その6 テントの中で
夕方には参加者全員がテントの側に集まってきていた。
女子は茉莉花たち三人と沙羅咲と楓花、それに明日香も参加していた。その他、茉莉花が名前も知らない女子が五人いた。
男子は結城の他に二人のクラスメイトがいた。けれども一人、クラスメイトじゃない者も混じっていた。隣のクラスの北山颯空である。
茉莉花は目を剥いて沙羅咲に訊ねた。
「なんで北山颯空がここにいるの!?」
沙羅咲は悪びれる事もなく答えた。
「あ、ごめん。女子が一人、急に参加できなくなって、クラスには他に参加できる人もいないし、ちょっと誘ってみたら来たいって言うから…」
「ダメでしょ。クラスの親睦会なのに」
「でもLINEでみんなOKしてくれたし…」
茉莉花は雅に振り向いた。
「雅、知ってたの?」
雅はとぼけた顔を向けた。
「ああ、そんな話をしてたわね」
「謀ったわね」
「あたし、茉莉花はグループLINE見てるって思ってたのに、どうやって謀るのよ」
「うっ…」
颯空が可愛い仕草で皆に言った。
「部外者が参加しちゃってゴメンね」
するとクラスメイトの湯沢彩香が笑って答えた。
「気にする事ないって。少なくともさっき一緒に遊んだ何人かはもう友達だと思ってるもん」
「ホントに?」
そこで沙羅咲が割り込んだ。
「そんな事より、バーベキューの前にテント決めちゃいたいの」
茉莉花は「そんな事」じゃないでしょと思ったが、どうやらその言葉に違和感を覚えているのは茉莉花だけのようだったので黙るしかなかった。グループLINEに参加していなかった茉莉花に今さら反論する資格は無い。
沙羅咲は続けた。
「テントは四人用が二張り、三人用が一張り、バンガローは四人で泊まるとちょうど人数分よ。男子は申し訳ないけどバンガローは諦めて」
男子の一人、赤坂亮が反論する。
「なんでだよ。さっきくじ引きとか言ってなかった?」
「だって三人でしょ?必然的に三人用のテントしかないじゃない」
「あー、そっか。ならしょうがない」
全員が「そうよね」とか「ごめんね」などと言って、さもそれが当然であるかのような空気が流れている。
茉莉花は唖然として言った。
「ちょっと待って、ちょっと待って。男子は四人よね」
何を言っているのかわからないといった視線が茉莉花に集まる。
沙羅咲が答える。
「三人よ。もういちど数えてみて」
「いや、何かい数えても四人でしょ。北山颯空は人数に入れた?」
皆の頭の上にクエスチョンマークが立ち並び、視線が颯空に集まった。
楓花が驚きもせず言った。
「あー、そういえばそうだったよね」
彩香が付け加える。
「わたしは颯空ちゃんなら別に一緒でもいいけど」
他の女子も「わたしも」「あたしも」などと言っている。
茉莉花は愕然として言った。
「ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って。ダメでしょ、それは」
沙羅咲が茉莉花に笑顔を向け、諭すように言った。
「性別を押し付けるのは良くないわ。桐生さんはそういうとこ進んだ考えを持ってるのかと思ってたんだけど、違うの?」
「そういう事じゃなくて、颯空は男なんだってば」
彩香が反論する。
「そうやって決めつけたら颯空ちゃんが可哀想だよ」
茉莉花はヤバいと思った。自分の立場が悪くなっていくのがわかる。クラスメイトとは打ち解けたくないなどと思っていたが、フォビアのレッテルを貼られて疎外されるぐらいなら馴れ合う方がずっといい。
ところが、そこで望ましくない所から助け船が出された。颯空だった。
「待って。茉莉花ちゃんは悪くないよ。だってボク、男だもん」
沙羅咲が心配そうに颯空に言った。
「無理しなくていいのよ。女の子になりたいならなりたいって言ってもいいの。みんな味方だからね」
「違う違う。ボク、女の子になりたいわけじゃないんだってば。性格や好みが女の子寄りなだけだから」
「え?そうなの?」
「誤解させたならごめんね。遊ぶなら女の子の方が気が合うから受け入れてくれるのは凄く嬉しいんだ。でも、さすがに女の子と一緒に寝るなんてボクも困るよ。普通に男の子だもん」
沙羅咲がつまらなそうな顔をする。
「あ、そうなんだ…」
「茉莉花ちゃんはそれを知ってただけだから、責めたりしないでね」
「あ、うん。ごめんね、桐生さん」
茉莉花はホッとしたが、颯空に助けられたことに複雑な想いを持ったまま答えた。
「わかってもらえたらいいのよ」
そこで男子の一人、神谷奏太が訊いてきた。
「でも、じゃあ北山さんはオレたちと一緒に寝るってこと?」
沙羅咲が答える。
「そうなるわね」
「マジか」
奏太は颯空をあらためて見直した。
