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その4 明兎ちゃんと大夢くん

 事件のことは翌朝にはニュースになっていた。幼児が自宅で死亡。ネグレクトの可能性が高く、母親とは連絡がつかない状況である。そういった内容だった。


 朝のニュースを見ながら茉莉花が憂鬱そうに言った。


「なんて話す?明兎ちゃんに」


 雅が冷静に返す。


「言わなくても知ってるでしょ?ニュースやってるんだし」


「相談されてんのに何も返さなくていいのかな」


「そうねえ。とりあえず様子だけでも見に行く?」


「雅、見てきてよ」


「またそうやって……」


 言いかけて雅はやめた。茉莉花の表情が思いのほか暗い。

 茉莉花は霊を多く見てきた事で人の死というものを肌で感じているはずである。好ましくない言い方をすれば慣れてしまっているのだ。だから依頼に感情が動くことはあっても、落ち込む事はまず無い。

 ところが今回は様子がおかしい。もちろん三人とも事件の重さは理解しているが、いつもの茉莉花ならもっと達観していそうなものである。けれども、そんな感じにはとても見えない。


「わかった。見てくる」


 雅は素直に引き受けた。



 学校に着き、雅は様子を見に行ったのだが、明兎は来ていなかった。考えてみれば当然かもしれない。大切な弟が亡くなっていたのだ。しかも、どうやら実の母親が原因らしい。想像できない程のショックを受けたに違いない。





 次の日の朝のニュースでは情報が増えていた。

 警察によると、母親は同居していた交際相手と旅行へ出たきり帰っていないという。また、大夢くんの死因は餓死に間違いなさそうだったが、体には明らかに暴力による虐待の痕跡が残っていたらしい。

 母親の職場の同僚の話では、旅行のために取った休暇の日数を大幅に越えて無断欠勤が続いているという。

 警察は母親を保護責任者遺棄致死の容疑で指名手配した。また、同居の交際相手を重要参考人として探しているらしい。

 

 ニュース映像を見ながら雅が言った。


「ほぼ推測通りね。交際相手の存在は予想外だったけど、おそらく虐待に関与してるんじゃないかな」


 桜子が悲痛な声をもらした。


「ひどいよ、こんなのって…」


「そうね。放置したらどうなるのかなんて考えてもいなかったんでしょうね」


 そこまで黙っていた茉莉花がいまいましげに口を開いた。


「何が考えてなかったよ。母親を十二年もやってれば放置したら死ぬなんて解らないわけないじゃん。死ぬこと前提で放置したんだから殺人でしょ?未必の故意よ。遺棄致死なんて認めないから」


 雅は茉莉花に困り顔を向けた。


「あたしに怒らないでよ。茉莉花の言ってる事はもっともだけど、あとは警察や裁判所が決める事でしょ?それにまずは母親が見つからなきゃ」


「ずいぶん他人事ひとごとね。明兎ちゃんから依頼されてたのに」


「ちょっと待ってよ。警察に引き渡した時点で依頼は終了してるじゃない。もうあたしたちの管轄外よ」


「そういう事じゃなくて、少しでも関わったのに何で冷静でいられるの?って言ってんの」


「別に冷静じゃないわよ。明兎ちゃんから弟を助けてって頼まれたのよ。その望みを叶えてあげられなかったんだもん。悔しいわよ」


「悔しい?それは雅の気持ちでしょ?明兎ちゃんの気持ちにはなってあげないの?」


「なろうとしたわよ。でも想像なんて及ばないじゃない」


「及ばないから考えるのをやめるの?」


「考えてどうするの?あたしたちには、もう何も出来ないのに」


「だから、そういうことを言ってんじゃなくて…」


 熱くなっている茉莉花と雅の間に桜子が割って入った。


「ねえ、学校!」


 茉莉花と雅は同時に振り向いた。


「なに!?」


 桜子はびくびくしながら弱々しく言った。


「が…学校に遅刻しちゃうから、もう行かなきゃ」


 テレビ画面の時間を同時に見る茉莉花と雅。


「そうね」


 茉莉花が呟いた。



 学校への道で、茉莉花が雅に言った。


「ごめん、突っかかって」


 茉莉花の顔を見る雅。


「……」


 茉莉花の表情は暗い。


「雅が言った通り何も出来ないなんてホントはわかってる。一回会っただけの上級生なんかが明兎ちゃんの気持ちに寄り添えるわけもないし、母親を捕まえるのは霊能者の仕事じゃないもん」


