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その1 可愛い新人

 心霊研究会の部室へ行くと、鍵が開いていた。


「だから用があればLINEでって…」


 マンチカンだとばかり思った茉莉花は部室へ入るなり文句を言おうとしたのだが、マンチカンの姿はどこにも無い。かわりに机に伏して寝ているのは見たこともない女生徒である。しかも、かなりの美少女だ。


 窓の外は雨が降っていた。もちろんこんな日に外で運動部が活動するわけもなく、おまけに雨の音が小さい雑音を吸い取ってしまうものだから、不思議と静かに感じられた。

 そんな所で一人でいれば眠くなってしまっても仕方がない。仕方はないが、問題はそこではない。知らない女生徒が鍵を開けて部室にいるという事が問題なのだ。


「起こしてくれる?」


 茉莉花に頼まれて、雅は女生徒を揺すった。


「起きてくださ~い。もしも~し」


「う、う~ん…」


 なまめかしい声と共に女生徒はゆっくり目を覚ました。上体を起こすと寝ぼけまなこで辺りを見回し、雅と茉莉花と桜子を順番に見て言った。


「だれ?」


 茉莉花がツッコミを入れる。


「いや『だれ?』はこっちのセリフ」


 女生徒は目を擦った。


「ボク?ボクは心霊研究会の新入会員だよ?」


 寝起きだからか地声なのか、女生徒は色気のあるウィスパーボイスをしている。


 茉莉花は怪訝な顔をした。


「新入会員?今頃?」


「きのう、一年一組に転校してきたの」


「お隣さんか」


「よろしく~」


「あのね……そもそもなんだけどウチ、会員は募集してないのよね」


「奈々子先生がオーケーしてくれたよ」


 舌打ちをする茉莉花。


「だから鍵が開いてたのか。あの人はまた余計なことを」


「顧問なんでしょ?奈々子先生」


「そうだけど、奈々子先生は名前だけの顧問で、単なるお飾りだから」


「うわっ。失礼なこと言ってる」


「事実よ。あの人、初日に来ただけで二度と来てないもん」


「ふーん。まあ、だとしても顧問は顧問だよね。その人がオーケーって言ったんだからオーケーでしょ?それにボクを入れとくと得だよ」


「何が得なのよ」


「ボク、霊とか見えちゃうの。だから高い確率で心霊現象に遇えるよ。すごいでしょ」


 茉莉花は苦笑いした。


「はいはい。わかったから帰ってくれる?」


「あれ?信じてない?」


「そういう問題じゃなくて、会員は間に合ってんのよね」


「そんなこと言わず、とにかく自己紹介だけでもさせて?」


「けっこうよ」


 それを無視して自己紹介を始める女生徒。


「ボクは北山きたやま颯空そら。立へんに風と空気の空でそら。おとこです。ヨロシクね♪」


 颯空は目尻に横向きのピースサインをくっつけてウインクした。

 茉莉花は渋い顔をした。


「あーなるほど」


 桜子はキョトンとして訊いた。


「男の子?いま男の子って言った?」


 茉莉花が答える。


「言ったわね」


「どういうこと?」


「男のむすめって書いて男の娘よ。ようするに、女装した男子ってこと」


 颯空がその説明を否定する。


「ちょ~っと違うんだけどなあ」


 桜子が混乱している。


「えー、うそだあ。こんなに可愛いのに男子のわけないよ」


 喜ぶ颯空。


「可愛いでしょ~」


 茉莉花は颯空を睨んだ。


「どうでもいいわ。男子ならなおさら帰ってくれる?」


 颯空は可愛く膨れた。


「どうして?」


「ここはね、女子心霊研究会なの」


「うそ。名前に女子なんてついてないじゃん」


「そりゃ、女子バスケ部は男子バスケ部があるから女子の字がついてるけど、ソフトボール部は男子ソフト部が無いから実質は女子ソフト部でも女子の字がついてないでしょ?それといっしょ」


