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霊能力美少女の家 ―逝かせてあげる♡―  作者: 如月るん
第二話 愛しのジョージ
13/96

その5 新宿の休日

 ビデオレターを撮影したあと新宿駅で雅と別れ、茉莉花たちは今夜泊まる予定のビジネスホテルにチェックインした。


 荷物を置いて一休みしてからホテルの近くの洋食屋で夕食。

 オムライスのケチャップを口の横につけた桜子が訊いた。


「雅ちゃんの実家ってどこなの?」


 茉莉花はペーパーナプキンで桜子の口のケチャップを拭きながら答えた。


「杉並区よ」


「スギナミク?どこ?」


「いや、どこって。言ったってわかんないでしょ?」


「遠い?」


「ここからなら、そんなには」


 マンチカンが大きめに切った分厚いステーキをフォークで持ち上げて言った。


「彼氏にも会ってくるんだろ?」


 桜子の瞳が輝いた。


「彼氏?!雅ちゃん、彼氏いるの?」


 茉莉花はシーフードパスタを食べる手を止め、肉を頬張るマンチカンを睨んだ。


「なんで本人が言ってない情報をそんな簡単に喋るかな。生臭ぼーず」


 肉を飲み込んでからマンチカンは訊いた。


「あれ?秘密だったの?」


「そういう問題じゃないんだってば。あんたがわたしの事をよそでペラペラ喋ってんじゃないかと不安だわ」


「喋ってないよ…」


「あんただってヒップホップのヒの字も知らないくせにモテたくてそんなカッコしてるとか、初めての女は二十も年上だったとか、喋ってほしくないでしょ?」


「うおいっ!」


 マンチカンがチラリと桜子を見る。それを茉莉花は鼻で笑った。


「ダイジョブよ。桜子、聞いてないから」


 桜子はオムライスに夢中だ。話は聞こえているのだろうが、何の話をしているのかわかっていないようだ。雅の話ならまだしも、マンチカンの事には興味が無いので耳を素通りしてしまうのだろう。

 茉莉花は再び桜子の口を拭きながら言った。


「ダメよ、桜子。雅に彼氏のこと訊いちゃ」


「うん、わはった」


 桜子は口の中にまだ残ったまま答えた。





 次の日はホテルをチェックアウトしたあと、マンチカンは車に乗ってどこかへ消え、茉莉花は桜子を連れて新宿駅近くのコーヒーショップへ入った。


 席でコーヒーを飲みながら茉莉花は言った。


「まだちょと早いからね」


 桜子もコーヒーを一口すすってから訊いた。


「マンチカン、どこ行ったの?」


「知らないわよ。なんか人に会うとか言ってたけど」


「へー」


「それより、これから会う人の事なんだけど――」


「茉莉花ちゃんのお師匠さん?」


「そう。ホントは桜子に会わせるか悩んだのよね」


「どうして?」


 少し言いにくそうに茉莉花は声のトーンを落とした。


「バリバリの除霊師なのよ」


「……」


「マンチカン的に解説すれば一方的に終わらせるスナイパーね。あまり会いたくないよね」


「でも茉莉花ちゃんも除霊師でしょ?」


「ハハッ、成功率低いから除霊師と言えるかどうか」


「でも会ってみたい気はする。茉莉花ちゃんのお師匠さんなら」


「ホントにダイジョブ?」


「うん…」


 桜子は笑っているとも困っているともつかない微妙な表情で頷いた。



 茉莉花と桜子が新宿駅の改札前で待っていると、前方からひときわ目を引く美人が歩いてくる。

 茉莉花はその女性に手を振った。茉莉花の師匠に違いない。


 師匠は明るい色のショートヘアで、ナチュラルではあるがしっかりメイクをしている。年齢は二十代後半位に見える。

 前のジッパーを全開にしているショート丈の黒い革ジャンの下に、白いヘソ出しのチューブトップを着ている。黒い革のミニのタイトスカートからはナマ足が伸び、履いているショートブーツのピンヒールはやたらと高い。

 その格好で颯爽と歩いているものだから、すれ違う人たちの多くがつい目で追ってしまうようだ。


 そこで桜子は気がついた。目だけでなく、本当に追っている若い男性がいる。いや、追っていると言うよりもピタリと背中に張りついている。

 師匠が改札を出る頃には背中の男性の手が師匠の尻のあたりでしきりに動いている事にも桜子は気がついた。


 ――痴漢だ!


