その3 海から伸びる手
バーベキュー大会の会場で、桜子と結城は基本的に誰からも話しかけられなかった。二人だけのラブフィールドを展開していたからだ。
「その服も可愛いね」
「ありがとー」
「あ、誤解しないで。可愛いのは服じゃなくて、それを着ている桜子が可愛いんだからね」
「うん、わかってる」
「美味しいね」
「ホントに」
「でも桜子と一緒だから、何倍も美味しいよ」
「わたしも結城くんと一緒だから何倍も美味しい」
他の面々は聞いていられない。
お腹がいっぱいになったころ、桜子は雅に言った。
「ちょっと結城くんと海の方を散歩してくる」
「気をつけて」
雅に見送られて、桜子と結城は海へ向かった。
桜子と結城は手をつないで浜辺を歩いていた。
桜子は海の方を見て言った。
「波の音が心地いいね」
結城が頷く。
「ああ、ホントに」
「風も気持ちいいし」
「そうだね」
「なんか不思議」
「なにが?」
「結城くんとこうして夜の浜辺を歩いてるなんて」
「そう?」
「転校してきた時は、想像もしていなかったもん」
「そうだよね。――でも、ボクはちょっと違う感覚かな」
「どんな感覚?」
「どっちかというと、懐かしい気持ち」
「懐かしい?」
「前世でも二人で夜の浜辺を歩いた記憶があるんだよ」
「そうなの?」
「ああ」
「そのお話、聞きたい」
「ごめん。今度にしてもらってもいい?」
「どうして?」
「記憶があやふやなんだよ。ちょっと思い出してみる」
「じゃあ、楽しみにしてるね」
「うん」
その時、結城は前方を指さした。
「あれ、花火かな」
「ホントだ。誰かが花火やってる」
「花火、持ってくればよかったかな」
「あ、なんか最後の日にみんなで花火やるみたいだよ。いっぱいあった」
「ホントに?」
「うん。楽しみだね」
「そうだね。花火なんていつぶり…………なんだ?あれ」
結城は立ち止まって目をこらした。
花火をしていたはずの男女数人の内の半数が海へ入ろうとしている。残りの半数が、それを止めようとしたり、大声で呼びかけたりしている。
結城は桜子の手を放して駆け出した。
「桜子は待ってて」
「え?どうしたの?」
桜子は結城のあとを追った。
結城が現場に着くと、若い男性二人が既に腰の高さまで海に浸かっていて、若い女性一人が波打ち際で別の若い男性に羽交締めされながらも海へ入ろうとしていた。浜辺では若い女性二人が海に浸かった男性たちに「戻ってきて!」とか「どうしちゃったの?!」などと叫んでいる。
結城はその女性二人に訊ねた。
「何があった?!」
女性がそれぞれ泣きそうな声で答えた。
「わかんない。三人が急に海に入っていくから……」
「呼びかけても応えてくれなくて…」
そこへマンチカンが走り込んできた。
「どうした!」
結城が声をかけた。
「マンチカンさん!」
「結城くん?!」
結城は海の男性二人を指さした。
「あの二人、やばいです。とにかく止めないと」
「あ、ああ」
結城とマンチカンは二人を追って海へ入った。追いついて男性たちを羽交締めするも、強い力で引っ張られてしまう。
結城が叫ぶ。
「ダメです!正気を失ってます!危険ですが、いったん無力化します!」
結城が両手を使って瞬間的に頭部を攻撃した。すると男性はガクリと膝を崩した。あまりの速さに何をしたのかマンチカンにはわからなかった。
結城は男性の体を支えながらマンチカンに言った。
「こっちの人を頼みます。その人も無力化します」
マンチカンと場所を入れ替わると、結城はもう一人の男性も攻撃して無力化した。
結城とマンチカンがそれぞれ男性を引きずって浜辺へ向かっていると、浜辺の方から茉莉花の声が響いた。
「波ぁっ!!」
見ると、もう一人の男性が引き上げようとしている女性の足を何本もの手が掴んでいて、沖の方へ引っ張っている。手は海の中から伸びていた。
「波ぁっ!!」
茉莉花はその掴む手を霊波で攻撃している。
その攻撃でほとんどの手が外れたところで、男性は一気に女性を引き上げた。
結城とマンチカンは波打ち際まで男性たちを引っ張ってきたが、やはり同じように男性たちの足を何本もの手が掴んでいた。
