その5 異世界のツンデレ姫はホントは勇者と話したい
サンドリヨンへ行った次の日から高校は4日間の期末テスト期間に突入した。その最終日の放課後、茉莉花たちは心霊研究会の部室に来ていた。
「テスト、どうだった?」
弱々しく訊く桜子。それに茉莉花があっさり答える。
「出来たわよ。結構」
「うそ。いつ勉強したの?」
「いつって、いつもよ」
「いつもって、いつ?」
茉莉花は苦笑いした。
「いつもはいつもよ」
「だって、いつもは一緒にいるじゃない。夜だってテレビ見たりしてるし」
「いや、合間とか寝る前とかに少しずつやってるわよ」
「ずるい。だまされた」
「別に騙してないけど……さては桜子、全然できなかったのね」
「だって、月曜日はサンドリヨンに行ってたし…」
「なんで試験前日だけで全て決まんのよ。毎日少しずつやればギリギリに慌てることないでしょ?」
「茉莉花ちゃ~ん。耳が激痛ぅ」
桜子は救いの手を雅へ求めた。
「雅ちゃんは出来なかったでしょ?あんなにコスプレ衣装とか作ってるんだから」
雅は飲みかけたコーヒーの手を止めた。
「あたし?……あたしはたぶん全教科100点よ」
桜子はニヒヒと笑った。
「またあ。まだ答案も帰ってきてないのに、わかるわけないじゃない」
「わかるわよ。全解答に正解の確信があるもん。…あ、でも英語と世界史はもしかしたら一問ずつ間違えたかも」
「うそだあ!雅ちゃんが勉強してるのなんて見たことないもん!」
「部屋の中までは見てないでしょ?まあ、実際に部屋ではほとんど勉強してないけど」
「ほらあ。勉強してないじゃない」
「だって必要ないもん。その場で全て憶えるつもりで授業を受けてるから。不安なとこを試験前にチェックするだけ」
「なに?そのチート能力」
「別にチートでもないわよ。ゲームのモンスターとか車の名前とか好きなアーティストの曲の歌詞とかが憶えられる人なら出来るでしょ?きっと」
「だって、それは好きだから…」
「でも能力的には一緒でしょ?勉強も好きだと思い込めばいいのよ」
「それがチートだと思うんだけどな」
そこで茉莉花が話を止めた。
「桜子が追試になる話はもういいから」
トホホ顔の桜子。
「まだ、わかんないもん…」
「それよりサンドリヨンの話よ。マリアさんに訊いてみたのよ。したら、物が動いたりラップ音がすんのなら、建物の中を動き回ってる本体が必ずどっかにいるって。ただ、一つの建物の中で霊気を拡散させながら動き回ってるから本体の位置を特定しにくいんじゃないかって」
雅が小首を傾げた。
「なんだか不確定性原理みたいな話ね」
桜子が大首を傾げる。
「フカクセーゲンリ??」
茉莉花が笑う。
「要は見つけようとするまでは見つからないって感じ?シュレーディンガーの猫ね」
「しゅでーりんが??」
雅は人差し指を立てて左右に振った。
「シュレーディンガーの猫はその不思議さから不確定性原理を説明するおもしろ実験みたいに思ってる人が多いけど、ホントは量子力学的解釈の不完全性を証明しようとした思考実験なのよ」
苦笑いをする茉莉花。
「そこはどうでもいいのよ。サンドリヨンの建物が猫の入った箱っぽいなって思っただけだから」
「じゃあ、茉莉花はさながら霊の存在を確定させるシュレーディンガーね」
「そんな蓋を開けたら見っけ、みたいに簡単にはいかないでしょ?アイデアはあるけど」
桜子が心配そうな顔で訊いた。
「見つけられそう?」
茉莉花は自信満々に答えた。
「雅に手伝ってもらえば」
桜子と雅の頭の上にハテナマークが付いた。
試験翌日の土曜日、リビングに顔を出した桜子が雅を呼んだ。
「ね~え、雅ちゃ~ん。ちょっとお願~い」
また髪のセットの依頼である。
雅は立ち上がりつつ言った。
「そろそろ自分でも挑戦してみたら?」
「うん、そうする。でも今日はお願~い」
おめかしをした桜子は、髪を作ってもらうといそいそと出かけていった。
茉莉花の眉間にシワが寄った。
「…結城?」
戻ってきた雅がソファに腰をおろして答えた。
