その1 デパ地下とうらら系
駅前のデパートに来ると、ついつい目的外の場所まで回ってしまうものである。用も無いのに気まぐれで上へ向かうエスカレーターに乗ったりする。特に催し物会場などで可愛い雑貨なんかが並んでいれば、女子が足を止めないわけにはいかない。
デパート側が仕掛けたそんな巧妙な罠に引っ掛かりながらも何とか通り抜け、ようやく目的の地下へおりてきたと思ったら、そこでもやはり催事やスイーツの店に引っ掛かる。
早く帰って家事をやりたいと思っていたはずの雅でさえ、甘い香りの充満しているだろうガラスケースの中に夢中で視線を泳がせてしまう。コンビニも少ないような所で育った桜子に至っては、まるでテーマパークへ来たようなテンションの上がりようだった。
収入があったのだから贅沢がしたいと言い出したのは茉莉花だった。しかし雅は渋っていた。
ところが今週は期末テストの結果発表があり、茉莉花の要望をあと押しする材料が増えてしまった。
茉莉花はクラスで2位だった。学年でも7位である。
一番に危ぶまれていた桜子も、平均点以下ではあったが全教科で赤点を回避できた。
そして雅に至っては、全教科100点満点で学年単独1位だった。
「お祝いよ、お祝い」
茉莉花の言葉に雅も仕方なく頷いた。
そんなわけで、三人で週末休みにデパートまでやってきたのだ。デパ地下には少しお高く良い食材が揃っている。
「そろそろお肉とか見に行かない?」
雅に言われて三人が移動しようとしたそのとき、見覚えのある女性二人と真正面から鉢合わせした。それこそ「バッタリ」という音が聞こえそうな状況だった。
「えっ?!」
示し合わせたように全員の声が揃った。予想外にも程があった。
三人の前には楢崎婦人と神田がいた。お互いにしばらく黙ってフリーズした。
最初に口を開いたのは雅だった。
「…これ、どういう状況?」
それで我に返って、茉莉花が問い詰めた。
「なんであんたがここにいんのよ、神田」
気まずそうに神田は視線を逸らした。
「それは…ほら、いろいろあるじゃない?子供にはわからない大人の事情が」
「戻ってきたってこと?」
「ちゃうちゃう。逝ってないだけ」
茉莉花は桜子をキッと見た。
「逝かせたんじゃなかったの?桜子」
びくりとしてから、桜子は恐る恐る答えた。
「え~、逝かせたよぉ~…………たぶん」
「たぶん?!だぶんて言った?たぶんで済みゃあ警察いらないんだよ」
「ごめんなさい~」
怯える桜子を庇うように雅が言った。
「よしなよ。茉莉花だって気づかなかったじゃない」
そこで神田が補足した。
「気づかれないように耕平くん連れて一瞬で遠くまで離れたからね。茉莉花って敏感だから」
茉莉花は目を剥いた。
「耕平も逝ってないのか!」
「まあね~♪」
茉莉花たち三人は、あの日の事を思い出していた。
神田と耕平の姿がひときわ明るく輝いた。二人は恍惚とした顔を近づけてお互いの耳元で何か囁きあっている。そして更に強く抱き合うと、光がおさまるのと同時にスッと消えた。
桜子は懐から数珠を出し、目を閉じて手を合わせた。それからゆっくり目を開けると微笑んで言った。
「逝っちゃった…」
みんなは笑顔で頷きあった。そこには少しの寂しさを含んだ優しい空気が漂っていた。
茉莉花は呻いた。
「わたしたちの純情を返せ…」
忌々しげに神田を睨む茉莉花を尻目に、雅は冷静に言った。
「でも、それじゃあお金を返さないと」
そこで楢崎婦人は大きく手を振った。
「いい、いい。あなたたちが来てくれたお陰でポルターガイストに怯える事もなくなったのは事実だし、友達もできたし…」
楢崎婦人が神田をちらりと見ると、神田はわざとらしく照れた。
雅は基本的な確認をした。
「二人ともいるんですね。お宅に」
楢崎婦人は頷いた。
「部屋はたくさんあるからね。新婚生活ぐらい送らせてあげたいじゃない?」
茉莉花は大きく溜め息をついてから訊いた。
「ご迷惑じゃないですか?」
「ぜんぜん、ぜんぜん。むしろお店を手伝ってもらったりして助かってるぐらい」
「でも夫婦水入らずのところに居つかれたら邪魔でしょ?」
「そんなことないわよ」
それから恥ずかしそうに続けた。
「逆に喜んでるの。ほら新婚のふたり、若いでしょ?夜は結構お盛んなの。そんなの聴こえちゃうもんだから刺激されて、ウチの人ったら毎晩はりきっちゃって。うふっ…しあわせ♡」
神田が照れながら楢崎婦人を軽く突っついた。
「やめてよ、もぉ。だって浄霊される寸前に耕平くんが囁いたのよ。あたしと愛し合いたかったって。そんなこと言われちゃったらしょうがないじゃない?そしたら耕平くんってば毎晩あたしに夢中なんだもん♡」
