その5 写真の中の家族
大夢の通夜は金曜日の夜、葬儀は土曜日に行われた。明兎からのLINEが入ったのは、その夜だった。
明兎は金曜日の夜には斎場におり、家に大夢が現れたのかどうかはわからなかった。けれども土曜日の夜には大夢が現れて助けを求め続けた。葬儀が終わっても救われてはいなかったわけだ。
茉莉花たち三人は日曜日の午前中から明兎の家へ向かった。
家には父親はいなかった。葬儀のあとにもやる事は多いようだった。
リビングにいったん安置してある位牌と遺骨に手を合わせたあと、桜子は訊いた。
「アルバムは無い?」
そこから浄霊のヒントを探すためだ。桜子が中学生だった頃の、依頼者の身内の浄霊を頼まれた時に取る手段の一つだった。
明兎は答えた。
「アルバムはありません。写真はぜんぶストレージサービスに上げてあります」
「すとれえじさーびす?」
「インターネット上の保存するところです」
「なんとかフォトみたいなヤツ?」
「たぶん、そうです。パソコンで見れます」
「見せてもらっていい?」
「もちろん。父が離婚したあと全然整理してなかったので、そのままです」
桜子たちは明兎の持ってきたパソコンで写真の確認を始めた。中には動画も含まれている。
大夢が生まれた頃からチェックしていく。そこにはどこにでもある幸せそうな家族の風景があった。どれもこれも笑顔がいっぱいで、不満の生まれる要素など無いように見える。
桜子は疑問をそのまま口にした。
「お母さんだって、こんなに笑ってるのに…」
明兎が吐き捨てた。
「ぜんぶ演技だそうですから」
「ホントかなあ」
「人間じゃないんですよ。大夢にあんなむごい事が平気で出来るんだから」
時間は正午を過ぎた。写真のチェックはまだ途中である。
雅が言った。
「おひる食べなきゃね」
明兎が提案した。
「近くにファミレスがあるので行きませんか?先輩たちが来てくれるって言ったら、父がみんなでご飯を食べなさいってお金を渡してくれました」
その提案にのって外へ出た。ファミレスで食事を済ませ、写真のチェックの続きをするために家へ戻ってきたところで明兎が異変に気づいた。
「鍵が開いてる…」
茉莉花は黙って前に出ると、静かにドアを開いた。耳をすます。微かに音が聞こえる。
明兎が小声で言った。
「お父さんかな。夜になるって言ってたのに」
茉莉花は振り向き人差し指を立てて「シッ」と言った。
ゆっくりと玄関に入る。そこには出た時には無かった女性ものの靴が置いてあった。
その靴を見た途端に明兎は自分の靴を脱ぎ捨てて中へ駆け込んで行った。三人は慌てて追った。
明兎の声が響く。
「なにしてるの!」
その声の先には、写真で見たあの母親がいた。母親はまるで泥棒のように引き出しという引き出しを開けて物色していた。
母親は薄ら笑いを浮かべて言った。
「ちょうど良かったわ。香典はどこ?お葬式したんでしょ?」
明兎は憎しみの顔を向けた。
「何を言ってるの?ふざけないで!」
「ふざけてないわよ。大夢の香典でしょ?大夢の親権はあたしにあるんだから、あたしにもらう権利があるわよね」
「!!…………信じられない。大夢を殺したくせに!」
「殺してなんかないわよ。死んじゃっただけで」
「同じじゃない!」
「どうでもいいけど、早く香典を出しなさいよ!」
「あんたに渡すお金なんて無いわ!」
「なまいき言ってんじゃないわよ!!こっちは急いでんだからとっとと出しなさい!」
「大夢に悪いと思わないの?!」
母親はヒステリックに叫んだ。
「あ~もう!!そんなことどうでもいいわよ!外国に逃げないと捕まっちゃうでしょ!?金がいるのよ!」
母親の目が血走っている。正気には見えない。
明兎は母親を睨み付けた。
「バカ!!」
明兎が外へ向かって駆け出した。雅が茉莉花に合図を送って明兎を追った。
母親は舌打ちをした。
「もう!!」
茉莉花と桜子が残っているにも関わらず、まるで見えていないかのように物色を再開する母親。
茉莉花はしばらく黙ってその様子を見ていたが、大きく深呼吸をしたあと、街中に聴こえるのではないかと思うほどの声で叫んだ。
「いい加減にしろ!!!」
桜子は驚いて後ろへよろめいて尻餅をついた。
さすがに母親も反応した。
「なんなの?大声出して。誰よ、あんたたち」
茉莉花は絞り出すような声で続けた。
「なんでお前たちは無力な子供を平気で殺すんだ」
「だから殺してないって言ってんだろ。殺すってのはなぁ、こうやって…こうやって…」
母親はナイフや包丁を逆手に握って振り下ろすようなジェスチャーを何度も繰り返した。
「…こうやって…こうやって…こういうのを言うんだよ。あんた相手にやって見せてやろうか?ガキぃ!」
茉莉花は両腕を前に出し、手首と手首をつけると掌を開いて前に向けた。