「…………」


「感情的になってんのは自覚してる。ごめん」


「うん、わかった」


 そのあとは、茉莉花も雅も何も話さなかった。



 茉莉花たちが一年二組の教室に入ったところで明日香が話しかけてきた。


「妹のところに例の友達から連絡が来たの。柴咲明兎ちゃん?相談にのったんですってね」


 茉莉花が頷き、話を急かした。


「連絡っていつ?なんて言ってるの?」


「きのうの夜。またあんたたちに相談したいんだって」


「なんの相談?」


「よくわからない。解決したんじゃなかったの?」


「どうなんだろ」


「なんかね。しばらく学校には来れないから、家に来てほしいんだって」


「わかった。ありがとう」


 茉莉花たちは放課後に明兎の家へ行くことに決めた。





 明兎の家には他に誰もいなかった。明兎が一人で留守番をしていた。


「司法解剖のあと、大夢をウチで引き取れることになって、あした返してもらえるんです。だから、あしたの夜がお通夜で、あさってがお葬式の予定です。父はその準備で斎場へ行ってます」


 明兎は気丈だった。リビングに通した茉莉花たちにお茶を出し、茶菓子まで用意した。


「来てくださってありがとうございます。おとといの夜遅くに警察から連絡があって大夢の事を知ったんですけど、先輩たちが見つけてくださったんですよね。あらためて、ありがとうございました」


 茉莉花は言葉が出ない様子だったので、雅が代わりに返事をした。


「お礼なんて。助けてあげられなかったんだし」


「それは仕方ないですよ。わたしが頼んだ時には、もう遅かったんですから。わたしがもっと早く相談してればよかったんです。それか、直接行ってれば…」


 明兎は眉をひそめた。雅が言葉を被せるように答えた。


「明兎ちゃんは悪くないよ。大夢くんが来るようになったのは亡くなってからじゃないかな」


「だとしたら、死んでからわたしの所へ助けを求めに来たって事ですよね」


「そ…うね」


「昨日も来たんです。つまり、まだ助けを求めて苦しんでるって事でしょ?助けてあげられませんか?」


 雅は桜子に声をかけた。


「どう?桜子。助けられそう?」


 桜子は首を傾けた。


「う~ん。会ってみないとわからない」


 すかさず明兎が懇願した。


「よければ会ってもらえませんか?父は遅くなるみたいですし」


 頷く桜子。


「わかった。会ってみるけど、明兎ちゃん。夕食はどうするの?」


「何か作ろうと思ってましたけど…」


「じゃあ、夜の七時までに作ってもらえる?」


「あ、そうですよね。先輩たちもお腹すきますよね」


「違う違う。わたしたちの分は要らないよ。大夢くんの分を作ってほしいの。お腹すいてると思うから」


「あ……」


「ご飯が対話のきっかけになってくれるといいんだけどね」



 時間まではまだあったので、桜子は大夢の話を明兎に訊いてみた。


「ごめんね、こんな時に。思い出すのが辛ければ無理に話さなくてもいいんだけど、できれば大夢くんがどんな子だったのか知りたくて」


 明兎は大きくかぶりを振った。


「いいえ。大夢を助けてもらえるお手伝いになるのなら何でも話します。大夢はよく笑う無邪気な子でした。そして甘えん坊でした」


「どんな風に甘えるの?」


「よくくっついて来ました。それが可愛くて…」


 明兎は辛そうに微笑んだ。桜子は少し待った。

 明兎は寂しげに床を見つめて言った。


「でも大夢は母の方が好きみたいでした。母がいるときは母にくっついてる事が多かったですから」


「それでお母さんが引き取ったのね」


「…それはちょっと違います」


「そうなの?」


「…………」


 明兎は下を向いた。桜子は優しく言った。


「無理に話さなくてもいいよ?」


 明兎は顔を上げた。


「母は離婚する二年ぐらい前から父を裏切ってました。それがわかったのが一年ちょっと前。それで離婚する事になったんです」


「そ…そう。お父さんはお母さんを許せなかったのね」


「とんでもない。父は過ちを悔い改めてくれるなら許すって言ったんです。それを母が拒否したんです。男とも別れる気はないって」


「え?」


「父と母は結婚前はいわゆる……やんちゃ?な人たちだったみたいです。でも母がわたしを妊娠したので結婚したらしいんです。それで父はやんちゃをやめて、家族のためにちゃんとした仕事をしてくれて、休みの日には家族サービスをしてくれるようないいお父さんになってくれたんです。だからわたしは母に、こんないいお父さんを裏切って許せないって言ったんです。そしたら母は『いいお父さんなんかと結婚した覚えはない』って」


「ど、どゆこと?」


「母はやんちゃなままの父が良かったみたいです」


「そんなこと言ったって…」


「そんなこと言ったってですよ、ホントに。家庭を持ったんだから父の選択の方が正しいに決まってます。でも、母だって離婚直前まで表面上はいい母親をしてたんです」


「だったらなんで…」


「母に言わせると限界なんだそうです。表向きのいい母親は無理に演じてただけで、裏で裏切ってた自分が本当の自分なんだそうです。何もない日常が幸せなんだとか言うヤツの気が知れないそうです」


