その8 バンガローにて
クラスのキャンプから帰ってきた日の夕食時、主な話は大輝の事だったが、キャンプの事も少し話題にのぼった。
茉莉花が切り出す。
「ねえ。今日の朝食のとき、男子たちの様子っておかしくなかった?」
雅が返す。
「言われてみれば、そうかも。昨日はあんなにはしゃいでたのに、今朝は借りてきた猫みたいだったね」
桜子が付け足す。
「でも颯空ちゃんはいつも通りだったよ」
茉莉花が鼻で笑う。
「アイツはね」
桜子がさらに付け足す。
「結城くんもいつも通りだったし」
「だってそもそもアイツ、基本的に桜子としか喋んないじゃん」
雅が要約する。
「要は神谷くんと赤坂くんがおかしかったって事でしょ?」
茉莉花が眉をひそめた。
「誰だ?それ」
「結城くんと颯空以外の二人。参加したクラスメイトの名前くらい覚えてあげなよ」
「その神木くんと赤塚くんがなんか後ろめたい事でもしたような顔をしてたのよね。女子のテントでも覗きに来たんじゃない?」
「神谷くんと赤坂くんね」
クラスメイトを悪く思いたくない桜子は、茉莉花の推測を否定した。
「慣れないキャンプで疲れただけじゃないの?」
茉莉花が訝しげな顔をしている。茉莉花の観察力は鋭い方である。
「疲れた?バンガローを勝ち取ったくせに?それに、そんな感じじゃなかったのよね」
などと話しはしたが、その話題はそれ以上は広がらなかった。
キャンプ初日の夜。男子四人は、バンガローに入った。
バンガローには左右に二段ベッドがあり、沙羅咲たちが用意してくれたアルミマットと毛布が一組ずつ置いてあった。
それぞれ荷物の整理やスマホの充電などをしていたが、ふいに奏太が亮に囁いた。
「やっぱり北山さんも一緒なんだよな」
亮が普通の声で返す。
「当たり前だろ。男子なんだから」
奏太は余計に声を落とした。
「お前、よく割り切れるな。転校当初は女子だと思ってたのに」
「お前が意識しすぎなんだよ。北山さん?北山君の間違いだろ」
「だって、それはお前、どう見ても北山さんって感じじゃん」
「いっそ颯空ちゃんって呼んであげろよ」
「バカ」
「そんなにいいなら一緒に寝れば?」
「ば、なに言ってるんだよ」
亮が大声で颯空に言った。
「奏太が颯空ちゃんと一緒に寝たいって」
颯空ははしゃいだ。
「えー?ボクが可愛いからって、そんな積極的な~。いいけど、さすがに狭くない?」
颯空は全力可愛いで小首を傾げた。
奏太の顔が赤くなり、気取って言った。
「り、亮のジョークだから気にすんなよ」
「そお?」
「当たり前だろ」
「そういえば、奏太くんたちはお着替え持ってきた?」
「ああ、まあ、ジャージだけど」
「ボクはねぇ…」
颯空はカバンからルームウエアを取り出した。
「ほら。可愛いでしょ。ウサちゃんルームウエア。フードにウサ耳と、ショーパンにはまん丸のフワフワしっぽが付いてるの。いま着て見せるね」
服を脱ごうとする颯空を奏太は止めた。
「ちょっと待て、ちょっと待て。ここで着替えるのか?」
「え?ダメ?」
「ちょっと訊きたいんだが、下着は女ものか?」
笑いだす颯空。
「あはははは。まっさかぁ。変態じゃないんだから下着はメンズだよ」
ホッとする奏太。
「そ、そっか」
「脱いだって男子の体にメンズの下着。髪が長いのを除けば奏太くんたちと何も変わらないよ」
「そ、それなら安心だな」
「もう。早とちりなんだからぁ」
そう言うと颯空は脱ぎ始めた。
亮が奏太のうしろから囁く。
「わかっていても、見た目女子が服を脱ぐ姿はそそるな」
奏太は颯空から視線を外せないまま、うしろの亮に言い返した。
「なんだよ、お前だって。脱いだあとオエッてなるなよ」
「脱いだあとに興味ねえよ」
