その8 幽霊のお見合い
茉莉花は帰るなり変なイントネーション混じりの声で呼んだ。
「カんダさ~ん!カんダさ~ん!」
神田はリビングのソファに寝ころんでテレビを見ていたが、呼び声に上体を起こした。
「なにごと?」
桜子と雅とマンチカンを引き連れてリビングに入ってきた茉莉花は、神田を見つけるなり妙なしなを作って言った。
「カんダさ~ん?あーたにお見合いざぁ~す」
神田は怪訝な顔をした。
「なに?そのしゃべりかた」
茉莉花は口もとを手で隠してオホホと笑いながら続けた。
「だれ彼かまわずお見合いをすすめる親戚のおばさまの真似ざぁ~す」
「ウソだぁ。今どきザマスなんて言う人いないでしょ?」
「雰囲気はこんな感じざぁ~す」
そこで神田は気づいた。
「てか、お見合いって言った?!」
「おそっ」
「いやいやいや。あたし、死んでる。知ってるよね」
「平気よ。相手も死んでるから」
「は?霊同士のお見合い?なんの意味があるの?」
「意味なんて無くていいのよ。満足して成仏してくれれば」
「お見合いが心残りなの?」
「お見合いがってわけじゃないんだけどね…」
全員がリビングに落ち着くと、茉莉花は神田に宇須井耕平の事を詳しく話した。
話し終わると茉莉花は言った。
「で、カんダさ~んに浄霊代を体で払ってもらおうってわけ。耕平をいい感じに持ち上げて主役にしてやってよ」
神田が仏頂面で答えた。
「いやよ」
茉莉花も仏頂面で返した。
「なんでよ」
「そんな純朴な人を騙せって言うんでしょ?」
「騙すわけじゃないわよ。お芝居よ」
「同じよ。そもそもあたし、お芝居なんて自信ないし」
「そこはほら、ステキだとか優しいとか……そうそう、さすがぁ、知らなかったぁ、すごぉい、センスあるぅ、そうなんだぁって繰り返してればいいわよ」
「褒め言葉のさしすせそかい!そういう事じゃなくて、未練を断ち切るためなんでしょ?そんな薄っぺらいのじゃバレると思うし、あたしだって自分がされて嫌な事はしたくないから」
「大丈夫。本人もゴッコだってのはわかってるから」
「そんなので子供の頃からの未練なんて断ち切れないと思うから言ってるんだけど」
「やってみなきゃわかんないじゃん。ホテルと学校では上手くいったもん。ね、桜子」
話を振られて桜子は慌てた。
「あれは……本人にゴッコって意識が無かったからで…………あれって騙したってことになるのかなぁ」
茉莉花は舌打ちをした。
「あれは芝居、芝居。大切なのはそこじゃないでしょ?桜子までめんどくさいこと言わないで」
「ごめん…」
「とにかく!」
茉莉花は神田をまっすぐ見た。
「可能性があるんだから、やって当然よね。こういうトコで役に立たなかったら、あんたの使いどころはいつよ。自分の立場をわかってんの?」
雅から思わず言葉が出る。
「茉莉花。その言い方は…」
それを手で止めて神田は言った。
「わかったわ。やるわよ。ただし、あたしは芝居なんて出来ないから、本気でお見合いさせてもらうわ」
「本気でって、相手は主役の要素なんてこれっぽっちも無い冴えない引きこもり男子よ。傷つける言葉は言わないでほしいんだけど」
「ははっ、舐めるなよ。惚れる惚れないは別として、あたしは『ガキ』みたいに上っ面で人を判断したりしないわ。あんたより何年長く生きてると思ってるの?」
神田の正論に、茉莉花は何も言い返せない。負け惜しみ代わりに小声でツッコミを入れた。
「…………もう死んでるけどね」
雅とマンチカンはひそかに苦笑いした。
宇須井耕平にただ神田を会わせるだけでいいと思っていた茉莉花だったが、自分が冗談半分で言ったお見合いという言葉を本気にされてしまったために、形だけでも場をもうけざるを得なくなってしまった。そこで、いつもより早く店じまいをする日曜日の夜のサンドリヨンで閉店後に形だけのお見合いをすることが決まった。場を提供する楢崎夫妻もノリノリで、二人のためにディナーを用意してくれるという。
夜になり、清楚な大人ファッションに控えめなメイクの神田がマンチカンの車でサンドリヨンに到着した。
神田が楢崎夫人に案内されて席に着くと、いつものコスプレの三人娘に連れられた耕平がオドオドしながら奥から現れた。服装は一応スーツである。
