その6 濃縮100%作戦
サンドリヨンに着くと、店にはディナーを食べに来たお客さんが数組いて楢崎夫妻は忙しそうに働いていた。奥さんが三人に気づくいて声をかけてきた。
「いらっしゃい。部屋へ案内するわ」
茉莉花は小声で言った。
「忙しいなら、わたしたちの事はあとでもいいですよ」
「大丈夫、大丈夫。もっと混む日もあるのよ」
「そうですか?それなら…」
茉莉花たちは空いている中で一番いい部屋に案内された。荷物を置いてレストランに戻ると奥さんは言った。
「空いてるとこに座って」
茉莉花が雅と桜子を見てうなずき、空いている席に座った。
奥さんが水を持ってきた。
「メニューは任せてもらっていい?スペシャルディナーを用意してるから」
茉莉花は笑顔で頷く。
「はい、ありがとうございます」
「嫌いなモノとかアレルギーは、何かある?」
「無いです」
桜子が慌てて手を上げた。
「あ…わたし、ウニとセロリと酢豚のパイナップルが苦手です!」
雅が驚いて桜子を見た。
「えっ、そうなの?早く言っといてよ」
「雅ちゃんの料理にまだウニとかセロリ出てないから…」
「知らなきゃ今後出すかもしれないじゃない」
「出されたら出されたで頑張って食べるから大丈夫よ。アレルギーじゃないもん」
「我慢して食べてもらうのなんてイヤよ」
「そうなの?」
奥さんが笑う。
「フフッ、気持ちわかるわ。どうせなら美味しく食べてほしいもの。今日のスペシャルディナーにはウニとかセロリは入ってないから安心してね」
「すみません」
桜子は頭を下げた。
奥さんが去ったあと、桜子は茉莉花に訊いた。
「マンチカンは帰しちゃってよかったの?」
茉莉花は苦笑いした。
「だってアイツも泊まるとか、絶対にイヤじゃない?せっかく女子だけで修学旅行気分を味わいたいのに」
「食事だけでも食べさせてあげればよかったんじゃない?マンチカン、ぶつぶつ文句を言ってたよ」
「言いたいだけよ。だってそもそもアイツ、今夜はお寺の用事があるからすぐ帰らなきゃって言ってたもん」
「えー?そうなの?」
「そうよ。それなのに、なんか文句を言わなきゃ気が済まない病気なのよ」
「確かにそんな感じはするけど」
食事が一通り終わり、最後のデザートが運ばれてきた。並べながら奥さんは言った。
「お風呂は用意してあるから、あとで入ってね。女湯って書いてある方。置いてあるタオルも使ってね。わたしたち夫婦は明日の仕込みがあるから遅い時間に入るし、今日は男湯の方に入るから気兼ねなくどうぞ」
「ありがとうございます」
「もともとペンションだからね。温泉とかじゃないけど、三人で入ってもけっこう広いから足を伸ばせるわよ」
桜子が両手を上げる。
「わーい」
そこで雅が遠慮がちに奥さんに訊いてみた。
「仕込みって、タンシチューですか?」
「うん。タンシチューも仕込むわよ」
「あの……見学だけでもさせてもらえませんか?」
「いいと思うけど……主人に訊いてみないと…」
「ああ、もちろん…もちろん訊いてください。片付けも手伝いますので」
その後、旦那さんからの許可が出て、おまけにレシピまで教えてくれるという。奥さんが言うには「女子高生が来てくれて張り切っちゃってる」らしい。
食事のあと、まだ閉店までには少し時間があったが仕込みを始めると言うので雅は厨房に招かれた。
「先にお風呂に入っちゃって」
という雅の言葉に、茉莉花と桜子はパタパタと風呂へ向かった。
風呂から出た茉莉花と桜子はカウガールと巫女の服装に着替えた。
厨房から戻ってきた雅は「こんどタンシチュー作るから楽しみにしててね」とだけ言って、入れ違いに風呂へ向かった。雅が出てくるまでは、ポルターガイストが起きたという箇所を茉莉花と桜子で下調べしておく事になった。
