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霊能力美少女の家 ―逝かせてあげる♡―  作者: 如月るん
第四話 幽霊の住む家
28/96

その4 耕平くんの農村物語

 マンチカンの車の中で茉莉花は報告した。


「あの建物の中に何かがいんのは確かだけど、なんか薄くてよくわかんなかった」


 桜子が訊き返す。


「霊が弱いってこと?」


「弱いと言うより固まってないって感じ?残留思念が建物全体に広がっちゃってるって言うか、神田みたいにギュッと固まってて実体化しちゃってるのとは真逆な存在ね」


「うわっ。それだとコミュニケーションが取りにくいかも」


「そうね。方法をちょっと考えた方がいいと思う」



 マンチカンの車はレストランからそう遠くないその地域の公民館に着いた。宇須井耕平の身の回りの世話をしていたという農家のおばちゃん三人と、ここで待ち合わせをしている。

 到着すると、おばちゃんたちは野沢菜漬けをお茶うけにお茶を飲んで待っていてくれた。三人とも三十代前半ぐらいで、丁寧にメイクをして髪型も綺麗に整えられ、おしゃれな農業服を着こなしていて、マンチカンが言うような「農家のおばちゃん」といったイメージからは程遠かった。強いて言うなら「おばさま」だろうかと、桜子は思った。

 おばさまの一人が手際よくマンチカンたちにもお茶を出し、爪楊枝の刺さった野沢菜をわりと強引にすすめる。しかも、なぜか野沢菜の入ったタッパーが三つ置いてある。


「ウチで漬けたんだよ。そこらのスーパーで売ってるのなんかよりずっと美味しいから」


 マンチカンはおばさまパワーに押されて野沢菜を口に入れると、大げさに「美味しいですね」とお世辞を言ってから、宇須井の人物像やエピソードなどを訊ねた。おばさまたちはこちらからいちいち質問するまでもなく、ペラペラと喋ってくれた。

 おばさまたちは口々に言った。


「耕平くん、いい子だったよね」


「うん、いい子だった」


「それなのに、あんな事になるなんてねぇ」


「耕平くん、かわいそうに…」


 聞くと、宇須井は階段から落ちて死んでいたのだという。もちろん発見したのはこのおばさまの一人である。


 おばさまたちは振り返る。


「耕平くん、あの日は春日かすがさんトコの雪かきを手伝ってくれたんだよね。ほら、春日さんトコの真知子まちこさん、七十近いのに一人じゃない?」


 当たり前のように「ほら」と言われても茉莉花たちは全く知らない。

 おばさまたちは当然のように続ける。


「夜から雪がまた降るって予報だったから気になって来てくれたのよね。ウチの旦那の弟も手伝いに行ったけど、耕平くん来てくれて助かったって言ってた」


「優しいのよね」


「うん」


「それで、その日の夜だもん」


「入り口にスノボウエアが脱ぎ捨てられてて、インナーのまま亡くなってたから、帰ってきてすぐだったみたい」


「わたしがテーブルの上に作って置いておいた夕食も手つかずだったしね」


 マンチカンが訊ねた。


「落ちるような危険な階段なんですか?」


 おばさまたちは首を傾げる。


「べつに…」


「のぼりやすい安全な階段よね」


「警察も首を傾げてたもんね」


「背中からダイブするみたいに落ちてたから、誰かに突き落とされた可能性もあるとか言ってた」


「誰に?」


「って思ったわよ、わたしも」


「自殺も疑ってたよね」


「あんな自殺、ある?」


「どうなんだろうね」


「結局あれ、警察で何て判断されたんだっけ?」


「知らない」


「事故じゃない?現実的に」


「でも、あんな階段で事故なんて起きる?ってのも思うのよね」


「ただあの子、ぼーっとしてると出口と間違えて壁にぶつかるみたいなところあったじゃない?」


「ああ、そうね」


「あんな事があったあとだし、ぼーっとするかもね」


 マンチカンが再び訊ねた。


「あんな事とは?ぼーっとするような悩み事でもあったんですか?」


 おばさまたちは顔を見合わせてから言った。


「悩み事って言うか、落ち込んでたって言うか…」


 おばさまたちは耕平くんが引っ越してきてからの話をしてくれた。





 最初の頃こそ人見知りだった耕平くんだが、話しかけると照れたように答えてはくれていた。そのうち慣れてくると普通に世間話などが出来るようになった。人見知りだけど人嫌いではないといったかんじだ。

