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その2 高い恐いチョロい

 心霊研究会の部室前のポストに、結城以外の人の記入した用紙が珍しく入れられていた。それを持って茉莉花たち三人は部室へ入った。

 窓の外では相変わらず雨が降っている。天気のせいで部室の中は薄暗かったが、茉莉花が電気をつけると部室はいつもよりかえって明るく感じられた。


 茉莉花と桜子は椅子に座り、雅がコーヒーを入れにいく。

 茉莉花は用紙を広げた。


「二年三組の成瀬なるせ翔也しょうやって人からよ。知ってる?」


 桜子も雅も首をふる。


「知らない」


「あたしも」


 茉莉花は内容を読み上げた。


「はじめまして。僕は今、霊に悩まされています。ハッキリと見たわけではありませんが常に視線を感じます。夜に金縛りに合うこともあります。これは霊の仕業ではないかと確信しています。よければ相談にのってください。――だって」


 雅がコーヒーの用意をしながら言う。


「ちょっと待ってね。コーヒー入れたら調べるから」


「慌てなくていいからね」


「うん。パソコン立ち上げておいてくれる?」


「オッケー」


 机の上のノートパソコンの電源を入れる茉莉花。途中で声に出してパスワードを入力する。


「3861――と」


 文句を言う雅。


「ちょっと。声に出さないでよ」


「あ、ごめん」


 桜子が慌てる。


「わたし、聞かない方がよかった?」


 雅が笑って答える。


「桜子には聞かれてもいいけど、誰が聞き耳を立ててるかわからないでしょ?」


「こんな部室棟の奥になんて誰もいないよ」


「そうかもしれないけど、パスワードは声に出さないみたいな基本的なことを出来ないと、自分で個人情報をばらまいている事に鈍感になっちゃうのよ」


「ふーん」


 桜子はピンときていない。


 雅はコーヒーを配り終わるとパソコンに向かった。何かを操作しながら茉莉花に質問する。


「二年三組って言った?」


 茉莉花が答える。


「うん。学校の名簿いる?」


「大丈夫。もうファイルにしてある」


「あら、仕事が早いこと」


 桜子の頭にハテナマークの花が咲き乱れている。


「なにしてんの?」


 茉莉花が答える。


「話を聞く価値あるか、確認してんの。冷やかしも多いから」


「パソコンでわかるの?」


「わかるよ」


「すごいね、パソコン」


「まあ、すごいのは雅なんだけどね」


 その時、いきなり部室のドアが開いて颯空が入ってきた。


「やっほー!」


 茉莉花が睨んだ。


「何しに来た」


 颯空は適当に座りながら答えた。


「やだなあ。心霊研究会の会員なんだから、来るの当たり前でしょ?」


「認めてない」


「だから、奈々子先生が認めたんだってば」


「そんなの聞いてない。それに、いきなり入ってきて着替えてたらどうするつもりだったのよ」


「着替えなんてしないんでしょ?本当は」


「着替えるわよ」


「うそだあ。あとで気づいたけど、心霊研究会で着替えなんて必要ないじゃない」


「なんでそんなことわかんのよ。なんも知らないくせに」


「現に今、制服のままじゃない。それでも本当に着替えてたらって思ったから少し遅めに来たんだよ?」


「今日はたまたま着替えてないだけだから」


「ふーん」


 雅がしきりにパソコンを操作するのを見て、颯空は訊いた。


「ところで今、何してるの?」


 茉莉花が舌打ちをする。


「あんたには関係ないことよ」


 そこで雅が短く声をあげた。


「あった」


 雅にパソコンの画面を向けられて、茉莉花と桜子と颯空は覗き込んだ。

 画面には成瀬翔也のものらしいアカウントが呟いていた。


『あのちっちゃい転校生、チョロそうじゃね?』


『本命はマリカ嬢だけどハードル高すぎだよな』


『ミヤビちゃん意外と人気だけどオレなんか恐いわ、あのこ』


『あの例の幽霊ポストに投函してみた。新人ちゃん狙いで行ってみる。もちろんマリカ嬢いけそうならいく。続報を待て!!』


 雅が立ち上がりつつ軽く言う。


「他にこの人の友達のアカウントとか、この人自身の他のSNS見ても、女の子をゲットしただのしてないだの、ろくなモンじゃない事は確かね」


 颯空が茉莉花の前の用紙とパソコンを交互に見比べて興奮気味に訊いた。


「なにそれ。モザイクアプローチってやつ?」


 雅は平然と答える。


「手法はそうだけど、そんな大袈裟なものでもないわ。クラスも名前もクラスメイトの名前までわかってるんだもん。高校生はリスク感覚が欠如してるから情報ダダ漏れで、辿るのなんて簡単なのよね」


