その4 自慢のチャーハン
セバスチャンの運転する車の中で、茉莉花はふてくされていた。
「なんで衣装を着てきちゃダメなの?」
終業式のあとだから制服、というわけではない。着替える時間ならたっぷりあった。けれども茉莉花も雅も桜子も今日は制服だった。
雅が面倒くさそうに答える。
「そりゃ四十九日法要の延長戦だからに決まってるじゃない。茉莉花、法事にカウガールで行くつもり?」
「馬鹿にしないでよ。わたしだってカウガールがカジュアルすぎるのなんてわかってるよ。だから軍服にしようと思ってたんじゃん」
「ミニスカの?」
「丈の長さなんて些細な問題よ」
「ヘソ出しの?」
「些細な問題よ」
「網タイツの?」
「些細な問題よ」
「ピストルぶら下げて?」
「武士にとっての刀と同じよ」
「いつか怒られろ」
「雅ちゃん冷た~い」
そんな漫才をしているうちに目的地に到着した。
家の中ではマンチカンが待っていた。今日は法衣をまとっている。
マンチカンは茉莉花たちをその家の者に「御仏の加護を賜った導き手」と紹介した。大きく間違えてはいないが、仰々しい言い回しである。もっとも、いかにもなネーミングに家の者たちは納得しているようだった。
後飾り祭壇はまだ出されたままだった。その横に亡くなった老夫婦の妻が正座している。マンチカンは一度お経をあげていたが、逝かなかったという。
桜子はさっそく妻に語りかけた。
「こんにちは」
妻は顔色を変える事もなく、静かに桜子を見ている。
『…………』
桜子は再び声をかけた。
「こんにちは。わたしの言葉がわかりますか?」
『…………』
桜子は振り向いて言った。
「微妙に反応してるから、たぶんこちらの言葉はわかってるかも。ただ、話せないみたい」
夫が悲痛な面持ちで訊いた。
「病気のせいでそんなに弱ってしまったのかい?」
桜子は大きく首と手を振った。
「違います、違います。現世に強い執着でも無い限りは普通の事なんです。残った想いが姿として現れているので、おそらく奥様はご自身から何かを伝えたいと言うよりも、ご主人様が気がかりなだけなんでしょうね」
「俺が?」
「きっと奥様はご主人様に元気にお店を続けてほしかったんだと思います。それを自分のせいでやめてしまって、元気をなくしてしまったご主人様が気になってるんでしょうね」
「いや、やめたのは俺も体力的にきつくなったからで、コイツのせいじゃない」
「安心してください。それは奥様も理解してると思いますよ。謝りたい気持ちよりもご主人様に対する心配の方が強いから喋らないんです。罪悪感から残ってらっしゃるわけじゃありません」
「ならいいけど、心配されても店を再開はできないし、どうしていいやら…」
「そんなに難しく考えなくていいんです。思いつきでも構いませんので、これからやってみたい事とか、行ってみたい所とか、何か先の話を奥様にしてあげてください」
「う~ん。すぐには思いつかないなあ。考えたことも無いし。料理しか出来ること無いし」
桜子は少し考えてから訊いた。
「お店で一番の自慢料理って何だったんですか?」
夫は胸を張って答えた。
「チャーハンだな。シンプルに思えるかもしれないが、奥が深いんだ。うちのチャーハンはそんじょそこらの高級飯店なんざ目じゃないって」
「それ、今から作る事ってできます?」
「まあ、出来るけど…」
「作ってお供えしてもらえますか?」
「あ、ああ。わかった」
夫はチャーハンを作るためにキッチンへ向かった。
後ろの方のテーブルで息子の嫁が入れてくれたお茶を飲みながら桜子たちのやりとりを眺めていた茉莉花は、出された野沢菜漬けを爪楊枝に刺して食べながら雅に小声で言った。
「わたしね。今さらなんだけど、気づいちゃった事があるのよね」
湯飲みを置きながら雅は訊いた。
「なに?」
「霊能力美少女の家にわたしたちって必要なくない?」
「は?」
「だって浄霊なんて桜子一人で出来るじゃん」
「ホント今さらね」
「いや、雅は結界術者だから霊を逃がさないために必要な事も多いけど、わたし除霊師よ。要らなくない?」
「でもサーチ能力が高いし、封印も出来るから役立ってるじゃない」
「そんなのたまたま必要だっただけでしょ?今日はヒマよ」
「あたしもね」
「こういう仕事ばっかし来たらどうしよう」
「いいじゃない。桜子に任せれば」
「そしたら、わたしの存在意義が…」
「主宰者が何を言い出すかと思えば。あのね、いつか桜子の浄霊の力ではどうにもならない事態に陥るかもしれないでしょ?そんな時に誰が桜子を守るのよ。マンチカンの言葉を借りるなら、説得に応じない攻撃的な立てこもり犯を射殺しなければならない事があるかも。それは桜子には無理な話よ。それこそ茉莉花じゃなきゃ」
「うん、まあそうなんだけど」
「あたしたち三人で霊能力美少女の家でしょ?くだらないこと言い出さないで」
「ごめんなさい…」
「実際、桜子って人の悪意を知らなそうだもんね。一人にしたら危ういわよ」
「そえばマリアさんに会ったとき、霊だって人間なんだから話せばわかるみたいなこと桜子が言ってたわ」
「人間だからこそ話してわからないのもいるのにね」
「マリアさんにも同じこと言われてた」
「桜子にはホントはそのまま純粋でいてほしいけどね」
「ね」
しばらくしてキッチンから夫が戻ってきた。持っているお盆にはチャーハンが二つ乗っていた。
