おまけ 長野市内の移動手段についての会話
茉莉花の実家に泊まった夜、寝る前にくだらない話をしていたのだが、気づけばセバスチャンの話題になっていた。
セバスチャンの作ってくれた夕食が美味しかったという話から、桜子が疑問を口にした。
「セバスチャンって茉莉花ちゃんの専属の執事じゃないんだね」
茉莉花が答える。
「ここのウチの執事よ」
雅が付け足す。
「でも、あれよね。あたしがあの家に来るまでは、ほぼ毎日、セバスチャンがあの家の事をしてくれてたのよね」
茉莉花は頷いた。
「土日は別の人が来てたけどね」
「学校への送り迎えもしてもらってたじゃない?」
「そうね」
「なんでやめたの?」
「ごめんね。買い物もあるし、雅は車の方がよかったよね」
「あたしは別にいいんだけど、いま考えると茉莉花が楽をする方を選ばないなんて不可解だから…」
「なにかな?そのわたしへの偏った評価」
「茉莉花が混んでるバスを選ばないのはわかるけど…」
「実はセバスチャンの送り迎えって、ウチの親の指示なのよ。一人じゃ心配っていう過保護な感じのやつ」
「へえ。そうなんだ」
「けっこう頑なだったんだけど、雅と一緒だし自立したいからって説得してやめたのよ。セバスチャンも朝早く通ってくるのは負担だったと思うし。雅が朝ごはんとかやってくれるようになったから、セバスチャンは無理しなくても済むでしょ?」
「なるほど」
「あとは、少し体重が増えたのもあるかな。歩いた方がいいなって」
「だったら自転車でもよかったんじゃない?」
桜子も頷いた。
「それはわたしも思った。長野の学生って、みんな自転車を使うじゃない?移動の時」
茉莉花は笑った。
「みんなって事もないでしょ。バスを使ってる子もいるし」
雅が頷く。
「おうちが遠い子はね。長野市のバスってけっこう山奥まで行ってるし、そっちの方に住んでる人は長野駅周辺まで出てくるのには不便ないのよね。ただ、路線が蜘蛛の巣の縦糸みたいだから横糸方面への移動には苦労するのよね。バスの利用だけだと、いちど長野駅に出なきゃ他の縦糸には移れない。だから市内の子は横方向への移動に便利な自転車を使ってる子も多いのは確かね」
茉莉花もそれには同意する。
「まあね。長野は基本、車社会だからね。多くの子は高校卒業と同時に免許を取るし」
桜子が訊ねる。
「茉莉花ちゃんは自転車って使わないの?このウチに自転車ないけど」
「イヤよ、自転車なんて。真っ黒な体育会系の子なら苦も無いんでしょうけど、普通の女の子にはキツいのよ。焼きたくないし汗かきたくないしスカート穿きたいしたまには厚底の靴も履きたいし髪型きめたのにヘルメットなんか被りたくないし」
雅が正論で指摘する。
「普通の女の子って?どう見ても自転車に乗ってる方が多数派な気がするけど」
「多数か少数かなんて関係ないのよ。わたしが普通だと思うのが普通なの」
「その横柄さ、いっそ清々しいわね」
「それに、なに?あんないやらしい形状のちっさなサドルに股間を乗せて左右に揺れるなんて、変態かっての」
「あたしは、茉莉花の発想の方が変態だと思うよ」
雅をスルーする茉莉花。
「特に制服を着て自転車に乗るなんて、最悪よ」
桜子が訊く。
「なんで?」
「なんでって、カッコわるいからに決まってるじゃない。髪の毛とスカートの裾を振り乱して走ったり、乗り降りで足を上げたり、品が無いのよ」
雅がツッコミを入れる。
「自転車通学の子たちに怒られろ」
「おまけに男子がスカートの中を覗こうとするじゃない。サイテー」
「別に積極的に覗こうとする男子なんて見たことないよ?」
「無意識にでも、そういう目を女子の太ももに向けてる男子がキモいのよ」
苦笑いする雅。
「つい見ちゃうくらいは許してあげようよ。茉莉花なんて、見られたところで虫にでも見られたくらいの感覚なんでしょ?」
