その10 顔に書いてあるから
マンチカンに送ってもらって茉莉花が帰ってくると、リビングのソファにルームウエアの桜子と雅が座っていた。桜子はぐったりしており、雅はスマホを触っていた。
「ただいま」
浴衣のままソファに座る茉莉花に、立ちながら雅が言った。
「おかえり。アイスコーヒー?」
「あー、いいや。飲み物いらない」
「そう?」
座り直す雅。
「遅かったね。後片づけまでやらされてた?」
茉莉花が露店のバイトをする事になったのはLINEで知らせてある。
「あ、違う違う。早く終わってたんだけど、仕事中にわたしもマンチカンも結局なにも食べられなくて、多めにバイト代もらったから食事してきちゃった。ごめんね。作ってもらったご飯、冷蔵庫に入れてある」
「いいよ。明日の朝食にでもリメイクするから」
ぐったりしていた桜子が顔を上げた。
「あれー?茉莉花ちゃん、おかえりー」
笑う茉莉花。
「ただいま」
「茉莉花ちゃん、浴衣だあ。可愛い」
「ありがと」
雅が桜子の顔を覗き込む。
「桜子。もう寝なさい。茉莉花も帰ってきたし」
桜子は首を振る。
「イヤだぁ。寝たくない」
「なんでよ」
「今日が終わってほしくないぃ」
「はぁ?」
「ねえ、聞いて。わたし、死ぬんじゃないかと思ったの」
「うわっ、また感情だけで脈絡なく話してる」
「王子様って本当にいるんだなってわかったの」
「結城くんのこと?」
「そうなの。もう心臓がもたないっていうか、ドキドキしちゃうっていうか」
「それ同じことよね」
「夏なのに、顔が熱いの」
「ん?ん?」
「それでね。かき氷食べたの。そしたら結城くんがイチゴもメロンも同じ味だって言うからウソだぁってなって、じゃあってお互いのをあ~んて食べさせっこして、間接キスなのに結城くんは平然としてて、それで余計に熱くなって。かき氷食べてるのによ」
「あー、これは完全にダメだわ」
雅は立ちながら茉莉花に言った。
「ちょっと桜子を寝かせてくる」
桜子を立たせる雅。イヤイヤをする桜子。
雅は桜子に囁いた。
「夏はまだまだこれからよ。明日にならなきゃ明日の結城くんに会えないよ」
言われて、桜子は素直に雅に従って二階へあがっていった。
少しして雅が下りてきた。ソファに座ると茉莉花は訊いた。
「どうだった?びんずる」
「ん?楽しかったよ」
茉莉花はニヤけた。
「大輝くんに迫られた?」
雅は自然に答える。
「あー、まあ迫られてはいないけど、押しは強かったかな」
つまらなそうな茉莉花。
「冷静ね」
「そりゃ、気持ちはわかってるから。そのために大輝くんは長野に来てるんだし」
「でも応えてあげないんでしょ?」
「まあね」
「それで大輝くん、楽しめたの?」
「楽しんでたよ。あたしといるだけで幸せなんだって」
「いい女のセリフね」
「でしょ?」
「あははっ」
「それより茉莉花。何かいい事あった?」
「え?なんで?」
「だって、顔に書いてあるから」
茉莉花は吹き出した。
「またぁ。雅はそんな非科学的なこと言わないでしょ?」
「いや、ホントよ。何かふっ切れたというか、晴れやかというか。まるで憑き物が落ちたみたい」
「えー?別に何もないけど」
雅はじっと茉莉花の顔を見ながら訊いた。
「マンチカンと二人で食事してきたのよね」
「そうよ」
「それ自体もいい事なんだろうけど、理由としてはちょっと弱いな」
「ねえ雅。人を勝手に分析しないでくれる?」
そう言いながらも笑っている。
雅はさらに訊いた。
「食事の席でプロポーズでもされた?」
「んなわけないでしょ?」
「マンチカンに褒められたくらいじゃ、こんなアホっぽくはならないだろうし…」
「おいっ」
「キスでもされた?」
「されるかっ!」
「なんだろ。絶対いい事なんだけど…」
「人のこと詮索するのは良くないよ」
「うわっ。茉莉花が常識的なことを言った。やっぱりおかしい」
「人をなんだと思ってるの?」
「まあ、いいわ。そのうちボロを出すでしょ?」
「そういう追究する姿勢。仕事では頼もしいけど、こっちに向くと恐くなるわ」
そう言いながらも笑顔の茉莉花。
そこで雅が話題を変えた。
「追究で思い出したけど、ちょっとこれ見てくれる?」
雅はスマホを操作して、一つの画像を表示した。そこには一台の電車が写っていた。
茉莉花には見覚えがあった。
「この電車…」
「そう。あの幽霊電車と同じタイプ。上半分がベージュで下半分が赤い、おでこにライトが一つ付いてて帽子を被ってる電車を探しまくってたら出てきた。二十世紀後半に長野を走ってたんだって。電車の事はよくわからないけど、モカ1500形とか言うらしいよ。もう現存してないらしいから、まさに電車の幽霊よね」