颯空は私服でも当然のようにレディース服を着ていた。ゆったりとしたメッシュの長袖カットソーの下にキャミソールが透けて見えている。胸は服のせいか、やや膨らんでいるように見えなくもない。ボトムスには薄い生地が柔らかく波打った、一見ミニのフレアスカートに見えるキュロットスカートを穿いていた。さらに足元はスニーカーとソックスだけで、無駄毛の無いツルッとした生足をさらけ出していた。
奏太の口からホンネがこぼれた。
「なんか変な気分になるな」
彩香が奏太を睨んだ。
「わたしたちの颯空ちゃんに変な事しないでよね」
奏太は慌てた。
「しねえよ。何だよ、わたしたちのって」
「だって、もう友達だもん」
その後、くじ引きが行われた。茉莉花たちがバンガローになったら四人目は明日香を加えるつもりでいたが、バンガローは男子が獲得した。必然的に茉莉花たちは三人用のテントを選んだ。
くじ引きのあとはお待ちかねのバーベキューである。分担して準備を進め、茉莉花たち三人の評価も決まってきた。
食材などを手際よく切ったり串に刺したりする桜子は家庭的という評価をもらい、結城と二人でイチャイチャと準備していたために、二人あわせて若夫婦という称号を手に入れた。
バーベキュー以外のサイドメニューを担当して凝った料理を何品か出した雅は三ツ星シェフという称号をもらった。
何かやろうとはするものの、危なっかしくて結局なにもさせられず、食べる専門になっていた茉莉花は、お嬢様からご令嬢になり、最終的には姫と呼ばれていた。
ただ、顔に炭をつけてバーベキューにかじりつくお姫様に皆は親近感を覚えたし、茉莉花もそれなりに楽しんでいた。
バーベキューの片付けが終わったあと、まだ時間があったので、沙羅咲が急に言い出した。
「心霊研究会の人たちの怪談話を聞きたくない?」
彩香はノリノリだった。
「聞きたい、聞きたい」
茉莉花は慌てた。
「心霊研究会って、そういうのじゃないよ」
沙羅咲が訊ねる。
「そういえば、どういう活動してるの?」
「心霊現象の噂を集めて物理学の観点から本物の霊かどうかを検証するのよ。ほとんど自然現象とかを錯覚してたみたいなのばかりだけどね」
「ああ、やっぱりそういうのなんだ」
「やっぱりとは?」
「だって、桐生さんや香月さんみたいな優等生が心霊って、なんか違和感あったもん」
「あ、そうなんだ」
「顧問て確か物理の奈々子先生でしょ?納得ね」
「でも、調べてもよくわかんないのはお坊さんに丸投げするけどね」
楓花が声をあげた。
「それ、知ってるぅ。このまえ校門に迎えに来てたでしょ?金髪イケメンでスラッと背の高い…」
マンチカンの事だ。見られていたようだ。
「そうそう、あの人。だから本物の幽霊とか、そういうのにわたしたちは関わってないから」
皆にというよりも、結城に聞かせるように茉莉花は言った。霊に関わっている茉莉花と雅が桜子に近づく事を結城が警戒しているのなら、霊には関わっていないと思わせておいた方がいい。
沙羅咲は訊いた。
「じゃあ、なんで中等部の時の文化祭で心霊写真や怪談話の展示なんてしてたの?それを覚えてたから、今回お願いしようと思ってたんだけど」
「ああ、あれ?あれはね。ええと…」
本当は文化祭になど参加するつもりはなかった。けれども当時の生徒会に活動実績を疑われたので、画像を加工して作ったインチキ心霊写真と、既存の怪談話をアレンジして作ったパクリ怪談を文化祭で展示したのだ。もちろん全て雅作だ。けれども、そんな事は言えない。
雅が代わって答えた。
「あれはね。心霊現象の噂を集める段階で手に入った資料の内容をもったいないから怪談の形にして展示しただけよ。みんなもそっちの方が興味あると思って」
沙羅咲は概ね理解しながらも質問した。
「本来の研究はなんで展示しなかったの?」
「してたわよ。端の方にちょっとだけ。覚えてないでしょ?物理の小難しい話なんてそんなもんなのよ」
ウソだったが、沙羅咲は納得した。
ただ、結局は怪談をさせられる事になった。焚き火台の火を全員で囲んで座ると、そこそこの雰囲気は出ていた。
トップバッターの雅はどこから仕入れたのか、それなりに怖い話をさも自分が経験したかのように上手に話し、何人かを怖がらせることができた。
桜子は「えーとね」「うんとね」がたくさん入るぎこちない話し方で、二日前の四十九日の話を他人に聞いた事として話した。話をはしょりすぎて上手く伝わっていなかったが、チャーハンを作ったら逝ってくれたという所で完結させた。その内容は話の下手さ加減も含めてほのぼのとしていて、全く怖くはならなかった。
その次に茉莉花は話そうとしたが、颯空が割り込んできた。もちろん心霊研究会だからと強く主張してのことである。皆の好感を集めている颯空に攻撃するのは茉莉花にとって愚策である。仕方なく順番を譲った。
