その3 事故物件
朝の教室は試験勉強をする者と雑談を楽しむ者にわかれていた。聞こえてくる雑談の内容は、たいてい意味の無いものばかりである。ご多分にもれず茉莉花と雅と桜子も意味の無い話をしていた。
なんの脈絡もなく茉莉花は言う。
「修学旅行、行きたい」
桜子も乗っかる。
「わたしも~。西南中は七月って言ってたね」
茉莉花は大きく頷く。
「京都方面だってね。柴田先生に頼んでついてこうか」
冷めた声で雅が止める。
「やめなさいよ。迷惑でしょ?」
「冗談よ。でも、この三人でお泊まりしたいと思わない?」
「いつもお泊まりしてるようなもんでしょ?一緒の家なんだから」
「そういうんじゃないのよね。なんか家と違うトコに泊まりたいの」
「わかるけど…。実際の修学旅行まで待てないの?」
「三年になるまでなんて待てない。どこかお泊まり行こうよ」
「どこかって?」
「お洒落なペンションとかいいなぁ」
「却下。予算が無い」
霊能力美少女の家の財布は雅が管理している。
「ええ!?なんで無いの?」
「なんでって、わからないの?」
「わからない」
桜子の服を爆買いしたからである。雅から見ると茉莉花の金銭感覚は壊滅的だった。
雅はため息をついた。
「わからないならいいわよ。とにかく無い袖は振れないから」
「じゃあ、どこなら泊まれるの?」
「もう泊まるの前提なのね?」
「もちろん」
「だったら、セバスチャンに頼んでテント泊とか?キャンプ女子、意外と多いみたいよ」
物凄い仏頂面になる茉莉花。
「絶対にイ・ヤ」
「なら、お泊まり付きの仕事依頼でもマンチカンにおねだりしてみたら?」
「アイツにそんな甲斐性は無い」
「ひどい言いようね。そういえばマンチカンが以前、茉莉花のウチの別荘が近くにあるって…」
雅が言い終わる前に茉莉花は言葉を被せてきた。
「絶対に行かない」
茉莉花が急に恐い顔になった。そして冷たい声で続けた。
「あそこへは二度と行きたくない」
茉莉花から漂う陰鬱な雰囲気は、能天気な桜子でさえ理由を聞く事がためらわれる程だった。
ちょうどその時、教室の前方からどよめきが起こった。誰かが入ってきたようだ。
入ってきたのは一般的な男子生徒だった。一般的な男子生徒では普通ならどよめきなど起きそうにないが、それが結城であれば別である。
周囲の男子生徒からは「包帯はどうした」だの「眼帯わすれてるぞ」だの「封印されし力が暴走するぞ」だの「お前は誰だ!」だの、普段の格好との違いをからかう声が聞こえてくる。対して周囲の女子生徒からは「やば、カッコいい」だの「中二じゃなきゃ行ってるのに」だの「結構かわいい顔してるのね」だの「お前は誰だ♡」だの、結城の整った顔についての感想が聞こえてくる。
結城は日頃から関わってこようとしないクラスメイトとコミュニケーションを取るはずもなく、全てスルーしてまっすぐ自分の席へ向かった。その途中、桜子と目が合い「おはよう」と笑顔で手を上げた。会っていたことがバレた話は昨晩中に桜子からLINEをもらって知っていたので、もう遠慮する意味は無い。
桜子も小さく手を上げ返して小声で「おはよう」と言った。するとクラスメイトたちから再びどよめきが起きた。
桜子が転校してきた日の結城の寸劇はみんなが覚えている。その後の結城の接近を茉莉花が阻んでいた事もみんなが知っている。桜子の結城に対する親しみのこもった「おはよう」は、何がどうしてそうなった?という驚きに満ちていた。
けれどもみんなをさらに困惑させたのは、妨害しそうな茉莉花が二人の挨拶を生暖かい目で見逃したからだった。
この日は試験前日のため四時間授業だった。部活動も休みとなっている。
茉莉花たち三人も、今日は素直に帰ることにした。
「お昼、なに食べたい?」
雅が訊いた。それに対して茉莉花があっさり言った。
「どっかその辺で食べてこーよ。雅もそのが楽でしょ?」
「今朝の話、覚えてる?お金を使うことばかり考えてると、お泊まりなんて夢のまた夢よ」
「えー。ちょっとぐらい、いいじゃん」
ため息をつく雅。