「そんなの詭弁じゃない」


「事実よ。あんたも活動したいなら男子心霊研究会を作ればいいじゃない」


「やだよ」


「なんでよ」


「だって男子とは話が合わないもん」


「それは奇遇ね。わたしもどうやら男子とは話が合わないみたい。今わかったわ」


「それ、ボクのこと?」


「わかってんなら出てってよ。男子がいたら着替えも出来ないじゃない」


「え?着替え?」


「そうよ」


「あ、えと……じゃあ、また来るね」


 カバンを掴んで出ていく颯空。


「二度と来なくていい」


 茉莉花は颯空の背中に声を投げた。


 颯空が出ていくのを待って、桜子は質問した。


「着替えるの?」


「え?なんで?」


「…………」


 茉莉花と桜子は見合ったまま動きが止まった。雨の音だけが響いている。





 特に頼んだわけではなかったが、セバスチャンが車で迎えに来てくれていた。雨の日の買い物は大変だろうという雅への優しさからだった。

 車の中で桜子は茉莉花に訊いた。


「あの子、入れてあげないの?」


 茉莉花は首をかしげた。


「あの子?」


「あの男の娘」


「まだ考えてたの?」


「だって…」


「なに、桜子。ああいうの、興味ある?」


「興味なくはないけど、それよりなんか可哀想じゃない」


「可哀想とは思わないけど、素人を仕事には入れらんないでしょ?」


「あ、それはわかってるよ。そうじゃなくて、部活だけなら…」


「そしたら部室で仕事の話が出来ないじゃない。そもそも、そのための心霊研究会なんだから」


「でも可愛いよ」


 苦笑いする茉莉花。


「可愛いかどうかは関係ないでしょ?」



 夕食の買い物を済ませて家まで戻ってくると、二台分のガレージの片方にマンチカンの車がとまっていた。その横にセバスチャンが車を入れると、シートを倒して寝ていたマンチカンがムクリと起きて顔を見せた。



 リビングではいつものように雅の入れたコーヒーを前に座っていた。セバスチャンだけは雅の用意したダイニングの椅子に座っている。


「で?」


 足を組んで座る茉莉花が横柄にマンチカンに訊いた。

 マンチカンはコーヒーの香りを楽しみながら話しだした。


「ウチの寺の檀家さんから紹介された、ある公立中学の教頭先生からの依頼なんだけどさ。まあ簡単に言うと出るんだって。その中学校に。男子生徒の霊が」


 茉莉花たちは黙って聞いている。もう霊が出たぐらいでは一般人のセバスチャンでさえ顔色ひとつ変えない。

 マンチカンは続けた。


「その中学校の男子の制服はどこにでもある学ランなんだけど、霊が着ているのも学ランだから、たぶんそこの生徒か、もしくは卒業生じゃないかって」


 茉莉花は黙って聞いている。


「……」


「……」


 茉莉花は黙って聞いている。


「………」


「………」


 茉莉花は眉間にシワを寄せた。


「で?」


「は?」


「だから、そこの生徒か卒業生じゃないかってのはわかったから……んで?」


「それだけ」


「はあぁ?『それだけ』じゃないでしょ。霊の正体は?」


「あっはっは。依頼を受けたばかりなのにわかるかよ」


「おまっ!」


 怒りから茉莉花が立ち上がると、雅も素早く立ち上がってエプロンのポケットから個包装されたクッキーを取り出し、茉莉花の目の前でヒラヒラさせた。


「どーどーどー。落ち着いて、落ち着いて」


 雅が茉莉花の鼻先に袋から出したクッキーを差し出すと、茉莉花はパクリと食いついた。もぐもぐしながら苦言を呈する茉莉花。


「あんららひらへれくるやくほくへひょ?はにへをふひへんにょほ」


 マンチカンは聞き返す。


「なんて?」


 飲み込む茉莉花。ソファに座りながら言い直した。


「あんたが調べてくる約束でしょ?なに手を抜いてんのよ」


 手に残った茉莉花の食べさしのクッキーを自分の口に入れつつ、雅も座った。


 マンチカンが言い訳でもしているように説明する。


「いや檀家さんづてで依頼されただけなので、まだその教頭先生にも会えてないんだよ。それで学校で会う約束になったんだけど、ついでに現場も見せてくれるって言うからお前たちも連れてった方が話が早いと思って…」


