その7 格別なコーヒータイム
浄霊の報告のあと、支店長と神田にオフィスを確認してもらい、料金を支払ってもらって茉莉花たちは帰ってきた。
リビングでは衣装のままの茉莉花と桜子、それにマンチカンがソファでぐったりとしている。モノクロな方のメイド服に着替えた雅はコーヒーを並べ終えると姿勢よく座った。
マンチカンがコーヒーをすすって言った。
「おわったぁ~」
茉莉花が気の抜けた声でマンチカンにケンカを売る。
「あんた、なんでまだいるのぉ?終わったんだから、とっとと帰れ」
「コーヒーの一杯ぐらい飲ませろよ」
「コーヒーなんて、その辺のコンビニで飲みなさいよ」
「バカ、雅の入れてくれるコーヒーは格別なんだよ」
雅が飲もうとしたコーヒーの手を止め、マンチカンに言った。
「うふっ、おかわりいかが?」
茉莉花が手をひらひらさせる。
「おかわりなんてやらんでいい、いい」
マンチカンは疲れた声で苦情を言った。
「今回は結構がんばったのに、その仕打ちかよ」
「運転しただけじゃんかさ」
「運転が疲れるんじゃないか。それに他にも調査とかアポ取りとか色々やったろ。ビデオレターも撮ったし」
「ふん。ビデオレターなんて誰でも撮れるわよ」
「あ、ビデオレターといえばさあ――」
マンチカンがとつぜん話題を変えた。タブレットを取り出す。
「これ、どうする?ビデオレターの動画ファイル。消してもいいか?」
「好きにすればいいじゃない」
「じゃあ、消すよ」
そこで桜子が止めた。
「ちょっと待って。消す前にもう一回だけ見せて」
茉莉花が苦笑いした。
「不倫男のたわごとだよ?」
「そんな言い方しないであげて。純粋なところもあったじゃない」
「だってアイツ、気づいてやれなくてごめんとか言ってたけど、ホントは加賀谷の気持ちにずっと前から気づいてたよ」
「えっ?」
「加賀谷に惚れられてんの、アイツわかった上でもてあそんだのよ」
「うそ。なんでそんなことわかるの?」
「いや、なんでって訊かれても困るけど、ビデオレター撮るとこ見てたらわかったっていうか…」
雅も頷く。
「あたしも思った。そんなんで気づかないわけないよねって」
桜子は少なからずショックを受けている。
「うそでしょ?わたし、わかんなかった」
茉莉花は笑った。
「いい、いい。桜子はそのままで」
桜子は膨れた。
「バカにしてるでしょ、茉莉花ちゃん」
「バカにはしてないよ。桜子とわたしたちじゃ見方が違うだけ」
「見方?」
「桜子は『その人』のいいところを見ようとしてんの。大切なことよ。ただ、わたしと雅は人間の汚いとこに敏感だから」
「そうなの?」
「あ、でも誤解しないで。不倫男は女として絶対に許せないけど、それほどアイツに嫌悪感は無いのよ」
「ふーん。なんで?」
「他人事ってのもあるけど、アイツ、たぶん本気で泣いてたでしょ?人の心を最低限は持ってんのかなって。それに、なんかアイツってバカだから」
「バカ?」
「普通さ、好意を持たれてること知ってたって相手が遊びでオーケーなら成立するでしょ?火遊びなんて。むしろマウント取るヤツもいるんじゃない?それなのにアイツ、気づかないフリなんてしちゃって中坊かよって」
「――?」
「だからね、バレンタインにチョコもらって内心ドキドキなくせに本命な事に気づかないフリして『お、サンキューな』とか軽めに言っちゃうタイプ?」
「あー」
桜子にはわかりやすい例えだった。
「例えが合ってるかわかんないけど、男っていくつになってもバカなのねって感じ。嫌悪するだけエネルギーの無駄よ」
「なんか可愛いよね」
「可愛くはないぞー。目を覚ませー」
