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その7 紡ぐ言葉、紡ぐ心

 ここ二日ほど、ほとんど会話が無かった。茉莉花と雅と桜子は一緒に食事もするし、一緒に登校もした。「ご飯できたよ」「いただきます」「学校へ行くよ」「帰るよ」など一言二言はあるのだが、それ以外については誰も何も言わなかった。

 もちろん原因は茉莉花の言葉だった。


『わたしの何がわかるのよ』


『あんたたちを友達だと思ったこと無いから』


 茉莉花は気まずかった。

 もちろん自分の事を理解してもらえるわけがないと思っているのは事実だし、友達を作らない宣言はしていたのだから嘘は言っていない。

 ただ、桜子に対して必要以上にキツく当たってしまった自覚はあった。おまけに雅に何かを言われるのが怖くて、わざわざ「あんたたち」などと向ける必要の無い矛先を雅にまで向けてしまった。


 桜子は何を話せばいいのかわからなくなってしまった。知りもしないのに「茉莉花らしい」と知った風な口をきいた事に罪悪感を覚えていた。

 興奮するほどに激怒した茉莉花を怖いと思ったのは桜子の勝手な感情であって、そういう一面もあるという事を否定するべきではなかった。自分を否定されれば茉莉花だって怒って当然である。

 それによって「あんたたち」と言われて捲き込んでしまった雅に対しても気まずさがあった。


 雅も話しにくかった。茉莉花と桜子が話せなくなっている空気を強く感じてしまうからだ。

 特に茉莉花には触れられたくない事があるのも以前から何となくわかっていて、桜子がそこに触れたらしい事も察していた。だから、もちろん雅もそこに触れるのはためらわれるし、そこに触れた桜子の味方も出来なかった。



 そんな事が続いた三日目の朝、食事の席で茉莉花は言った。


「明日は帰りにセバスチャンが車で迎えにきてくれるから、一学期の荷物でいらないもんは持って帰れるようにまとめといて。終業式は来週だけど、荷物少なくしときたいでしょ?」


 必要な連絡事項とはいえ、久しぶりの長文に雅は少しホッとした。口調もいたって普通である。

 雅はなるべく自然に答えた。


「助かるわ。ありがとう」


「いや、お礼ならセバスチャンに言ってよ。向こうから来てくれるって連絡が入ったんだもん」


「うん、そうする」


 茉莉花は桜子にも指さして言った。


「桜子も忘れないでよ」


 桜子は少しぎこちなく答えた。


「あ…うん、えと……わかった」


「あと、あした帰ってきて荷物を置いたら、そのままウチの実家へ行くから、泊まれるように着替えを用意しといてね」


「え?なんで実家?」


「たまには親に顔を見せようと思って」


「そうなの?会いたくないのかと思ってた」


「会いたくはないのよ。なんか気まずいし。だからあんたたちに付き合ってもらうのよ」


「ああ、そういう…」


「それでも顔を見せなきゃって思ったのは、親はみんな子供を深く愛してるって気づいたからよ」


「へぇ」


「へぇって、あんたが教えてくれたんじゃない。――桜子」


「わたし?」


「そう言ってたでしょ?それが普通の事なんだって」


「あ、うん。言ったかも。――でも自信がなくなっちゃった。明兎ちゃんち見たら」


 桜子は悲しげな顔で下を向いた。

 茉莉花は中空を見つめながら穏やかに言った。


「わたしね、泣いてる明兎ちゃん見て思ったの。もしかしたら昔はホントにいいお母さんだったのかもなって。演技なんかじゃなく」


 桜子は顔を上げて茉莉花を見た。それに合わせて茉莉花も桜子を見て続けた。


「だからあんたの言った深く愛してるってやつ、概ね合ってると思うの」


「でも、それならなんであんな……」


「深く愛するのが普通の事だとすれば、あの母親は人として普通じゃなくなったって事よ。だって、どう考えても普通じゃないじゃん、アイツのやってること」


「う…うん」


「たとえ元々がいい母親だったとしても、絶対に許せる事じゃない」


 茉莉花は顔をしかめた。

 桜子ははっきりと頷いた。


「うん、そうだね」


 茉莉花は真剣な表情で、しかし声は穏やかに言った。


「わたし、子供の命を軽く考えてる大人を見ると、自分を見失うほど頭に血がのぼっちゃうの。いつもと違うのなんてわかってる。でも、どうしょもないの。それもわたしの一部なの。ごめんね」