茉莉花の眉間にシワが寄った。
「女子高生相手にこんなデパ地下の真ん中でおまえらなに言ってんだ?」
茉莉花の横では雅が桜子の両耳を後ろから塞いでいた。桜子の頭の上にはクエスチョンマークが咲き乱れている。
楢崎婦人と神田は顔を赤くしながら揃って頭を掻いた。
雅が少しお高くて良い食材を使って作ったご馳走を食べながら、茉莉花は満面の笑みだった。
「今回は気前よく出したわね、雅」
上目使いに茉莉花を見ながら雅は言葉を返す。
「気前よくはないわよ。まあ、収入があって気が大きくはなってるかもしれないけど」
「サンドリヨン、そんなに貰えたの?」
「サンドリヨンは通常の金額よ。茉莉花のお母さんからの今月分の入金があったの」
茉莉花の笑みがスッと引いた。
「あら、そう」
「正直、助かってるのよね。続けて仕事が入るとは限らないから」
「そうね」
「あ、そうだ。茉莉花、お母さんたちに連絡してるの?」
「ん?してるよ」
「うそ。入金のお礼の電話をした時に、茉莉花の様子をめっちゃ訊かれたわよ。先月だってお母さんたちの留守に荷物を取りに帰ったでしょ。あとからセバスチャンに聞いたってショックを受けてたよ」
「べつに留守をねらったわけじゃないし。たまたまだし。――いちいちお礼の電話なんかしなくていいよ。しつこかったでしょ?」
「心配してくれてるのに、そんな言い方…」
茉莉花は雅を真っ直ぐに見た。
「わかってるのよ。あの人たちがわたしを愛してくれてんのは。でも、その愛に素直に甘えちゃったら、わたしは一人では立てなくなる気がすんのよ」
「そんな大袈裟な話?」
「雅は知らないから。あの人たちの愛は深すぎて怖いの」
「そんなふうには見えないけどな」
そこで桜子が心配そうに口を挟んだ。
「親はみんな子供を深く愛してるよ。普通の事だと思うけど…」
茉莉花の表情が緩んだ。
「そうね。わたしが過敏になってるだけなのかもね」
そう言うと、茉莉花は料理を口へ運んだ。
食後の片付けを終えた雅がトレーにコーヒーを三つ乗せてリビングに入ってくると、茉莉花と桜子はテレビを見ていた。テレビにはアニメが流れている。
「なに見てるの?」
コーヒーを並べる雅の質問に茉莉花が答えた。
「なんか桜子が見たいって言うから、どんなのかなって」
「ふーん。で、どんなの?」
「なんか女の子たちがキャッキャうふふしてるキラキラしたアニメ。最初はあまりのユルさに何が面白いんだろって見てたけど、なんか逆に面白くなってきたと言うかなんと言うか…」
桜子が補足する。
「うらら系っていうんだよ」
ソファに座った雅は、そこで気づいた。
「あ、このアニメ知ってる。人気なんでしょ?いま」
桜子がキラキラした目を雅に向けた。
「雅ちゃんも見てるの!?」
「いや見てはいないけど、昔からうらら系みたいな学校生活には憧れてたなぁ。自分を振り返ると絶望するけど」
茉莉花が面白そうに雅を見た。
「そうかぁ?自分の姿を鏡でよーく見てみ。マンガみたいだぞ」
雅は無意識に自分の姿を見下ろした。家の中では定番のメイド姿である。雅は膨れた。
「茉莉花が着ろって言ったんじゃない」
「とか言って、気に入ってるくせに」
「そりゃ気に入ってるけど。可愛いから」
「雅はパンツまで甘々だもんね」
「悪い?」
「悪くない、悪くない。雅ちゃん、カワユイよ」
「なんかバカにしてる」
「バカになんかしてないよ」
そこで茉莉花はニヤリと笑った。
「そうだ。週明けからうらら系でいこう」
雅が怪訝な顔をした。
「どういうこと?」
「学校生活をうらら系で過ごすのよ」
「意味不明なんだけど」
「だから、このアニメの子たちみたいにキラキラすんのよ」
「それをあたしたちみたいなのが現実でやるって、イタくない?」
「みたいなのってどういうことよ」
「ギャップが大きいというか…」
「そお?桜子なんかこのピンク髪のピュアなドジっ子っぽいし、雅は性格的には青髪のツンデレちゃんみたいよ」
「ツンデレちがうわ」
「わたしはほら、この黄色い髪の爽やか元気娘に近いでしょ?」
「おこがましい」
「とにかく!月曜からわたしたちはうらら系な女子高生だからね!いいわね!」
雅はため息をついた。
「言い出したら聞かないからなぁ。クラスメイトの戸惑う顔が目に浮かぶ」
雅がふと桜子を見ると、ひと目でワクワクしているのがわかる表情をしていた。
次回「その2 うらら系ってこんな感じ?」は9/27(金)に投稿する予定です。




