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その6 最後の団欒

 神田の能力は完璧だった。茉莉花は初めて見たとき、明兎の母親そのままの姿に思わず頭を叩いた。


「痛っ!」


 神田は頭を押さえた。霊ではあるが、茉莉花が叩けば本当に痛いのかもしれない。


「何すんのよ」


 茉莉花は悪びれる様子もなく返事した。


「だってなんかムカッとしたから」


「あのね…………はぁ~。もういい。現地まで元の姿で行く」


 神田は元の姿に戻った。



 明兎と父親と茉莉花たち三人に神田とマンチカンが加わり、父親とマンチカンの車に分乗して、家族が最後に過ごした写真の場所へ向かった。

 二台の車はカーブの多い坂をどんどん上がっていき、そう時間もかからずに目的地に着いた。

 そこはすぐ目の前に景色のいい湖が広がっている芝生の広場だった。見回すと他の家族連れやグループがおのおの楽しんでいる。


 写真と同じ場所にレジャーシートを広げ、明兎と父親は靴を脱いで上がった。神田も姿を母親に変えて上がった。

 明兎と父親は神田を見ると呆然とした。驚いて当然であるが、それを気にせず桜子は言った。


「大夢くんの人生最後の記憶は助けを求めるほど辛いものでした。食べ物に対するひもじさはもちろん、母親や家族の愛情に対するひもじさが強かったんだと思います」


「…………」


 明兎と父親は辛そうに下を向いた。

 桜子は少し待ってから続けた。


「きのうも言いましたけど、今回の目的はその辛い記憶を楽しかった記憶で上書きして、大夢くんに生まれてきて良かったと思ってもらう事です。それさえ出来れば安心して逝ってくれるでしょう」


 明兎と父親はしばらく見つめあっていたが、決意したように同時に頷いた。


「では大夢くんに出てきてもらいます。無理はしなくていいですけど、なるべく自然に、あの時のように…」


 茉莉花は持ってきた木箱の蓋を開けると、中の布団に大切に納めてあるロボットのおもちゃを静かに取り出した。封印のおふだを丁寧に剥がし、ロボットのおもちゃを明兎たちの方へ差し出す。そして大きく息を吸い、ロボットにゆっくりと息を吹きかけた。

 すると大夢の霊体が、あたかも自然現象のようにロボットのおもちゃから抜け出してきた。

 ぽかんとしている明兎と父親を尻目に、母親役の神田が雅の用意した弁当の重箱を並べながら言った。


「ほら大夢。ごはんにするから、こっちに来て座りなさい」


 最初はぼーっとしていた大夢が徐々に笑顔になり、大きく頷きながら「うんっ」と言って母親の横に座った。

 母親は紙皿に弁当を取り分けて割り箸と共に大夢に渡した。それを受け取った大夢は下手な箸使いで唐揚げにかぶりついた。

 母親は空の紙皿と割り箸を明兎に渡して言った。


「ほら、明兎も好きなもの取って食べなさい」


「あ…うん」


 急に声をかけられて、止まっていた明兎が動きだした。

 母親は父親にも紙皿と割り箸を差し出して言った。


「はい、パパも。なにか取ろうか?」


 父親は戸惑いながらも答えた。


「いや、いい。自分で取る」


 自分の見合いの時には芝居など出来ないなどと言っていたくせに、神田の芝居は見事だった。前日に茉莉花に見せられた写真や動画を元に、しゃべり方までそっくりに真似ている。姿もそっくりなのだから、明兎や父親まで戸惑うのは当然である。

