その3 後輩からの依頼
心霊研究会の部室へ向かいながら、茉莉花は言った。
「ね~雅ぃ~。アイスコーヒーが飲みた~い」
昨日の雨が嘘のように晴れ、今日は急に暑くなった。
雅は冷めた声で答える。
「自販で買っておいで」
「やぁだ~。雅の入れた美味しいアイスコーヒーが飲みた~い」
「ムリです」
「なぁんで~?」
「部室に冷蔵庫なんて無いんだから当たり前でしょ?」
「レーゾーコ導入しよ~」
「なに言ってるんでしょ、このお嬢様は」
「だって~。暑いんだも~ん」
「そりゃ、もう七月だからね。て言うか、部室に冷房ついてるんだからありがたいぐらいでしょ?」
「効きが悪~い」
「贅沢を言って。わかったわよ。コンビニで氷を買ってくるから先に行ってて」
行きかける雅を止める茉莉花。
「ごめん。そこまでしてくれなくていい」
「だって飲みたいんでしょ?アイスコーヒー」
「わたしをそこまで甘やかさないで」
「うっわ。めんどくさい女ね」
部室の前に着くと、茉莉花はポストを開けた。中には用紙が入っていた。
「中等部一年三組、柴咲……明兎?振り仮名ふってなきゃ、読めないな」
雅が笑って考察する。
「それを本人がわかってるから振り仮名ふってくれてるんでしょ?」
「親が間違えた愛情を持つと子供は苦労するね」
そこで桜子が異を唱えた。
「親の愛情に間違いなんて無いよ。向け方を間違えちゃうだけ」
茉莉花が笑う。
「それ、どの偉人の名言?」
「茶化さないでよ、もう。それに明兎ちゃんって、可愛くない?」
雅が話を戻す。
「どうでもいいけど、その中等部一年の……明兎ちゃん?きのう言ってた明日香の妹の友達でしょ?きっと。――何だって?」
茉莉花はあらためて用紙を見返した。
「えっと……『弟を助けて』とだけ。とりあえず、中等部へ行っとく?」
「まだいるかな」
「さあ。でもなんか気になんのよね」
中等部の一年三組の教室にはすぐに到着した。
中を覗くと生徒がまだ数人いた。
「ねえ、柴咲さんて子いる?」
茉莉花が声をかけると小さく黄色い声がいくつか響いた。茉莉花は中等部でも憧れの的なのだ。
生徒たちの中から一人、小さく手を上げて走り寄ってくる女子がいた。華奢な体格だったが、眉毛がはっきりしていて意志の強そうな顔立ちをしている。
「わたしが柴咲です。来てくださってありがとうございます」
声は高いが滑舌が良くて聞き取りやすい話し方である。
茉莉花は辺りを見渡してから言った。
「場所を移そうか」
誰もいない学食で、茉莉花たちは明兎の話を聞いた。
「最近、夜になるとわたしの部屋にたいむ…あ、弟です。大きい夢と書いて大夢です」
雅が小声で呟いた。
「ハーブつながりかな?」
明兎は続けた。
「その弟の生き霊が出るんです」
茉莉花は素朴な質問をした。
「弟は生きてんのね?」
「だって、弟が死んだなんて話は聞かないですもん。何かあれば連絡が来ると思うし」
茉莉花は首を傾げた。
「ん?ちょっと待って。弟は一緒に住んでないの?」
「あ、ごめんなさい。弟は母と一緒にいます。県内ですけどちょっと離れてます。松本の方」
「んー。あなたは?お父さんと一緒なのかな?」
「あ、はい。一年前に父と母は離婚してます」
「あら、そう。で?弟の生き霊はどんな様子?」
「助けてお姉ちゃんって、それだけ。話しかけても反応しません」
「出る時間は決まってんの?」
「夜の七時すぎぐらいです」
「日の入り頃か…。どのぐらいの時間、いる?」
「三十分ぐらいで消えちゃいます」
「おうちはお父さんと二人だけ?」
「はい」
「お父さん、夜はいるの?」
「六時半ごろには帰ってきます」
「この事、お父さんには言った?」
「はい。でも父には見えないみたいで、わたしが弟に会いたくて妄想してるみたいに思われちゃって、心配そうな顔するからそれ以上は言えなくて…」
「でしょうね。そんな所へ夜に高等部の先輩がぞろぞろ行くわけにもいかないね」
明兎のはっきりした眉がハの字になる。
「でも大夢が助けを求めてるんです。お年玉は残ってるから料金は払います。助けてもらえませんか?」
