その2 うらら系ってこんな感じ?
教室へ入るなり茉莉花は右手を大きく振り上げた。
「おっはよー!皆の衆!今日もいちにち元気に過ごしましょー!」
いつもは静かに入ってくるみんなの憧れのお嬢様の豹変ぶりに、ざわついていた教室が静まりかえり、キョトンとした視線を一人残らず茉莉花へ向けている。茉莉花は構わず自分の席へ向かい、そばの席の明日香に声をかけた。
「おっはよー、明日香。今日はいい天気だねえ」
外は今にも降りだしそうな曇り空である。
明日香はクスクスと笑いながら訊いた。
「いつも挨拶なんてしないのに、どした?霊にでも取り憑かれたのか?」
茉莉花は元気娘的なハツラツとした表情で答えた。
「これが本当のわたしよ。今までのがお芝居なの」
「へー。大変だな、そりゃ」
そこへ桜子もやってきた。両こぶしを顎の下に持ってきて小首をかしげる。
「おはよーなのぉ、るん」
明日香が思わずツッコミを入れた。
「キャラ味つよいな、おい」
そこへ雅がやってきたので明日香は訊いた。
「どしたんだ?こいつら」
雅は仏頂面になった。
「知らない。なんか、うらら系な女子高生になるんだって」
「なんだ?そりゃ」
「アニメ見てて茉莉花が急に言い出したのよ」
「そら、つきあわされるお前は災難だな、雅」
「ホントよ」
雅は足を開いて立ち、両腕を前で組んで続けた。
「家に帰ったら説教してやるんだから。プンプン」
頬をプッと膨らませる雅。明日香は苦笑いした。
「お前もノリノリか~い」
茉莉花はその後も普段なら挨拶をしない周囲の生徒に元気に挨拶を続けた。挨拶をされた生徒の表情は困惑と言うよりも恐怖に近かった。
三時限目頃には雨が降りだした。休み時間になり、茉莉花は大声で言った。
「あ~あ。雨が降っちゃったぁ。水泳の授業、楽しみにしてたのになあ」
茉莉花はバッグの中から競泳水着を取り出すと自分の前で大きく広げた。
桜子も名前入りのスクール水着を取り出すと悲しそうに眺めた。
「水泳の授業、わたし初めてだったのに…」
雅が口を尖らせた。
「あなたたちの日頃の行いが悪いからよ」
そしてバッグから白いヒラヒラなワンピース水着を取り出した。
「せっかく水着を新調したのに、どうしてくれるのよ」
普段ならツッコミ役の雅までもがボケているものだから、明日香は黙っていられなかった。
「ウチの学校、水泳の授業なんて無いし!なんなら今日は体育も無いし!ってか何を持ってきてんのよ」
茉莉花は腰に手を当てて雅に嘲笑を向けた。
「ホントにね。雅ったら何を持ってきてんのやら。海水浴じゃないんだから、学校のプールにふさわしい水着を持ってきなさいよね」
「いや、お前もだ、お前も。そもそもこの学校、プール無いんだってば!――って、くそっ。ついツッコミを入れてしまう…」
明日香はしかめっ面になった。
昼休みになり、茉莉花は立ち上がりつつハツラツと言った。
「やっとお昼ご飯だー!はい、寄せて寄せて」
雅や桜子の机の方へ自分の机を寄せる茉莉花。いつもは机など動かさず一人で黙々と食べている茉莉花だったが、今日はうらら系の女子高生なのだ。
机を並べおわると、それぞれ弁当箱を出した。いつも雅が作っているので、当然すべて同じものである。
弁当箱のフタを開けると茉莉花が素っ頓狂な声をあげた。
「ありゃー。茶色いオカズばっかしな上に真っ黒こげ。やらかしたなぁ?雅ぃ」
雅がツンデレチックに答える。
「作ってもらってるクセに文句を言うとか。別に食べなくったっていいんだからね」
明日香はツッコミを入れずにはいられなかった。
「雅が失敗なんてするわけないだろ。このためにわざわざ焦がしたのか?」
桜子がハンバーグを頬張ったまま言った。
「れも、おいひぃ~よ。ハンミャ~ギュ。こおばひくって」
明日香が桜子の食べかけのハンバーグを見ながら驚愕の声をあげた。
「なんだ、その表面はコゲコゲに見えるのに中は肉汁あふれてて柔らかそうなふっくらハンバーグは」
明日香は茉莉花の食べかけの玉子焼きを見て更に声をあげた。
「なんだ、その表面が真っ茶っちゃなのに中の黄色がめちゃくちゃキレイな玉子焼きは。伊達巻きかよ。やらかしたどころか高度すぎるだろ。どんだけハイスペックだよ、雅」
そのツッコミを無視して茉莉花は言った。
「もう、雅ったらあ。おっちょこちょいなんだからー」
桜子が更に頬張る。
「れも、おいひぃのぉ、るん」
雅がツンデる。
「べつに、あなたたちのために頑張って作ったわけじゃないんだからね」
