その2 それぞれのビーチの過ごし方
海ではそれぞれ自然とグループに分かれていた。
雅は大輝と二人で海の家でかき氷を食べていた。
雅は訊いた。
「ホテルのバイトはどう?たいへん?」
大輝は笑って答えた。
「たいへんじゃないバイトなんて無いんじゃないかな。でも、ホテルの人もバイト仲間もみんないい人だから楽しいよ」
「よかったね」
「うん。だから話しやすくて、俺が長野に来た目的も言ってある。今回もそれで融通してくれたんだ」
「そ、そう。わたしの事をなんて説明してるの?」
「普通に大切な人って」
「あ…そ、そうなんだ」
「まさか俺が余計な事まで喋ってるとは思ってないよね?」
「違う違う。ただの友達って言ってるのかと思ったから」
「なんのために?隠す意味も無いのに」
「うん、そうよね。ごめん」
「なんで謝るの?」
「……ごめん」
「…………」
大輝は下を向く雅の顔を見つめた。
明日香はなぜか穂乃莉と砂浜で遊んでいた。砂山にトンネルを掘ったり、城らしき物を作ったりして遊んでいる。
「穂乃莉っちはお姉ちゃんと遊ばなくていいの?」
「あ、ごめんね。明日香ちゃんは小学生のお守りなんてイヤだよね」
「ちゃうちゃう。イヤじゃないよ。あたしも妹いるし。楽しいし」
「ホント?」
「うん。どっちかというと、あたしは色々な人と絡みたいタイプなの。最初が穂乃莉っちになっただけ」
「そうなんだ」
「ただ、穂乃莉っちはお姉ちゃんが好きだからついてきたんじゃないのかなって」
「まあ、仲はいいよ。でも、今回は海に来たかったからついてきただけ。わたしも色々な人と絡みたいかな」
「ふ~ん。けど男の子たちとは一人では絡まないでね。危険だから」
「大丈夫じゃないかな。小学生には興味なさそうだよ。ほら」
穂乃莉が示す先には女子を眺める奏太と亮がいた。明日香は小さく笑った。
沙羅咲と楓花と颯空は波打ち際でビーチボールを使って遊んでいた。砂浜に座った奏太と亮は休憩を装ってそれを見ていた。
奏太がしみじみと言った。
「女子がはしゃいでるのを見るのはいいよな」
亮が苦笑いをする。
「エロい目で見てる事を認めたな」
「認めるも何も、他にどう見りゃいいんだよ」
「開き直ったな、おい」
「おまえだって、そうだろ?」
「そうだけど、なんかおまえとは違うんだよな」
「なにが。同じだろ?」
「いや、オレは島崎と小林を見てるけど、おまえ、ずっと颯空ちゃんばっかり見てるだろ」
「同じじゃないか。対象が違うだけで」
「エロい目で見てるんだよな」
「おまえもだろ?」
「颯空ちゃんは男だぞ」
「なに言ってるんだ。男である前に可愛いじゃないか。なんなら、あの三人の中でいちばん可愛い。可愛いは正義なんだぞ」
ずっと女子を見ていた亮は、ゆっくり奏太の方へ顔を向けた。
「ちょっと訊いていいか?相棒」
奏太も亮の方へ顔を向けた。
「なんだ?ブラザー」
「おまえは、もし颯空ちゃんが女の子だったらとか妄想してエロい目で見てるのか?それとも男の娘としてエロい目で見てるのか?」
「ちょっと言ってる意味がわからない」
「なんでだよ。わかれよ」
奏太は再び颯空を目で追った。
「オレの脳のアルゴリズムを説明するな」
「ああ、頼む」
「颯空ちゃんは可愛い。ここまではわかるな?」
亮も颯空を目で追った。
「無論だ。そんな当たり前のことを今さら言われてもな」
「じゃあ、可愛い颯空ちゃんが水着を着たら、もっと可愛い。これはわかるか?」
亮は颯空をあらためてじっと見た。
「あ、ああ。もちろんだ」
「可愛い水着姿ってのは理屈抜きでエロい目で見ずにはいられない。違うか?」
「う~ん…違わない。違わないが、その想いが報われる事は決して無いんだぞ」
「おまえは報われるから劣情をほとばしらせるのか?おまえの島崎と小林への情欲は報われるとでも思ってるのか?」
「いや……報われる事は無い」
「そうだ!おまえなんかが報われるわけはないんだ!」
「なんだか悪口を言われてる気もするが、確かにそうだ」
