報復をするわけでもなく、ただ普通に学校に通ってくるってあたりとか?作り話なら復讐した方が怪談らしいでしょ?」
「でも実話だったとして、わたしたち高校生相手に学校側の不始末を暴露したりする?」
「どうなんだろ」
そこで桜子が割って入った。
「杉浦先生の怪談の話?」
茉莉花が頷く。
「そうよ」
「作り話かどうかが知りたいの?」
「うん、まあ」
「先生に訊いちゃえば?」
茉莉花は気が付いた。
「あれ?桜子には言ってなかったっけ」
「なにを?」
「杉浦先生の下の名前が美海なのよ」
「――?なんのこと?」
「美海先生でしょ?」
「――?ミナミ先生?」
「そ。ミナミ先生」
「…………あっ」
「思い出した?」
「杉浦先生が、あのミナミ先生なの?」
「いや、まだわからないよ。だから、様子を見る事にしたの」
「そうなんだ」
「本人に言っちゃダメよ」
「うん、わかってる」
「ところでさ――」
茉莉花は雅に訊いた。
「――何人いた?」
雅は桜子をチラリと見てから答えた。
「多分、八人」
桜子が首をかしげた。
「何の話?」
茉莉花は笑った。
「近所をさまよってた霊が怪談を聞きに集まってきてたのよ」
驚く桜子。
「え、ウソ」
「邪悪な感じはしなかったから放置したけど、人数が多いとは思わなかった?」
「え~、だって元々多いじゃない」
「気付かなかったかぁ。あそこにわたしたちも含めて二十人以上いたんだけど」
「そうなの?!」
「霊が怪談話を聴きにくるって聞いたことない?」
「ある!なんで?」
「なんでって……。霊が好んで怪談を聴いてると思う?」
「わかんない。神田さんなら楽しんで聴きそうだけど」
「あれは特殊な例よ。普通は自分の想いだけでいっぱいいっぱいでしょ?そのせいで残ってるんだから娯楽を楽しむ余裕なんて無いはず」
「うん」
「それなのに霊が怪談に集まってくる理由には諸説あってね」
「しょせつ……?」
「怪談を話してる人や聴いてる人から無自覚に漏れ出てる霊波が霊にとっては心地いいとか、作られたムードが心地いいとか、霊の話をしてるから逝かせてもらえると思ったとか、いろいろ。――マリアさんの受け売りだけどね」
「へぇ。マリアさん、博士みたいだね」
「マリアさん本人じゃないけど、ホントにそういうの研究してる人がいるんだって」
「ふ~ん」
雅は思い出した。
「その人に訊いたら幽霊電車の事、何かわかるかな」
茉莉花がしれっと言った。
「そんな話もあったね。忘れてた」
「ちょっと。あたし、まだ調べるのやめてないんだけど」
「あ、そうだっけ」
「ウソでしょ?茉莉花、完全に飽きてるじゃない」
「飽きてるってか、雲を掴むみたいな話じゃない?幽霊電車なんて」
「えぇ?!目の前で見たのに、そんなテンションなの?!」
「雅ってわからない事があるとすぐグルグル先生に訊くじゃない?わたしはそれがめんどくさいって思っちゃう性格なのよね」
「そうは言っても、興味がある事とか必要な事は徹底的に調べるじゃない」
「確かに幽霊電車にもミナミ先生にも興味ないからなぁ。雅の好奇心には脱帽よ」
「馬鹿にしてる?」
「え?リスペクトしてるんだけど」
「だったら協力してよ。少なくとも幽霊電車の方は依頼があったのに問題解決してないんだから」
「わかったわよ。何か知らないか、マリアさんに訊いてみる」
「お願い」
その時、ドアがノックされた。雅が出てみると穂乃莉だった。眉がハの字になっている。
雅は訊いた。
「どうしたの?」
穂乃莉は不安げな声で言った。
「おねえちゃん、知らない?ずっと戻ってこないんだけど」
「下にいないの?」
「うん。下にいた楓花ちゃんも知らないって」
「他の部屋は?」
「ぜんぶ回ったけど、いなかった」
「スマホで連絡は取ってみた?」
「返事が無いの」
「じゃあ、コンビニでも行ったんじゃない?」
「杉浦先生と一緒に?」
雅は目を見開いた。
「杉浦先生もいないの?!」
「うん。二人だけいない」
雅は慌てて振り向いた。
「ちょっと、あたし探してくる!」
行きかけた雅を茉莉花が呼び止める。
「ストップ、雅。ストップ」
雅は動きを止めるが、足は出口に向いたままソワソワしている。
茉莉花はゆっくり立ち上がって近づくと、雅の脳天に軽めにチョップを喰らわせた。
「落ち着け。長く雅と付き合ってきたけど、わたし初めてあんたの弱点を見た気がする」
「なに?それ…」
「杉浦先生を気にしすぎ。いつもなら見える簡単な事も見えてない」
「だって…」
「冷静に考えてみ?外に出たなら一階の子たちが気付かないわけないし、二人は別荘内にいるよ。だとしたら、どこかの部屋にいるのに穂乃莉ちゃんのノックを無視したか、まだ探してない所にいるかでしょ?」
茉莉花は穂乃莉に訊いた。
「二階のバルコニーは行ってみた?」
穂乃莉は首を横に振った。
「まだ」
「じゃあ、そこだ。最後の夜なのに、クーラーボックスにお酒が残ってたもん」
「おねえちゃん、お酒は飲まないよ?」
「たぶん付き合わされてるんでしょ?行ってみよ」
茉莉花たち三人と穂乃莉はバルコニーへ向かった。
茉莉花の言う通り、バルコニーには沙羅咲と杉浦がいた。違ったのは飲み会をしていたわけではなく、天体望遠鏡を出して空を観測していた。もっとも杉浦は酒を飲みながらではあったが。
杉浦はホロ酔い気分で言った。
「来たのねぇ?あんたたちも飲む~?」
沙羅咲がツッコミを入れる。
「あたしたち、未成年ですから…」
よく考えれば沙羅咲は天文部であり、杉浦は顧問だった。雅は茉莉花にドヤ顔を向けられて、顔を赤くして目を逸らした。
沙羅咲が茉莉花たちや穂乃莉に言った。
「望遠鏡、覗いてみる?」
真っ先に声をあげたのは桜子だった。
「見た~い!」
そのはしゃぎようは穂乃莉よりもお子様に見えた。
桜子の食いつき方に気をよくして、沙羅咲は茉莉花たちに訊いた。
「今度の十二日の夜、学校の屋上でペルセウス座流星群の観測会があるんだけど、参加してみない?流れ星、いっぱい見れるよ」
桜子がはしゃぐ。
「行きた~い!」
沙羅咲は茉莉花をまっすぐに見た。
「どお?」
茉莉花は瞳を泳がせながら答えた。
「あ…じゃあ、参加しよっかな……」
見上げると満天の星空だった。今夜は絶好の天体観測日和である。
次回「その8 違うジャンルだよ」は3/14(金)に投稿する予定です。