勝手に開くドア。足音が聞こえてくる階段。勝手に電気が点く廊下。ゆっくり本がせり出してきて落ちる本棚。勝手に水の出る洗面台。細かい事を言い出したらキリの無さそうな複数の箇所を一つ一つ奥さんに案内してもらう。
茉莉花は言った。
「何も起きないね。どこも残り香は強く感じるんだけどね。あと気づいてる?この音」
茉莉花は顔の横で人差し指を上に立てた。桜子は聞き耳を立てる。
どこかからパキッパキッと枝を折るような音が聞こえてくる。気づいてはいたが、遠いところ、例えば建物の外から聞こえていると思っていたので桜子は気にしていなかった。けれども耳をすまして聞いてみると、わりとすぐそばで、何なら今いる部屋の中で鳴っている気がする。
茉莉花が奥さんに訊いた。
「典型的なラップ音だと思いますけど、聞いたことは?」
奥さんが静かに頷く。
「うん。よく聞こえてる」
「たぶん近くにいて、こっちの様子をうかがってるんだと思います」
「怖い…」
「ですよね」
「やっぱり前の住人?」
「まだわかりません」
「事故物件なんてやめておけばよかった」
「ダイジョブですよ。そのためにわたしたちが来たんですから」
しばらくして雅が合流した。雅は何も言わなくても既にメイド服を着ていた。
茉莉花は言った。
「じゃあ始めようか」
茉莉花がつけたミッション名は「濃縮100%作戦」である。
濃縮100%作戦は基本的には市立西南中学校でおこなった「追い込み漁作戦」と同じだ。違うのは、各部屋に漂っている霊気をまずは茉莉花が霊波で室外へ追い出してから、再び戻らない様に雅が結界を張っていくところである。それを繰り返して一つの部屋へ追い込めば、霊気も充分に濃縮されてさすがに霊本体も姿を現すだろうというイメージだけの思いつき作戦だった。
はたしてその思いつきは正しかった。霊気が一つの部屋に集まってから茉莉花が霊波の圧力をじっくり当て続けると、霊はじわじわと姿を現し始めた。
それを見て桜子が雅に小声で言った。
「濃縮してから炙り出すって、なんかお塩を作ってるみたいね」
「ぷっ、本人に聞こえるわよ」
雅は小さく吹き出した。
霊の姿が充分にハッキリしたところで、茉莉花は桜子に合図を送った。
桜子は霊に近づくと言った。
「こんばんは」
声をかけられた事に霊は驚き、自分の姿を確認してから桜子に言った。
『なんてことするんだ。僕は塩じゃないんだぞ』
「聞こえてた?ごめんなさい」
『んで、なに?ほっといてほしいんだけど』
「あなた、宇須井耕平さんですよね?」
『なんで知ってるんだよ』
「だって、この建物の持ち主でしょ?」
『持ち主は親父だよ。僕は住んでただけ。もっとも、今の持ち主はそこにいるご夫婦だけどな』
宇須井は仕込みを終えて覗きにきた楢崎夫妻を指さした。楢崎夫妻は純粋に霊の姿に怯えていた。
『ほらみろ。僕を見て怖がってるじゃないか。だからなるべく存在感を消してたのに』
「あの…じゃあ、ご自身が亡くなってるって事は…?」
『もちろん知ってるよ。階段から落ちた瞬間に、あ…死んだって確信したもん』
「…てことは、どんな未練があって残ってしまったのかもわかってるんですか?」
『たぶんね』
「たぶん?」
桜子は少し迷ってから、覚悟を決めて訊いてみた。
「紫織ちゃんのこと?」
宇須井は少し悲しい顔をしてから少し笑って訊き返した。
『明乃さんたちにでも聞いたの?』
明乃さんたちとは、あのおばさまたちの事だろう。
「はい」
『きっかけはそうだけど、彼女が未練そのものかっていうと少し違うかな』