「そのお金で弟の様子を見に行こうとは思わなかったの?」
「父が嫌がるんです」
「こっそり行けばいいじゃない」
「父を裏切るような事は出来ません。だから、この一年で大夢に会えたのは母がこちらへ来た二回だけです」
「お母さんは嫌がってないのね」
「母は………………お金の無心に来てるだけですから」
「なるほど」
茉莉花にも何かがぼんやりと見えてきた。
茉莉花は優しい声で言った。
「料金は問題解決のために実際に何かをした時だけもらってるわ。うちの学校の生徒の場合は特別に相談や下調べまでならタダだから安心して」
「本当に?」
本当である。でないと相談が来ない。
茉莉花は考えながら呟いた。
「夜に行くのはまた考えるとして、とりあえず現場を見てみるか」
明兎の父親がいない昼間のうちに現場だけでも見てみることになり、四人はすぐに学校を出た。
明兎の家は学校から近かった。さっそく明兎の部屋を見てみる。
明兎の部屋は特に変わった事もない、普通の女の子の部屋だった。よく整理整頓されている。ただ一つ、一人部屋に二段ベッドだけが目立った。
茉莉花は部屋を見回しながら訊いた。
「弟は一年前はここに住んでたの?」
頷く明兎。
「はい。この部屋で一緒でした」
「何歳?」
「今は六歳、来年は小学生です」
「幼稚園か保育園には通ってる?」
「こっちにいた時は保育園に通ってました。今は…母が仕事をしてるはずなので、通ってると思うんですけど」
「会いに行けないとしても連絡ぐらいは取らないの?」
「たまに取ってました。でも弟の生き霊が出てからは何度電話しても繋がらなくて」
「おうち電話?お母さんのスマホ?」
「おうち電話は無いので、母のスマホだけです」
「…………」
棚の上にアニメのロボットのオモチャが飾ってある。茉莉花は近づくと訊いた。
「これ、弟の?」
「元々は。別れるときに宝物だからって、わたしにくれたんです」
「可愛い子ね」
「はい。とっても」
茉莉花は明兎に向き直ると訊いた。
「弟のいるとこの住所、わかる?あとお母さんの苗字」
「…はい」
「教えて」
それからスマホを出して電話をかけた。
「…………あ、マンチカン?すぐ車を出して……え?なに?……そうよ、緊急よ…………うそ?…うそじゃないわよ。…………あー、そんなのはほっといていいから。……勝手に決めて何が悪いの?あんたがわたしに逆らうなんて十年早いのよ。じゃね。住所を送るから、すぐ来るのよ。いいわね」
そして電話をぶち切った。
車の中で桜子は茉莉花に訊いた。
「明兎ちゃん、連れてかないの?」
茉莉花はジュースを一口飲んでから答えた。
「お父さんが帰ってくるまでに戻れないからね。それに何となくだけど、連れてかない方がいい気がすんのよ」
助手席の雅が振り向く。
「あの部屋で何か感じたの?」
あっちの方へ視線を向ける茉莉花。
「んー、残り香みたいなのはあんのよ。でも薄いのよ。生命力を感じない。助けを求めてんのに、連絡が取れないっつってたでしょ?ヤな予感しかしなくない?それも、すぐ動いた方がいいような」
桜子が隣の茉莉花の腕を掴んだ。
「それって、大夢くんが死んでるかもしれないってこと?」
茉莉花は困り顔で桜子を見た。
「あーあ、言っちゃった。言葉を濁してたのに」
「え?ホントにそうなの?これからそれを確かめに行くってこと?」
「違うわよ。大夢くんが無事なことを確かめに行くのよ」
「だったら明兎ちゃん、連れてきてあげればよかったのに。ついて来たそうな顔をしてたよ」
「でも連れていってとは言わなかったよ」
「なんでだろ」
「だから、自分が行くとお父さんを裏切った気がするんでしょ?それに、わたしたちにも迷惑がかかるとわかってるのよ」
雅が助手席から茉莉花の持つスナック菓子の袋に手を伸ばしながら言った。
「でもあの子、しっかりしてるね。道中召し上がってくださいって、ジュースとお菓子を持たせてくれて」
茉莉花は菓子の袋を差し出しながら付け加えた。
「いいって言ったのに」
「不安だろうにね」
