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その4 学ランの霊

 長野市立西南中学校の応接室にマンチカンと茉莉花と桜子は通された。毎度のごとくマンチカンの格好と女子高生二人の参上には驚かれたが、知人からの紹介という事もあって特に何かを言われることは無かった。


 依頼主である教頭の話では、学ランを着た男子生徒の霊が最近になって頻繁に目撃されているらしい。それが生徒だけの話なら悪ふざけで片付けていたところだったが、教師を含めた職員たちの中にも目撃者がいるために無視できなくなったという。

 目撃者の話を総合すると、男子生徒の霊の出現場所は決まっておらず、毎日かならず目撃されるわけでもない。見た瞬間は誰か人がいるのかとも思えるのだが、透けていたり急に消えたりドアをすり抜けたりすれば幽霊に違いないという話になる。霊の正体が誰なのかに心当たりのある者は残念ながらいなかった。

 報告を受けていた教頭は、事の内容が内容だけに積極的な調査も出来ず困っていたのだという。


 参考までに訊いてみたが最近亡くなった男子生徒は特におらず、卒業生で亡くなった人は古い学校なので多すぎるという。

 それでも教頭は何かの手がかりになるかもしれないと思ったらしく、十年以内に卒業した男子の中で亡くなった者のリストを前もって作っておいてくれた。

 教頭の配慮は的を射ていた。茉莉花たちも手に入れようと思っていた情報だからだ。

 リストには卒業年や当時の部活動、三年生時のクラス、死亡時期や簡単な死亡理由まで書かれていたが、住所は無かった。個人情報を守るためだ。家族にコンタクトを取るのならば教頭が連絡してくれるという。


「ありがとうございます。助かります」


 マンチカンはリストを受けとった。とりあえずはよく読んで参考にすると伝えたが、もちろんそれ以上の情報を雅にネットで調べてもらうつもりだった。


 その後、教頭は校内の目撃情報があった場所をあちこち案内してくれた。

 今日は今にも雨が降りだしそうなほど暗雲が垂れ込めていて校舎内も薄暗く、霊が出そうな雰囲気だけは充分だったのだが、特に何も出なかった。


 教頭と別れて駐車場へ向かいながら桜子は茉莉花に質問した。


「霊はいる?」


 茉莉花は苦笑いした。


「古い学校とかは無理。弱い霊だか邪念だかよくわかんないモンが集まってきちゃってるから雑音が多くて」


「え?そうなの?」


「そ。何かを感じたとしても、それが問題の霊だかはわかんない。手がかりは最近になって目撃されてるって事かな。霊に対して合ってる表現かわかんないけど、鮮度?がいいのは見ればわかると思う」


 そこへ後ろから走って追いかけてくる人がいた。若い女性である。


「すみません。ちょっと待ってください」


 三人は立ち止まった。

 マンチカンが訊ねる。


「はい、なんでしょうか」


 肩で息をしながら女性は訊いた。


「幽霊の供養でみえた方ですよね。事務の人が教頭を呼ぶとき秀峰寺さんって言ってたのでもしかしたらと思って…」


「そうですが…」


「わたし、柴田しばたと言います。ここで国語の教師をしています」


「はあ。国語の先生ですか」


「あの…供養のほうは?」


「まだです。霊がどなたなのか、できればはっきりさせてからと思いまして」


 柴田は少し言いにくそうに下を向き、もう一度マンチカンを見て小声で言った。


「わたし、幽霊が誰だか知っています…」


「え?本当に?」


「はい…」


「誰なんです?」


「えと、それは…」


 柴田はチラリと後ろを見た。それを見て、マンチカンは格好をつけて言った。


「お嬢さん。お茶でもいかがですか?」


 言い終わる前に茉莉花がマンチカンにローキックを喰らわせた。


「なにナンパしてんのよ」


 マンチカンが足をさすりながら言った。


「違うよ、イッテェな。なんか、ここでは喋りにくそうだったからさ」


「わかってるわよ。ただ、あんたの冗談はつまんないのよ」


「それで蹴るか?普通」



 マンチカンの車で移動し、学校から少し離れたカフェで柴田の話を聞くことになった。


 席につくと柴田は話し始めた。


「わたしも幽霊を見たんです。自分が担当をしている三年A組の教室で。もう遅い時間で部活の子たちもみんな帰ったあとでした」


 雨がついに降りだした。柴田は窓の外をチラリと見た。


「あの日も雨が降っていて薄暗かったんです。忘れ物を取りに行ったのですが、教室の前のドアが開けっぱなしだったのでそのまま入ると、後ろの方で学ランの幽霊が窓の外を見ていたんです」