 これが現実で、この一年の出来事は悪夢を見ていただけだったのではないか。そんな錯覚をしそうになったと、後日、礼金の支払いの際に父親がマンチカンに語った程だ。


「ママは食べないの?」


「食べてるよ。ほら」


「ホントだ」


「ママの心配してくれるの?大夢は優しいね」


「えへへ」


「こら大夢。そんなにお母さんにくっついたら食べられないでしょ?」


「大丈夫よ、明兎。ありがとね」


「べつにいいけど、だったらあたしはお父さんにくっつこっと」


「おいおい。明兎も甘えたいだけじゃないか」


「いいのよ、パパ。明兎だって、たまには甘えなきゃ」


「あたし、甘えてるわけじゃないもん」


「お姉ちゃん、甘えんぼさんだぁ」


「大夢だって甘えんぼさんじゃない」


「ボクはいいんだもん」


「ずるぅい」


「あはは。大人になったら甘えられないんだから、二人とも今のうちに甘えとけ、甘えとけ」


 家族四人の休日は楽しく過ぎていった。

 明兎と大夢は芝生の広場をかけまわり、戻ってきてジュースを飲む。父親に見守られながら遊具で遊び、また戻ってきてお菓子を食べる。

 母親が紙コップに麦茶を注ぐ。


「今日は暑いんだから、大夢も明兎も水分をとりなさい」


 大夢と明兎は母親から紙コップを受け取った。

 大夢が麦茶を飲み干す。母親は空の紙コップを大夢から受け取りながら言った。


「大夢。そろそろ眠くなったんじゃない?お昼寝する?」


「そんなに眠くないよ」


「うそ。眠そうな目してる。ママのお膝で寝る?」


「……うん」


 大夢は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑って頷いた。


「おいで」


 そう言って母親が両腕を広げると、大夢は向かい合わせに膝の上に座ってしがみついた。母親は大夢を腕で包み込む。大夢は母親の胸の中で目を閉じた。


「ママ…」


 母親は大夢の頭を優しく撫でる。


 桜子は静かにレジャーシートに上がると、明兎と父親を見て頷く。それに頷き返して明兎と父親は大夢のそばへ。目を閉じる大夢の顔を覗き込み、二人してしばらく頭を撫でた。

 離れがたくなっている明兎の肩をぎゅっと抱き、父親はゆっくりと大夢から離れた。明兎もそれに続いた。

 大夢の背後から桜子が静かに近づく。桜子はそっと大夢の頭を撫でると、囁いた。


「楽しい夢を見てね。逝かせてあげる♡」


 桜子は手を大夢の背中に当てると目をつぶり祈った。すぐに大夢の体は光だした。

 大夢は小さく呻いた。


「う~ん…」


 ただ、表情は幸せそうだった。楽しそうに微笑んでいる。

 大夢の姿は薄くなっていき、光も少しずつ消えていく。それが完全に消えてしまう間際、明兎の口から声が漏れた。


「待っ…」


 けれども光は消え、大夢の姿は見えなくなった。

 桜子は懐から数珠を出し、手を合わせた。そのまましばらく目を閉じ、何かを唱えるように口をパクパクさせていたが、ゆっくり目を開け、振り向いて言った。


「逝っちゃった…」


 しばらく呆然としていた明兎は、我に返って深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


 桜子はレジャーシートから出ながら頷いた。


「よかったね。大夢くん、無事に逝けて」


「はい…。これで終わりですね」


 すると母親が言った。


「まだよ」


 明兎は母親を見た。


「え?」


「まだ終わってない」


「大夢は逝けたんじゃないんですか?」


「大夢じゃなくて、あんたがまだよ。明兎」


「あたし?あたし、生きてますけど…」


「知ってる」


「…?どういう事ですか?」


 母親は両腕を広げた。


「おいで」


「え?」


「いいから、おいで」


「え…でも、いいですよ」


「よくない。おいで」


「だって、中学生にもなって恥ずかしい」


「いいから、ほら!早く!」


「あ……はい…」


 明兎は恥ずかしそうに、ゆっくり母親に近づいた。手が届く所まで来ると、母親は強引に明兎を抱きしめた。

 明兎は小さく言った。


「なんか恥ずかしいなぁ」


 母親は優しく言った。


「明兎はいい子ね。弟思いの優しい子」


「……」


 母親はゆっくりと明兎の頭を撫でた。