マンチカンが叫んだ。
「茉莉花!こっちも頼む!」
茉莉花は駆け寄ってきた。
先ほど女性を助けた男性も駆け寄ってきて、結城の方の男性を引っ張った。
茉莉花はマンチカンの方の男性の足を掴んでいる手に攻撃した。
「波ぁっ!!」
結城は助けにきた男性に「頼みます」と言って正気を失った男性を預けると、立ち上がって構えた。それを見て、茉莉花は叫んだ。
「なにしてんの?!素手でなんとかできるもんじゃないから!下がってて!」
けれども結城は海から伸びる手を蹴りで攻撃した。蹴りは見事に当たって掴んでいた手を弾き飛ばした。
それを見て、茉莉花は休まず攻撃しながらも言った。
「なんで?」
そのあと男性たちは助けられ、追いかけてきた手は茉莉花の霊波と結城の蹴りで撃退した。
ほどなくして救急車が来て、海に入った三人と付き添い一人が乗っていった。
それを見送ってから茉莉花とマンチカンと結城と桜子は別荘の方へ歩きだした。
マンチカンが疲れた顔で言った。
「あれ、完全に操られてたな。取り憑かれたのかな」
茉莉花はチラリと結城の方を見てからマンチカンに答えた。
「たぶん違う。海からすごく微かに霊波が流れてきてたの、気がついてた?」
「いや、気付かなかった」
「それが不思議でね。規則的に周波数が変化してるの。例えるなら音楽の旋律みたいな感じ?」
「旋律?」
「あれ、脳に何らかの影響を与えてるんでしょうね」
「え?マジ?もしかしてオレたちもヤバかった?」
「あの男女のグループ、六人いたのに操られてたの三人だけだったでしょ?三人が限界なのか、あの旋律に同調する人としない人がいるのかわかんないけど、強くなくて助かったわね」
「そうだな」
マンチカンは暗い海を見た。
「でも、あれだな。お盆を過ぎて海に近づくと引きずり込まれるって話あるけど、あの類いだな。あんなの初めて見た」
茉莉花は小さく笑った。
「海無し県の住人だからね。見る機会も少ないでしょ?」
「でも、お盆前だったな」
「お盆を過ぎてからって言い伝えは、土用波が多いとかクラゲが出るとか目撃者が少ないとか、リスクが増えるから戒めてるだけで、海の霊には時期なんか関係ないよ。むしろお盆前の方が人が海に入る分、水難事故は多いでしょ?全部が霊の仕業ってわけじゃないけど」
「水難事故にあった人が仲間や道連れが欲しくて引きずり込んでるんだったっけ?それともあれか?七人ミサキみたいに身代わりが欲しいのか」
「それなんだけどさ。実際に見て思ったのは、なんか人為的くさいのよね」
「人為的?」
「よく考えてよ。あんたが水難事故にあったとして、悔しいからって道連れを欲する?」
「いや、オレなら水難事故が起こらないように導くな」
茉莉花がぬるい目でマンチカンを見た。
マンチカンはたじろいだ。
「な、なんだよ」
「あんたはそんな殊勝な人間ではない」
「オレ、一応ボウズなのに…」
「まあでも、自分がそうなったからって、他人も同じ目に合わせてやるって人間、少ないと思うのよね」
「まあ、そうだな」
「それになんか、出来すぎてるのよ。システマチックというか。流れてきた旋律で人を操って海に入らせて、何本もの手で引きずり込むって、まるで捕食する生物みたい。食虫植物みたいな?」
「霊というより、妖怪だな」
「わたしは妖怪というより、トラップってイメージなのよね。誰か生きた人間が作った」
「まさか…。なんのために?」
「いや、あくまでもそんな印象を受けたってレベルだからね」
「でもそのトラップ、ほっといていいのかな」
「どうするの?あれ、わたしたちに何か出来る?」
「まあ、難しいな。手の本数を見ると何体の霊がいるのかもわからないし」
「手の本数が霊の数とは限らないけど、少なくとも説得は無理よね」
「また被害者が出なければいいけど…」
「噂になれば近づく人も減るでしょ?興味本位で近づく人の安全なんて知ったこっちゃないし」
「冷めてるなぁ」
「それより――」
茉莉花は立ち止まって振り向いた。それに合わせるように全員が立ち止まった。
茉莉花はまっすぐに結城を見た。
