その6 坊主は医者にはなれないの
さすがに三日目ともなると遊び疲れが出てくる。それでも大輝以外は全員が海無し県の住人である。いられるあいだは海を楽しみたい。なのでこの日は午後から動く事になり、午前中は別荘でゆっくりする事になった。
部屋で漫画を読む者、寝ている者、下でお菓子を食べながらテレビを見る者、トランプをする者など、各々が自由に過ごした。
奏太と亮は二階から一緒に下りてくるとテレビ前のソファに座った。ソファには既に桜子と結城と楓花が座っていて、放送されている情報番組を見ていた。
当然ながら桜子と結城は二人だけのフィールドを作っていた。口数は少ないのだが、テレビの内容について時おり言葉を交わしている。
もちろん奏太は亮と話すつもりでいたが、気付いた時には亮はなぜか楓花と話をしていた。しかも会話が弾んでいる。亮は奏太に完全に背中を向けていた。だが構わない。本当に話したい人は別にいるのだ。奏太は部屋を見回した。
お目当ての人は奥のテーブルにいた。颯空は他のメンバー数人とトランプをしていた。そこに参加すればいいだけだ。けれども奏太は躊躇した。
颯空以外のトランプの参加者は、明日香と雅と大輝と穂乃莉だった。同じクラスだが奏太は明日香とほぼ話した事がない。雅も同じである。大輝は雅のオマケでしかない。穂乃莉は周囲の防御が固くてまだ一度も話をしていない。そんなグループにいきなり話しかけるのはハードルが高い。ここに沙羅咲でもいれば話しかけやすかったのだが、沙羅咲は部屋から出てくる気配も無い。
奏太は亮を見た。亮は楓花との話に夢中で、奏太の事を気にも留めていない。颯空と親密になれるように取り持ってくれるんじゃなかったのか。奏太は亮の背中を恨めしげに見つめた。
全員で昼食を取り、そのあと準備ができた者からバラバラに海へ向かった。
茉莉花は雅に部屋で日焼け止めを塗られていた。桜子はいない。結城と一緒にさっさと海へ行ってしまった。
日焼け止めを塗り終えて階段を下りると沙羅咲と杉浦が話をしていた。
沙羅咲が声をあげる。
「えーっ?!行かないのぉ?!」
雅が何気なく沙羅咲に声をかけた。
「どうしたの?」
沙羅咲が答える。
「先生が昨日の肝だめしの時から調子が悪いらしくて、一人でここに残るって言うの」
「え?ホントに?」
雅は心配そうに杉浦の様子をみた。昨夜の霊の影響かもしれない。
杉浦は笑った。
「調子が悪いっていっても、少し疲れたってぐらいよ」
それでも心配顔の雅。
「ならいいんですけど…」
「保健の先生が生徒に心配されてちゃ世話ないわね。大丈夫だから遊んできなさい」
「はい」
茉莉花と雅は玄関へ向かった。
沙羅咲も杉浦に手を振りながら言った。
「じゃあね、ミナミ先生」
茉莉花と雅はビクッと立ち止まって振り向いた。
杉浦は笑顔で言った。
「こら。下の名前で呼ばないでって言ってるでしょ?」
そして手を振って続けた。
「行ってらっしゃい」
別荘を出て海へ向かう道で雅は沙羅咲に訊いた。
「杉浦先生って下の名前、ミナミって言うの?」
沙羅咲は答える。
「あれ?知らなかった?美しい海って書いて美海だよ」
「そう…」
茉莉花と雅は顔を見合わせた。
海の家に茉莉花と雅とマンチカンと大輝が集まっていた。
雅が訊いた。
「どう思う?」
アイスを食べながら茉莉花は答えた。
「どう思うって訊かれても…。まあ今までミナミって、名字だか下の名前だかわからなかったけど、杉浦先生だってのなら下の名前って事になるよね。漢字も美しい海で美海ってわかったし」
「そこなのよ、問題は」
「ん?どこ?」
「字が違うのよね」
「え?今まで字なんてどこで出てきた?」
「日下部くんの遺書を見せてもらったじゃない。あれに書いてあったのは東西南北の南なのよ」
「よく覚えてるね。じゃあ、杉浦先生は関係ないんじゃない?」
「でも、日下部くんの漢字まちがいってことも考えられるわよ」