「でしょうね」
「ツケようか」
茉莉花なら本当にツケそうだと思い、神田は真顔で止めた。
「よしなさいよ」
茉莉花はふてくされた。
「だって、心配じゃない」
「興味本位なだけじゃないの?」
「ちっがぁうわよ!失礼ね」
雅が茉莉花をフォローする。
「まあ、相手があの結城だからね。心配なのはわからなくもない」
「でしょ?桜子、ちゃんと時間に帰ってくんのかしら」
「それは大丈夫だと思うよ。髪をやりながら念も押しといたし」
サンドリヨンで起きるポルターガイストは夜が多いという話なので、浄霊も夜おこなう事になった。
その件についてマンチカンを通して楢崎夫妻に伝えたところ、元ペンションなので空き部屋があるから泊まってはどうかというありがたい提案が返ってきた。どうせ泊まるのだからということで、夕食や朝食までご馳走してくれるという。
三人のテンションが上がったのは言うまでもない。
公園では子供がたくさん遊んでいた。それを見ながら桜子は結城に言った。
「ごめんね。せっかく試験が終わったのに長くいられなくて」
結城は桜子の顔を見つめて言った。
「バイトじゃしょうがないよ。こうして会えただけで嬉しいから大丈夫」
「うん。わたしも嬉しい」
桜子は目だけでチラリと結城の顔を見たが、目が合った瞬間に視線を子供たちの方へ戻した。
今日の結城は包帯も眼帯もしていなかった。服装こそ以前ショッピングモールで見たのと同じ全身黒だったが、そんなものは大目に見てもいいぐらい整った顔だ。
桜子は結城に横顔を見つめられて頬が熱い。その恥ずかしさに耐えられず、桜子は意図的に明るく訊いた。
「また前世のお話を聞きたいな。二人の出会いはどんなだったの?」
結城は思い出を辿るようにあさっての方向を見た。
「出会いかぁ。最初は最悪だったんだよね、お互い」
視線が自分から逸れた事にホッとしながら桜子は訊き返した。
「最悪って?どういうこと?」
「仲が悪かったんだよ。あとで誤解は解けるんだけど、それまでは口喧嘩ばっかり」
「へえ…。それで?それで?」
あとでラブラブになる二人が、出会った頃はケンカばかりというシチュエーションは少女漫画の王道である。桜子は目を輝かせて結城の話に聴き入った。
師匠に紹介されてサクラコは謙虚に挨拶をした。たとえお姫様であっても他はみな年上の先輩弟子ばかりである。修行をする以上は身分など関係ない。
師匠は言った。
「サクラコはいちばん後輩だ。皆、特別あつかいはしないでくれ。特にユウキ」
「は、はいっ」
ユウキは姿勢を正した。
師匠はサクラコの頭をポンポンと叩いた。
「お前はサクラコと同い年だからな。仲良くしてやってくれ」
ユウキは平静を装っていたが、本心ではドキドキしていた。同い年の女の子が初めてという事もあるが、サクラコが自分の琴線に触れる可愛さを持ち合わせていたからだ。
師匠の「仲良くしてやってくれ」の言葉で余計に意識してしまう。それを悟られないように澄まして、けれども無意識のうちに少し気取った顔になって答えた。
「はいっ」
その時はそれで終わった。
その後、サクラコは同室の女性の先輩に就いて修行していたので、ユウキが話しかける機会はほぼ無かった。本当は気になってチラチラと見ていたし、チャンスがあれば話したいと思っていたが、ユウキは切っ掛けを掴めないでいた。
ところがある日、二人一組での山中踏破訓練があり、ユウキはサクラコと組むことになった。
スタート地点でユウキは「いくぞ」とだけ言って歩き始めた。あとを追うサクラコ。二人は黙ったままだった。地図とコンパスを見ながらユウキはひたすら歩くだけ、サクラコはついていくだけ。
けれども、しばらく歩いたところでサクラコが初めて口を開いた。
「ねえ。地図を見せて」
ユウキは振り向いた。
「大丈夫だ。お前は黙ってついてくればいい」
「それだとわたし、訓練に参加する意味なくなっちゃう」
「だってお前、初めてだろ。ルートはボクが決めるから」
