その7 恋ばなバナナ
女三人よればかしましいと言うが、テンションが高いのは茉莉花ひとりだけだった。
「さー、盛り上がってきたわよ」
トートバッグからどっさりとお菓子を出す茉莉花。あきれ顔の雅。
「そんなに持ってきたの?」
「大丈夫よ。ちゃんとおやつは三百円以内だから」
「いや、千円は越えてるわよね。どう見ても」
「バナナはおやつに含まれないよ」
茉莉花がバナナを一本さし出す。
「てことは七百円以上するのね、そのバナナ。あたしがひと房198円で買って果物かごに入れておいたバナナとそっくりだけど」
「食べる?」
「いらないわよ」
「ということで、さっそく恋ばなよ」
「ということでって、どういうことで?」
「女子旅の夜と言えば恋ばなに決まってんでしょ」
「いつ決まったの?」
茉莉花がバナナをマイク代わりに桜子へ突きつけた。
「んで?結城とはどーなってんの?」
いきなりバナナを突きつけられて桜子は面食らった。
「ど、どうなってるって?なにが?」
「とぼけなくていいわよ。てか、そもそもどうして仲よくなったの?洋服を買いに行ったあの日に何があったの?」
「何があったって……追いかけられて、逃げて、迷って、結城くんに見つかって、帰り道がわからなかったから送ってもらって、それだけよ?」
「だから、その送ってもらった時に何があったか訊いてんのよ」
「人にするようなたいした話では…」
「たいした話じゃないなら話せるわよね」
「え?あれ?」
「ね!」
「あ、はい…」
桜子は逃げられない事を悟った。あの日の結城とのやり取りを素直に話すしかなかった。
桜子は手を引かれて歩き始めたあたりから、記憶している範囲で話をした。
「……それでね、横道に入ったあたりで結城くんに壁に追いつめられて、わたし身動きが取れなくて…」
「なんてヤツ。脅されたのね?怖かったでしょ?」
「ううん。怖くはなかったんだけど、ドキドキしちゃって。だって、顔がすごく近いんだもん」
「……追いつめられてって、どんな風に?」
「壁にド~ンって」
「壁ドンかい!」
「結城くん、とっても優しい顔で言うの。キミの事をもっと知りたいって」
うっとりしている桜子の顔を、茉莉花はスマホを取り出しておもむろに写真に撮った。シャッター音に気づく桜子。
「なに?何を撮ったの?」
写した画像を桜子に見せる茉莉花。
「よく見なさい。なんて恥ずかしい顔なの?」
「やあぁっ、やめてぇ…」
画面を隠そうとする桜子の手を払いのけてスマホを高く掲げる茉莉花。
ツッコミを入れる雅。
「だから、よしなさいって」
茉莉花はスマホの画面を桜子の頬に押しつけながら問いつめる。
「で?キミの事を知りたいってあとは?キスでもされたの?」
桜子はスマホから逃れながら答えた。
「そ、そんなわけないじゃない。もっと話がしたいって言われただけ」
「ふんっ!結局はナンパと変わんないじゃない。何が前世の関係よ」
「違うの、違うの。前世のわたししか知らないから、今のわたしを知りたいって言われたの」
「まさか桜子。あんた信じてるわけじゃないわよね」
「し、信じてはいないけど…」
「ダメよ、惑わされちゃ。アイツ、前世に約束したからとか言って迫ってきそうじゃんかさ」
「結城くんはそんなことしないよ」
茉莉花が渋い表情になる。
「やけに肩を持つじゃない」
「違くて、前世の記憶が無いわたしを困らせたくないから、もう結婚の約束とかの話はしないって言ってくれたの」
「結婚の約束とか言ってんの?!」
「だから、その話はもうしないって…」
「だったらなんでつきまとってくんのよ」
「つきまとってるわけじゃないのよ?結婚とか急に言われても困るだろうからって、ま…………か……………って言われたの」
急に声が小さくなる桜子。訊き返す茉莉花。
「なんて?」
「だからね、えと……まずは……か………ようって言われたの」
「聞こえない。なんて?」
「えとね、まずは交…から始めようって…」
イラつく茉莉花。
「何から始めるって?」
「交…際…から…」