「その前にお前の魂を一瞬で消し去ってやる」
そう言って力を込めようとした茉莉花に桜子が飛びついた。
「ダメぇ~!!」
茉莉花にしがみつく桜子。
「人に向けて撃っちゃダメぇ!」
物色を続けながら、母親が嘲笑った。
「なんだ?それ。かめかめ波か?ユメ見てんじゃねえよ。現実見ろや、ガキ。どう足掻いたって大人には勝てねえんだよ」
茉莉花は桜子をくっつけたまま腕を下ろした。
「おとな?お前みたいなもんが大人なわけあるか!人間でもない!裁判なんか受けさせる必要も無い!!」
「バーカ。はなから裁判なんか受ける気ねえんだよ。外国に行くんだからな」
茉莉花は興奮していた。
「馬鹿はお前だ!現実見てないのはお前だ!お前みたいな馬鹿が逃げきれるわけないだろ、馬鹿!お前みたいなゴミは死ねばいいんだ!」
「なんだと。ちょっと待ってろや。金を見つけたら殺してやっから」
「死ぬのはお前だ!生きる価値も無いクズめ!死ね!死ね!とっとと死ね!自害しろ!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死…」
茉莉花はよろけて倒れた。なんとか桜子に支えられて大転倒はせずに済んだが、興奮しすぎて酸欠だった。
それを見て母親は笑った。
「あはは…バッカじゃない?これだからお子さまは…」
そこへ明兎と雅が帰ってきた。
倒れた茉莉花を見て明兎が慌てた。
「どうしたんですか?あいつに何かされたんですか?」
桜子は焦って即答した。
「違うの、違うの。茉莉花ちゃん、興奮しちゃって…。大丈夫だから」
「それならいいんですけど…」
母親が物色の手を止めた。
「帰ってきたなら、さっさと香典のありかを教えなさいよ!」
明兎はまっすぐに母親を見た。
「教えないし、警察には通報したわ。すぐに来るから」
「ふざけんな!母親を売りやがって」
「あんたを母親だとは思ってない」
そのとき遠くで車の音がして、母親はビクッと上体を起こした。慌てて立ち上がり、物色してそばに集めてあった通帳などの金品を自分のカバンに押し込むと、駆け出した。明兎や茉莉花たちの横をすり抜けながら、母親は捨て台詞を放った。
「覚えてろよ!」
そして出ていった。
四人はそのまま沈黙した。茉莉花も意識を取り戻してはいたが、桜子の膝枕で横たわっていた。
しばらくして桜子がポツリと言った。
「覚えてろよ……だって」
「プッ」
吹き出したのは明兎だった。そして笑い出した。
「あはははははははっ!覚えてろよって言いましたよね。覚えてろよって」
雅が頷く。
「言ったわね」
明兎の笑いが止まらない。
「まさか実際に聞くとは思わなかったぁ。あんな悪役っぽいベタなセリフ。いや、悪役なんですけどね。でも…でも…バカすぎる。そう思いません?先輩」
振られて桜子は戸惑った。
「そ、そうかもしれないけど…」
雅が冷静に話を割った。
「ま、あの人の事は警察にお任せしましょ?すぐに捕まるでしょうし。今は大夢くんの方が大切よ」
四人は写真のチェックを再開した。
途中、警察官数名がやってきて母親が物色した辺りを調べていたが、まもなく出ていった。
かなりチェックが進んだところで桜子が明兎に質問した。
「この写真は?」
パソコンの画面にはレジャーシートの上で重箱やタッパーに詰められた料理を食べる家族が写っていた。
明兎が説明する。
「これは去年の梅雨前の週末に遊びに行った時のです。母の裏切りが発覚する少し前でした。だから、この辺のがたぶん最後の写真です」
父親が写っていないのは撮影しているからだろう。明兎も大夢も無邪気に笑っているし、母親も満面の笑みである。
明兎が低く言った。
「こんな顔して、この時にはとっくにわたしたちを裏切ってたなんて…」
桜子は大夢のアップを表示した。大夢は食べかけのおにぎりを手に持ち、口の周りにご飯粒をつけて、くしゃっと笑っていた。
桜子がしみじみと言った。
「いちばん幸せそう…」
しばらく見ていた桜子は、はっと思いついて写真を何度か切りかえた。止めたところに写っていたのは、食べる前に撮影したらしい手つかずの弁当だった。
桜子は明兎に訊いた。
「これ、お母さんが作ったの?」
明兎は頷く。
「はい」
桜子は雅に訊いてみた。
「雅ちゃん。これ再現できる?」
雅は身を乗り出して写真を見てから答えた。
「明兎ちゃんに少し説明してもらえば、たぶん」
桜子は茉莉花にも訊いた。
「茉莉花ちゃん。大夢くんを明日の昼間に外へ連れ出すことって出来ないかな」
茉莉花は考えながら答えた。
「……いったん何かに封印できれば運ぶことは出来そうだけど…」
桜子は素っ頓狂な声をあげた。
「茉莉花ちゃんって封印とか出来るの?!」
いつもなら自慢げに答えそうだが、今回の茉莉花は控えめだった。
「ま、まあ」
桜子は作戦を語った。
