その3 サラダチキンは罪悪感が少ない
桜子のテンションは上がっていた。よくテレビで見ていた有名なコンビニチェーンの制服に袖を通してレジに立っているからだ。
桜子の実家の近くにはコンビニエンスストアは無い。それでも少し離れた所になら有ることは有った。ただし個人商店に毛がはえたようなコンビニで、エプロンをつけたおじさんとおばさんがいるだけの、他では聞かないような名前の店だった。だから桜子は、大手チェーン店には馴染みが無い。
とはいえ、テレビはあるのでチェーン店のCMなどはよく見ていた。おかげで有名なコンビニチェーンの制服を着ることは、桜子の憧れの一つになっていた。
桜子とは対称的に、バックヤードの防犯カメラのモニター前に座った茉莉花はテンションが低かった。
霊が出るのは午前3時頃。現在の時刻は午前2時半。もちろん準備をしてここまで来るために、もっと前の時間から動いている。
「ゴールデンタイムにずっと起きてるなんて、大きな損失だわ」
パイプ椅子を揺らしながら不満を漏らす茉莉花に、隣のパイプ椅子に座ったマンチカンが苦笑いする。
「若いんだから一日や二日、寝なくったって美しさに変化ないだろ」
「お世辞なんていらないのよ」
「オレがお前にお世辞を言うと思うのか?」
「思わないけど…」
「言ってほしいなら言うぞ」
茉莉花はパイプ椅子の背もたれに大きく体重を預け、アクビをしながら適当に手をヒラヒラさせた。
「じゃあ言って」
マンチカンは茉莉花をまっすぐに見て真剣な表情で言った。
「お前は最高の女だ。お前のためならオレは何だって出来る」
茉莉花は背もたれに体重を預けたまま、首だけ動かして無表情でマンチカンを見つめた。
マンチカンは真剣な表情のまま、まっすぐに茉莉花を見ている。
そのまましばらく見つめあっていたが、茉莉花が無表情のまま鼻で笑った。
「それ、お世辞なのよね」
「…………」
茉莉花の表情がいっそう冷ややかになり、そして静かに言った。
「よく言えるね。……見捨てたくせに」
マンチカンはゆっくりと下を向き、拳を強く握りしめた。
茉莉花はマンチカンを見下しながら、逆に明るい声で言った。
「元々、あんたのせいじゃないんだから、別にそこまで責任を感じる必要なんてないわよ。そんなの感じられたって、こっちは重いだけだしね」
マンチカンが顔を上げる。
「いや、責任感で言ってるわけじゃ――」
言いかけたマンチカンの言葉を遮るように、茉莉花が言葉を被せた。
「わたしから解放されて、他の女とよろしくやればいいじゃない。――モテるんでしょ?」
「……」
マンチカンは再び下を向いた。
時間は午前3時を過ぎ、店のチャイムが鳴った。防犯カメラのモニターには入店する女性客が映っている。
桜子がバックヤードに顔を出した。
「来たよ」
茉莉花が頷く。
「うん、わかってる。雅は?」
「ついて回ってる」
「じゃあ予定どおりお願い」
「うん、わかった」
桜子はレジへ戻った。
茉莉花はモニターを注視する。
女性の霊は生きていた時のように買い物に来ているが、いつも店員に会計してもらえずに諦めて帰るため、その行動を繰り返してしまうのだろうと桜子は予測した。なので、まずは買い物を成立させないと始まらない。その上で、どう浄霊に導くのかを判断しようというのだ。
ただし、神田と違って物体を持つ事は出来ないようだ。モニターには映っている買い物かごが実際には無いところをみると、霊の作ったイメージだろうというのは予想できる。けれども、霊の作ったイメージでは会計したくてもレジのスキャナーがおそらく反応しない。
そこで雅が霊の後ろからかごを持ってついて回り、手にした商品の実物をピックアップしてこようというのだ。うまくいけばいいが、万が一雅の行動に気付かれた時のために、茉莉花がモニターで監視している。
他の店員二人は店内で普通に作業をしていた。霊は見えないだろうが、いつもいる人がいなくては不自然である。
女性の霊は女性雑誌、1.5リットルペットのゼロカロリーコーラ、ポテトチップス、飲むヨーグルト、サンドイッチ、の順にかごに入れ、最後にサラダチキンを入れてレジに出した。
桜子は「いらっしゃいませ」と言うと、レジ担当のコードを入力するふりをして少し時間を稼ぐ。その隙に雅がカウンターの下で桜子にかごを渡す。桜子は素早くそのかごを霊が持ってきたカウンター上のかごのイメージに重ねる。霊は特に気付いていないようだった。
レジの段取りは店員に一応は教わっている。
「袋にはお入れしますか?」
桜子が訊くと、女性の霊は頷いた。
サラダチキンのバーコードをスキャンしながら桜子は言った。
「いつもサラダチキンをありがとうございます。お好きなんですか?」
女性の霊は少し驚いた顔をしたが、表情をゆるめて答えた。
『夜中にお腹がすいちゃうんだけど、サラダチキンなら罪悪感が少ないでしょ?』