耕平は茉莉花に促され、下を向いたままペコリと頭をさげて席に着いた。目はあっちの方を泳いでいる。
茉莉花がまたしても変なイントネーションで言った。
「こチら、耕平くん。享年二十八歳ざぁ~す。こチら、神田さん。享年二十六歳ざぁ~す。おふタりとモ、今年亡くなったばかりのホヤホヤざぁ~す」
桜子が思わずツッコミを入れる。
「焼きたてパンみたいに言わないでよぉ、茉莉花ちゃん」
雅がツッコミを補足する。
「不謹慎だしね」
茉莉花は親戚のおばさまに成りきって答える。
「あら、そ~ネ。あら、そ~ネ。じゃア、あとハお若イおフタりにおマかせシて、ジャまモノは去るざぁ~すネ」
茉莉花たちは下がり、入れ違いに楢崎夫人が料理を運んできて並べた。並べ終わると神田と耕平の顔を見比べながら言った。
「ごゆっくり」
平静を装ってはいるが、戻ってくる楢崎夫人の顔はニタニタしてしまっていた。
料理を前にして神田と耕平は黙っていた。神田は耕平の顔を真っ直ぐに見ていたが、耕平はたまにチラリと神田を見るばかりで視線は外れていた。
厨房の方から覗き見ていた茉莉花が呟いた。
「なにしてんのよ。なんか話しなさいよ」
「まだ始まったばかりでしょ」
雅が小声で諭す。
しばらくして神田が静かに、けれどもハッキリと言った。
「あたしと目を合わせてくれないかしら」
「え?」
少し驚いたように耕平は神田を見た。神田は大きく深呼吸をしてから続けた。
「コミュニケーションが下手なのは聞いてるけど、目が合わないと会話が始まらないわ」
耕平はたまに視線を外しながらも、なんとか神田を見続けて答えた。
「ご、ごめんなさい。恥ずかしくて…」
渋い顔をして神田は言った。
「あたしは営業職だったから人と接するのは慣れてるわ。でも、これはお見合いよ。恥ずかしいのはあたしも一緒だと思わない?」
首を傾げる耕平。
「どうなんでしょう。わかりません」
神田は耕平の顔をじっと見つめた。見つめられて耕平の目が泳ぐ。
神田はおもむろに茉莉花のいるだろう方を向いて苦笑いをし、そのあと顔を戻すと耕平に軽く微笑んで言った。
「あたしね。ひねくれてるからかもしれないけど、友達や親戚の結婚式に呼ばれて行く度に思うの。これって『わたしたちはこれから誰に遠慮する事もなく正式にエッチしまくります』宣言だよなって。そう思ったこと無い?」
「…………」
耕平は唖然としている。
神田は続けた。
「つまりね。結婚ってどんなに美しい言葉を並べたって、必ずエッチする事が前提じゃない?」
「…………」
「だからね。結婚相手を吟味するお見合いって、言ってみれば正式にエッチしまくる相手を吟味するってことじゃない。ここまではいい?」
「は、はい…」
たじたじの耕平に構わず、いたって真面目に神田は話し続ける。
「そう考えたらこうして顔を合わせて話をするの自体、なんて恥ずかしい行為をしてるのって思うのよ。だから、あたしは恥ずかしくて恥ずかしくてあなたから目を逸らしたい気持ちでいっぱいだけど、目を逸らしたら話も出来なければ吟味も出来ない。それなら最初から来る意味ないでしょ?」
「そ、そうですね」
覗いていた茉莉花は頭を抱えていた。本来の主旨である耕平が主人公になる絵が見えてこない。
神田が早口になる。
「でね、男の人の感覚はわからないし、女の人にも相手は誰でもいいって人はいるみたい。あたしだって、実はエッチな事は決して嫌いじゃない。でもね。これは多くの女性がそうじゃないかと思うんだけど、相手はやっぱり好きな人じゃなきゃムリ。たとえ一時的な感情に流されたり行きずりだったとしても、少なくとも誰でもいいなんて事は無い。好きになれない相手には触られただけでも寒気しか感じないわ」
「は、はあ…」
「その上で、一生カラダを許し続ける相手を吟味するって、女にとってはものすごく重大な事なのよ。わかる?」
「は、はい…」
「はいじゃないわよ。わかってないでしょ?ホントは」
「え?」
「まずあなた、そういう対象として自分が見られてるって理解してる?」
「は?」
「もちろん対等なんだから、あなただってあたしをそういう目で見ても構わないのよ」
「え?」