「なに?じゃあ、まだ商談も成立してないのにわざわざ行けって言うの?公立中学なんて浄霊料とか、まともに払ってくれなさそうじゃない」


「大丈夫だよ。その檀家さんが全額ポンと払ってくれる事になってるから」


「あんたとこの檀家って、金持ちが多いのね」


 いやらしく笑うマンチカン。


「おかげさまで」


「まあいいわ。そういうことなら、しょうがないから行ってあげる」


「そりゃ、どうも」


 その教頭との約束が来週の月曜日だというので、放課後にセバスチャンが迎えにいくということで話はまとまった。





 マンチカンとセバスチャンが帰り、夕食も風呂も済ませ、自分の部屋に戻った桜子はスマホを手に取ってベッドに座った。桜子には心配な事が一つあった。

 LINEで結城に質問する。


「大丈夫?体調不良って風邪かなにか?」


 結城は今日、学校を休んでいた。担任に訊くと、体調不良の連絡は入っていたそうだ。


 窓の外からは微かに雨の音が聞こえている。まだ降っているらしい。


 桜子は画面を見つめる。

 返事は無いし、既読もつかない。


 桜子は画面を見つめる。

 3分経過する。

 既読がつかない。


 さらに2分経過する。

 既読がつかない。

 焦れる桜子。


「あ~っ、もう」


 ベッドにスマホを放って、机で勉強を始める桜子。

 しばらく授業の復習などをやってみたものの、全く手につかない。


 椅子から立ち、ベッドのスマホをそーっと取り、画面を開く。既読はついていない。


「あ~ん、もう」


 スマホを放る。


 本棚の少女漫画を手に取り、床にひっくり返って読み始める桜子。

 少し読んでから大きくため息をついて漫画をテーブルに置くと、四つん這いでベッドまで行き、上体だけベッドに這い上がってスマホに手を伸ばした。

 画面を開く。既読はついていない。


「はふ~ん」


 スマホを両手に持ったまま、桜子は右頬をベッドにつけた。


「…ばか」


 体を小さく揺らす桜子。雨の音が心地よく、そのまま桜子はうたた寝をしてしまった。



 目を覚ましたのは一時間ほど経ってからだった。雨の音が聞こえなくなっている。止んだのかもしれない。

 慌ててスマホの画面を開く。既読はついていない。


「う~ん…」


 喉が渇いたのでスマホを放って部屋を出た。


 一階のダイニングに下りると、茉莉花と雅がそれぞれコーラと牛乳を飲んでいた。

 茉莉花はセットアップのベビードールとタップパンツを、雅はリボンとフリルとスカラップが盛り沢山なワンピースのルームウエアを着ている。肩にバスタオルをかけている茉莉花の髪は濡れているようだ。


 桜子は訊いた。


「お風呂あがり?」


 茉莉花がバスタオルで頭をガシガシ拭きながら答える。


「そうよ。さっぱり、さっぱり」


 雅が牛乳のコップを揺らしながら言う。


「髪が傷むから擦らない。飲みおわったらドライヤーしてあげるから」


「雅も飲んでから乾かせばよかったのに」


「いやよ。濡れたままいるなんて」


 コップに麦茶を注ぐ桜子の手が止まった。


「あれ?一緒に入ったの?」


 コーラのペットボトルを口から離して茉莉花は答えた。


「そうよ。ここのお風呂は広いから二人ぐらいなら余裕よ」


 桜子は微笑んだ。


「仲いいんだね」


 茉莉花が手をヒラヒラさせる。


「ちゃうちゃう。バッティングしたら、わたし待つのヤだから入っちゃうだけ」


 雅が苦笑いする。


「あたしは待つって言ってるのに、いつも連れ込まれるのよ」


「連れ込まれるって人聞きの悪い」


 隣に座って麦茶を飲む桜子に、雅は小声で囁いた。


「ホントは寂しいだけなのよ」


 茉莉花にも聞こえていた。


「違うから。雅が寂しいかな?って思って入ってあげてんのはわたしの方だから」


「はいはい、ありがとね」


 笑顔の雅。


 茉莉花は桜子にわざとらしい笑顔を向ける。


「心配しなくていいからね。そのうち桜子とも入ってあげるから」


 桜子は困惑の表情を隠せない。


「あ、ありがとう…」


 桜子が一抹の不安を覚えたのは、そろそろ茉莉花のことが少しだけわかってきたからかもしれない。


次回「その2 高い恐いチョロい」は7/26(金)に投稿する予定です。

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