おまけ 長野の美味しい物についての会話1
リビングで茉莉花たち三人はアイスコーヒーを飲みながらお喋りをしていたが、脈絡もなく桜子が言った。
「そういえばわたし、長野に来てからまだお蕎麦を食べてない」
茉莉花はストローから口を外して言った。
「どした?唐突に」
「キャンプの初日に結城くんがお昼を食べてなくて、あそこのお蕎麦やさんに入ったの。わたしは食べてないんだけど、見てて美味しそうだったから」
「なるほど」
「結城くんは一口食べる?って訊いてくれたんだけど、お昼たべたからお腹いっぱいって断っちゃった」
「一口ぐらい食べられたでしょ?もらえばよかったのに」
「だってだって、そしたら……間接キスになっちゃうもん。まだ早いっていうか……恥ずかしいっていうか…」
茉莉花は困った顔を雅に向けた。
「抱きしめたいぐらいむちゃくちゃ可愛いんだけど、なんていうか、相手が結城だと思うと腹が立つのよね。どうしたらいい?」
苦笑いする雅。
「知らないわよ」
桜子がつぶらな瞳を茉莉花に向ける。
「長野のお蕎麦って美味しいんでしょ?」
茉莉花はたじろいだ。
「そ、そりゃね。特に戸隠そばは有名よ。日本三大そばの一つだもん」
「へぇ~。他の二つは?」
「島根の出雲そばと岩手のわんこそばよ」
「わんこそば、知ってる。どんどん入れるやつ」
「わたし、わんこそばは食べたこと無いけど、戸隠に限らず長野県の蕎麦は日本一美味しいと思ってる」
「そうなの?」
「もちろんお店にもよるし、地元びいきだとは思ってるけど、長野のお蕎麦って香りが違うのよ。もちろんコシがしっかりしてて喉ごしもいいって評価もあるんだけど、特に秋に食べる新そばは鼻に抜けてく香りがたまらないの」
今にもよだれを垂らしそうな桜子。
「そ、そんなに?」
「種類も色々あって、蕎麦の実の中心だけを使った更科そばをありがたがる人が多いけど、わたしは何と言っても殻ごと挽いた色の濃いお蕎麦が風味豊かでいちばん好き」
「た、食べたい…」
「秋になったら食べに行こうか。いいでしょ?雅」
雅は頷いた。
「そうね」
桜子は調子に乗った。
「おやきも食べたい!」
雅は笑った。
「おやきくらいなら、こんど買ってくるよ」
そこですかさず茉莉花が言った。
「西澤のがいい!」
雅が面倒臭そうな顔をする。
「西澤餅店?」
「あ、スーパーので済まそうとしてたでしょ」
「まあ…」
「スーパーのも悪くないけど、桜子が初めて食べるんだから西澤のにしようよ」
「確かに西澤餅店のは食べてもらいたいけど、バスで買いに行かなきゃ」
「マンチカンに送らせるよ。――っていうか、買ってきてもらおう」
苦笑いをする雅。
「マンチカンも、いよいよパシリ味が強くなってきたわね」
「パシリ味もなにも、パシリだから」
「ひどい…」
その話をスルーして、桜子は訊いた。
「その西澤のおやきって美味しいの?」
茉莉花は自分の事のように胸を張った。
「もちろん。わたしはいちばん好き」
「ふ~ん。雅ちゃんも?」
雅は考えながら答えた。
「あたしもそうかなぁ。小川の庄も捨てがたいけど」
茉莉花は頷く。
「あそこも美味しいけど、わたしは焼きより蒸しが好き」
「小川の庄には蒸しもあるみたいよ」
「そうなの?知らなかった」
桜子は質問した。
「焼きとか蒸しって?」
茉莉花が答える。
「作り方ね。具を包んだのを蒸して作るとモッチモチなの。焼くとカリッとして香ばしくなるんだよ。小川の庄のは囲炉裏で焼くの」
「へえ。焼くのと蒸すのがあるんだね」
「それだけじゃないよ。蒸したあとに焼いた香ばしいけどモチモチなのとか、焼いたり揚げたりしたあとに蒸したカリカリしっとりなのとか、揚げてから焼いたり、囲炉裏で焼いてから灰の中で蒸したり、皮の厚さやふくらし粉を入れる入れないも含めて色んな食感のがあるよ。そば粉や米粉を使ったのとかもあって、お店や地域によって色々。中のアンもしょっぱいのから甘いのから変わり種まで無限にあって、買うときに必ず迷っちゃう。わたしが好きなのはナス。野沢菜も好き。あとカボチャとか山菜とかあんことかもあるよ」
「え~?それは迷ってみたい」
「じゃあ、今度みんなで行ってみようか」
「うん!」
雅はやれやれといった顔をしながら、足に使われるであろうマンチカンのことを不憫に思っていた。
おまけ 長野の美味しい物についての会話1
――終わり――
次回「第七話 長野びんずるの夜 その1 茉莉花は何も悪くない」は11/22(金)に投稿する予定です。