 そんなある日、耕平くんがパソコンを見て笑っているので気になって訊いてみた。すると、一般人の恋人同士が日常や恋人ならではの企画を動画にして配信するカップル系動画なるものをどうやら見ていたようだ。こういう仲良くほのぼのするカップルに憧れるのだと言う。

 そこで質問してみた。


「彼女、作らないの?」


 耕平くんは自嘲的に答えた。


「そりゃ欲しいけど、無理でしょ。こんな引きこもりニート」


「でも、データ入力のリモートバイトしてるって言ってなかった?」


「あんなの気休めだよ。社会から取り残されてる感をごまかすための。たいした金額にだってならないし」


「金額は関係ないわよ。手がかりを探してるんでしょ?新しいネットのお仕事の」


「うん、まあそうだけど、だったら余計に彼女は無理じゃん。出会いがないもん」


「ネットにだって出会いはあるんじゃないの?」


「そりゃあるけど『ただしイケメンに限る』って条件付きね。リアルで会うとかボクにはハードル高いもん」


「なんで?」


「あはは、わかるでしょ?ボクなんか相手をがっかりさせて終わりだよ」


「そんなこと無いと思うよ。気に入ってくれる相手もきっといるよ」


「イケメンの旦那がいる人に言われても信憑性ないんだけど…」


 そこで別の日に農業ボランティアに誘ってみた。参加者が多ければ出会いもある。

 農業ボランティアは、高齢化や担い手が無く人手不足になった農家を支援するために行われているものだ。この地域では、若い就農者を増やすべく女性部を中心におしゃれな農村を目指した農業女子プロジェクトが推進されており、やって来る農業ボランティアの希望者も圧倒的に女性が多い。


「たまには外へ出て動くだけでも気持ちいいわよ。美味しいランチも食べられるし」


 あまり乗り気とは言えなかったが、それでも耕平くんは一度だけ参加してみる事にした。


 その時のボランティアは耕平くん以外は本当に女性しかいなかった。作業に慣れるまでの最初のうちはみんな一緒に教わりながらやるのだが、耕平くんは案の定、他のボランティアとは一言も喋ることが出来なかった。

 ただ、慣れてきたらペアで作業する事になる。耕平くんは会社の長期休暇を利用して参加している紫織しおりちゃんという女の子とペアで作業することになった。

 紫織ちゃんは物おじしない性格で、耕平くんに積極的に話しかけた。そのせいもあって二人は急速に仲良くなり、一緒に食事へも行ったりするようになった。

 ボランティアの期間が終了し、その時はそれで終わった。楽しかったと紫織ちゃんは帰っていき、性格的に耕平くんから連絡先の交換を言い出すことは出来なかった。


 ただ、耕平くんは地域の人たちとは顔見知りになり、それからもボランティア受け入れ期間に関係なく人手が必要な時にはたまに農作業を手伝うようになった。特にボランティアの宿泊場所の一ヶ所として家を提供していた一人暮らしの春日真知子さんの事は気にかけていて、真知子さんも耕平くんを孫のように可愛がっていた。


 その後、紫織ちゃんも有給と祝日などを上手く使っては何回かボランティアに来ていた。その度に耕平くんがペアになり、作業の無い日には二人で近場の観光地などへ車で出かけたりしていた。

 秋の収穫時期にも紫織ちゃんはやってきて、喜んだ耕平くんはもちろんボランティアに参加した。二人は何も言わなくても当然のようにペアで作業をしていた。息も合っていて、さながら若い夫婦のようだった。