「交…際?」
「うん…」
茉莉花は目を見開き、思わず語気が強くなった。
「交際って言った!?」
「はい……てへへ」
「あんのナンパ野郎…。で?桜子は何て答えたの」
「あの、えと…その……うんって…」
「う、うん?」
「うん」
「交際から始めようって言われて、うんて答えたの?」
「…うん」
「ぬぁ~っ。つきあってんじゃない。もうすでにつきあってんじゃない。連絡とったりお茶したりする程度の関係みたいなこと言ってたけど、結局そういう仲なんじゃない」
「やだなぁ、茉莉花ちゃん。いたって健全な交際よ」
「何が健全よ。相手は壁ドンするようなナンパ野郎なのよ。こ~んなトロけた顔するよーなムスメは、ちょっとムードを作られただけですぐに唇を奪われるわよ」
スマホ画面を再び見せる茉莉花。隠そうとする桜子。
「や~ん、やめてぇ~」
伸ばしてくる桜子の手をパシパシと弾きながら、茉莉花はさらに追及する。
「んで?わたしたちの目を盗んでデートして、どんな話をしてんの。まさか仕事の話はしてないわよね」
雅が横から口を出す。
「仕事の話はしてないって言ってたじゃない。それにプライベートな話を訊くのは趣味が悪いわ」
下卑た笑顔を雅に向けて茉莉花は言った。
「ウソおっしゃい。雅だって興味津々なクセに。ニヤケそうなのをこらえてるの、バレバレよ」
雅の顔が少しゆるむ。
「やめてよ。興味があっても聞こうとは思わないって言ってるの」
「興味あるんじゃない」
「そりゃね。この手の子は無垢な顔して意外と緩いから、ナンパ男に弄ばれて乱れていくさまには興味津々よ」
ショックを受ける桜子。
「ひどい、雅ちゃん」
苦笑いする茉莉花。
「たしかに、この三人の中で意外と一番に男性経験しそうよね」
「えっ」
雅が驚いた顔で茉莉花を見た。茉莉花は眉間にシワを寄せた。
「なに」
「いや、茉莉花はすでに男性経験があると思い込んでたから」
「なに言ってんの?中等部んときから一緒に住んでるんだから、そんなこと無いのはわかんでしょ?」
「あたしと出会う前に既に経験してるのかと」
「はぁ?何を根拠に言ってんの?」
「なんとなく?根拠は無いけど、なんて言うか……茉莉花とマンチカンには肉体関係の匂いがするわ」
「なっ!バカ言わないで!!なんでマンチカンなんかと!」
「じゃあ訊くけど、茉莉花とマンチカンってどういう関係なの?」
「だから前にも言ったじゃない。ただの近所の面白お兄さんだって」
「それってウソよね。茉莉花の実家とマンチカンの所のお寺、ぜんぜん近所じゃないじゃない」
「なんで実家を知ってんの?」
「だって最初にマンチカンに連れられて茉莉花のご両親に挨拶に行ったもん」
「ちっ。マンチカンのヤツ…」
「いやいや、お世話になるんだから当たり前でしょ?」
「雅のあれこれを手配したのはわたしよ」
「それは感謝してるけど、社会的にも法的にも保護者がわりをしてくれてるのは茉莉花のご両親よ。挨拶しないなんてあり得ないわよ」
そこで桜子が大きな声をあげた。
「えっ!!わたし挨拶してない!!」
茉莉花が苦笑いする。
「いいわよ、別に」
「だって、だって、あり得ないんでしょ?」
雅が「信じられない」といった顔でわざとらしく桜子を見ている。それに気づいて慌てる桜子。
「ねえ、茉莉花ちゃ~ん。わたしも挨拶に行きた~い」
茉莉花は面倒くさそうに答える。
「だからいいって、別に」
「よくないよぉ。お願~い。茉莉花ちゃ~ん」
絡みついてくる桜子を押し返す茉莉花。
「わぁーかった。わかったから。連れて行くわよ、そのうち」
「ホント?」
「ホントよ。だからこの話は終わりね。それより桜子のデートの話よ。どんな会話を…」
茉莉花の話を雅が止めた。
「いやまだ聞いてないから。茉莉花とマンチカンの関係」
眉間にシワを寄せる茉莉花。
「今日の雅、しつこいなぁ。話したくないからごまかしてんの、理解してよ。わたしも大輝くんのこと、訊かないでしょ?」
「大輝くんはただの友達だから訊かれたところでなんだけど、だったら桜子にも訊くのやめてあげてよ」
