その5 子供だからわかること
市立西南中学校の女子更衣室を借りて着替える。
今回も茉莉花はカウガール、桜子は巫女服、雅はメイド服だった。小道具は、茉莉花は「コルトなんちゃら」を腰に、桜子は「なんかバサバサってヤツ」を手に持っていたが、今回は新しく雅が小脇に丸いステンレストレーを抱えていた。
コスプレ美少女三人と執事とラッパーもどきが放課後の校内を闊歩する。今回の茉莉花の言いぐさは「日下部が男子なら可愛い女の子が好き」という雑なものだったが、そんな事情など知らない中学生たちならドン引きするに違いないと桜子は踏んでいた。
ところが予想に反して通りすがりの生徒たちからは好意的な声が聞こえてくる。
「可愛い!」
「なに?なんかの撮影?」
「カッコいい!」
ほめられて悪い気はしない桜子だったが、それはそれで恥ずかしい。
外は相変わらず雨が降っている。
窓を叩く雨の音を聞きながら、一行は校舎の一番奥へ向かっていた。そこから日下部を片っ端から探していく。
日下部はどこに出現するのかわからない。もし常に移動しているのなら、闇雲に探しても広い学校内で遭遇するのはかなり難しい。
そこで茉莉花の考えた作戦は、端の教室から見ていき、既に見た教室には雅が結界を張って入れないようにしていくというものだ。ミッション名は「追い込み漁作戦」だ。
授業が終わってからすぐにセバスチャンの車で高校を出たので、時間はたっぷりある。地道ではあるが確実な方法だった。
桜子は歩きながら雅に声をかけた。
「雅ちゃん。そのお盆、邪魔じゃないの?」
雅は微笑んだ。
「大丈夫よ。桜子こそバサバサ邪魔でしょ?」
「わたしは邪魔なら腰に差すもん。お盆は無理でしょ?」
「そうね」
桜子は茉莉花に進言した。
「お盆はずっと手に持ってなきゃならないから、ハタキとかにしてあげてよ。小道具」
茉莉花は答える。
「ハタキだと、あんたのなんかバサバサってヤツと被るでしょ?それに、そのお盆は雅が自分で用意したのよ。わたしの発注じゃないわ」
「え?そうなの?」
雅は頷いた。
教室を片っ端から探し、探した所には雅が結界を張っていく。男子トイレや男子更衣室はマンチカンが確認する。
そんな事を続けてだいぶ時間がたった頃、誰もいない視聴覚室でやっと日下部を発見した。見せてもらった生前の写真と同じ顔なので、学ランは着ているが間違いない。
外は雨が降っているはずだが、視聴覚室の中は静かだった。日下部は席に座って何も映っていないスクリーンを見つめている。
桜子はゆっくりと中へ入り、声をかけた。
「何を見てるの?」
日下部はスクリーンから視線を外して桜子を見た。けれどもすぐにスクリーンに視線を戻した。
日下部はスクリーンをじっと見つめている。
桜子は再び声をかけた。
「何が映ってるの?」
今度は視線を外さなかったが、少しの間のあとに低い声で答えた。
『…修学旅行の思い出』
桜子は、あれ?っと思った。
「行きたかったの?修学旅行」
日下部は黙って頷いた。
桜子は静かに言った。
「じゃあ、どうして七月まで待たなかったの?」
『だって、楽しいわけがないから…』
「行ってもいないのに、どうして決めつけるの?」
『わかるから…』
「あのね、何事も決めつけない方がいいのよ」
『…………』
「決めつけちゃうから辛くなるの」
『……どういうこと?』
桜子の表情と声が慈愛に満ちた。
「男とか女とか、決めつけてしまうから辛くなるのよ。もっと自由に考えてみて」
『…………』
茉莉花が舌打ちをした。
「バカ…」
桜子の表情と声が更に慈愛に満ちた。
「性別なんてどっちでもいいじゃない。自由に選べばいいと思うよ」
