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逝かせてあげる♡  作者: 如月るん
第一話 落とし物
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その2 前世の男

 爽やかに晴れた朝にふさわしい三人の美少女が、登校する多くの制服に混じって歩いている。ほかの女子生徒と同じ指定の服を着ているはずなのに、三人はひときわ華やかに見える。


 茉莉花は特に人目を引いていた。

 腰までもあるストレートのサラサラなロングヘア。身長が174cmあり、モデルのような顔立ちとプロポーションを兼ね備えている。

 ガーターベルトで吊られている黒いニーハイソックスに包まれた二本の足は、デフォルトより短くカスタマイズされた制服のミニスカートの裾からスラリと伸びていて長い。

 高校1年生ながら大人の色気まで漂わせており、胸を張って颯爽と歩く姿は生徒たちの憧れの対象になっていた。


 それに比べて常に一歩ななめうしろを歩く雅は控えめな印象を受ける。しかし目立っていないわけではない。

 そもそも茉莉花の傍にいるだけで注目される上に、茉莉花と並んでも見劣りしない美少女である。身長は159cm。細身だし胸も控えめではあるが、体全体の曲線はしなやかで女性らしい。

 服装もそれを際立たせていた。トップスは雅の体にジャストフィットするようにカスタマイズされている。スカートは茉莉花と同じく短いが、中に穿いているフリルティアードのペチパンツとスリップがスカートのシルエットを中からふんわりと膨らませている。その下方に白い靴下留めで吊られている白いオーバーニーソックスの生地は薄く、細すぎず程よく起伏のある脚線を美しく縁取っている。

 頭はツーサイドアップに細くて長い白のリボンが結わいてある。

 スリップとペチパンはパンチラ防止策として雅自身が譲らなかったものだが、それ以外の格好は全て茉莉花の指示によるものである。そのせいで雅の本意に反して目を引いてしまっていた。


 けれども今日の周囲の生徒の話題は、並んで歩く新顔のほうだった。


「あの子だれ?」


「知らない」


「でも、ちっちゃ~い♡」


 茉莉花を賛美する周囲の主な形容詞は中等部の頃から変わらず憧れの想いの込められた「キレイ」とか「カッコいい」だったし、雅に対する形容詞は「可愛い」とか「女の子らしい」だったが、桜子に対しては「小さい」とか「尊い」といった、小動物に対するような慈しみのこもった言葉だった。

 生まれ育った田舎の町では同年代の子たちにそんな風に注目された事など無かった桜子は、聞こえてくる声に戸惑った。

 けれども茉莉花だけはほくそ笑んでいた。自分の考えた三人のキャラ付けが成功しているからだ。


 桜子は茉莉花の指示で髪をサイド三つ編みのハーフアップにしていた。自分では上手く作れなくて雅にやってもらってはいるが、それだけで垢抜けなかったナチュラルガールが可憐な美少女に変身した。

 身長は143cm。茉莉花と並んで歩くと子供のようだが、胸は高校生である事をちゃんと主張している。

 もちろん茉莉花の用意した制服のスカートは他の二人と同じように短い。そのうえ少しルーズに下げさせられた白いハイソックスのせいで、三人の中では肌色の部分がいちばん多い。

 全体的なイメージとしては茉莉花のプロデュースした萌えキャラという設定通りの仕上がりになっていた。


 茉莉花は前を向いて微笑んだまま、小声で桜子に言った。


「もう少し胸を張りなさい。胸の形がキレイに出るよう、桜子が来る前から苦労して制服をカスタマイズしておいたんだから」


 制服のデザイン自体は可愛いのだが、大人の勝手な配慮で胸が目立たないように出来ている。なので普通に胸のある生徒は押さえつけられる苦しさを我慢してジャストサイズを着るか、大きめのサイズを着るしかない。ただ、大きめのサイズはビッグシルエットっぽくなってしまってダサ見えしたり、変なシワが寄ってしまって体のラインが綺麗に出なかったりする。それが茉莉花は気に入らなかった。


 一歩うしろの雅から訂正が入った。


「苦労して直したの、あたし。サイズもわからないのに桜子の写真だけ見せて直せとか、無理難題を言いだしたのは誰かさんだけど」


「あら、そうだったわねてへぺろ」


 桜子にとっては学費全額免除で高校に通えるだけで幸せだった。

 もちろん仕事をすることが条件なので、たとえ茉莉花が学院の理事長の娘であっても媚びる気はないし、そんな必要もないとマンチカンや茉莉花本人からは言われた。

 けれども、茉莉花の指示は自分のための言葉だと信じて桜子は素直に胸を張った。





 一年二組の教室で、桜子は担任教師による呼び込みがあるまで廊下で待たされ、呼ばれて入ったら黒板に大きく名前を書かされて挨拶をさせられるという転校生に課せられた伝統的な忌まわしい儀式の生け贄にされていた。