 桜子が訊いた。


「すぐに霊ってわかったんですか?」


 柴田は首を振った。


「すぐにはわかりませんでした。生徒がまだ残っているのかと。だから声をかけました。そしたら振り向いたんです」


 柴田は記憶を辿るように中空を見つめた。


「向こうはわたしを見て驚いているようでした。でも、慌てて後ろのドアから出ていこうとする様子を見て気づいてしまったんです。あの子だって」


「あの子?教え子ですか?」


「はい。彼女は四月に亡くなった日下部くさかべ莉子りこさんに違いありません」


 桜子は目を丸くした。


「え?女生徒?」


「はい…」


「見まちがいってことは?」


「自分の生徒ですから絶対に見まちがえたりしません」


「学ランを着てたんですよね」


「はい。わたしは彼女のセーラー服姿しか見たことがなかったので一瞬わかりませんでした。ただ髪型は以前から短くしていたので首から上だけは彼女のままでした」


「でも、教頭先生は最近亡くなった生徒はいないって…」


 そこでマンチカンが訂正した。


「いや、教頭が言ってたのは最近亡くなった男子生徒だ」


 桜子は思い出した。


「確かに。学ラン着てれば男子だと思うもんね。でもなんで学ランなんか…」


 その疑問に対して柴田は確信を持って言った。


「たぶん彼女は生前、学ランを着て学校に通いたかったんだと思います」


「どうして?」


 そこで茉莉花が一つの単語を口にした。


「トランスジェンダー?」


 柴田は頷いた。


「お察しの通りです」


 茉莉花が続けて質問した。


「だとしたら、死因はもしかして自殺ですか?」


 柴田は下を向いた。


「はい。校舎の四階から飛び降りて……」


 桜子が痛そうな顔をする。


「なんで自殺なんか」


 柴田が苦しそうに呟いた。


「わたしが悪いんです」


「……どういう事ですか?」


「わたし、日下部さんに相談を受けていたんです。自分を男としか思えないこと、セーラー服を着るのが辛いこと、男として生きたいこと、両親に話したが理解してもらえなかったこと――」


「……」


「けっこう頻繁に相談されていたんですけれど、よくわからないのもあって当たり障りの無い返事をしていました。下手に核心に触れるような事を言って傷つけたりするのが恐かったんです。そのうち言わなくなるんじゃないかと高を括っていました――」


「……」


「ところが言わなくなるどころか、より真剣に相談してくるようになりました」


 そこへカフェの店員が来て飲み物を並べ、ひとこと「ごゆっくりどうぞ」と言って去っていった。

 それを見送ってから柴田は続けた。


「わたし、苦し紛れに『男子の制服を着て通う?』って訊いたんです。趣味だって言い張れば両親も男装ぐらいは認めてくれるんじゃないかって。今の時代なら上手く言えば学校側も特例を認めてくれるかもって軽く考えていましたし。でも、なぜか彼女は学ランを着ませんでした。わたし、正直ほっとしていたんです」


 柴田はコーヒーカップに指をかけたが、そのまま黒い液体をじっと見つめた。


「……三年生に進級してすぐ、修学旅行の班決めがありました。七月の頭に修学旅行があるからです。ところが、そのあとすぐに彼女から参加したくないと相談されました――」


「……」


「そこでご両親に確認してみると、わがままは聞かなくていい、参加させてくれと言われました。そんなご両親の意向もありましたけれど、わたしは彼女にみんなで一緒に行きたいから寂しい事は言わないでほしいと伝えました。その気持ちに嘘はありません。そんな説得に彼女はなんとか首を縦に振ってくれました」


 そのあと柴田は苦しそうに目を細めた。


「…………でも、その十日後に彼女は亡くなりました。だから、きっとわたしのせいなんです」


 桜子が訊ねた。


「なんで彼女は修学旅行へ行きたくないって言ってたんですか?」


 柴田は答える。


「理由はいろいろ言っていましたけれど、つまりは女子として参加しなければならない事に抵抗があったようです」


「それが自殺の原因ではないかと?」


「他に思い当たりません」


「そうですか。ありがとうございます」


「やめてください。お礼なんて…」


 柴田は下を向いたまま、消え入りそうな声で言った。


「どうか……助けてあげてください…」


 五人を沈黙が包む。雨の音がその場の空気をさらに重たく演出していた。





 リビングで茉莉花たち三人とマンチカンがいつものように話し合っている。

 茉莉花が柴田からの情報をまとめた。


「学ランの霊は三年A組日下部莉子。おそらくトランスジェンダー。四月に校舎の四階から飛び降り自殺をしてる。そして最近になって多く目撃されてる。亡くなった直後から出現していたのかは不明。学ラン姿で学校に現れるのは、生前にその望みが叶えられなかったからだと思われる。――と、そんなとこかな?」