颯空が服を脱ぐと、ロングキャミソール姿が現れた。胸の膨らみが無いのはわかるが、ロングキャミソールの下は見えないので、ただの発育の遅い女子の姿にしか見えない。奏太と亮は同時に唾を飲んだ。
颯空は何も気にする事なく、あっさりとキャミソールを下にすとんと落とした。それを見て、顔を両手で覆った奏太が叫んだ。
「なにがメンズだ!完全に女子の下着じゃないか!」
「違うよぉ。メンズだよぉ」
「ウソつけ!ブラつけてるじゃないか!」
「だからメンズブラだってば。ショーツだって男性にフィットするように作られたメンズショーツだよ」
「だとしても見た目女子の下着じゃん!」
「だって可愛い下着、つけたいじゃん。男子が可愛い下着つけちゃいけないの?」
「いいけど、見せるなよ!女子の下着姿を見てるみたいで恥ずかしい!」
「ちょっと待ってよ。胸だってパッド入れてないからペタンコだし、ショーツの前だって真ん中にダーツのラインが入ってて膨らんでるでしょ?どう見ても男子じゃん。よく見てよ」
「よよよよよく見てよって…」
よく見えるように手を広げる颯空。
奏太は顔を覆う手の指を広げて隙間から颯空を見つめた。その様子に、颯空は笑顔で可愛いポーズを決めた。
奏太は心を撃ち抜かれた。
「あ…ダメだ……脳がバグった…………かわい…い……」
奏太はハッとしてうしろを振り向いた。そこには呆然と颯空の下着姿を眺めている亮がいた。
奏太は亮に飛びかかった。
「やめろぉー!見るなぁー!」
手で目を塞ごうとする奏太に抵抗しながら、亮は言い返した。
「ウソだろ。なに恋する男子みたいな反応してんだよ。あいつ男だぞ、男」
「うるさい!可愛いに男も女もあるかぁー!」
「いつも冷静なお前がどうしたんだよ。落ち着けって」
「颯空ちゃんの裸を見るなぁ!」
「見ないから、見ないから」
覆い被さる奏太を避けようと、亮の膝が奏太の股間に当たった。奏太は呻き声をあげた。
「ううぅ…」
亮は愕然とした。
「ウソだろ。お前、颯空ちゃんに反応したのか?」
「悪いか…」
「いや、悪くはないけど…」
そこへルームウエアを着おわった颯空が駆け寄った。
「ケンカはやめて。もう服は着たから」
奏太と亮は振り向いた。そこにはウサ耳フードのパーカーにウサギのしっぽ付きショートパンツを穿き、手と足にウサギグローブとウサギスリッパをつけた可愛い生き物がいた。
奏太はさらに撃ち抜かれた。
「可愛いは正義だっ」
亮も賛同した。
「お前の気持ち、少しわかるかも」
「お前には譲らん」
「わかった、わかった」
颯空は可愛く膨れた。
「もうケンカしちゃダメだぞ。仲直りしたなら、はやく寝よ」
「ははははははやく寝よとか…」
奏太は大きく二回頷き、二段ベッドの下に潜り込むために四つん這いになった颯空のお尻を凝視しながらボソッと言った。
「あのしっぽになりたい」
亮がボソッと返す。
「重症だな、お前」
結城はその一部始終をコントの観覧客にでもなった気持ちで見ていた。
後日、バンガローでの話を結城から聞いた桜子が茉莉花と雅に話すと、雅はあきれた声で言った。
「それで翌朝おとなしかったのね。まあ、神谷くんも赤坂くんも普通の男の子だったって事ね」
ところが茉莉花は笑いながら言った。
「いや、すごいよ。神谷奏太と赤坂亮。わたしに名前を覚えさせたんだから」
苦笑いをする桜子と雅をよそに、茉莉花はさらに声を出して笑った。
第六話 夏休みの始まり
――終わり――
次回からは「第七話 長野びんずるの夜」が始まります。
「その1 茉莉花は何も悪くない」は一週間後の11/22(金)に投稿する予定です。
11/19(火)にはおまけの話を投稿する予定です。