 黒板の名前の字が小さかったり挨拶の声が小さいのを大きくやり直しさせられるという担任教師による羞恥プレイ。

 スリーサイズや彼氏の有無などを訊かれるという男子生徒によるセクハラ。

 そんな仕打ちはあったものの、同じ教室内に茉莉花と雅の顔があるので精神的には案外おちついていた。


 儀式が終わり、担任教師は教室のうしろを指さして言った。


「高遠の席はあそこな」


 窓際の一番うしろという取って付けた席である。

 言われて桜子が移動しようとしたその時、教室の前のドアが勢いよく開いた。


「おはようございます!」


 丁寧で元気な挨拶とは裏腹なヴィジュアルの人物が、そこには立っていた。

 男子の制服を着ているところから、ここの生徒に違いない。リュックを背負っているので登校してきたばかりと推測できる。おそらくはこのクラスの男子生徒が遅刻をしてきたという、どこにでもありそうなシチュエーションなのだろう。

 ところが桜子にはその姿が異様としか思えなかった。


「また遅刻か、結城ゆうき


 担任に結城と呼ばれた男子は頭と左腕の肘から先とズボンのロールアップした右足の裾から下が包帯でぐるぐる巻きにされている。左目は眼帯で隠されていて、右脇を松葉杖が支えている。

 いや学校に来てる場合じゃないでしょ、と桜子は思った。ところが担任は何事も無いように言う。


「早く席につけ」


「はいっ!」


 結城は松葉杖を巧みに使って教室に入ってきたが、担任と同様、クラスメイトも全く反応しない。

 教室に入ってきた結城は自分の席へ向かおうとしたが、まだ教卓のそばにいた桜子と目があった。その途端、結城の顔が驚きと喜びの溢れた表情に変わった。


「桜子!桜子じゃないか!」


 桜子の顔がきょとんの溢れた表情に変わった。


 ――え、だれ?誰だっけ、誰だっけ、前の学校?覚えがない。覚えてないのはなんか失礼?思い出せ、思い出せ。ちょっと眼帯を外して、ちゃんと顔を見せてくれないかな。


 動揺する桜子に構わず結城は距離を詰め、ぐっと顔を寄せてきた。

 桜子は思わず身を引いた。


 ――近い近い。


「捜したんだぞ、桜子。どこにいたんだ」


 ――どこにって、生まれた時からあの田舎町にずっと住んでたんだけど…。


「でも、こうして再会できたのは運命だな!」


 ――ダメだ。ゆうきって名前も顔も全く思い出せない。


 その心の声が顔に出てしまっていたのだろう。結城の顔が曇った。


「ボクだよ。忘れたのかよ」


「う、えと…」


「ウソだろ?生まれたままの姿で、あんなに愛しあったのに…」


 ――なにそれ!!ソンナワケナイデショヤ~メ~テ~。


 クラスメイトの反応が恐かったが、なぜかザワつく様子もなく、数人がクスクス笑っているだけでほぼ無反応だった。

 結城がさらに詰め寄った。


「思い出してくれよ。生まれ変わっても必ず捜して見つけだすって、前世で約束したじゃないかっ!!」


 桜子はフリーズした。そして頭の中はホワイトアウトした。

 担任が棒読みなセリフのように感情なく結城に言った。


「感動の再会に水をさして悪いが、続きは休み時間にしてもらっていいかあ?桜子さんも困ってるぞお」


「あ、失礼しました、師匠」


「だれが師匠や」


 結城は桜子に微笑んだ。


「じゃ、またあとでな」


 そう言うと、自分の席へ向かった。

 桜子も担任に促されて、ポカンとしたまま席へ向かった。





 案の定、休み時間に結城は桜子のところへ来たが、茉莉花に強く追い払われてしぶしぶ接近を諦めた。

 まだきょとんとしている桜子に茉莉花は言った。


「無視していいからね。相手にするとめんどくさいから」


 桜子はひとりごとの様に呟いた。


「前世って、どういうこと?」


「だから無視しなさいって。作り話なんだから」


「でも、わたしのなまえ知ってた」


「そりゃ、黒板にデカデカと書いてあったからねえ」


「え?」


「え?って。――そもそも前世も同じ名前とか、どんだけ偶然が過ぎんのよ」


「前世って名前が違うの?」


「いや論点そこじゃないし。アイツの格好を見て気づかない?」


「うん、早く病院へ行ったほうがいいと思うの」


 茉莉花は桜子の頭を抱きしめて雅に訊いた。


「ねえ雅。この子、抱きしめていーい?」


 雅は優しく微笑みながら答えた。


「もう抱きしめてるわよね」


 茉莉花は腕の中の桜子に、諭すように言った。


「あんな包帯、ウソに決まってんじゃんかさ。ホントにあんなケガしてんのならとっくに入院よ」


 桜子は見上げた。


「え、じゃあなんで包帯なんか?」


「中二病って知らない?」


「中二病?!」


 桜子は茉莉花の腕の中で強引に首を回して顔を歪めながら結城の方を見た。そして歓喜の声をあげた。


「すごい!中二病って実在したのね!初めて見た。さすが都会」


「いや、長野のどこが都会なのよ」


 茉莉花の説明によると、中二病の男子は結城ゆうき元気げんきという「やる気」を加えればコンプリートしそうな名前だった。

 入学式の時から包帯を巻いていて、中二病だと思わなかった教師たちによって強制退場させられるというひと悶着があったそうで、その後の言動も含めて学校では有名人だった。


 その日、桜子にはクラスメイトが入れ替わり立ち替わり話しかけてきたが、結城も休み時間のたびにやって来ては茉莉花に追い払われるという行為を繰り返していた。


次回「その3 ホテルの霊の正体」は6/4(火)に投稿する予定です。


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