「だったら、どうルートを決めてるのかだけでも教えてよ」
「いいから、任せとけって」
「違うの。ルートの決め方を勉強したいって言ってるの」
ユウキは鼻で笑った。
「なに生意気なこと言ってるんだよ。箱入り娘はまず山歩きに慣れろって」
「山なんて歩いたことあるよ」
「お姫様のお上品なハイキングとは違うんだよ。とにかくボクについてきな」
「…………」
二人はその後、何も話すことなく歩き続けた。
だいぶ歩いたところでサクラコは訊いた。
「ねえ。ここってさっき通らなかった?」
ユウキは地図と周囲を見比べながら答えた。
「気のせいだよ。山の中なんてどこも似てるからな」
またしばらくしてからサクラコは訊いた。
「ねえ。なんで同じ所を行ったり来たりしてるの?」
「してないよ」
「してるじゃない」
「いま一番いいルートを探してるだけだよ」
「迷ったんでしょ」
「ま、迷ってないよ」
「地図を見せてよ」
「いいから任せとけよ」
「ねえ」
「いいから!」
「……」
しかし、明らかに道に迷っていた。程なくして二人は動けなくなった。
まだ明るくはあったが、夜は刻々と近づいている。ユウキは焦った。野営の技術は身についているし、充分な水や食料もある。そもそも訓練のために設定したルートなので危険な魔物も少ない。だが、今日中に戻れないのは大失態だった。
師匠の評価はもちろん下がるだろう。先輩たちに心配もかけるに違いない。でも、それよりも痛いのはサクラコに見限られる事だ。
本当はこの訓練で自分のカッコいい所を見せたかった。だから張り切っていた。それなのに、この体たらく。ユウキは打開策を探して地図を睨みつけた。
サクラコは横目で地図を盗み見ながら言った。
「こういう時は、まず現在地を特定しなきゃ」
ユウキは地図から目を離さずに答える。
「わかってるよ」
「二つ山が見えるじゃない。その山と地図の山の延長線を引いて…」
「わかってるってば」
「だって、地図の向きが合ってないじゃない」
「だから、まずは二つの山と地図の山を合わせるのが先だろ」
「違うよ。二つの山はわたしたちから同じ距離にあるわけじゃないから、見た目で合わせたら方角が狂っちゃう」
「だったらお前がやってみろよ」
ユウキは地図とコンパスをサクラコに押しつけた。
サクラコは地図の上にコンパスを乗せて地図の向きを決め、山と地図を見比べていたが、小声で言った。
「あれ?わたしたち今、池の上にいる」
ユウキは吹き出した。
「そんなわけないだろ。お前はここが池の上に見えるのかよ。バカだな」
「バカじゃないもん。ちょっと目測を誤っただけだもん」
「いいから返せ」
ユウキは地図を強引に奪い返し、片目をつぶって山を見ながら地図を回転させた。それを見てサクラコは地図に手を伸ばす。
「だから、それだといつまでも帰れないんだってば」
ユウキは伸ばされたサクラコの手を払いのけた。
「お前の方が間違ってるじゃないか。池の上って…」
さらに手を伸ばすサクラコ。
「もう一度やれば出来るもん」
手を払いのけるユウキ。
「チャンスがそんなに多くあると思うなよ」
「なんでよ。迷ったのだって、あなたのせいなのに…」
「ば……ボクのせいじゃないよ。お前がもたもたしてるから……」
「なに?わたしのせいだって言うの?」
「そ、そんなことは言ってないだろ」
「…………」
睨み合うユウキとサクラコ。まもなく、表情を全く変えないままのサクラコの目から涙が溢れだした。ユウキは慌てた。
「な、泣くなよ。ずるいぞ」
睨んだまま、サクラコは涙をぬぐった。
「ずるくないもん。わたしたち、帰れなくて死んじゃうかもしれないんだからぁ」
「死なないよ。ボクが絶対に連れて帰ってやるから」
必死に地図をくるくる回すユウキ。それを見て情けない顔になるサクラコ。
「絶対に帰れないじゃない」
その時、どこかから男性の声が響いた。
「は~い。タイムアーップ!」
ユウキとサクラコはビクリとしながら声の方を見た。木の陰から出てきたのはベテランの先輩だった。