 桜子は大きく首を横に振る。


「ううん。ううん。わたしもごめんね。決めつけて」


「いいよ、もう」


「でもね。わたし、思ったの。茉莉花ちゃんがどう思ってても、わたしは茉莉花ちゃんのことをもっと知りたいって」


「…………好きにして。でも、そう簡単に正体を見せるつもりはないけどね」


 茉莉花は不敵に笑った。






 茉莉花の実家は大きく、庭も広かった。桜子は驚いて大邸宅と表現したが、茉莉花は「大邸宅ってほどでもないよ」と謙遜した。たしかに家の中で迷うとか庭で遭難するといった程ではないが、桜子から見たら充分に大邸宅だった。


 大勢を呼んでパーティーが出来そうだなと桜子に思わせる広いリビングのソファで茉莉花と雅と桜子がくつろいでいる所へ、茉莉花たちが通う学院の理事長である母親が帰ってきた。


「いらっしゃい」


 雅が立ち上がって挨拶するのにならって、桜子も慌てて立ち上がって挨拶をした。


「お世話になってるのに挨拶にも来ないですみませんでした」


 すると母親は意外な事を言った。


「気にしないで。あなたのお母様からは丁寧なご挨拶を受けてるわ」


「えっ?母から連絡があったんですか?」


「あら?聞いてない?お母様、ここへいらしたのよ。話が決まってからすぐ」


 桜子の目が丸くなった。


「え…?聞いてません」


「あら、そう。でも、ちゃんとご挨拶は受けてるから心配せずに学校生活を楽しんでね」


「あ、はいっ!ありがとうございます!」


 母親は、スマホ画面から目を離さない茉莉花をちらりと見てから桜子に言った。


「これからも茉莉花と仲良くしてね」


「あ、はい……」


「夫がもうすぐ帰ってくると思うけど、そしたらお食事にするから、それまでゆっくりしててね」


「はい。ありがとうございます」


 母親はリビングを出ていった。



 父親が帰ってくると、すぐに食事になった。ダイニングテーブルにセバスチャンが料理を並べ終えると、母親は言った。


「ありがとうございます、笠井さん。今日はもういいですので、あがってください。あとはやりますから」


 セバスチャンは頭を下げた。


「では、お言葉に甘えて…」


 セバスチャンは帰っていった。



 その後は食事をしながら談笑した。父親も母親も見た目は真面目そうで固そうな雰囲気だが、話してみると気さくだった。桜子も雅もざっくばらんに話すことができ、学校の事や普段の生活の事などで会話は盛り上がった。ただ、茉莉花だけは会話に加わらず、一人で黙々と食事をしていた。



 食後すぐに母親が案内してくれた部屋には三組の布団が並んでいた。


「お風呂は笠井さんが用意してくれたから順番に入っちゃってね」


 そう言うと母親は出ていった。


 荷物を置くと雅は言った。


「食べ終わった食器がそのままだったから、あたし片付け手伝ってくる」


 部屋を出ていこうとする雅を茉莉花が止めた。


「雅はゆっくりしてて。わたしが手伝ってくる」


 雅は少し驚いた顔をしたが、小さく二つ頷いた。

 行きかけた茉莉花に桜子が心配そうな声で訊いた。


「茉莉花ちゃん、大丈夫?」


 茉莉花は少し立ち止まって答えた。


「子供の頃ね、よくお母さまの食器洗いを隣に並んで手伝いながら話をしてた。だからね、きっとダイジョブよ」


 茉莉花はにっこり笑ってキッチンへ向かった。



第五話 家族の残照

――終わり――


次回からは「第六話 夏休みの始まり」が始まります。

「その1 マジ天使」は一週間後の10/22(火)に投稿する予定です。

10/18(金)にはおまけの話を投稿する予定です。

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