「そうよね。あたしの料理じゃ、その辺の飲食店より美味しくないもんね」
はっきりわかるほど慌てふためく茉莉花。
「うそ、うそ、家でいい。ううん、家で食べたい。雅の料理は宇宙一だもん。あー、雅の手料理が食べたいなー」
雅がご機嫌な笑顔を見せた。
「あら、そお?じゃあ腕によりをかけて……」
校門に差し掛かったところで雅は言葉を止めた。袈裟を着た僧侶が立っていたからだ。マンチカンである。
金色あたまの僧侶を他の生徒がジロジロと見ながら通りすぎる。
茉莉花はすばやく先頭に立ち、桜子と雅を引き連れてマンチカンの前を素通りしようとした。当然、マンチカンからツッコミが入る。
「ぅおい!なに無視してんだよ!」
茉莉花は横目で見ながら訊いた。
「あら、どちら様?」
「このヤロー」
「やあねぇ。わたし、ヤローじゃないわよ?お坊さん」
「うっせーわ。せっかく美味しい話を持ってきたのに…」
「なによ。美味しい話って」
マンチカンが後方に見えている山を指差した。
「上の方に新しくお洒落なレストランが出来たから、ランチを誘いに来たんじゃないか」
「は?」
怪訝な顔をする茉莉花。しかし、桜子と雅は頬を赤らめて顔を見合わせた。
桜子は声を震わせて茉莉花とマンチカンに言った。
「そ…それじゃ、わたしたちは先に帰ってるね」
雅もすっとぼけた表情で言葉を足す。
「あとはお若い二人でごゆっくり…」
そそくさと立ち去ろうとする桜子と雅をマンチカンは慌てて止めた。
「ちょっとちょっと。桜子。雅。なに勘違いしてるんだよ。お前たちも一緒に誘ってるんだけど」
雅は振り向くと嫌そうな顔で言った。
「ごめん。マンチカンはあたしのタイプじゃない」
マンチカンは苦笑いした。
「いや、そういう意味で誘ってるんじゃなくて…」
桜子は毅然と言った。
「わたし、3Pはよくないと思うの!」
他の三人は目を大きく開いて一斉に桜子を見た。
少しのフリーズのあと、桜子は照れて言い直した。
「あ、三股の間違いだった。えへへ…」
他の三人はホッと胸を撫で下ろした。
あらためてマンチカンは言った。
「だからそういうんじゃなくて、そのレストランは新しい依頼主の店なんだよ。ランチをご馳走してくれるって言うから呼びにきたんだ」
茉莉花が眉間にシワを寄せる。
「先に言えよ、そういう事は」
「みんな行くだろ?」
「あんた、そのかっこで行くの?」
「しょうがないだろ?法事が終わってすぐ来たんだから」
一行は路上駐車してあるマンチカンの車に乗り込むと、山の方へ向かった。
マンチカンは創作料理レストラン「サンドリヨン」の駐車場に車を入れた。
茉莉花は車を降りると、オーナーの住居兼レストランだという建物を見上げた。二階建てのお洒落なペンションのような造りである。それもそのはずで、最初のオーナーはペンションとして建てたらしい。その一階の元々食堂だった所を改装して店舗にしている。
マンチカンが声をかけた。
「どうだ?」
茉莉花は頷く。
「うん。うっすらだけど感じる。確かになんかいるね」
「とりあえず入ろう」
中へ入ると三十前後に見える女性が気さくに出迎え、空いている席へと案内する。オーナー夫人だという。
オーナー夫人は全員が座るのを待ってから軽く挨拶をし、厨房へ戻っていった。
店内には既に食事をしている三組の客がいた。そこへ制服姿の三人の女子高生を連れた金髪の僧侶が入ってきたものだから最初はジロジロと見ながら小声で話していたが、何が起きるわけでもない様子にすぐに興味を示さなくなった。
料理が出来るのを待つあいだ、マンチカンは説明した。
このレストランは二ヶ月ほど前にオープンしたばかり。オーナーの楢崎夫妻は東京に住んでいたが、夫の料理好きと妻の趣味のお菓子作りが高じて脱サラしてやってきたのだという。
店舗の物件探しの際、売りに出されていたこの建物のあまりの安さに夫妻は飛びついた。資金不足で夢を諦めるか延期せざるを得ないと思い始めていた頃だったので、不動産業者から死人が出ている事故物件である説明を受けているにもかかわらず全く気にしなかった。
ところが実際に暮らしてみると、まさかと高をくくっていた心霊現象らしきものが起きはじめ、確かめようと仕掛けたカメラにハッキリとポルターガイスト現象が映っていた。
その話を、野菜を仕入れている農家でお茶をご馳走になっている時に何気なくした事がきっかけとなり、マンチカンのところへ案件が回ってきた。
マンチカンは、まずは不動産屋へ話を聞きにいった。口の軽い不動産屋で、前のオーナーにペンションのままで売りにくい、しかも死人の出ている物件を早く売れとせっつかれ、売り値を下げないと売れないという説得には応じたものの、聞くに堪えない暴言を吐かれて不快な思いをさせられていた事もあり、よろこんで詳しく教えてくれた。
ここは元々ペンションとして建てられたものだが、初代オーナーは数年前に近所にもっと大きなペンションを建てて移っていった。残されたこの建物は売りに出されたが、それを買い取ったのが前オーナーである。
前オーナーはこの建物を改築して別荘として使うつもりでいたが、手つかずのまま二年ほど前から前オーナーの息子が住みはじめた。今年のはじめ頃に死亡したのは、この息子である。
死亡した息子は宇須井耕平。享年二十八歳。実家で引きこもりをしていたのだが、堪忍袋の緒が切れた親にこの別荘へ追いやられたらしい。
身の回りの世話は近所の農家のおばちゃんたちが三人ほど前オーナーにアルバイトで雇われて、交代で来ていたのだという。
「じゃあ、そのおばちゃんたちに話を聞けば、色々わかんじゃない?」
茉莉花の言葉にマンチカンは頷いた。
「そう思って、このあとアポ取ってある」
そこで料理が運ばれてきた。
料理は看板メニューだというタンシチューで、そこにサラダと自家製パンとドリンクがついたランチである。食後にはデザートも出してくれるという。
桜子の汚れた口の周りをペーパーナプキンで拭きながら、茉莉花は言った。
「このシチュー、ホントに美味しいね。お店の評判が拡がれば流行りそう」
雅が頷く。
「ホントに…。作り方、教われないかなぁ」
「お店の看板メニューだもん。無理でしょ?」
「…よね」
「またちょくちょく食べに来ればいいじゃない」
「気軽に言うけど、これを自腹で食べると一人1450円よ」
雅はメニューを広げて見せる。そのメニューも見ずに茉莉花は微笑んだ。
「デザートまで付いて1450円なら、めっちゃ安いじゃない」
雅は大きく溜め息をついた。
「あたしだって、これで1450円は安いと思うわよ。でもウチの予算的に、ちょくちょくってわけにはいかないのよ」
「えー、そんなにお金ないの?」
「今はね」
「ウチの親に借りようか?」
「自立したいんじゃなかったの?」
「そうだけど、雅を困らせたくないし…」
「困ってはいないわよ。ぜいたく言わなければやっていけるもん」
「そおなの?」
「それに、こうやって来る仕事を一つ一つキチンとこなしていけば、そのうち外食する余裕も生まれるだろうし、きっと旅行だって行けるようになるわ」
「じゃあ頑張る」
茉莉花は片手でガッツポーズした。
マンチカンは申し訳なさそうに雅を見ると、茉莉花に気付かれぬよう小さくゴメンのポーズをしてみせた。雅は茉莉花に気付かれぬよう「いいから、いいから」と手を振り返した。
「ところでさ…」
茉莉花が声を発しながら顔を上げたので、マンチカンと雅はとっさに手を引っ込めた。
茉莉花は続けた。
「そのどら息子はどうして死んだの?」
「それなんだけどさ…」
マンチカンが答えようとするのを雅は手で止め、店内を見回しながら言った。
「死因の話なんて食後にしようよ。食事中にふさわしくないわ」
茉莉花が笑う。
「他の客には聞こえないよ」
マンチカンも能天気な顔をしている。
「そんなにグロい話じゃないよ」
雅は首を横に振った。
「いやいや、そういう問題じゃなくて……わたし自身、イヤ」
茉莉花がとぼけた顔をする。
「あら、意外と繊細ね」
「意外とは余計よ」
雅は仏頂面も可愛い。茉莉花はそれをひそかに堪能した。
次回「その4 耕平くんの農村物語」は8/30(金)に投稿する予定です。