神田は口に油を差したようにしゃべり続けた。
「でも誤解しないでね。あたしはエッチな話をしてるわけじゃないの。素肌に触れられる事で幸せを感じちゃう相手なんて、そんなの誰よりも特別な人じゃない。それぐらい心で好きになれるかどうかが大事なの。なんとなく好感が持てるとか、親切でいい人とかは、いらないの。女子高生みたいな言い方になっちゃうけど、キュンとできるかどうかなの。そんな自分にとっての特別な人になり得るかを吟味したいの」
「な、なるほど…」
「最初は頼まれたお見合いだったし、ゴッコでもいいって言われたけど、本気でやらないなら最初からしたくないってのがあたしの性分よ。だからあたしはこのお見合い、本気なの」
耕平が軽く頭を下げる。
「あ、ありがとうございます」
「お礼なんて言われる筋合いは無いわ。本気って事はあなたのためのお見合いじゃない、あたしのためのお見合いだもの」
「そうですね」
「あなたは本気?それともボランティアの彼女の代わりを探してるだけ?」
「………………」
茉莉花が呟いた。
「終わった…」
神田は表情を変えずに淡々と続けた。
「ボランティアの彼女の代わりはあたしには出来ない。だから、もしそうなら言って。諦めてすぐ帰るから」
耕平は少し考えていたが、真っ直ぐに神田を見つめて言葉を選びながらゆっくり言った。
「とても…正直で……誠実な方ですね。ですので僕も…正直に言いますが………初めは僕もゴッコでいいと思ってました。でも……あなたにとても興味を持ちました。もし……最初の僕の不誠実な態度を許してくださるのなら……どうか、今からでも僕に本気でお見合いをさせていただけませんか?あなたの事をもっと知りたい」
神田がにっこり微笑んで頷いた。
「もちろん、喜んで。でも、その前に敬語はやめて。あなたの方が年上よ」
「あ、はい……うん。わかった」
「それから、せっかく用意してくださったんだからお食事をいただきましょ?」
「うん、そうだね」
二人は料理に手をつけた。
茉莉花は胸を撫で下ろした。
「なんとか試合続行ね」
しかし、しばらくして茉莉花は呟いた。
「終わった…」
神田と耕平は食べながら料理についての話をしていた。話の弾んでいるのはいいのだが、神田の食べ方にはまあ品が無い。無邪気と言えば聞こえはいいが、まるで腹をすかせた子供が夢中になって頬張っているようなありさまだった。本人はいたって幸せそうなのだが。
「注意しとくんだった」
茉莉花は思い出していた。そもそも神田は食べなくても死なないが、いや既に死んでいるが、家では雅が神田の分の食べ物も用意していた。そこで神田の品の無い食べ方は目にしていたのに。
けれども耕平はそれを微笑んで見ている。特に嫌な顔はしていない。
「なんとか試合続行?」
茉莉花はやきもきしていた。神田の性格は良くも悪くも抜き身のままである。
デザートまで食べ終わったところで神田は言った。
「美味しかったね~!」
耕平は軽く頷きながら自分の口角あたりを指さして言った。
「クリームついてる」
神田は舌をのばして舐め取った。
「ありがと。で、何の話だっけ?」
「ここの夫婦の話。仲が良くて憧れるなって」
「へー」
「特に厨房で助け合ってる姿が素敵なんだ。僕も結婚したらお嫁さんと一緒にキッチンに立って料理したいなって想像しちゃったよ」
「いいね。一緒に料理作りか」
神田の同意が嬉しくて耕平の声が弾む。
「でしょ?いいよね」
「ところで、ここんちの夫婦の子作りはどお?見てるんでしょ?」
膨れる耕平。
「見てないよ!そんな不届きな事しない」
「そうなの?」
「そういう声が聞こえてきたら、ちゃんと離れるようにしてるし」
「声は聞こえるんだ」
「隣近所が無いからね。抑える必要も無いんでしょ?」
そこで厨房の方から覗き見ていた桜子が茉莉花に訊ねた。
「そういう声って、なに?」
雅とマンチカンは吹き出し、茉莉花は優しく微笑み返して答えた。
「あっち向いてホイよ。白熱すると声が大きくなっちゃうの」
「へー、仲がいいのね」
「そうよ。めっちゃ仲がいいのよ」
マンチカンがツッコミを入れる。
「よしなさいって」
神田はニヤケて言った。
「それで悶々としちゃうんだ。耕平きゅんは」