「でも、もう頑張らなくていいのよ。甘えていいの」


「…………」


 母親はゆっくりと明兎の頭を撫でた。


「大好きよ、明兎」


「………………」


 明兎の体が震えだした。少し耐えているようであったが、こらえきれずに腕を母親に回して抱きついた。そして泣き出した。


「ママぁ!!ママぁ!!行かないで!!ママぁ!!」


 通りすがりの人が驚くほど、明兎は声を張り上げて泣いた。

 ずっと大人びて見えていた明兎の幼女のようなその姿に、茉莉花や雅や桜子も驚いた表情を隠せなかった。



 神田は元の姿に戻っていた。駐車場へ引き上げる道すがら、茉莉花は神田の横に並んで言った。


「悔しいけど、素直に負けを認めるわ」


 神田は頭にクエスチョンマークを乗せた。


「何よ、負けって」


「明兎ちゃんの気持ちにまでは気づいてなかったから」


「それはそうでしょ。本人がガチガチに隠してるんだから。あたしだって気づいたわけじゃないもん」


「じゃあ、なんで…」


「憶測よ。だろうなって。だって中1よ。しっかりしすぎてる方が気持ち悪いと思わない?」


「まあ…ね」


「そこは確かにあんたたちより長生きしてる分、思い至るのかもしれないけど」


「もう死んでるからそのうち追い越すけどね」


「負けず嫌いか」


 神田は苦笑いした。






 夜、食事をしながら茉莉花は溜め息を漏らした。


「三連休だったのに、なんか休んだ気がしない」


 雅が冷めた目を茉莉花に向けた。


「そりゃそうでしょ。仕事してたんだから」


 茉莉花は雅を小さく指さした。


「それよ。仕事なのに報酬もらってないから余計に疲れた気がするのよ」


「明兎ちゃんのお父さんは後日あらためてお礼をしてくれるって言ってたじゃない」


「当てにならないわよ。高校生が相手だから軽く考えてるかもしれないし、料金とか相場とか訊いてこなかったし、あんな事があった直後でしかも元は中1の子の依頼だから吹っ掛けにくいし。お礼が食事とかだったらどうする?神田にバイト代を出したら赤字じゃない」


「霊だからって足元を見て最低賃金以下で使ったくせに」


「どうせお金の使い道なんて無いからいいのよ」


「ひどっ」


「とにかく疲れて食欲が出ないのよ」


「好きなものはキレイにたいらげてるじゃない。ゴーヤも食べなさいよ」


「食欲ないからムリ」


「食欲ないのは夏バテのせいじゃないの?またはお天気よかったから熱射病か。水分とってる?カフェインはダメよ」


「わかってる。でも疲労感がハンパないのよね」


「封印って、そんなにエネルギー使うの?」


「大したことないと思うんだけどなぁ」


「だって茉莉花、そのぐらいしかやってないじゃない」


「ちょっと。写真を見たり、神田に話をつけたりもしたじゃない」


「それ、そんなに疲れる?」


「う~ん、どっと疲れたのは昨日なのよねぇ。特に母親が来たとき?」


 そこで桜子がおそるおそる訊いた。


「茉莉花ちゃん。きのうはどうしちゃったの?」


 茉莉花は笑って訊き返した。


「どうしちゃったのって?」


「ほら、お母さんがいたとき。馬鹿とか死ねとか怖かったよ」


「ああ。あんなの普通でしょ?わたし、口が悪いしね」


「でも、あんなに興奮して、倒れちゃって。あんなのいつもの茉莉花ちゃんじゃないよ」


 茉莉花の笑顔が徐々に消えていく。

 桜子は続けた。


「茉莉花ちゃんは悪口いう時でも、もっと何ていうか冷めた感じで言うし、あんなに怖い顔の茉莉花ちゃんはなんかヤだよ。茉莉花ちゃんは、もっと茉莉花ちゃんらしい方がいいよ」


 茉莉花は冷たい目で桜子を睨んだ。


「わたしらしい?あんたなんかにわたしの何がわかるのよ」


 桜子の顔が固まった。口は開いているものの声が出ない。

 茉莉花は立ち上がって言った。


「勘違いしてるようだから言っとくけど、わたし、あんたたちを友達だと思ったこと無いから」


 そのまま茉莉花は自分の部屋へ帰っていった。

 残された桜子の目からは大粒の涙が溢れだした。やはり声は出なかった。

 雅は立ち上がったが、茉莉花が去った方と桜子の顔を見比べるばかりで、何をする事も出来なかった。


次回「その7 紡ぐ言葉、紡ぐ心」は10/15(火)に投稿する予定です。

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