 そんなある日、農作業の休憩時間にふと思いついて耕平くんに提案してみた。ボランティアではなく、インターンシップへ移行してみないかと。

 インターンシップは将来的に農業に従事する事を前提に就業体験する制度である。


「やっぱり自分には向いてないと思ったら無理に就農することもないし、またボランティアに戻ってもいいんだから」


 すると、それを聞いていた真知子さんが驚くことを言い出した。もし耕平くんが就農をするのなら、自分の持っている農地を全て譲ると。

 農業が面白くなってきていた耕平くんは、乗り気な態度を見せた。すると紫織ちゃんがこんなことを言った。


「いいなあ。なんか楽しそう。わたしも会社を辞めて、ここへ越して来ようかな」


 それを聞いて耕平くんのテンションが上がったのは言うまでもない。しきりに「そうしなよ」とか「引っ越しは手伝ってあげるから心配ないよ」などと言っていた。


 ところがボランティアが終わって紫織ちゃんが帰ったあと、連絡は全く途絶えてしまった。

 元々、紫織ちゃんはスマホを持っていなかった。今の時代に嘘じゃないのかとも思ったが、確かに紫織ちゃんがスマホをいじっているところを誰も見たことが無い。ボランティア期間中に困ることも特になかったようだ。

 それでも耕平くんは自分の番号やメールアドレスを伝える事だけは出来ていた。けれども紫織ちゃんから連絡が来ることは無かった。

 気にはなったが、ボランティア事務局に残っている個人情報は、紫織ちゃんに私用な連絡を取るという理由では教えてもらえない。紫織ちゃんたちにボランティアを紹介してくれたという医師ボランティアの南さんの連絡先も同様だった。


 冬になって農業ボランティアも無くなり、耕平くんはまた外へ出なくなった。いつものように身の回りの世話をしに行ったときは、話しかければ返事ぐらいはするのだが、どこか上の空で、口数も極端に少なくなった。紫織ちゃんの事で落ち込んでいるのは明らかだった。

 年を越しても紫織ちゃんから音沙汰は無く、耕平くんは暗いままだった。年末年始の行事やイベントにも誘ってはみたが参加しなかった。以前はよく見ていたカップル動画も全く見なくなった。


 事態が動いたのは一月の終わり頃だった。急に紫織ちゃんから耕平くんのスマホに電話があった。掃除をしていた目の前で掛かってきたので聞き耳を立てた。向こうの声はあまり聞こえなかったが、耕平くんの受け答えでなんとなく理解は出来た。


「久しぶりだね、紫織ちゃん。元気でいた?」


『…………』


「…泣いてるの?」


『…………』


「…ボクも声が聞けて嬉しいよ」


『…………』


「……うん、二月の連休?……来るの?!」


『…………』


「…スノボかぁ。スキーなら小学校のスキー教室でやったことあるけど…」


『…………』


「…じゃあチャレンジしてみようかな」


『…………』


「…え?この近くにもスキー場あるよ?」


『…………』


「…そっか。有名だからね」


『…………』


「…大丈夫。車ならそんなにかからないよ。駅に迎えに行けばいいよね。何人で来るの?」


『…………』


「……えっ?紫織ちゃん、ひとり?」


『…………』


「……ボク…と二人きりで……?」


『……』


「…ううん。もちろんイヤなわけないよ」


『…………』


「…憧れのホテル?」


『…………』


「…うん」


『…………』


「…うん知ってる。スキー場の目の前でしょ?」


『…………』


「…ん?なに?…ごめん、聞こえなかった」


『…………』


「……えっ!?……一緒に?…………ボクと?」


『……』


「…なに?」


『………………』


「……もちろん。嬉しいよ…」


『…………』


「…もちろん」


『…………』


「…ボクも楽しみだよ」


『…………』


「…うん」


『…………』


「…うん。待ってるから」


 電話を切ったあとの耕平くんの興奮のしかたは尋常ではなかった。紫織ちゃんが二月の連休にスノーボードをしに来る事や、二人きりでスノボをしようと誘われた事などを早口で話したあと、情けない声で言った。