「あなた、なに?結城くん」
結城はキョトンとしている。
「え?」
「霊の手を蹴り飛ばすって、普通は考えないでしょ?」
「そう?夢中だったからな」
桜子が横でオロオロしている。
茉莉花はさらに突っ込んだ。
「それに霊体に物理攻撃なんて聞いたことないわ」
「そうなの?足を掴んでるんだから実体があるのかと思って蹴っただけなんだけど」
「なるほど。筋は通ってるわね」
「納得してくれたのなら良かった」
「ただ、あなた――」
結城をじっと見る茉莉花。
「本当に人間?」
笑いだす結城。
「え、ちょっと。ちゃんと足はあるでしょ?戸籍もあるし、バイクの免許証も学生証も持ってるよ。見せようか?」
「普通の人間はね、どんなに霊能力が無くたって、必ず少しは霊力を感じるものなのよ。ところが結城くん。あなたからは全く霊力を感じない。なんで?」
「知らないよ。なに?霊力って。心霊研究会はそんなのがわかっちゃうの?」
「とぼけないでよ。最近は入らなくなったけど、なに?この街の危険が増大してるって。心霊現象に手を出すなって。どういう意味?」
「どういう意味って、そのままの意味だよ。ボクと桜子の前世の敵が長野市に現れたんだ。心霊現象という形で。それを倒すのは勇者であるボクの役割であり、手を出すのは危険だからやめてくれ」
「…………あ、そう。まあいいわ。ただし、桜子を泣かせるようなマネは絶対に許さないからね」
結城は大きく頷いた。
「言われるまでもないよ」
茉莉花はくるりと向きを変えると、別荘へ向かって歩きだした。
茉莉花と雅が風呂から戻ると、桜子は部屋の床で寝ていた。
茉莉花が桜子を揺すった。
「桜子。寝るならベッドで寝な」
桜子は目を擦りながら上体を起こした。
「う~ん……」
雅が訊いた。
「お風呂はどうする?あたしたちが最後だから、入らないならお湯を落としちゃうけど」
桜子は大あくびをしてから答える。
「入りた~い。なんか砂っぽい」
「じゃあ、行っておいで」
しばらくして、桜子は風呂から戻ってきた。
「お待たせ~」
雅が笑う。
「別に待ってないわよ」
けれども、茉莉花は真剣な表情で言った。
「わたしは待ってた。訊きたいことがあんのよ」
キョトンの桜子。
「なあに?」
「桜子、結城くんと距離を置くことは出来ない?」
雅は慌てた。
「ちょっと、茉莉花。さっき結城くんの事は様子をみるって話になったじゃない」
茉莉花は表情を変えずに言った。
「それは、わたしと雅のスタンスでしょ?桜子は立場が違うじゃない」
「そうだけど……」
桜子は泣きそうな顔になった。
「別れろってこと?」
茉莉花はかぶりを振った。
「そうは言ってない。ただ結城くんには、たぶん何か秘密がある。あの海の霊への冷静すぎる対応。普通なら、あんなの初めて見れば怖がって当然でしょ?」
「でも結城くん、夢中だったって言ってたじゃない。助けようと必死だったんじゃないの?」
「いや、そもそも見えてたんだよ。あの被害者の仲間の人たちには見えてなかったみたいじゃない」
「見えるってだけなら珍しくないでしょ?颯空ちゃんも見えるって言ってた」
「颯空はそこそこ霊力を感じるもん。結城くんは見えるのに全く霊力を感じないんだよ?普通じゃない」
桜子の目から涙がこぼれた。
「なんで結城くんを悪者みたいに言うの?人助けをしたのに…」
「それは……」
雅が桜子の言葉を補足する。
「結城くん、躊躇なく海に入ったんでしょ?自分にも危険が及ぶかもしれないのに。何か秘密があったとしても、少なくとも悪い人じゃないわ。あたしは逆に見直したくらいよ。桜子が心配なのはわかるけど、そこも含めて様子を見ない?」
雅の言うことはもっともだった。茉莉花には反論の言葉も無かった。
「……わかったわよ。そのかわり桜子。なにか霊に関する事が結城くんの周りに感じられたら、すぐに報告しなさい。絶対よ。いいわね」
「うん、わかった」
桜子に笑顔が戻った。
次回「その4 異世界のツンデレ姫はホントは勇者の言葉が欲しい」は金曜日の朝の投稿が難しいため、前日2/13(木)の夜に投稿する予定です。