女子トークを聞きながら男のマンチカンは複雑な顔をしていたが、タブレットを操作している手が止まった。
「あれ?おかしいぞ」
茉莉花は女子トークを邪魔されて不機嫌に訊いた。
「なに?」
タブレットの画面を見せてマンチカンは言った。
「ファイルが無い」
「んなわけないでしょ。よく見なさいよ」
タブレットを操作するマンチカン。
「いや、見当たらない」
雅が手を伸ばす。
「見せて」
雅はマンチカンにタブレットを渡されてしばらく操作していたが、マンチカンにタブレットを戻しながら言った。
「ホントに無い」
「だろ?」
そう言いながらマンチカンはタブレットを不思議そうに操作している。
桜子は恐る恐る訊いてみた。
「わたしが変なとこ触って壊しちゃった?」
茉莉花は微笑んで桜子の頭を撫でた。
「そんなので壊れたりしないから。ビデオレターは、きっと加賀谷が持ってったんでしょ?」
「えっ?そんなことあるの?」
「いや知らんけど、桜子はそういうのが好きかなって」
「うん、好き」
「それにね、霊が電化製品に影響を及ぼす話は珍しくないのよね。ほら、なんかピリピリ電気っぽい感じのする霊とかいるじゃない?」
「え、わかんない」
みんなのコーヒーのおかわりを注ぎながら雅も言う。
「あたしも、わかんないなあ」
驚く茉莉花。
「えっ?あたしだけ?」
コーヒーを注ぎ終わってソファに戻る雅。
「茉莉花は人より感度が高いから」
そこで桜子が思い出したように訊いた。
「そういえば茉莉花ちゃん。今日は加賀谷さんの居場所がわかったじゃない?」
茉莉花は頷く。
「うん」
「なんでこの前、下見に行ったときはわからなかったの?」
「この前は雑音が多かったのよ」
「雑音?」
「人がまだ残ってたでしょ?」
「うん」
「特にあの神田って人、ノイズが強くって…」
「神田さんが?」
そこで雅が同意した。
「そうそう。あたしは今日はじめて会ったけど、あの人からなんか霊気を強く感じたのよね。隠れ霊能者かしら」
ソファに寄りかかっていた茉莉花が体を起こす。
「あれ?雅も気づいてないの?」
雅が首をかしげる。
「気づいてないって、何に?」
「あの人、もう死んでるよ」
「…………」
少しのあいだ、リビングが静かになった。
突然、マンチカンが笑いだした。
「うっそだあ。いくらなんでもそれは無いよ」
茉莉花はコーヒーをすすってから言った。
「まあ、あんたと桜子は気づいてないとは思ってた。なにしろ周囲の人たちまでもが気づいてないほど存在がくっきりしてんだもん」
マンチカンの笑いが止まった。茉莉花はそれを鼻で笑って続けた。
「物を持てて人にさわれて普通に仕事まで出来るなんて珍しいケースよね。初めて見た、あんなの」
雅が推測を口にする。
「自分でも死んだこと気づいてないのかしら?」
茉莉花が何か確証めいた口調で答える。
「案外、気づいてんのかもよ」
桜子がダメ元で訊いてみた。
「浄霊してあげた方がよくない?」
茉莉花はあっさりと答える。
「依頼があったらね」
「……だよね」
しょげて下を向く桜子に茉莉花が付け加えた。
「ダイジョブよ。いつかはわかる事だし、そしたらあの支店長さん、依頼してくるでしょ?ウチに。――なにしろ実績あるからね」
「そうよね」
両手で持ったカップの中を見つめる桜子の顔がフッとほころんだ。
第二話 愛しのジョージ
――終わり――
次回からは「第三話 日下部くん」が始まります。
「その1 可愛い新人」は一週間後の7/23(火)に投稿する予定です。
7/19(金)にはおまけの話を投稿する予定です。