「それでも止められないのが愛欲…いや、恋だろ?」
亮は驚いて奏太を見た。
「おまえ…………まさか、颯空ちゃんに恋してるのか?」
「わからない」
奏太は自分の胸に手を当てると、続けた。
「…………わからないが、この気持ちの謎を解いたなら、恋というのも一つの答えになるのかもしれないな」
「バカ!相手は男の娘なんだぞ」
「それが、なにか関係あるのか?」
「お、おまえってヤツは……」
亮は大きく頷いた。
「わかった。この旅行中に少しでも颯空ちゃんと親密になれるよう、オレが取り持ってやる」
「ホントか?」
「もちろんだ。オレたち、いつからの付き合いだと思ってるんだ?」
「今年の四月だ」
「そうだ。だから安心して任せとけ」
「わかった。頼む」
「ああ…」
奏太と亮は男の友情を育んだ。
パラソルの下で杉浦と陽葵が話していた。
陽葵は手鏡で自分の顔を映しながら杉浦に訊いた。
「夏のメイクって、すぐ崩れません?」
杉浦は頷く。
「そうね」
「そうねって言いながら、涼しい顔をしてません?」
「涼しくはないわよ。ただ、こういう所へ来る時はいつもと違うメイクをしてるだけ」
「変えてるんですか?」
「あら、あなたは時と場合でメイクを変えないの?」
「正直、そういうのもよくわからないんですよね。どう違うんですか?」
「例えば今日みたいに汗かいたり水がかかりそうな時は、直しやすいようにシンプルにするわ。あとコスメは、アーティスティックスイミングの選手の愛用を参考にしてる」
「ああ、なるほどですね」
「あとで見せてあげるわ」
「ぜひ」
参加者の中でメイクをしているのは、この二人だけだった。
棒つきのフランクフルトを食べながら歩く茉莉花に、隣を歩くマンチカンは言った。
「彼氏役がいないとナンパの嵐だからってトイレに付き合わせといて、目的はフランク奢らせることかよ」
「フランクはついで。ナンパ避けはホントよ」
実際に茉莉花はビーチの男性たちの視線を集めていた。おそらくマンチカンがいなければ、ナンパ男どもがすぐに群がっていたことだろう。
もっともマンチカンも女性の視線を集めていた。茉莉花とマンチカンはかなり目立つ美男美女のカップルだった。
海の家が途切れた所で茉莉花は立ち止まって辺りを見回した。マンチカンも立ち止まる。
茉莉花は小声で言った。
「ちょっと話したい事もあったのよ」
「なんだよ、あらたまって」
「この海……っていうか、この周辺、やたら多く感じる」
マンチカンは首をかしげた。
「ナンパ男が?」
「違うわよっ!霊よ。しかも良くない感じもする」
「マジか」
「マンチカンは感じない?」
「言われてみれば、なんとなく」
「あの別荘の側でも感じた」
「え?ヤバくない?」
「どれも、こちらから何かをしなければ何も無い気はしてるんだけど、スタンスを決めときたくて」
「スタンス?」
「大前提として、基本は休暇中という事で何もしない。いい?」
「あ、ああ」
「あまりにも目に余るか命にかかわる場合は、商談した上で依頼を受ける」
「そうだな」
「緊急事態の場合には対処するけど、事後に出来る限り料金は取るように交渉して」
「わかった」
「あと、わたしたち十五人の誰かに何かあったらすぐに対処する。もちろん料金は取らない。平和な休暇を守るためだし、宿泊費をタダにしてもらってるしね」
「了解した」
「じゃ、みんなの所に戻ろっか」
茉莉花はフランクフルトにかぶりつきながら歩きだした。
その後、桜子と結城もビーチにやって来たが、二人だけのフィールドが展開されただけで何の化学反応も起きなかった。
夜は別荘の庭でバーベキュー大会が行われた。楓花の伯母さんの差し入れのおかげで、かなり贅沢なバーベキューになった。
マンチカンがそっと茉莉花に近づいて囁いた。
「どうだ?何かいるか?」
茉莉花は少しのあいだ横目でマンチカンを見ていたが、持っていたジュースを一口飲んでから静かに言った。
「どう思う?」
「どう思うって、おまえの方が敏感だろ?」