「同じホテルに泊まろうって」


「よかったじゃない!」


 祝福の意味を込めて言ったのだが、耕平くんは顔まで情けなくなって訊いてきた。


「これって同じ部屋に泊まるってこと?それとも部屋は別々ってこと?」


「そりゃ同じ部屋ってことじゃない?」


「ホントに?」


「知らないわよ。訊けばよかったじゃない」


「訊けるわけないよ」


「ああ、もうっ。じれったい」


「どうしよう…」


「じゃあ、いい?とりあえず部屋は二部屋予約しといて、行きの車の中で自然に訊くの。ホテルの部屋は別々の方がいい?って。それなら訊きやすいでしょ?」


「…うん、まあ」


「それなら紫織ちゃんも答えやすいから。イヤなら『うん』て答えればいいし、イヤじゃなければ『ううん』で済むでしょ?」


「あ、でもホテルの予約は紫織ちゃんがしてくれるって」


「なんだ。だったら悩むこと無いじゃない。行けばわかるんだから」


「そうだけど…」


「たぶん予約は一部屋ね」


「そ、そうかな…」


「だって向こうから二人きりでって誘ってきてるのよ。絶対そうじゃん」


「そうかな。やっぱりそう思うよね」


「うまくやりなよ」


 ところが、また耕平くんの顔が情けなくなった。


「どうしよう。ボク、全く経験が無い。がっかりされたらどうしよう」


「アホか。どうでもいいわ、そんなこと」


「でも…」


「あのね。経験なんて、男が思ってる以上に女にとってはどうでもいいのよ。それより、怖じ気づいて何もしないとかは無しだからね」


「……絶対?」


「絶対。むしろ今まで紫織ちゃんに何もしなかったのが腹立たしいわ」


「そんなこと言ったって…」


 その日を境に耕平くんは明るくなった。買ってきたスノーボードやウェアをうかれた様子で見せてきたり、節分の行事にも参加したり、雪かきの手伝いにも積極的に来るようになった。


 ところが、紫織ちゃんから直前になって一通のメールが届いた。耕平くんは、それを見せてくれた。

 そこには衝撃的な内容が書かれていた。スノーボードには来れなくなったこと。もうこちらには来ないこと。同じ会社の人にプロポーズされたので六月に結婚するかもしれないこと。返信は必要ないこと。

 耕平くんは達観したように笑って「やっぱりね」と言った。


「ボクが主役になんかなるわけないんだよ」


 自暴自棄になりかけている耕平くんに、かける言葉を探す。


「そんなこと無いって」


「そんなことあるよ。紫織ちゃんに好かれているとか勘違いしていた自分が恥ずかしい」


「いや、絶対に好かれてたって」


「ボランティア仲間としてでしょ?」


「違う違う。ちゃんと異性として惚れられてたって」


「そういうのいいよ。惚れてたら他の男と結婚なんてしないでしょ?」


「結婚するかも、でしょ?まだ決まったわけじゃないじゃない」


「決まってるよ。じゃなきゃ、なんでボクにわざわざ結婚の報告なんてするの?」


「耕平くんの気持ちが知りたいからかもしれないよ。だって、まだ何も伝えてないんでしょ?」


「今さら伝えてどうするの?もう好きな人が別にいるのに」


「じゃあ、紫織ちゃんが他の男と結婚しちゃってもいいの?せめて紫織ちゃんの気持ちだけでも確かめてみたら?」


「あはは、今さら?そんなのはドラマの世界の主役たちがする事だよ。ボクはこの世界でだって脇役なんだから…」


 そう言いながらも、耕平くんは目に涙を溜めていた。


 それから間もなくしてである。耕平くんが死んだのは。失恋した事と因果関係があったとしても不思議ではない。

 一応、ボランティア事務局の人間に頼み込んで耕平くんの死を紫織ちゃんに伝えてはもらった。けれども、それに対する返信は一切なかった。





「そりゃね。ずっと一緒に仕事してる会社の人と比べれば、休暇にちょっとだけ参加したボランティアで一緒になった人なんてただの他人かもしれないけどさ。あんなに仲むつまじかったのに、なんかやるせないねぇ」


 おばさまたちは切なげな顔を見合わせると、小さく頷き合った。


次回「その5 異世界のツンデレ姫はホントは勇者と話したい」は9/3(火)に投稿する予定です。

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