「よく見つけたね」
「自分でもそう思う。写真に撮れてたら画像検索で一発だったんだろうけど」
「でも、この先どうするの?」
「長野の電車って事はわかったんだから、走ってた路線とか、さらに調べてみるよ。調査の先であたしたちに何が出来るのかはわからないけど」
「無理はしないでね。プライベートも大切なんでしょ?」
「あ…うん」
「それと実地調査が必要な時は、絶対に単独でしないこと。いい?」
「うん、わかった」
「それと今週はけっこう仕事がんばったし、たとえマンチカンが話を持ってきても、保留にして少し休も。夏休み、夏休み」
そこで雅は思い出した。
「あ…その事なんだけど、茉莉花。海行きたいとか泊まりに行きたいとか言ってたわよね」
「まあ、言ってたけど…」
「日帰りで海っていう手もあるけど、どちらかと言うと泊まりで海の方がいいわよね」
「もちろん」
「でも残念な事に、泊まりで海は予算が無いのよ」
「じゃあ、なんで話題にした?」
「それがね、予算をかけずに泊まりで海へ行ける方法があったのよ。しかも三泊も」
「え?なにそれ」
「でも先着順なのよね。すぐに申し込まないと間に合わないかも。行く?やめとく?」
「行くぅ!」
「じゃあ、ちょっと待ってね」
スマホを操作する雅。最後にボタンをタップする。
「送信…と。申し込んだわよ」
「え?どこの海?」
「もちろん新潟県」
「上越?」
「上越……ではないけど。あさってから4日間ね。車はセバスチャンの使ってるミニバンで、運転はマンチカンよ」
「え?マンチカンも行くの?あいつ、そんなこと言ってなかったよ」
「だって、茉莉花が家に着いた直後にLINEで確認したから。お盆前なら自由が利くって前から言ってたし」
動揺する茉莉花。
「あ、ああそうなんだ」
「なに?なんか不都合?」
「別に不都合は無いけど…」
「あと申し訳ないんだけど、一緒に大輝くんも乗せてって」
「え?それはいいけど、バイト大丈夫なの?」
「バイト仲間と仲良くなったらしくて、休みを交代したりして都合をつけてもらえたらしい。そのかわり祝日あたりは出っぱなしだって」
「そう。良かったじゃない」
「4日間もあたしが長野不在じゃ大輝くん可哀想だもんね」
「そうね」
「あと、結城くんも来るよ。自分のバイクで」
「え?ちょっと待って。この話、いつから進行してたの?」
「いつからって、クラスキャンプの時から」
茉莉花は唖然として訊いた。
「まさか、クラスのイベントじゃないよね」
「まさかぁ。だったらマンチカンとか大輝くんは参加できないじゃない」
「そ、そうよね」
「小林さんがね。親戚の別荘を4日間借りられたらしいの。でね。そこがサンドリヨンみたいに元々ペンションだったらしくて部屋が多いのよ」
「ちょっと待って。イヤな予感しかしないんだけど…」
「そこでね。せっかくだから他に行きたい人がいたら行かないかって」
「クラスのイベントじゃん!」
「違うわよ。小林さんは大学生のお姉さんも来るし、島崎さんは天文部の顧問の杉浦先生を誘ったみたい」
「杉浦先生って、保健の先生よね。あの美人――というか、色気だだ漏れの」
「そうそう。その二人に車を出してもらうんだって」
「それで?他の参加者は?」
「あとクラスでは明日香と神谷くんと赤坂くんくらいよ」
「やっぱ、クラスのイベントじゃん」
「違うわよ。クラスじゃない人がもう一人いるもん」
「あー、イヤな予感しかない~。お願いだから颯空とか言わないで~」
「わかった。颯空なんて言わない」
少し安心する茉莉花。恐る恐る訊く。
「じゃあ、誰?」
「隣のクラスの北山くんです」
「颯空じゃねーか!こんちくしょう!」
「申し込んじゃったからキャンセルは無理よ」
「謀ったな」
「そうは言っても、無料で三泊もできて海を満喫できるのよ。多少の出費はあるけど、小林さんの提案が無かったら出来なかったんだからね」
「あーまあ、そうかもしれないけど」
「新しい水着も買ったんでしょ?マンチカンを悩殺できるチャンスじゃない」
低く野太い声を出す茉莉花。
「何を言っとるんだ、キサマァ」
「アハハハハハ…」
雅には楽しくなる予感しかなかった。
第七話 長野びんずるの夜
――終わり――
次回からは「第八話 見えざる敵と危険なバカンス」が始まります。
「その1 デッキチェアーの水着の彼女」は1/24(金)に投稿する予定です。
1/21(火)にはおまけの話を投稿する予定です。