苦笑いをする明日香。
「なんかお前らうらら系を勘違いしてないか?――てか、またツッコミを入れてしまった。あたしツッコミキャラじゃないのに…。早く正気に戻ってくれ、雅」
そこへクラスメイトの女子ふたりが声をかけてきた。
「あの~、桐生さん。ちょっと、いい?」
茉莉花が明るく答える。
「はぁい。なに?」
クラスメイトはおそるおそる切り出した。
「あのね、えーとね。一学期もそろそろ終わるし、新しいクラスにもみんな慣れてきたし、親睦を兼ねてクラスの有志で夏休みにキャンプしようって話が出てて、誘って回ってるの。もちろんイヤなら断ってくれていいんだけど………桐生さんたちもどうかなって。えへへ…」
茉莉花は大きく腕を広げた。
「いいじゃない、それ。高校生らしくていいと思うわ。もちろん、わたしたちも参加するよ」
クラスメイトのふたりは小さく体を弾ませた。
「ホント?嬉しい!ありがとう」
「こっちこそよ。誘ってくれてありがとう」
「じゃあ、グループLINEに入ってもらっていい?」
「あったりまえじゃない」
スマホを操作してLINEの登録をすると、クラスメイトはその画面を見ながら興奮気味に言った。
「桐生さんたちって普段はクールだけど、ホントは気さくで明るい人達なんだね。今日はなんか声かけやすかった」
「いつでも声かけてよ。同級生なんだからさ」
「うん、そうする」
クラスメイトは手を振って離れていった。茉莉花も手を振り返した。
雅はそれをぬるい目で見ていた。
夕食後、コーヒーを飲みながらくつろいでいると、不意に茉莉花のスマホが鳴った。確認する茉莉花。
「あら。明日香からだ」
さらにLINEを確認する茉莉花。雅が訊いた。
「なに?」
「ちょっと待って」
少しLINEのやり取りをしたあと、茉莉花は答えた。
「なんか妹に心霊研のこと訊かれたって」
「妹さん?」
「中等部一年らしいわよ」
「へえ。その妹さんがなんの用?」
LINEのやり取りをしながら答える茉莉花。
「用があんのは、どうやら妹じゃなくて、その友達みたい」
「その友達が、なんて?」
「そこまでは聞いてないそうよ。部室の場所を教えといたって」
「ふうん」
冷めた声の雅に、茉莉花は訊いた。
「なんかあっさりしてるわね。興味ないの?」
雅は無表情を茉莉花に向けた。
「無くもないけど、それ以上の情報が無いのに話って広がる?」
「え?例えば明日香に妹がいたこととか、その妹が中等部に入ってきた事とか?」
横目で茉莉花を見る雅。
「そんなの茉莉花の方が興味ないでしょ?そもそも明日香本人にも興味ないもんね。向こうが一方的に絡んでくるだけで」
「失礼ね。中等部からのクラスメイトだもん。仲間意識ぐらいはあるわよ」
「向こうは茉莉花を友達って認識してるよ、絶対。不憫な明日香」
「だから、わたしは友だち作る気ないって言ってんじゃん。別に明日香だけを遠ざけてるわけじゃないよ」
「ふうん。いいんじゃない?それならそれで」
「なに?その棘のある言い方」
「絡まないでよ。それよりうらら系はどうしたの?」
茉莉花は思い出して、ばつが悪そうな顔になった。
「あ…忘れてた。ごめん」
「なんで謝った?」
「だって、うらら系に憧れてたんでしょ?」
「え、なに?あたしがそう言ったからやってくれてたの?」
「まあね」
「いや、ありがたいけど、そこまで望んでないから」
茉莉花は眉間にしわを寄せた。
「は?雅が今の自分に絶望するとか言ったんじゃん」
「憧れてたうらら系的な学校生活を送れてるかと訊かれれば絶望的ねって意味よ。今の自分はうらら系じゃ全然ないけど、それなりに気に入ってるわ」
「だったら絶望なんて言葉、気軽に使わないでよ!まぎらわしい」
突然の茉莉花の強い口調に、船を漕いでいた桜子がビクッと顔を上げた。
雅は珍しく神妙だった。
「…………ごめん。人生に絶望してるわけじゃないから安心して」
「それならいいのよ。まあ、よく考えれば家でまで続けられるわけないし、正直うらら系はもう飽きてたしね」
「だと思った。ただ、調子にのってクラスの夏休みキャンプに参加表明したの、覚えてる?」
「え……………………………?今から不参加って……」
「言える?」
「ああ~~~~~っ。あんなノリノリで答えて、今さら言えな~~~~い!」
茉莉花は頭を抱え、雅は笑った。
次回「その3 後輩からの依頼」は10/1(火)に投稿する予定です。