「まあねえ…」
「長野市内でミナミ先生なんて呼ばれる人、レアじゃない?」
茉莉花は少し笑った。
「そうかなぁ。ミナミって名前自体は珍しくないよ」
「そうかもしれないけど…」
「それに、今まではみんな医者って言ってたでしょ?ミナミ先生が杉浦だとしたら、医者が保健の先生をしてるってこと?」
「いや、似てるようで医者と養護教諭は全く別物よ」
「だったら余計に杉浦先生じゃなくない?」
「でも、話に出てくるミナミ先生はボランティアばかりなのよ。医者ってのがウソなのかも」
茉莉花は大きくため息をついた。
「確かにその可能性はあるけど……雅。あんた確証バイアスかかってない?」
雅は大きくかぶりを振った。
「あくまでも可能性の一つって事は理解してる。でも今まで見えざる敵だったミナミ先生が、もし杉浦先生だったらと思うと、せっかく掴んだ手掛かりの紐を離したくないって思っちゃう」
「見えざる敵って……。あのさ。前にも言ったけど、そのミナミ先生と死との因果関係が直接ありそうなのって加賀谷ぐらいだったよね?」
「そうね」
「いや、百歩ゆずってミナミ先生が全ての死に関与してるとして。百歩ゆずってミナミ先生が杉浦先生だったとして。それでどうするの?わたしたちに出来る事って除霊とか浄霊だけなのに」
「それはそうなんだけど……」
「霊能力美少女の家は探偵事務所じゃないよ?」
「わかってるわよ」
「もしかしてミナミ先生さえ押さえれば死人が減るとか思ってない?」
「思ってない……とも言いきれないかな」
「桜子に引っ張られてない?」
「それは……否定できない…かも」
「生きてるうちに助けたい気持ちはわかるけど、それは別の人の仕事でしょ?わたしたちが仕事で相手にしてるのは既に手遅れな人達ばかりよ?その事は納得してた筈じゃない」
「そうだったわね」
「僧侶の仕事と一緒。坊主は医者にはなれないの」
マンチカンが異論を唱えた。
「待て待て待て。坊主の仕事は葬式だけじゃないぞ。むしろ生きてる人のために働いてるんだよ。言わば心の医者だよ」
茉莉花は鼻で笑った。
「言ってる事は間違ってないし他のお坊様はそうなんだろうけど、あんたが言うとおこがましい」
「いやオレもそうは思うけど、言い方が辛辣すぎるだろ。おい」
マンチカンの眉がハの字になった。
ビーチではそれぞれが細かくグループに分かれて遊んでいた。
パラソルの下には陽葵と沙羅咲と穂乃莉がいた。特に陽葵と穂乃莉が仲よく話している。昨夜の肝だめしでペアになって距離が縮まったらしい。
話が途切れたところで、沙羅咲が陽葵に言った。
「昨日から穂乃莉の面倒みてもらってありがとうございます」
陽葵は答える。
「面倒なんてみてるつもりないわよ。穂乃莉ちゃん、楽しいし」
「ホントですか?」
「ホント、ホント。昨日も遊歩道で面白いことを言い出すから笑っちゃって」
「面白いこと?」
「なんか神社の方から沢山の人の寝息が聞こえたんだって」
沙羅咲は思い当たった。
「ああ、そういうの。気にしなくていいですよ。この子たまに変なこと言うから。空想癖って言うのか何て言うのか…」
穂乃莉は言い返した。
「変なことじゃないもん。ホントの事だもん」
陽葵が穂乃莉を擁護する。
「いいじゃない。そういうの素敵だと思うわよ。面白いし」
そして穂乃莉に訊いた。
「おとといの夜も聞いたんでしょ?なんだっけ。海から歌が聞こえてきたんだっけ」
穂乃莉が大きく頷く。
「そうなの」
「なんとなくセイレーンみたいだなぁって思ったのよね。素敵だわ」
沙羅咲は渋い顔をした。
「結城くんみたいにならなけりゃいいんだけど……」
沙羅咲は少し離れた所に並んで座って話をしている結城と桜子の方を見た。
桜子と結城は少し離れた所にビーチパラソルを立て、レジャーシートに並んで座っていた。
結城は言葉を選びながら話をしていた。
「ボクは桜子が好きだよ」
赤くなって頷く桜子。
「うん…」