「何もない日常なんて無いと思うんだけどなあ」


 桜子のその言葉を聞いて、雅が口を開いた。


「心がバカ舌なのよ。とにかくカラくないととか、とにかく甘くないと美味しいと思えない。素材の味とか複雑な味のハーモニーがわかるような繊細な舌を持ち合わせていない不憫な人なのよ」


 桜子は慌てた。


「雅ちゃん。明兎ちゃんの前でお母さんを悪く言ったら…」


 明兎は苦笑いした。


「いいんです。わたしもそう思うから」


 ホッとする桜子。


「そ、そお?」


「母はわたしの事もクソ真面目でつまらない娘だって。母が外で仕事がしたいって言うから家の事も大夢の世話もしたし、それで成績が落ちたら母が気にするかもって思って勉強も頑張ってたのに」


「明兎ちゃん、しっかりしてるもんね」


「でも母はもっと砕けた性格の娘が良かったみたい。わたしはいらなかったみたいです。わたしさえ生まれなければ、あの頃のままでいられたのにってまで言ってましたし」


「そんな…」


「大丈夫ですよ。そのとき母は父の味方をするわたしを傷つけようとわざと言ってる感じでしたから、それが幼稚すぎて逆に何とも思いませんでした。父を裏切った母に対する怒りの方が強かったですしね。だからわたしは迷わず父についていくって言いました。でも、いま考えたら母についていって大夢を守ってあげればよかったかなって。父も無理にでも大夢を引き取ればよかったって後悔してました」


「大夢くんがお母さんについていくって決めたの?」


「大夢にはどっちについていくなんて決められませんよ。四歳だったんですから。ただ、そんな小さい子が母親から離れるなんて難しいです。最終的には母についていくことに頷くしかなかった感じでした」


「ならお父さんが引き取るって言っても素直に頷いたんじゃない?」


「そうかもしれません。でも、母が大夢を頑なに手放したがらなかったんです」


「え?……あれ?」


「…ですよね。不思議に思いますよね。男がいるんだから、母にとっては子供なんて邪魔なんじゃないかって。実際、こんな事になってますし」


「あ……うん」


「わたしにも意味がわかりませんよ。あの人の考えてること」


 そこで、ずっと黙っていた茉莉花が口を開いた。


「自分の産んだ子供を手放すのが悔しかったんでしょうね」


 悲しげな表情になる桜子。


「自分の子供を悔しいだけで引き取りたがる?」


「だけではないと思うけど、手放すのが悔しいとか惜しいとか、そういう所有物に対するような感情が強いんでしょ?」


「愛情は無いってこと?そんなの信じられない」


「てか、それが彼女にとっての愛情なのよ。邪魔ならとっととここへ連れてくればいいのに、それは絶対にできないの」


「なんで?悔しいから?それが愛情なんだとしたら、もっと大切にしない?」


「自分の物を他人に渡すぐらいなら壊した方がいいって人いるけど、あれじゃない?」


「ひどい…」


「そうね」


「それに、そんな事したら警察に追われるのわかってるじゃない」


「自分の感情を最優先させる短絡的な犯罪者なんて珍しくないわ。そんな馬鹿はすぐに捕まるのがオチだけど、そもそも刹那主義だから警察なんか何とも思ってないのよ」


 慌てる桜子。


「茉莉花ちゃん。明兎ちゃんの前で馬鹿なんて…」


 明兎は鼻で笑った。


「いいんですよ。わたしも母を救いようのない馬鹿だと思ってます」


「そんな…。お母さんなのに…」


「気にしなくていいです。父を裏切った時点であの人を母親だとは思っていませんし、今は憎しみしかありません。それに、今は母なんてどうでもいいんです。とにかく大夢を助けてあげたいだけです」


「……わかってる。頑張ってみるよ」



 時間になり、大夢は現れた。虚ろに立ち「お姉ちゃん助けて」を繰り返す。桜子が声をかけても無反応。明兎の作った料理にも興味を示さなかった。そして三十分ほどで消えた。


 桜子は頭をかいた。


「強い想いに囚われてしまってるだけに複雑なコミュニケーションとるのは難しいな」


 雅が訊いた。


「何か方法は無いの?」


「あるとは思う。でも食事で反応しなかったから、ひもじい以外の想いがきっとあるんじゃないかな。それがわかればコミュニケーションのきっかけになるんだけどなぁ」


「なんにせよ、また次回ね。あしたはお通夜であさって葬儀だから、それが終わってからになるわね」


「うん。もしかしたら、お葬式が終われば逝ってくれるかもしれないし」


 茉莉花たち三人は明兎とLINEの交換をし、またを約束して引き揚げた。


次回「その5 写真の中の家族」は10/8(火)に投稿する予定です。

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