 ところが不思議なことに、師匠も周囲の人達も全く反応していない。

 茉莉花は改札を抜けてこちらへ近づいてくる師匠に駆け寄った。


「お姉ちゃん!」


 茉莉花は師匠に抱きついた。

 桜子は茉莉花の言葉に混乱した。


「お、お姉ちゃん?!」


 茉莉花は師匠から離れ、嬉しそうに言った。


「久しぶり」


 師匠も優しく言った。


「ホント久しぶりね、茉莉花。元気だった?」


「うん、もちろん」


 そこで立ち話が始まってしまった。

 痴漢は相変わらず師匠のお尻を撫で回している。痴漢の息はどんどん荒くなり、よだれまで垂らしながら表情がイヤらしく崩れていく。それなのに師匠も茉莉花もそれには反応せずに立ち話を続けている。

 桜子はその異様な光景に唖然として思わず声が出た。


「あ、あの、あ…」


 それに気づかず茉莉花が言う。


「ごめんねお姉ちゃん、新宿まで来てもらって。浅草ぐらい行ってもよかったんだけど」


 その言葉に桜子は反応する。


「お姉ちゃん?茉莉花ちゃんのお姉ちゃんなの?」


 それにも気づかず茉莉花と師匠は普通に立ち話を続けている。

 そんな様子だからか、痴漢は調子に乗っていく。いきなり師匠のスカートの後ろを思い切りまくり上げ、頭を傾けてじっくりと眺めたあと、ニタリと笑った。そして反対の手で下着の上から直に撫で回し始めた。それでも師匠は反応しない。

 桜子の頭は色々とパニックになった。


「あの…あの…えと…その…」


 茉莉花と師匠は気づかない。


「あの!」


 桜子の強めの声に、ようやく二人は気がついた。茉莉花が申し訳なさそうに言った。


「あーごめんごめん」


 そして桜子を師匠に紹介した。


「この子が言ってた桜子よ」


 師匠は桜子を見て微笑んだ。


「あらホントにかわいい。こんにちは」


「あ、はい。はじめまして。…って、そうじゃなくて――」


 挨拶したものの、桜子の頭はそれどころではない。


「後ろに痴漢がいます!」


 師匠は笑いだした。


「あー、コイツのこと?」


 師匠はおもむろに痴漢の胸ぐらを掴み上げた。

 痴漢は慌てた。


「あれ?なんで?」


 師匠は捲れあがったスカートを反対の手で直した。


「もう満足したでしょ?上野からずっと触ってたんだから」


「え?おまえ、喜んでたんじゃないの?黙って触らせてるし」


「バカ言わないで。あんたを電車から降ろすために触らせてたのよ」


 痴漢はハッとした。


「電車に帰してくれっ」


「あのね、女の敵を帰すわけないでしょ?」


「イヤだ。女の子のお尻は俺の生きがいなんだ」


「うわっ、ちっちゃい生きがいね。悲しくならない?」


「ちっちゃくない!涙が出るぐらいお尻が大好きで大好きで、いっぱい触りたかったんだ」


「恋人つくっていっぱい触らせてもらえばよかったじゃない」


「ケッ!モテない男の気持ちなんてわかんないだろ」


「いや、それは知らんけど、他人のお尻を勝手に触っちゃダメでしょ」


「そんなに触ってないよ。あんたで三人目だし、一人目は触り始めてすぐに次の駅で降りて逃げちゃったし、二人目はすぐに騒がれて俺のかわりに違う男が疑われてたからな」


「あらま、最低ね」


「わかってるよ!俺は最低だよ!ホントは俺だって好きなだけ触らせてくれるような人が欲しかったんだ。嫌悪感を向けられるのは、やっぱり虚しいからな」


「嫌悪感に気づけるのに、なんでその人の気持ちにはなってあげられなかったのよ」


「いや申し訳ないとは思ったけど、そのうち喜ぶ人も出てくるんじゃないかと…」


「バカ、AVを真に受けすぎ。多いのよね、そういうバカ男。痴漢を待ってる女がいるとか、嫌がってる女も刺激してれば悦びに変わるとか、あれ全て男の願望が生み出したご都合ファンタジーだから」


「いや、でも、そんな趣味の女が少しはいるかもしれないし…」


「いたとしてもビーチで指輪を探すレベルでしょ?見つかるわけないし、それまでに何人の女の子を泣かせるつもり?申し訳ないなんてホントは思ってないでしょ」


「いや、思ってるよ」


「あのね。ホントに相手の気持ちを考えられる優しい人ならね。イケメンじゃなくても、たとえ多くの女性にはモテなくても、いつかたった一人にならモテる可能性は充分あるのよ。それこそ喜んで好きなところを触らせてくれる女性にね」


「うそだ。それこそファンタジーだ」


「うそじゃないわよ。あんたが優しい人じゃないから理解できないだけで」


「俺に対して冷たい女どもに優しくしろって言うのかよ」


「そうよ。どの女性にも優しくしてれば、公園の砂場の指輪レベルには見つかるわよ。周りの人も一緒に探してくれるだろうし。嫌悪されながらビーチで歪んだ指輪を探すよりずっといいじゃない」