 桜子が追加する。


「あと、自殺の原因は修学旅行」


 茉莉花が補足する。


「あくまで可能性ね。その辺は柴田先生の主観だから」


「でも信憑性あったよ」


「まあ、タイミング的にはね。あとは、どうする?」


「どうするって?」


「さらに調べるかどうか。浄霊すんのに情報は足りる?」


「わかんない。ちょっと整理してみるから、少し考えさせて」


「わかった」


 そこで会議はお開きになった。





 翌日の昼休み、桜子は昇降口横のピロティのベンチにいた。雨が降っているので少し肌寒かったが、逆に誰も来ないので都合がよかった。


 茉莉花と雅には黙って出てきていた。なぜならば、隣に座っているのが颯空だったからだ。

 颯空には男の娘である颯空自身の事を教えてほしいと頼んだ。理解を深めたいからと。颯空はそれを快く承諾してくれた。


 遠慮なく訊いていいと言うので、桜子は質問した。


「そもそも、なんで男の娘になろうと思ったの?」


「ん~、ひとことでは言えないなあ。ちょっと話、長いかも」


「いい、いい。こっちが頼んだんだもん」


「わかった。うんとね――」


 颯空は少し考えてから続けた。


「ボクね。小さい頃から可愛いモノとか綺麗なモノとかが好きでね。お小遣いがあれば、そんなものばかり集めてた。逆にね、男の子が好きになるような格闘技とかプラモとかには全く興味が無かったの」


 頷く桜子。


「うん…」


「あとね。ボク、子供の頃から顔が女の子みたいだったの。そんな子が可愛いモノ好きだと当然のように同級生とかにからかわれるのね。悲しかったぁ」


「うん、そうよね」


「しかも親にも言われるの。もっと男らしく出来ないのかって。それで父親に強引にプロ野球観戦に連れていかれたり、テレビのヒーローものを見せられたり、車や電車のオモチャを買い与えられたり。父親はそれで趣味が変わると思ったらしいけど、逆効果だよね。別に嫌いでもなかったモノまで余計に嫌いになったよ」


「うん、わかる」


「そしたら父親は怒りだしてボクが大切にしていた可愛いモノのコレクションを片っ端から捨てる始末。泣くよね、普通に」


「ひどい」


「泣いたら泣いたで今度は男なら泣くなって言われるし。家でも学校でも、そんなこと続いたら疑問に思うよね。男らしくってなに?って。ボクらしくじゃダメなの?って。好きなものを好きって言っちゃいけないの?って」


「うん、うん」


「そんな時にね、テレビのドキュメンタリーを見たの。セクシャルマイノリティの人が性別にこだわる生き方はナンセンスだって言ってたのね。性別なんて本人が好きに選べばいいんだって。目から鱗だった」


「ふ~ん」


「そのあと中学の頃にネットで見た男の娘のインフルエンサーに憧れたの。先頭に立ってジェンダーロールを壊したいんだって」


「じぇ…じぇんだろーる?」


「う~ん。なんて言えばわかりやすいかな?男は男らしく、女は女らしく、これは男の仕事、これは女の仕事みたいな決めつけられた役割のこと?」


「あ、なんとなくわかる」


「そういう古い規範は、もうナンセンスだと思わない?自分らしくが大切なのであって性別なんてどっちだっていいじゃない。自己表現は自由であるべきでしょ?それを体現したらこの格好になっただけ」


「なるほど。それで男の娘」


「あ、でもボクのは厳密にはクロスドレッサーって言うんだよ」


「くろすどれっさー?」


「そ。男らしさを求められる事に苦痛を感じるから、この格好でいる事で心が落ち着いていられるの。クロスドレッサーって、だいたいそういう感じの人のこと」


「うん、うん」


「ただクロスドレッサーって言葉の認知度が低いから男の娘って名乗ってるの。その方が、かえってわかってもらいやすいから。もちろん趣味や仕事で男の娘をやってる人もいるけど、でもボクのはもう生活というか、生き方なんだよね」


「そっか。生き方なんだね」


「まあ呼び方なんてどうでもよかったんだけど、それでも前の学校では理解してもらえなくてこの学校に逃げてきたわけ。初めからこの学校を選んでおけばよかった」


「そうだね」


「ボクの話は、そんな感じだけど…」


「うん、よくわかったよ。ありがとう」


「役に立った?」


「あ、あと一つだけいい?」


「なに?」


「辛くて死にたくなったことって、ある?」


「ん~、無くはないかな?」


「やっぱり、そうなのね」


「でも死んじゃダメ。ボクもそうだったけど、道なんていくらでもあるんだから、考え方ひとつ見方ひとつで世界は変わるんだよ。頑張ってれば、なんとかなるものでしょ?」


「うん、そうよね」


 桜子の中では浄霊の準備が整っていた。


次回「その5 子供だからわかること」は8/6(火)に投稿する予定です。

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