「どういう事です?」
『聞いてどうするんだよ』
「…………」
桜子は次の言葉に迷った。存在感は薄いのに、ここまで冷静に理路整然と話す霊は多くない。大抵の霊は強い想いに囚われて、それ以外の事は頭に無いのだ。教えてと頼んだらあっさり答えてくれる事さえある。けれども宇須井はそれほど単純な霊とは思えない。
桜子が黙っていると、宇須井は言った。
『まあ、教えてもいいけど』
「ホントに?」
『要は、自分も主役になりたかったって事なんだろうね』
「主役?」
『僕を見てどう思う?』
「どう…とは?」
『イケメンではない。背も低い。影が薄い。気が弱い…』
「気が弱いようには見えませんが」
『そりゃ、今は子供相手だからな。逆に言えば子供相手でなけりゃ強気にもなれないってことだよ。そんなヤツ、どう見ても脇役じゃん』
「でも、人間の価値はそれだけでは…」
『ああ、そういうのいいから。だって周りからは実際にそういう扱いされてたもん。親からでさえそういう扱い受けてたし。優秀な兄貴たちと比べて僕の成績は平凡だったからね』
成績は平凡と言っているが、宇須井はきっと頭がいいに違いないと桜子は感じた。理詰めでこられると敵う気がしない。
『まあ、そういう扱いで育ってくれば、そりゃ自分が主役になるなんて想像も出来なくなるよ。でも、欲が出た』
「欲…ですか?」
『彼女に出逢って自分も主役になれるかもって本気で思ったんだ』
「なら、今からでも紫織ちゃんに想いを伝えてみたら?」
宇須井は吹き出した。
『あっはっは。キミ面白いね。もう死んでる人間が想いを伝えてどうするの?』
「だって…」
『きっと、もう彼女は結婚してるよ。それで彼女が幸せなら僕はいい』
「そんな…。彼女だけ幸せになるなんてズルい」
目に涙をためて訴える桜子に、宇須井は優しい眼差しを向けた。
『ありがとう。でも彼女を悪く言わないで。僕が好きになった人なんだ』
桜子はハッとした。
「ごめんなさいっ」
『振り返ってみると、ぜんぶ僕が悪いんだよ。告白のタイミングだっていっぱいあったし、彼女が雰囲気を作ってくれた事も一度や二度じゃない。それなのに僕は話をはぐらかしてキスさえ出来なかった』
「気軽にキスできちゃうような人よりいいじゃないですか」
『それは、ははっ……君たちぐらいの年齢ならね。彼女の立場になってごらん。自分のことを好きかどうかわからない男なんて不安でしかないよ。適齢期の女性が自分の人生をそんなヤツに懸けたり出来ないでしょ?』
「……」
『つくづく思ったよ。周りの扱いのせいなんかじゃない。こんな僕だから脇役なんだって』
「そんな…」
『ああ、大丈夫。暗い話じゃないよ。彼女のお陰でそれに気づけたって話だから。彼女には本当に感謝してるんだ』
「……」
『正直に言うと最初はベッコベコにヘコんだけどね。でも仕方ないって諦めた。脇役根性が二十数年分も染みついてるからな。人間、そんなにすぐには変われないよ』
「……」
『そんな矢先だったんだよね、階段落ち。だから彼女の事を未練に思ってるはずがない』
「そうでしょうか?」
『そうなの。だって思い出しちゃったんだよ。死ぬ間際に。まだ保育園児だった頃のこと』
「走馬灯…?」
『…かな?あの頃までは僕、凄く主役になりたかったんだよね。テレビのヒーローに憧れるような普通の男の子だったからね。その気持ちをずっと押し殺して脇役を演じてきたけど、ここで人生が終わるならなぜ自分に正直にならなかったんだろうって思っちゃったんだ。たぶんそれが未練の正体』
「じゃあ、主役になれれば未練が消えるんですね」