『…………』
「そりゃ男装するのなんて、なかなか勇気がいると思うの。わたしだってコスプレするの、初めは恥ずかしかったもん。でも自己表現は自由であるべきよね」
『…………』
「でも、あなたは今、ちゃんと自己表現できてるじゃない。凄いことよ」
『…………』
「その格好をしてどのぐらい学校で過ごすことが出来たかな?充分満喫できたかな?」
『……満喫ってなに?』
「え?」
『君は女の子の格好を毎日満喫してるの?』
「えーと、どういうこと?」
『君はだれ?ここへ何をしに来たの?』
「わたしは巫女で、あなたをこの学校から解放するために…」
『解放?頼んでないけど』
「でも、あなたは性別っていうしがらみに捉えられて動けなかったでしょ?」
『なに言ってるんだよ。僕を侮辱するのがそんなに楽しいのかよ』
「いやあの…そんなつもりは……」
『君なんか嫌いだ。どっか行け』
「え?でも…」
『どっか行けよぉ!』
日下部の形相が変わった。目がつり上がり、歪んだ。
桜子はその威圧感に押されて思わず数歩さがった。
日下部の周囲の空間が陽炎のように揺れた。それが回転しながら日下部の前で集まって、空気の玉のように育っていく。その玉がバスケットボール大に育ったところで、急に桜子へ向かって飛んできた。
桜子は両腕を顔の前まで上げて目をつぶった。
空気のような玉が桜子に届く直前、いつの間にか走り込んでいた雅が前に立ちはだかり、お盆を盾のようにしてその玉を防いだ。
横には茉莉花が並び、コルトなんちゃらを構えた。
「波ぁっ!」
銃身から霊波が撃ち出された。それが日下部に当たった。
『がっ!』
日下部がのけぞった。
桜子は慌てた。後ろから茉莉花に抱きつく。
「だめぇ!撃たないでぇ!」
茉莉花はまだ構えている。
日下部は恐ろしい形相のまま視聴覚室を出ていった。
リビングはお通夜のようだった。外の雨は止んでいたが、お陰で余計に静かに感じられた。
いつもの位置、いつもの面々、前にはコーヒーが並べられている。だが、だれ一人として口をつけていない。
茉莉花が桜子に冷静に訊ねた。
「正直に言ってね。あの男の娘と何か話した?」
「……うん」
桜子は素直に頷いた。
茉莉花は小さく溜め息をついた。
「いつ?」
「昨日のお昼休みに」
「長いトイレだなって思ってたけど、そういうことか」
「……」
「なんで黙ってたの?」
「だって茉莉花ちゃん、男の娘が嫌いでしょ?」
「そうね。個人的には嫌い。ただ、誤解が無いように言っとくけど、男の娘だろうとジェンダーレス男子だろうと別に否定はしてないよ」
「うそ。すごく彼にケンカ腰だったじゃない」
「あれは別。単純にアイツの物言いとか態度とかが癇に障るだけ。しつこいし」
雅がマンチカンを指差して補足する。
「あれが茉莉花の通常運転よ。いつも見てるでしょ?それはそれでどうかとも思うけど」
桜子は納得する。
「言われてみれば…」
茉莉花はゆっくりとコーヒーをすすり、カップを置いてから桜子へ優しい顔を向けた。
「性別うんぬんについては思うところもあるけど、それ以前に桜子。話を聞く相手が違うんじゃない?」
「聞く相手?」
「少なくとも北山颯空は日下部の関係者ではないよね」
「…………」
「……ね?」
「うん…」
雅が言う。
「遺書とか無いのかな」
マンチカンがスマホを取り出す。
「柴田先生に訊いてみようか」
スマホを操作するマンチカンに茉莉花が噛みつく。
「アンタ、いつの間に柴田先生と連絡先を交換したのよ!」
「いや必要だろ?」
「綺麗な女性をみつけると、すぐこれだ。どう思うよ桜子」
「ん?そうね。困った人ね」