「うわっ、気をつけよ」


「まあこの案件、無視決定ね」


 茉莉花が首を振る。


「無視なんかしないよ。雅が恐いとか、桜子がチョロいとか言われてんのよ。許せないでしょ?」


 桜子が驚いて訊く。


「えっ?わたし、チョロいの?」


 茉莉花の苦笑い。


「どう見たってちっちゃい転校生って桜子のことじゃない。あんた、狙われてんのよ」


「ええっ?わたし、狙われてるの?」


「確かにチョロそうだなあ」


「ひどい。茉莉花ちゃん」


「とにかく、よ…」


 茉莉花はパソコンに入力しながら読み上げた。


「あなたに憑いてるのは女の生霊と呪いです。このままではいつか死にます。ただ、生霊と呪いは私たちの専門外なので何も力になれません。ごめんね。――送信っと」


 桜子が慌てた。


「たいへんっ!助けてあげないと」


「なんで?」


「死んじゃうんでしょ?」


 茉莉花の表情が崩れる。


「でへぇ。この子かわいー」


「え?違うの?」


 困惑する桜子に、雅が解説する。


「あのね。わたしたちもいつかは死ぬのよ」


 うろたえる桜子。


「そうなの!?どうしよう!」


 苦笑いする雅。


「落ち着いて。すぐ死ぬとは言ってないから」


「――?」


「全ての人間は100パーセント死ぬでしょ?いつかは」


「ああ、そっかあ。騙された」


「騙してはいないと思うけど…」


 茉莉花が颯空の存在を忘れて口を滑らせた。


「小遣い稼ぎぐらいにはなるかと思ってポスト設置したけど、高校に入ってからはナンパ目的のしか来てないね。うんざり」


 颯空が自然に会話に加わる。


「ボクが相談事さがしてこようか?」


 茉莉花が普通に答える。


「こっちから積極的にはアプローチしたくないのよね」


「なんで?」


「だって商売っ気を出しちゃうと――って、なにあんた普通に話に入ってきてんのよ」


「えー、いいじゃない」


「いいわけないでしょ?あんた歓迎されてないの、わかんない?」


「そうは思えないけど」


 桜子は颯空の顔を眺めてニコニコ微笑み、雅はいつの間にかコーヒーを入れて颯空の前に置いた。

 茉莉花が爆発した。


「だあーっ!!なにあんたコーヒーなんて入れてんのよ、裏切り者!」


 雅は冷静だ。座りながら言い返した。


「落ち着きなさいよ、茉莉花。会員として認めなかったとしても、ここを訪れた人にお茶も出さないなんてメイドのポリシーに反するわ」


「だって、腹立たないの?こいつ男よ、男」


「あたし、茉莉花みたいな男嫌いじゃないもん」


「別にわたしだって男嫌いじゃないけど、女装してんのよ、女装」


「一年前から理事長の考えで男女どちらの制服を着てもオーケーになったじゃない。校則違反はしてないわよ」


「だから反対したのよ、そんな校則。目的から外れて濫用されてるだけじゃない。なんとも思わない?」


「悪用さえしなければ、別にどうでもいいけど。そんなの目くじら立てる程のこと?」


 颯空が拍手する。


「雅ちゃん、わかってるぅ。ボクのはタダの女装じゃなくて自己表現だから」


 茉莉花が眉間にシワを寄せる。


「よさげな言葉に変えたって本質は一緒じゃない」


「全然違うよ。ボクは性別に囚われていないだけ。男だとか女だとかどうでもいいじゃない」


「いいわけないだろ。おまえ男のくせに、その格好で女子トイレや女子更衣室に入ってくるつもりか?」


「入らない、入らない。さすがにそれはヤバいでしょ」


「でも、その格好で男子トイレに入ったって混乱をまねくじゃない」


「だからこの学校は助かるんだよね。どの階にも多目的トイレがあるから。着替えもそこでするよ」


 茉莉花の語気が強くなる。


「当たり前だ!」


「そんなに噛みつかないでよ。今はジェンダーレスの時代だよ。もっとダイバーシティ&インクルージョン的な考え方を理解してほしいなぁ」


 桜子が質問する。


「お台場シティー&イリュージョンってなあに?イベント?」


 全員が桜子を見る。雨の音だけが部室に響く。少しの沈黙のあと、全員が桜子をスルーした。


 茉莉花が反論する。


「専門用語つかえばいーってもんじゃないわ。何がダイバーシティよ。ジェンダーレスって言葉自体が多様性を否定してる事に気づいてないの?」


「ちがうよ。ジェンダーレスは男らしさとか女らしさに囚われた考え方を否定してるだけ。色々な性の形があっていいと思うし、それが多様性でしょ?ボクはそれを体現してるだけだよ」


「あらそー。それはご立派ね」


 茉莉花は嫌味のつもりでそう言ったのだが、颯空は悪びれもせず返した。


「でしょ?」


 茉莉花は舌打ちをして立ち上がった。


「雅と桜子、帰るわよ」


 雅がパソコンをシャットダウンし、コーヒーカップを片付けにかかると茉莉花は止めた。


「そんなの明日でいいから」


 雅が口を尖らせた。今日は金曜日だ。


「明日、休みじゃない」


「いいから!」


 それから茉莉花は颯空に向かって言った。


「いたきゃ、いつまでもいれば?鍵は奈々子先生に渡しといてね」


 颯空は慌てた。


「みんな帰るならボクも帰る」


 雨の音が激しさを増す中、颯空も立ち上がった。


次回「その3 せばキャン▶◀」は7/30(火)に投稿する予定です。

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