『理屈ではね。でもどうやって主役になる?もう死んでるのに』
「それは……」
そこで茉莉花が面白がって茶々を入れた。
「幽霊が主役ならホラーがいいんじゃない?」
間髪を容れず宇須井が答えた。
『イヤだよ。そもそもホラーの主役なんて大抵は怖がる方じゃん』
そんな横道の話に桜子は真面目に相づちを打つ。
「なるほど。ホラー以外で考えないとね」
宇須井は小さく笑う。
『いいよ、別に。主役はどう考えても無理そうだもん。今はただ、ここの夫婦を眺めてるだけで満足だから、ほっといて』
「眺めてどうするんです?」
『別にどうもしないよ。最初は興味本位で見てたんだけど、この夫婦は仲がいいし、やり取りが可愛いしでずっと見てられるんだよね。何て言うか理想の夫婦って感じ?レストランの仕事もお互いに助け合って一生懸命。つい応援したくなっちゃう』
桜子は恐る恐る言った。
「あのー、そのせいでご夫婦が怖がってるみたいなんですけど」
『おかしいなぁ。なるべく静かに動いてたつもりだったんだけどな。影が薄いから大丈夫かと』
「でも、気づかれなかったとしても、それって覗きなのでは?」
宇須井は慌てて楢崎夫妻に弁解した。
『ああ、夜の営みとか奥さんの着替えとかは全く見てないから安心して!そこは凄く気をつけてるから』
楢崎夫妻は苦笑いした。もう怖がってはいない。
宇須井は桜子たちにも言った。
『君たちの入浴も覗いてないからね!』
桜子はホッとし、茉莉花は眉間にシワを寄せた。
意外と紳士的な宇須井に、桜子は率直に言った。
「でも、ご夫婦のプライベートを覗き見るのはいただけません。やめてもらえませんか?」
『ここを出ていけってこと?』
「浄土へ逝きませんか?お手伝いしますから」
『いや、ごめん。無理』
「どうして?」
『そりゃ、未練が消えてくれないからだよ』
「ですから、その未練を断ち切りましょ?」
『どうやって?』
「わたし思うんですけど、あなたはホラーよりもラブストーリー好きじゃないかと思うんです。気分だけでも味わってみませんか?」
『いや、まあ言ってることはわかるけど、ラブストーリーならヒロインが必要だよな』
「お芝居だけなら、わたしがヒロインに…」
宇須井は高らかに笑った。
『いやいやいや。子供相手じゃ興ざめもいいところだよ』
少なからずショックを受けつつ、桜子はどんよりと言った。
「じゃあ茉莉花ちゃん、お願い」
茉莉花はあからさまに嫌な顔をした。
「えー。なんで、わたし?」
「だって大人っぽいし、綺麗だもん」
「その人、わたしの趣味じゃないんだよなー」
「ただのお芝居だから…」
そこで宇須井が笑いながら言う。
『いいって、もう。その子、確かに美人だし大人っぽいけど、まだ十代でしょ?学生さんと恋愛ごっこをしたいわけじゃないんだよ。ホントは結婚まで視野に入れた大人の恋愛がしたかったんだ』
「……」
桜子は黙ってしまった。
ところが茉莉花は自信満々に言った。
「わかった。明日は大人の女を連れてくる。そんで文句は無いでしょ?」
桜子が慌てた。
「まさか、奈々子先生?!」
「ちゃうちゃう。神田だよ。長く居座られんのもナンだし、役にたってもらってとっとと逝ってもらおうよ」
「なるほど…」
「…ということで、いいわね」
茉莉花に言われて宇須井は鼻で笑った。
『まあ、期待せずに待ってるよ』
茉莉花は不敵に笑い、楢崎夫妻に言った。
「…ということで、今日の浄霊はここまでです。とりあえずこの人は無視しといてください。明日は一旦帰ってからまた来ます」
楢崎夫妻は二人同時にそっと頷いた。
次回「その7 恋ばなバナナ」は9/10(火)に投稿する予定です。