「じゃあ明日は祝日だし、お父さんにも何とか理解してもらって、お弁当を持ってみんなでピクニックに行こ。ホントはこの写真のまま再現できれば言うこと無いんだけど、お母さんだけは無理だもんね」
雅が同意した。
「そうね」
ところが、少し考えていた茉莉花が言った。
「…表面上だけ再現すればいいなら出来るかも」
桜子が感嘆の声をあげた。
「茉莉花ちゃん、そんなことも出来るの?」
かぶりを振る茉莉花。
「違う違う。神田がお母さん役を出来るんじゃないかと思って」
「え?どうやって?」
「もともと霊の姿ってあやふやなのよ。死んだ時の状態のままだったりとか、強く望んだ姿だったりとか、執着や拘りを反映した姿だったりとか、統一性がない」
「たしかに」
「きっと本人が決めてるんだろうけど、時間を使って決めてもいいゲームのアバターじゃないんだから、ほとんどは死んだ瞬間に決まると思うの」
「なるほど」
「大抵は自分の姿はこうに違いないとかこうあるべきっていう固定観念が元だから、あとから容易には変更できない……はず」
「なるほど、なるほど」
「ところが気づいてた?ウチにいた時もそうだったけど、神田って頻繁に着替えてるのよ。手荷物なんて持ってないのに」
「言われてみれば。なんか違和感なかったけど」
「てことはよ。アイツ、自分の意思で姿を変えられるって事じゃない。他人に化けるぐらい出来んじゃない?お化けだけに」
「あ~、なるほど~。お化けだけにね」
雅がツッコミを入れる。
「失礼だから。お化け呼ばわりは」
茉莉花はサンドリヨンに電話を入れた。
神田に訊いてみると、茉莉花の推測は当たっていた。ただし、知り合いではないのだから資料が必要である。神田には前もって残っている写真と動画を見せることになった。
予定より早かったが、夕方には父親が帰ってきた。そして心配そうに明兎に近づいた。
「大丈夫だったか?何かされなかったか?」
警察から父親のところへは連絡が入っていた。それによると母親はすでに捕まったらしい。ただ、母親が家に来たと聞いて父親は明兎を心配して急いで帰ってきたのだ。
明兎は胸を張った。
「心配しないでよ。警察に通報したのだってあたしなのよ」
「偉かったな」
「別に偉くないわよ。当たり前よ」
「そうか?」
「それより、大夢の事なんだけど…」
そこで茉莉花が前に出た。
「その事でご相談があります」
茉莉花たちは自分の名前と共に「霊能力美少女の家」を名乗った。そして明兎からの依頼内容を告げた。
茉莉花はどこまでも真面目に言った。
「今は信じてくれなくて構いません。ただ明兎さんの妄言だと言うのなら、その妄言を吐いてしまうこと自体にも問題があると思いませんか?」
父親は頷いた。
「まあ、確かに」
「まずは確認してみませんか?」
「いや、以前にも明兎に言われて見てみたが、何も無かった」
「今一度。何も無いなら無いで、明兎ちゃんの心をそのままにはしておけないでしょ?」
「確かにね」
父親は、大夢が現れるという時間に茉莉花たちを立ち会わせる事と自分が立ち会う事を認めてくれた。
時間までのあいだ、茉莉花は紙をもらって簡易的な封印のおふだを作った。
雅が訊いた。
「依り代は?」
茉莉花が答える。
「もう用意してある」
時間になり、一同は明兎の部屋に集まった。
間もなく大夢は現れた。やはり明兎に助けを求めている。しかし、どうやら父親には見えていない様子である。
茉莉花は二本指を前に向けると、大夢に大きく干渉しないように特殊な霊波をそっと送った。弱々しい大夢の霊に別の霊波を光のように当てて輪郭を浮かび上がらせるイメージである。
それによって父親の目にも大夢の姿が徐々に浮かび上がった。それに伴って声も聞こえてくる。
父親は最初こそ驚いていたが、すぐに苦しそうに呟いた。
「大夢……」
茉莉花は父親に近寄り、ささやいた。
「大夢くんを助けます。いったん封印しますけど、必要な措置ですので心配はいりません」
「…………」
茉莉花は静かに棚の前へ移動すると、飾ってあったアニメのロボットのおもちゃを手に取った。それを大夢の方へ差し出す。そして大きく息を吐き、吐ききったところで今度は大きく息を吸うように体を反らした。
すると大夢の霊体は、それがあたかも自然現象のようにロボットのおもちゃに吸い込まれていった。茉莉花はおもちゃに封印のおふだを丁寧に貼りつけたあと、棚に戻した。
「大夢くんは今ここで休んでいますので、触らずこのままで。では、これから大夢くんを助ける打ち合わせをしますので、リビングへ移動しましょう」
明兎はまだ呆然としている父親の袖をつかんで顔を見つめた。それに気づいて父親は明兎の顔を見返すと、ゆっくり頷いた。
次回「その6 最後の団欒」は10/11(金)に投稿する予定です。