「このままだと日が暮れちゃうから帰るぞ」
驚いた顔のままユウキは訊いた。
「もしかして、ずっとついてきてたんですか?」
「そうだよ」
「あの、あの、これにはわけが…」
先輩は手をヒラヒラさせた。
「あぁ、いい、いい。オレは時間になったら連れて帰ってこいって指示されてるだけだから。師匠は最初からこうなるって予想してたみたいだったぞ」
ユウキは悔しさと恥ずかしさで赤くなった。サクラコは相変わらず泣いていたが、安堵の表情を浮かべていた。
次の日、ユウキとサクラコは揃って師匠に呼ばれた。ユウキはビクビクしていたが、師匠は特に怒っている様子も無かった。
師匠は優しい声でサクラコに訊いた。
「実際の山と地図上の山を線で結んだら池の上だったんだって?」
サクラコは恥ずかしそうに頷く。
「はい…」
師匠は吹き出した。
「ぶははっ、それはさぞズブ濡れになったコトだろう」
ユウキもサクラコを鼻で笑ったが、次は自分の番だった。師匠はユウキに訊いた。
「地図をくるくる回してたんだって?」
ユウキは真顔に戻って背筋を伸ばした。
「はいっ!」
師匠は笑いだした。
「ふははっ、コマじゃないんだから。なんのためにコンパス持ってるんだよ」
「…………」
ユウキは下を向いた。
師匠は優しい声で続けた。
「サクラコ。お前はユウキがやっていたように山と地図をキチンと見比べていたら現在地を正確に割り出せていただろうな」
ユウキは「そらみろ」と言わんばかりの顔をサクラコに向けた。そこへ師匠はピシャリと言った。
「ユウキ。お前もだ」
ユウキは小さくなった。
「はい…」
「サクラコの言う事に耳を傾けてコンパスと地図を正しく使っていたら現在地を割り出せていたかもしれない」
「はい…」
「何が言いたいかわかるか?」
「コンパスと地図を正しく使えと…」
「違う。お前たち二人が座学に集中できていないのはわかっていたが、大切なのはそこじゃない。訓練中に二人で話し合っていたら、正確な現在地を割り出せていたって事だ。そもそも迷わなかったかもしれない」
ユウキとサクラコはチラリとお互いを見た。目が合って、すぐに視線を逸らした。
師匠は続けた。
「同じ年頃の男の子と女の子だ。お互いに異性として意識してしまってコミュニケーションが取りにくそうなのは見てればわかる」
「ちがっ…」
ユウキとサクラコの声が揃った。二人とも驚いて振り向き、目が合って赤くなり、慌てて視線を逸らす。
師匠が微笑む。
「お前たちにはちゃんとコミュニケーションが取れるようになってもらわないと困る。何しろユウキのバディにするつもりでサクラコを連れてきたんだから」
「えっ!?」
「だって、上は少し年齢が離れてるだろ?修行が終われば先に旅立ってしまう。そうしたら残るのはお前たち二人だけだ」
ユウキは焦った。
「そうかもしれませんけど……」
笑う師匠。
「なんだ?恥ずかしいのか?」
平静を保とうとするも、動揺が隠しきれないユウキ。
「べつに、ぜんぜん……ぜんぜん恥ずかしくなんかありませんっ」
「だったらコミュニケーションが普通に取れるよう慣れてもらわないとな」
「ぜんぜん大丈夫です」
「なら、今夜から二人は同じ部屋な」
「………………………………」
ユウキとサクラコはゆっくりと顔を見合わせた。
「えーーーーっ!!」
またユウキとサクラコの声が揃った。
桜子は赤い顔でぼーっとしていた。結城の話を元に、またしても妄想に浸ってしまったからだ。
そのとき、突然スマホに着信があった。雅からである。桜子が慌てて出ると、雅の声が冷たく響いた。
「ねえ、まだなの?マンチカン、もう迎えに来てるんだけど…」
「あ、ごめん。すぐ下りる」
桜子は自分の部屋でカバンに着替えを詰めていたが、妄想のせいでその手がおろそかになっていた。
今日はこれからサンドリヨンでお泊まりである。桜子は支度を急いだ。
次回「その6 濃縮100%作戦」は9/6(金)に投稿する予定です。