「ばっ!しないよ、そんなの」
「ホントにぃ?」
「からかってるの?」
「少し。ごめん」
「ま…まあ、いいけど…」
「なんか楽しくなっちゃって」
「楽しいの?」
「すごく」
「デート慣れしてない僕なんかとの食事が?」
「デートはしてたんでしょ?ボランティアの彼女と」
「してたけど…デートと言えるのかどうか…」
「でも彼女は楽しそうだったんでしょ?」
「まあ…」
「もっと自信持ちなよ」
耕平は怪訝な顔をした。
「でも普通、お見合い相手が前の彼女…彼女ではないけど、そんな話をされるのって嫌なもんじゃないの?」
神田はわざとらしく渋い顔を作って食いぎみに答える。
「すっごいイヤ!」
耕平はたじろいだ。神田は表情を和らげて、でも口は尖らせて言った。
「でも気にしてる自分は、もっとイヤ」
「…………」
そこで神田は少し真面目な顔になった。
「そういえば聞きたいことが一つあったんだ」
「なに?」
「もしね、誰か女性と仲良くなって、週末にホテルにお泊まりして初めてベッドを共にしましょって話になった時、あなたなら最初にキスをするのはどこ?」
「なにそれ。心理テスト?」
「まあ、そんな感じ」
「う~ん。ちょっと待って」
耕平はしばらく考えてから、言葉を選びつつ答えた。
「ベタかもしれないけど、夜景の見える公園とかかなあ。デート経験が少ないからよくわからないけど、景色のいい展望台とか海辺とか…あ、海の方へ行くなら水族館とかもいいなあ。でも人が多い所はちょっと恥ずかしいかも」
「……………………」
耕平を見つめたまま神田の動きが止まった。しばらくそのままだったので耕平も首を傾げたが、突然に神田は笑いだした。
「あーっはっはっはっ!」
大笑いである。腹を抱えて笑い続けている。耕平の顔はキョトンである。
「な、なに?何か変なこと言った?僕…」
笑いながら神田は答える。
「だって初めてよ。あっは…この質問してデートコースを…いひひっ…考えてくれた人。あはっは…何十人もの男にこの質問…えへへっ…したけど、キスするのどこ?って訊いたら100パーで体の…あはっ…く、口とか、耳とか、首筋とか…うひっ…だもん…うへへっ…」
耕平の顔が見る見る赤くなり、怒りの表情があらわれた。
「ばっ馬鹿にするな!!女性経験が無いのが、そんなに面白いのか!!」
神田の笑いが止まった。耕平の大声に厨房の清掃をしていた楢崎夫妻も覗きにきた。
茉莉花は情けなく呟いた。
「ホントに終わった…」
耕平は続けた。
「そうだよ。僕は経験が無いから、そんなの想像も出来ないよ。でも最初のキスなんて大切だと思うじゃないか。デートコースを考えて何が悪い」
神田は無表情で耕平を見つめている。
怒りの表情のままの耕平の目から涙がこぼれた。
「だいたい本気でお見合いするって言っといて、なんだよこれ。さっきからエッチの話ばっかりして。そりゃ性欲だってあるけど、でもそんな話されたってわかんないよ。二十八にもなって経験ないんだから」
神田の表情が優しくなった。それを見て耕平は悲しそうな表情になった。
「僕がわかるのは、せいぜい食欲のことぐらい。だから、さっきの食事で君のこと好きになってたんだ。こんなに美味しそうにごはんを食べる人は初めて見たよ。ずっとこの人と食事を共にしたいって思ったんだ。なのに…」
耕平は下を向いた。小さく震えている。
神田は静かに立ち上がり、ゆっくりと耕平に近づいた。それから腰をかがめると、いきなり耕平の頬にキスをした。
覗いていた茉莉花たち全員の目と口が大きく開いた。
神田が唇を離すと、耕平も驚いた表情をしていた。
神田は少女のように微笑んだ。
「ごめんて。笑ったのはあなたのことじゃない。あたし自身を笑ったの。せっかく逢えたのに、もう死んでるってさ。…あたしの人生、バカみたいでしょ?」
神田はゆっくりと自分の席へ戻り、背筋をのばして頭を下げた。
「お願いします。まだ間に合うなら、あたしと結婚してください」
耕平は唖然としたまま答えた。
「あ…はい…」
茉莉花たちは目と口を開いたまま互いに顔を見合わせた。
次回「その9 近所の面白おにいさん」は9/17(火)に投稿する予定です。