商品のスキャンを続けながら桜子は訊いた。
「じゃあ、ポテトチップスは別の時に食べる用なんですね?」
女性は可愛くクスクスと笑った。
『ううん。結局は一緒に食べちゃうのよね』
「あ、でもわかります。夜中はお腹がすきますよね」
『そうなの』
「お仕事か何か、されてるんですか?」
『違う、違う。落書きしてるの』
「落書き?」
『趣味でイラスト描いてるのよ。書き始めると止まらなくて、寝ないで描いちゃうの』
「夢中になれる事があるのはいいですよね」
そこで商品のスキャンと袋詰めが終わり、手を止めると慈愛に満ちた表情と声で桜子は言った。
「でも、なぜかそれが心残りってわけではないんでしょう?」
『ん?どういうこと?』
「描きかけのイラストが心残りなら、とっくに家に帰ってるよね」
『……言われてみれば』
「ここに来るまでの間に何かあった?」
『別に何も………………いや、なんだっけ。何かあったような……』
「……犯罪?」
『ううん。そんな物騒なものにはあってないよ』
「じゃあ…事故?」
『事故?……事故……ジコ……じこ……』
「思い出せない?」
『ちょっと待って。思い出せそう』
「…………」
『あっ』
「思い出した?」
『事故って言うか、横断歩道を渡ろうとしたら車が飛んできた』
「飛んできた?」
『他に人も車も全くいなかったから、たぶん調子にのって信号無視して走ってたんでしょうね。すごいスピードだった――あれ?あたし、ひかれた?』
「たぶん…」
『あー。そうだぁ。ひかれたんだぁ。しかも車は逃げてって、助けてくれなかった』
「ひき逃げ?」
『そうなるよね』
そのとき雅がそっと来て、桜子に耳打ちをしてから静かに下がった。
「なんかね。近くの道路でひき逃げがあったっていうニュースを見たって。そのあと、犯人も捕まったみたいよ」
『へー』
「へーって、ひとごとみたいね。腹が立たないの?」
『だって、あの時は腹を立てるとか、そんな余裕なんてなかったもん。たぶん違うこと考えてたと思う』
「何を考えてたか覚えてる?」
『う~ん。なんだっけ………………あー、サラダチキン食べたい……かな?』
「もしかして罪悪感が少ないなんて言ってるけど、ホントはすごく好きでしょ。サラダチキン」
『罪悪感が少ないってのはホントだけど、毎日のように食べてたからか、確かに病みつきにはなってたかも。いつも家に着いたらすぐに出してかぶりついてたもん』
「今ここでかぶりついてもいいよ」
『えー?さすがに店の中ではちょっと…』
「じゃあ、店の前では?」
『恥ずかしいよ』
「こんな時間だから、誰も見てないよ」
『あ…でも、ちょっとやってみたいとは思ってた。買ってすぐにかぶりつくの』
「じゃあ、やってみよ?それで満足できたら送ってあげるから」
『うん。やってみる』
桜子は買い物袋を女性に渡した。とは言っても、女性が持ったのはイメージだけだった。
女性は桜子と一緒に外へ出た。外の駐車場には客の車は一台もいない。端の方に従業員とマンチカンの車が停まっているだけだ。
女性は車止めに堂々と座り、袋からサラダチキンを取り出した。包装を半分ひらいてかぶりつく。そのまま肉食動物の食事シーンのようにガブガブと食べ進めた。そして最後まで食べ尽くすと、満足げに言った。
『はぁ~。やっぱり好きだわ、サラダチキン』
桜子は隣に座って訊いた。
「満足した?」
女性は大きく頷く。
『うん!』
「じゃあ、逝かせてあげる♡」
桜子は横から女性を抱きしめた。目をつぶって祈りを込める。すると女性は光り始めた。
『あっ』
女性の光が増す。
『ああっ…』
女性の顔が恍惚としている。
『逝く……』
女性の体はひときわ明るく輝き、光がおさまるのと同時にスッと消えた。
桜子は数珠を出して手を合わせ、何かを唱えてからゆっくり目を開いた。そして立ち上がり、覗いていた雅の方を向いて涙のにじんだ目で言った。
「逝っちゃった…」
桜子は雅とともに店に入ると、様子を気にして入口近くに来ていた二人の店員に報告した。
「終わりました」
それからバックヤードへ行くと、パイプ椅子の茉莉花は隣のマンチカンの肩に頭を預けて眠っていた。
その光景に桜子のテンションは上がった。
「いやあ、なにこれ。茉莉花ちゃん、かわいい。写真撮ってもいいかなあ?」
雅は無表情で答える。
「いいんじゃない?」
マンチカンは慌てた。
「やめてくれ。なに言われるかわからん」
その時、茉莉花は「うう~ん」と頭を起こした。その隙にマンチカンは素早く椅子から立ち上がった。
茉莉花は目を覚ますと、桜子を見つけて言った。
「あ、ごめん。終わった?」
「あ、うん。終わった」
桜子は残念そうに言った。
現在、執筆が遅れております。そのため来週からは週一回、毎週金曜日の朝に投稿いたします。
次回「その4 ハードスケジュール」は12/6(金)に投稿する予定です。