「桜子がボクの彼女になってくれただけでも幸せだし、それで充分だと思ってるのも嘘じゃない」
「うん…」
「だから今まで疑問に思ってた事も訊かなかったけど、最初に言ったじゃない?桜子の事をもっと知りたいって」
「うん…」
「誤解しないでね。今の桜子の生活や生き方に口を出すつもりは無いんだ。ボクと桜子は対等なんだから」
「うん…」
「訊いてもいい?」
「……うん」
「桐生さんや香月さんと一緒の家に暮らしてるって言ってたでしょ?バイトの寮みたいなものだって」
「うん…」
「あの二人と同じ心霊研究会に入ってるでしょ?」
「うん…」
「中等部からのエスカレーター組に聞いたけど、心霊研究会って心霊現象の相談を受けて、それを実際に解決してるんだってね」
「……うん」
「ここでの初日の夜の海での事もそうだし、昨日の肝だめしの途中の道でも感じたんだけど、桐生さんって何か心霊的な能力を持ってるよね」
「……うん」
「香月さんもだよね?」
「うん…」
「桜子がやってるバイトって、除霊とかだよね?」
桜子は観念した。
「除霊じゃないよ。やってるのは浄霊。退治するんじゃなくて、説得してあっちに逝ってもらうの」
「へえ。桐生さんて、そんな能力を持ってるんだ」
「あ、違うよ。浄霊はわたしの能力」
「…………そう。でも霊を相手にするって、危険が伴うのはわかるよね」
「大丈夫だよ。お話するだけだから」
「初日の海の沢山の手を見ても、そう思う?話が通じなそうだよ?」
桜子は大きく頷いた。
「そうだね。海女さんみたいに長く潜れる訓練をするか、スキューバダイビングの資格が必要だね」
結城は目を丸くしたあと、優しく微笑んで大きく二回頷いた。
「なるほど。わかった。――でも危ないと思ったら、ためらわずに逃げるって事も選択肢に入れておいてね。心配なんだ」
桜子はマリアにも同じ事を言われたのを思い出しながら大きく頷いた。
「うん!」
「それから、バイトのことボクに話したの知られたら桐生さんに怒られるんだろ?聞いてないことにしておくよ」
「ありがとう」
桜子は明るく無邪気な笑顔を見せた。
波打ち際では明日香と颯空、楓花と亮がそれぞれ別々に遊んでいたが、途中から合流して一緒にビーチボールで遊んでいた。
奏太はかなり遠くからそれを見ていた。
海に着くなり亮は楓花と遊び始め、急接近している二人の中に奏太はとてもじゃないが入れない。
颯空は気付けば明日香と常に一緒にいて、奏太が話しかけると愛想よく絡んではくれるが、気付けば明日香の方へ戻ってしまって、颯空本人にそんなつもりは無いのだろうが、疎外感が半端じゃない。
その二組がビーチボールで遊び始めたところへなど、のこのこ参加できるはずがない。だからといって、それを近くで眺めているなんて、そんな惨めなことはない。
奏太は遠くで一人、膝を抱えていた。
ところが、捨てる神あれば拾う神あり。いつの間にかやって来た沙羅咲が声をかけてきた。
「ねえ。颯空ちゃんと遊ばなくていいの?」
奏太は立ったままの沙羅咲を見上げた。
「な、なんでだよ」
「え?だって、颯空ちゃんが好きなんでしょ?」
「ばっ…なに言ってんだよ」
「いや、バレバレだって」
「からかってんのか?」
「違うよ。ちょっと興味があったんだよね。あんたと颯空ちゃんがカップルになるの」
「からかってんじゃんか」
「まあ、チャンスが無くなったわけじゃないんだから頑張れ」
「なんだ?ヒマなのか?」
「わたしもフラれたのよ。陽葵さんと穂乃莉に」
「オレは別にフラれたわけじゃない」
「いつの間にか陽葵さんと穂乃莉が仲よくなってるのよね。二人で話に夢中で、なんか疎外感。――ねえ、寂しいわたしにかき氷を奢ってよ」
「おまえなぁ。図々しいんだよ。まあ、いいけどさ」
文句を言いながらも、奏太は少し嬉しそうに立ち上がった。
次回「その7 杉浦先生」は3/7(金)に投稿する予定です。