颯空の話は茉莉花たちにはつまらない、よくある目撃談だった。おそらく霊感があると主張する颯空の実体験なのだろう。ただ、日常生活に直結した派手さの無い話がかえってリアルに感じられるらしく、怪談話としては好評だった。
最後は茉莉花だ。茉莉花も実体験を元にした話だったが、もちろん他人から聞いたものとして話した。けれども、一般人からしたら特殊ではあっても本物の実体験なので内容にリアリティがあったし、怪談話にするために茉莉花が面白がって脚色したものだから、耳を塞ぐ者が何人か出るぐらいには皆の恐怖を掻き立てていた。
怪談のあとは寝るまで各々雑談をした。ただ、あまり遅くまで笑い声などが響くと周囲の迷惑になるので、そこそこでグループごとにテントやバンガローへ引き上げていった。茉莉花たちも早々にテントへ潜り込んだ。
桜子は寝袋に入るとすぐに寝息を立てた。けれども家で寝ている時間に比べれば早かったので、少ししたら自然と目が覚めた。とはいえ、沙羅咲たちの用意してくれた夏用の寝袋は快適であり、今にも意識が飛びそうな程うつらうつらとまどろんだ。
囁く声が聞こえている。隣で寝ているはずの茉莉花と雅の声だった。桜子は二人の会話を聞くともなく聞いた。
茉莉花が不服そうに言った。
「だから来たくなかったのよ」
雅が無感情に返す。
「だったら素直にバンガローを使わせてもらえばよかったじゃない」
「正直、バンガローだって似たかよったかでしょ?砂っぽいし、虫はいるし、エアコンは無いし」
「そりゃキャンプだからね」
「だからキャンプなんてやだったのよ」
「まあ、我慢しなさい。眠っちゃったら、すぐ朝よ」
「寝つけないから雅に八つ当たりしてんでしょ?」
雅は特に怒るわけでもなく微笑んだ。
「いいけど、なんだかんだキャンプ楽しんでたじゃない」
「楽しんでないわよ」
「そおかなぁ」
「て言うか、やめてくれない?わたしをクラスに溶け込ませようとするの」
雅は諭すように言った。
「別にあたしは何もしてないけど、人間観察するくらいの気持ちで人と接してみたら?その方が楽しいと思うよ」
茉莉花は声を低くした。
「わかってるわよ。だからイヤなんじゃない」
「ん?ごめん。言ってる意味がわからない」
「……雅の言った通りよ。楽しかったわよ。だから今、自分がイヤになってんのよ」
「クールなキャラでいたいってこと?」
「そんなんじゃない。楽しいを望んでない人もいるってことよ」
「なに?そもそも楽しくなりたくないってこと?」
「そうよ」
「どうして?」
「教えない。……言いたくない」
「…………わかった、ごめん」
雅にはどうしても越えられない茉莉花のラインがあった。
神妙な面持ちの雅を見て、茉莉花は少し明るい声で話題を変えた。
「それにしても無知なアライって怖いわね。颯空を男だって言っただけよ。ホントの事なのに危うくフォビアにされるところだった」
茉莉花が颯空を男のカテゴリに入れようとするのに対してクラスの女子たちから反発を食らった話だ。
雅は静かに囁いた。
「助け船を出せなくてごめん…」
「ちょっ、謝らないでよ。雅の立場だったら、あんな話に加わりたくないのわかるから」
「…でも、アライをあまり悪く言ってほしくないな。善意なんだから」
「いや、無知は罪悪でしょ?」
「あたしは何も言えない。声を出す気ないから」
茉莉花は雅をまっすぐに見つめた。
「……わたし、うるさい?」
「そんなこと思ってないよ。あたしに寄り添ってくれてるの、わかるもん。――ただ、そのために敵を作らないで」
「……違うわよ。雅に寄り添ってるわけじゃなくて、間違いを放置するのが気持ち悪いだけ」
「だとしても、なるべく敵は作らないで」
「颯空とも仲良くしろと?」
雅は少し笑った。
「まあ、あれは心霊研に入る入らないの話だからいいんじゃない?颯空が部室に来たところで、あたしはあまり支障ないと思ってるけどね」
「雅、颯空に対して寛大よね。ああいう人のせいで誤解が大きくなってるのに」
「そうかもしれないけど、人の生き方は自由であるべきでしょ?ちゃんと男子って名乗ったり、女子トイレや女子更衣室には絶対に入らなかったり、そういうキチンとしてるところ、むしろ好感が持てるし」
「好感?!そうなの?!」
「ん~好感というか、逆にそこをわきまえていない女装男子に怒りを覚えるというか。正直、颯空の事なんてどうでもいいのよ。あたしとは全く関係ない人種だもん。桜子がはしゃいでるから、面白くて乗っかっただけだし」
桜子は自分の名前が出てきてピクリとした。
桜子は茉莉花と雅の会話の途中からけっこう目が覚めていて、寝たふりをしながら聞き耳を立てていた。
茉莉花と雅には桜子の知らない秘密がそれぞれあるようだった。当然のように好奇心はあったが、気軽に訊けるようなものではなさそうな事も桜子には伝わっていた。
次回「その7 峠を越えてきた少年」は11/12(火)に投稿する予定です。