「あれじゃない?桜子よりしっかりしてるんじゃない?あの子」
桜子は膨れた。
「あ、もう。茉莉花ちゃんはまたそういうこと言う」
高速道路を降りてしばらく走ると住宅街に入った。狭い道を進んでいくと、同じ形の平屋の家が五件並んでいる場所があった。その前でマンチカンは車を停めた。
五件のうちの右側の二件には人の居るらしい気配がある。少し空間があって離れている左側の三件には人の気配が全く無い。
マンチカンが表札を確かめてたどり着いた玄関は、その左側の一件だった。インターホンを押す。
『ピンポ~ン』
奥の方からチャイム音が聞こえてきたが、反応は無い。
『ピンポ~ン』
耳を澄ますが家の中からは物音ひとつ聞こえない。
『ピンポ~ン』
三回鳴らしたマンチカンは玄関のドアノブに手を掛けた。
「あ、開いてる…」
マンチカンはドアをゆっくり開けて一歩踏み込んだ所で、すぐに後ずさってドアを閉めた。後ろからついていこうとしていた茉莉花はマンチカンに背中で押し戻されて眉間にシワを寄せた。
「なに」
マンチカンはドアを背にして振り返った。
「お前らは車で待ってろ」
「だから、なに」
「中の様子はオレが見てくる。頼むから車にいてくれ」
いつになく真剣なマンチカンの様子に、茉莉花は黙って従った。
マンチカンが家に入ってからしばらくたった。
車の中の三人は沈黙していた。先程のマンチカンの様子に、三人共が三人とも最悪の事態を想像していたからだ。勿論まだ決まったわけではないし、それを確かめにマンチカンは入ったのだが、だからといってそれを言葉にするのは怖すぎた。
長い時間のあと、家の中の明かりが消え、間もなくドアが開いた。マンチカンは外へ出るとドアを閉め、辺りを見回してからゆっくりと車へ戻ってきた。
マンチカンは車に乗り込むとエンジンをかけながら言った。
「帰るぞ」
桜子が思わず訊いた。
「え?なんで?中はどうだったの?」
「…………あとで話す」
マンチカンは車を発進させた。
マンチカンはコンビニで買ったコーヒーを一口すすると、車の進行方向を見つめたまま静かに話し始めた。
「まずは結論から言うな。おそらく大夢くんだと思われる子は残念ながら亡くなってた」
「………………」
聞いていた三人は言葉が出なかった。ただ黙ってマンチカンの次の言葉を待った。
マンチカンは続けた。
「細かい状況はとても話せないけど、多分あれ、餓死じゃないかと思う」
「――!!」
「母親はいなかった。何日か放置されたんだろうな、きっと」
とつぜん茉莉花が横のドアに拳を強く叩きつけた。桜子がビクリとする。
茉莉花は呟いた。
「くそっ…くそっ…」
車は高速道路に入った。
車内は少しのあいだ沈黙したが、しばらくしてマンチカンは再び口を開いた。
「大夢くんだと思うけど、霊もいた。ダイニングの彼のご遺体のそばでうずくまってた。声をかけてみたけど、答えてもらえなかった」
桜子が小声で言った。
「呼んでくれれば話してみたのに…」
マンチカンは淡々と答えた。
「警察が捜査を終えるまでは入れない。あと、あんなとこにお前たちを入れたくない」
「……」
「警察へは連絡した。もう来てるんじゃないかな」
雅は冷静に訊いた。
「待ってなくてよかったの?」
マンチカンは少し言い淀んだが、小声で答えた。
「知り合いの警察官がいてな。その人に連絡したんだ。あの家を訪ねたいきさつなんて、ホントの事は言えないだろ?一応、弟の心配をしたお姉ちゃんに知り合いの坊主が頼まれて様子を見に来たって事にしてもらってる。第一発見者としてあとで呼ばれるかもだけど」
「わかった。心づもりはしておくわ」
「いや。オレひとりで来た事になってるから、その必要はない」
茉莉花が呻くように訊いた。
「知り合いの警察官って、森田警部補のこと?」
マンチカンは真っ直ぐ前を見て運転したまま答えた。
「…………ああ」
「まだ繋がってたんだ」
「連絡したのは久しぶりだよ」
「…………」
車内に重い空気が流れた。
次回「その4 明兎ちゃんと大夢くん」は10/4(金)に投稿する予定です。