「なんでだろ、腹立つのは。その通りなんだけどさ」
色々と自転車に乗らない理由を言っているのは茉莉花の本心ではあるのだが、最も最大の理由である「自転車に乗れない」という事実だけは茉莉花は言わなかった。
桜子は珍しく的を射た事を言った。
「でも自転車が無いと行動範囲がどうしても狭くなるよね」
茉莉花は不敵に笑った。
「足はあるじゃない」
雅も不敵に笑う。
「執事と坊さん?」
「そうよ」
「電話したらヒョイヒョイ来てくれるもんね」
「なんか人聞きが悪いのよね、雅の言い方」
桜子が雅に訊ねた。
「雅ちゃんは東京にいたころ、どうやって移動してたの?」
雅は少し考えてから答えた。
「まあ自転車も使ってたけど、遠くなら公共の交通機関を使う事が多かったかな?電車で病院に通ったりしてた」
「へえ…」
「家族でどこかへ行く時も電車が多かったな。そもそもウチに車なんて無かったし」
「車が無くても生活できちゃうんだね」
「電車がいっぱい走ってるからね」
「そういえば長野って電車、少ないよね」
「まあ、東京と比べちゃうとね」
「北陸新幹線は乗ってきたから知ってるけど、他は長野に来てから全然乗ってない」
茉莉花がまた不敵に笑う。
「足があるから乗る機会なんて少ないと思うよ」
「あ、でもそっか。新幹線に乗ってきた観光客は、電車に乗り換えて観光地へ向かう事もあるのか」
「それもあるけど、普通に長野市民も使うよ。生活の足として」
「そうなの?」
「特に高校生は通学に使ってる子も多いし、大人だって電車の方が便利な事もあるみたいよ。よく知らないけど」
「へえ。でも電車が走ってるの見かけないからイメージ湧かないなぁ」
「ウチと学校の間には線路ないしね」
「どこを走ってるの?」
「言ってわかるの?」
「わからないかもしれないけど、知りた~い」
苦笑いする茉莉花。
「じゃあ一応説明はするけど、まず長野駅から北方面ね。市内に豊野駅ってあるんだけど、そこを経由して新潟県の妙高高原駅へ向かう線と、豊野駅を経由して新潟県の十日町駅へ向かう線があるよ」
「そっか。北は新潟県だもんね」
「うん。で、長野駅から南方面は、市内に篠ノ井駅ってあるんだけど、そこを経由して南へ向かうと松本駅。篠ノ井駅を経由して東へ向かうと軽井沢駅よ」
「松本と軽井沢は知ってる~」
「あとは隣の須坂市、小布施町、中野市を経由して、志賀高原への玄関口で温泉地でも有名な湯田中へ向かう線もあるよ」
「あれ?前にも聞いた気がする」
「お猿の温泉の話?」
「あーそうだ!」
「この線ね、長野駅から数えて4駅までは地下鉄なのよ。だから街中だと余計に見かけないかもね」
「え?!地下鉄なんてあったんだ。やっぱり都会は違うなぁ」
笑う茉莉花。
「いや、都会の地下鉄は3両編成とかではないと思うぞ」
「他の線は?」
「長野市内を走ってる電車は、このぐらいよ。あとは高速バスかな?周辺のめぼしい観光地への直通便なんかもあるわよ」
「あ、観光バスみたいな大きいのは、たまに見かける」
「冬はスキーバスみたいなのも出てるらしいし」
「いいなあ」
「そお?わたしはセバスチャンに送ってもらうのが一番いいけど」
「あの車、乗り心地いいもんね」
「セバスチャンの運転も上手いのよ。同じ車でもマンチカンが運転すると揺れるでしょ?まあ、免許とって一年ちょっとだからね」
「言われてみれば」
「アイツ、車を揺らすのが大好きなのよ。人目の無い所に停まってる時は特にね」
雅がツッコミを入れる。
「よしなさいって」
いつものように桜子の頭の上にはクエスチョンの花が咲き乱れていた。
おまけ 長野の移動手段についての会話
――終わり――
次回「第六話 夏休みの始まり その1 その1 マジ天使」は10/22(火)に投稿する予定です。