「た…確かに」


「あんたでも充分に可能性はあったのに、早まったわね。自分の人生を途中で諦めるなんて…」


「いやいやいや。俺、自殺じゃないから。事故死だから」


「え、そうなの?」


「お尻への思いが募って初めて痴漢をしようと駅に来て、気持ちだけ先走って階段から落ちて死んだ」


「ばか。バチが当たったのよ」


 そこでやっと桜子は違和感に気づいて茉莉花に訊ねた。


「ねえ、どういうこと?階段から落ちて死んだって」


 茉莉花は苦笑いして答える。


「言ってる通りよ。彼、もう死んでるわよ」


「え、うそ…」


 痴漢は情けなく師匠に訴えた。


「痴漢のバチが死?割に合わないよ」


 師匠は胸ぐらの手をはなし、自分の腰に手を当てた。


「あのね、男どもは軽く考えがちだけど、その女性によっては心に一生苦しむようなキズが残る重い罪なのよ。あたしの主張は性犯罪者は全員もれなく死刑だから」


「極端じゃない?」


「ちっとも極端だと思わない。被害者の中にはその時の恐怖心や屈辱感がフラッシュバックしたり、何も悪くないのに自分を責め続けてしまったりするような人もいる。そのせいで街を歩いたり笑ったりするような普通に生きることさえ困難になる人もいるの。それはもうその人の人生を奪ったも同然。たかだか痴漢?冗談じゃない。それぐらい男どもには重くとらえてほしいんだけど」


「……知らなかった」


「自分がやった事を理解した?」


「…で、でも俺は未遂のまま死んだから」


「死んでからは既遂じゃない」


 痴漢は深くうなだれた。


「…………ごめんなさい」


「許す」


「え?」


「理解したなら許す。死刑にするまでもなく、もう死んでるし」


「あ、ありがとう」


「じゃあ、もう逝け。この最高にイイ女が30分以上も黙って触らせてあげたんだから、満足してないとか言わせない」


「あ、はい。それはもう堪能いたしました。こんな事は生まれて……いえ、死んでからも初めてです」


「じゃあね」


 師匠が痴漢の頭に右手をのせると、痴漢の頭が光りはじめた。


「ああっ」


 痴漢の表情が悦楽に満ちようとしたそのとき、急に師匠は手を離した。


「いやまて。あんた最後、調子に乗ってスカートまでめくって触りやがったな。許せん」


 途中でやめられて痴漢の眉が切なげにハの字になった。


「さっき許すって…」


「急に許せなくなった。こんな改札前でパンツ丸出しとか、どんだけ恥ずかしいと思ってんの?」


「しばらく黙ってやらせてたじゃ……」


 師匠は痴漢の股間を右手でガシッと鷲づかみにした。痴漢は目を剥いた。


「うわあっ!なにを…!」


「罰だ。このまま逝け」


 痴漢の股間が光りだした。


「うあああっ」


「さっさと逝け」


「ちょっと待って待って待って待って」


「待たないよ」


 師匠は右手にさらに力を入れる。


「あああっ、まだ逝かせないで。しばらくこのまま、このままいさせてぇ」


「なんだ、あんた。悦んでるの?変態め」


「あっ、もっと言って。もっと罵って」


「うわっ、キモ。今さら目覚めてんじゃないわよ、ドMがっ」


「あうぅ…お姉さま、スキです…」


 さらに右手に力を込める師匠。


「いいから、とっとと逝けぇ!ブタ野郎!」


 さげすむつもりが、師匠の言葉は結果的にご褒美になってしまっていた。

 痴漢の体全体が強く光りだす。


「ああ~っ。幸せでしたぁ…」


「そりゃあ良かったなあ!」


 嫌悪感いっぱいの顔で師匠は吐きすてた。

 次の瞬間には痴漢は消えていた。鷲づかみの手の形のまま、師匠は肩で息をしている。

 茉莉花が声をかけた。


「お姉ちゃん…?」


 師匠は我に返った。あたりを見回すと通行人がジロジロ見ながら通り過ぎていく。

 鷲づかみの形の手を顔の高さまで持ち上げ、師匠はてのひらをじっと見つめた。そして眉間にシワを寄せた。


「ちょっとトイレで手を洗ってくる」


 茉莉花が困惑した。


「相手は霊だから別に汚れた訳じゃないよ、お姉ちゃん」


「いや、なんか……気持ちの問題?」


 師匠はトイレへ向かった。



 時間は間もなく午後一時。昼食を取ることになったのだが、やって来たのは新宿駅から歩いて数分のビアガーデン。

 師匠は一杯目のビールを一気に飲み干した。


「ぷはぁ~っ。真っ昼間から飲む背徳感。これこれ~!あんたたちも好きなものどんどん食べな」


 茉莉花は苦笑いした。


「お姉ちゃん、今日はもう仕事ないの?」


「あったりまえでしょ?かわいいかわいい愛弟子が来るのに仕事なんて入れるもんですか。入ってたってキャンセルしてたわよ」


「あんがと、お姉ちゃん」


 そこで桜子が質問した。


「お師匠さんって、茉莉花ちゃんのお姉さんなの?」


 茉莉花は機嫌よく笑って答えた。


「違う違う。この人、マリアさんって名前なの。最初はマリアさんって呼んでたんだけど他人行儀でイヤだって言うし、マリアと茉莉花で姉妹みたいだねってなって、そんでお姉ちゃんて」


「へー」


 二杯目を片手にマリアはドