おまけ 長野の方言についての会話
雅が茉莉花に言った。
「明日、午前中から洗濯機を回すから、洗濯物ぜんぶ出しといてね」
茉莉花が気の抜けた声で答える。
「もう出したよぉ」
「ウソつかない。体操着が出てないよ」
「あれ?そうだった?」
「まさか学校に忘れてきてないわよね」
「持って帰ってきてるよ」
「ならいいんだけど」
窓の方へ首を向ける茉莉花。
「でも明日、雨だってよ」
「だから何?ランドリールームに干すから問題なし。梅雨の時期に晴れなんて待ってたら洗濯がはかどらないでしょ?」
「まあねぇ」
「それより、他にも出してないのあったら出しておいてよね」
「ぜんぶ出してると思うけどなぁ」
「数が合わないから言ってるの」
「数え間違いじゃないの?」
「あーもう。明日の朝は茉莉花の部屋の家宅捜索ね」
「お手柔らかに」
「お手柔らかくなんてするわけないでしょ?」
「休みの日なのに、張り切るね」
「そうよ。わたしのずくを、ずく無しの茉莉花に見せつけてやるのよ」
「ずく無し言うな」
そこで桜子が会話に加わった。
「ねえ、ずくって何?」
茉莉花が笑う。
「そっか。ずくって長野の方言だもんね」
「方言?でも雅ちゃんも使ってたよね」
雅も笑う。
「長野に二年近くいるからね。それに『ずく』に代わる標準語が無いのよね」
茉莉花が同意する。
「そうなのよ。まあ言い換えると『やる気』とかなんだろうけど、なんかニュアンスが違うのよ」
「そうそう。もっと根気強くとか、労を惜しまずとか、やり尽くすとか、そんな強いニュアンスの込められた言葉なのよね。便利な言葉なので、あたしもつい使っちゃってる」
桜子が頷く。
「ずくね。一つ覚えた。――他にはどんな方言があるの?」
茉莉花が首を傾げる。
「方言か。パッと出てこないなぁ。若い世代は標準語を使うからね。――するしない……とか?」
雅が頷く。
「使う人、いるね。コンビニ行くしない?……みたいに」
桜子が質問する。
「どういう意味?」
茉莉花が答える。
「コンビニ行かない?とかコンビニ行こうよって意味。でも他県の人に、するの?しないの?どっちなの?って訊かれる」
雅が笑う。
「するしないは北信の方言よね」
「そうみたいね。正直、どれが北信で、どれが全県とか、わかんないけど」
「方言って思わないで使ってるのもあるでしょ。なからとか、べちゃるとか」
「えー知ってるよぉ」
「それはあたしが言ったからじゃない。最初はあたしが訊き返して、それで方言って気付いてたでしょ?」
「そうだっけ」
桜子が質問する。
「なからとか、べちゃるってなに?」
雅が説明する。
「なからはおおよそとかだいたいみたいな意味。掃除はなから終わったよ、みたいに使うの。べちゃるは捨てるって意味。この魚の骨べちゃっといて、みたいな使い方」
「ふうん」
「あと、わにるとか。はにかむとか照れるって意味」
茉莉花が笑う。
「知ってるけど、あんま使わなくない?」
「北信じゃないのかな」
「世代の問題じゃない?親世代とかは使ってるイメージ?」
「あ、そうなんだ」
「他は思いつかないかな」
「そう?まだあるでしょ」
「たとえば?」
「裏の空き地に新しい家がたたった、とか」
「あ、そっか。たたったって方言だっけ」
「車は店のまえでに停めてください、とか」
「え?うそ。まえでって言わない?」
「少なくとも、あたしは」
「方言だったんだ。ちょっとショック」
雅は舌をベッと出し、それを指さして言った。
「へら」
「え?へらも方言?」
「舌をべろとは言うけど、へらは長野で初めて聞いた」
「マジ?」
「あと、おべちゃ」
「あはっ。お風呂のことね。亡くなったおばあちゃんがよく言ってた」
「あと、水くれ当番」
「ん?どこが方言?」
「標準語だと、植物に水をあげるとは言うけど、水をくれるとは言わない」
「うそだ。言うよ。この金はお前にくれてやる、とか言うじゃん」
「意味が違うのよ。金をお前にほどこしてやるとか、恵んでやるとか、嫌々だけど譲ってやるとか、あまりいい意味では使われないのよ。放り投げるような乱暴なイメージ?だから長野のつもりで他県の人にこれくれるとか言うと、悪く受け取られるかもしれないよ」
「うわっ。気をつけよ」
「あとは、みぐさいとか?」
「それは方言だって知ってるよ」
「醜いとか見苦しいって意味よね。あたしもたまに使っちゃう。茉莉花の部屋は散らかっててみぐさい、とか」
「わかったわよ。片付けるわよ」
茉莉花の情けない顔に、雅と桜子は笑った。
おまけ 長野の方言についての会話
――終わり――
次回「第四話 幽霊の住む家 その1 霊能力美少女の家」は8/20(火)に投稿する予定です。