桜子の目には涙が溜まっていた。
翌日の放課後、市立西南中学校の応接室でマンチカンと茉莉花たち三人は柴田と向き合って座っていた。窓の外では静かに雨が降っている。
マンチカンが言った。
「昨日もLINEでお願いしましたけど、日下部さんの家にご案内ねがえませんか?」
柴田は下を向いたまま答えた。
「ごめんなさい。無理です」
「話を通してもらうだけでいいんです。ご両親に少しお話をお聞きしたいのと、何より遺書を見せていただきたい。彼の本当の気持ちを知りたいんです」
「でも、彼女が自殺したのはわたしのせいかもしれないんです。ご両親に会わせる顔がありません」
茉莉花が口を挟んだ。
「もう教頭に案内してもらえば?依頼主は教頭なんだから」
柴田は慌てた。
「それはやめてください!」
大きな声を出してから、柴田はドアの方をチラリと見た。
茉莉花は冷めた口調で訊いた。
「なんで?」
柴田は小声で答えた。
「遺書があるのは聞いていますが、ご両親から自殺の理由については何もお話がありませんでした。教頭が学校でイジメなどがあったのではないかと心配して訊きに行ったのですが、彼女の中だけの悩みとしか答えてもらえなかったそうです。つまり、ご両親は彼女がトランスジェンダーであることを隠そうとしているんです。学ランの霊が日下部さんである事を教頭に知られるのは、その意思に反します」
「だったら、あなたが案内してください。彼を成仏させてあげたくないんですか?」
下を向く柴田。
「それは…」
「ご両親に会うのが恐いんですか?それとも自殺の理由をはっきりさせるのが恐いんですか?」
「……」
「日下部のこと、嫌いなんですか?」
「そんなわけないじゃないですか。彼女はわたしの大切な生徒です」
「じゃあ、なぜこの期に及んで彼と向き合おうとしないんです?あなた、彼が死んだあと、彼の悩みについて詳しく調べましたか?」
「……」
「調べてないですよね。あなたは自分のせいかもと言いながら、せい『かも』って明確にしない事で自分のせいじゃない可能性を残しておいて、罪悪感から逃げたいだけなんでしょ?」
「そんなことは…」
「無いと言えますか?だって彼は自殺までしてんのに、まだ彼を理解しようとしてないじゃないですか。教師なんて辞めたらどうです?」
柴田は顔を上げて茉莉花を見た。睨むというより泣きそうな顔である。
「あなたみたいな子供に何がわかるんですか。両親以外、誰にも言えなかった悩みを彼女はわたしにだけ打ち明けてくれたんです。わたしと彼女の関係は――」
茉莉花が柴田の話を手で止めた。
「か・れ――ね」
「は?」
「男の子に使う三人称は『彼』ね。国語の教師なのに間違ってますよ」
「あ…」
「彼があなたにだけ打ち明けたのは、ほかに相談できる人がいなかったからでしょ?先生に助けてほしかったからでしょ?」
「……」
「あなたがおっしゃる通り、わたしは子供です。ちょっと前までは彼と同じ中学生でした。だからこそわかることもあります――」
茉莉花は静かに目をふせ、言葉を続けた。
「子供なんて大人が思ってる以上に、ずっとずっと泣きたくなるほど無力なんです」
「あぁ…」
柴田は両手で顔を覆った。
しばらく柴田はそのまま黙って動かなかったが、顔を隠したまま呟くように言った。
「ご両親はわたしが相談を受けていた事をきっと知りません。でも、謝りたい。ご一緒していただけますか?」
マンチカンは頭を下げながら言った。
「よろしくお願いします」
桜子が意外だったのは、マンチカンと一緒に茉莉花が丁寧に頭を下げていたことだった。
次回「その6 放課後の教室で」は8/9(金)に投稿する予定です。