夫はチャーハンの一つを茉莉花たちの前に置き、小皿数枚とスプーン数本を横に置いて言った。
「材料が無くて人数分は作れなかったけど、よかったら分けて味見してくれ」
「ありがとうございます」
茉莉花と雅は暇を持て余していたので、丁度いいおやつだった。
夫が後飾り祭壇の上にチャーハンを置くと、桜子は訊いた。
「作りながら、何か先のこと思いつきました?」
夫は桜子の方を見ずに妻を見て答えた。
「まあ、なんとなくな」
「では、それを奥様に話して差しあげてください」
「ああ…」
夫は妻の正面に座り直してしばらく見つめた。妻は穏やかな顔をしている。
夫はチャーハンをチラリと見てから妻に視線を戻すとゆっくり話し出した。
「俺な、このさき何をするかなんて正直わからないよ。体力は落ちてるし、料理ぐらいしか出来ること無いしな。ただな、前から春菜さんに言われてただろ?料理を教えてくれって」
春菜さんというのは息子の嫁の事だ。今、後ろの方に正座して義父と義母の様子を心配そうに見つめている。
夫は続けた。
「店をやってた時は忙しかった事もあって面倒だったし、なんか照れくさかったのでやらなかったけど、今は時間もたっぷりある。だからな、特にキッチリやろうとか思ってるわけじゃないんだけど、料理教室とかいいかもなって。先生とか呼ばれるのも悪くないだろ、ははは…」
夫は一度下を向き、再び顔を上げると続けた。
「あとはあれだな。旅行。店をやってる時はなかなか行けなかったからな。本当はおまえが元気なうちに店をやめて、一緒に旅行すればよかったなって今は思ってる。ごめんな」
妻は首を横に振った。初めて見せた大きな反応だった。桜子はいつでも動けるように正座したまま爪先を立てた。
夫は続けた。
「最初に行きたい所は決まってる。おまえと新婚旅行で行った別府温泉だ。もちろんおまえの遺影と位牌は連れていく。いいだろ?」
妻は頷いた。
夫は続けた。
「あとな。おまえは使いこなしてたけど、俺もエスエヌエスっての?――やってみようかと思う。孫たちとも話したいしな。まあ、今んところそんな感じだ。また何か思いついたらやってみようかと思ってるし、おまえが心配することは何もない。あっちでゆっくり俺がみやげ話を持って行くのを待っててくれよ」
妻は微笑んだ。
夫は妻を見つめた。
「…………」
桜子が小声で夫に訊いた。
「他に言いたいことは?」
夫は妻を見つめたまま答えた。
「山程あるけど、また墓の前ででもゆっくり話すさ。なぁ?」
妻は頷いた。
桜子はそっと立ち上がった。
「では失礼します」
桜子は妻の背後に回ると、静かに背中に手を置いた。
「逝かせてあげる♡」
桜子が目をとじて祈ると、妻は光だした。
妻の表情が徐々に変化していく。夫を見つめたまま恍惚としていく老婦人の顔は色気さえ感じられた。まるで夫に恋する乙女のようだった。
夫の体は小さく震えていた。そして妻の姿がひときわ明るく輝いたとき、夫は思わず右腕を伸ばした。けれども手が届いたかと思った時には妻の姿は消えていた。行き場を失った手はゆっくりと握られた。
桜子はポケットから数珠を出して手を合わせたあと、小声で言った。
「逝っちゃった」
夫も静かに手を合わせた。
セバスチャンが運転する帰りの車の中で茉莉花は言った。
「あー、これで夏休みかぁ。どっか行こうよ」
雅が嫌そうな顔で訊いた。
「どこかって、どこ?」
「どっかはどっかよ」
「あまり予算は無いわよ」
「今回の報酬は?」
「入るだろうけど、金額は期待しない方がいいと思う」
「じゃあ、美味しいものぐらい食べに行こ?」
「今週お金がかかるからダメ」
「今週って?」
雅が「えっ?!」という顔を茉莉花に向けた。
「LINE、見てないの?」
「見てるよ」
「クラスのグループLINEよ?」
「なにそれ」
「…うそでしょ?」
雅は愕然としながら桜子にも訊いた。
「桜子はわかってる?」
桜子は頷いた。
「キャンプでしょ?」
茉莉花が甲高い声で訊き返した。
「キャンプ?!」
雅は呆れ顔を茉莉花に向けた。
「島崎さんと小林さんに誘われたじゃない」
「誰?それ」
「クラスメイトよ。島崎さんは委員長よ」
「誘われたって、いつ?」
「うらら系になりきってた時よ。参加するって言ったじゃない」
「い、言ってないわよ」
「言ったのよ。爽やか元気娘になりきって」
それから雅は茉莉花の物真似をした。
「誘ってくれてありがとお。きゃはぁ♡って」
茉莉花は渋い顔をした。
「きゃはぁ♡は言ってないだろうよ」
「でも、あの時はノリノリだったじゃない」
「あ…なんか思い出してきた」
「てか、忘れないでよ」
「…参加しなきゃだめかなぁ」
雅がスマホのグループLINEの画面を見せながら説明した。
「茉莉花は見てないみたいだから成り行きもわかってないと思うけど、キャンプ場の予約は誘われた時にはもう取ってあったみたいよ。ギリギリだと予約いっぱいになって取れなくなっちゃうから。でもあたしたちが参加表明したもんだから、無理して予約人数を増やしてくれたみたいなの。不参加なんてあり得ないでしょ?」
「マジか。そりゃ断れないか」
「そうよ。――でね。早めに予約したって言っても夏休みの期間だったから、今週の木金くらいしか空いてなかったみたいなのよ。つまり、あさってよ。忘れないでね」
「はい…」
茉莉花は観念した。
次回「その5 クラスメイト」は11/5(火)に投稿する予定です。