「うっ。……いや、わたしは桜子が心配だから訊いてるんであって…」
「なに子離れ出来ない親みたいなこと言ってるのよ」
「だって、だって、この子ってばめっちゃチョロそうなんだもん」
「上級生に桜子がチョロいって言われて怒ってたくせに」
「わたしが言うのはいいの」
「茉莉花は独占欲が強いもんね」
「そうよ。桜子と雅はわたしのものよ」
「…………」
少しの沈黙のあと、雅は真っ直ぐに茉莉花を見て微笑んだ。
「あたしの事は煮ても焼いても好きなようにしていいし、あなたのためなら何でもしてあげる。でも桜子は普通の子よ。束縛が過ぎると離れていっちゃうわよ」
眉をハの字にする茉莉花。明らかに動揺している。
「ごめん、雅。別に雅にもそこまでの事は求めてないから」
「…………」
見つめ合う茉莉花と雅の会話が止まる。その沈黙に耐えられなくて、桜子が恐る恐る言った。
「ねぇ、どうしたのぉ?なんか怖いよ、二人とも。ケンカしないでぇ。結城くんの事ならいくらでもお話するからぁ」
雅がいつものように笑った。
「ケンカしてるわけじゃないのよ。あたしは茉莉花に人から敬遠されるような事をしてほしくないだけ」
「敬遠したりしないよ、茉莉花ちゃんのこと」
「桜子だけに限った事じゃないのよ。自分が周りから敬遠されるような言動をする事に全く躊躇しないんだから、茉莉花は」
「でも茉莉花ちゃんて、学校で人気でしょ?」
「憧れの的ではあるみたいだけど、その割には誰も寄ってこないと思わない?」
「言われてみれば」
「そりゃ話しかければおしとやかを気取ってるし、笑顔も声も優しそうなんだけど物言いが上からだし、いっけんステレオタイプなお嬢さまなんだけど、そんなんで取り巻きとか出来ちゃうのはマンガの中だけ。普通は話しかけたくないもん。傷つくのイヤだから」
「茉莉花ちゃん、悪い子じゃないのに…」
「知ってるわよ。だから憂えてるのよ」
困り顔の茉莉花。
「もうやめて。わかったから…」
雅が茉莉花を見てため息をついた。
「わかったとか言ってるけど、どうせ変わらないのよね」
「変われないの。性格だもん」
「価値観の間違いでしょ?」
「どうせわたしは世間ずれしたお嬢さまよ」
「そこじゃないのよねぇ」
二人の会話の応酬を不穏な空気に感じてしまった桜子は、慌てて割って入った。
「それより、わたしのデートの話だったよね。えーとね。このあいだ喫茶店でね、周りからわたしたち、どう見えるのかなって訊いたのね。そしたら結城くん、なんて答えたと思う?」
ぬるい目で桜子を見る茉莉花。
「そりゃ、恋人でしょ?」
照れる桜子。
「いやいや、そこまでは言ってないよ。彼氏と彼女だって」
「同じじゃない」
「でね、そう見られてる事を恥ずかしがってたら結城くん、なんて言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
「変なヤツだなって。で、そのあと続けてなんて言ったと思う?」
「わかんないわよ。めんどくさいな」
「そういうところも可愛いくて好きだって。んふっ」
茉莉花は雅に向かって片眉を上げた。
「これって話したがってたんじゃない」
苦笑いする雅。
「なんか、庇ったのは余計なお世話だったみたいね」
桜子は嬉々として続ける。
「あとね。結城くん、前世のお話もしてくれるのよ。あのね。実は結城くんって…」
手を振りながら止める茉莉花。
「あーもーいーいー。急激に聞く気が失せたから」
桜子は少しだけ寂しげな表情になった。
「そうなの?話すよ、もっと。茉莉花ちゃんに心配かけたくないし」
「いや大丈夫そうなのは今わかったから」
「ホントに?」
「おままごとが昼ドラには発展しないだろうから心配しないよ」
「……?」
「仕事の話だけはしないようにね」
「うんっ。まかせて!」
自信満々の桜子を見て、茉莉花は余計に不安を感じた。
次回「その8 幽霊のお見合い」は9/13(金)に投稿する予定です。