「いや、これだけ賑やかだとわかりにくいのよ。マンチカンも全くの無能ってわけじゃないんだから、少しはアンテナを張ってみてよ」
「そんなこと言われても…」
茉莉花が眉間にシワを寄せてマンチカンを睨んだ。
マンチカンは困り顔で言った。
「わかったよ。努力はしてみる」
茉莉花はまだ焼き続けているバーベキューコンロの方を見ながら言った。
「マンチカンはしっかり食べた?」
マンチカンは予想外の質問に戸惑いながら答えた。
「あ、ああ。いただいたよ」
「わたしもお腹いっぱい。――ねえ。ちょっと見回りに行かない?」
「えっ?」
「この賑やかな所から離れないと、感覚が鈍くって…」
「あ…ああ、そうだな」
「みんなに気づかれないようにね」
「うん」
茉莉花とマンチカンは、そっと庭を離れた。
海沿いの道路を歩きながらマンチカンは訊いた。
「こっちなの?オレはてっきり別荘の周辺を見回るのかと…」
茉莉花は舌打ちをした。
「ていうか、あんなとこで霊の話とか始めないでくれる?なんのために昼間トイレに連れ出したと思ってんの?」
「え?あ、ごめん…」
「とにかく、夜になったら海の方の気配が強くなったから、こっちに来たのよ」
茉莉花は立ち止まって海の方を向いた。堤防に寄りかかるようにして肘を乗せると、海を見つめた。
マンチカンも茉莉花の隣で海を見つめた。
しばらく見つめてから、マンチカンは言った。
「確かに海の方から変な霊気は感じるな」
「……」
「……か…………な」
茉莉花は我にかえってマンチカンを見た。
「え?なに?……なんか言った?」
「だから、変な霊気を感じるって」
「あ…ああ。そうね。感じるわね」
暗い中でマンチカンは茉莉花の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?おまえ」
茉莉花は顔を海へ戻した。
「ダ、ダイジョブよ」
「…………」
涼しい風が吹き、茉莉花の髪が柔らかく揺れた。その横顔にマンチカンは魅入られた。
マンチカンの口から、まるでそれが必然であるかのように言葉がこぼれた。
「茉莉花……おまえ、綺麗だな」
茉莉花は一瞬だけマンチカンを見たが、すぐに海へ視線を戻してから力の抜けた声で言った。
「お巡りさ~ん。ここにナンパ男がいま~す」
「まあ確かに、ナンパしたくなるよな。海水浴場に山ほどいた女性の中で、おまえほどの女は一人もいなかったもんな」
茉莉花は再びマンチカンを見た。
「おい、どうした。ナンパ男。昼間からおかしいぞ。――わたしがとびきりの美少女だってのは自明の理だけど、あんた素直すぎないか?」
「素直ならいいじゃないか」
「ドーテーこじらせたのか?」
「たぶん、こじらせてるんだろうな」
「そ…そこは否定してよ。調子狂うじゃない」
その時、視界の中に光が見えた。少し離れた浜辺で、誰かが花火を始めたようだ。
茉莉花が思い出して言った。
「そういえば、最後の夜には花火をやるって言ってたな」
「あれすごかったな。小林さんの伯母さんが買って置いといてくれた花火の量」
「なんか、七月に別荘を利用した時の余りって言ってたけど」
「小林さんの伯母さんて太っ腹だな」
「まあ、ありがたいけどね」
「今日食べた肉も、あれけっこういい肉だったぞ。パックの値段を見たけど」
「そういうのをチェックするところが無粋なのよ」
「どうせオレはおまえと違って庶民だからな」
「ウソ言わないで。あんたとこの檀家って金持ちばかりじゃない。ボウズ丸儲けって…………ん?」
茉莉花は身を乗り出して浜辺の方を見た。先ほど花火をしていた辺りである。
茉莉花は指をさして言った。
「あれ、なんか変じゃない?」
マンチカンも身を乗り出した。
「悪ふざけしてるだけには見えないな」
暗い中だったが、何人かが海に入ろうとしているのが見え、叫び声が聞こえてくる。
マンチカンが駆け出した。
「ちょっと見てくる」
「わたしも行く」
茉莉花も追いかけた。
次回「その3 海から伸びる手」は2/7(金)に投稿する予定です。




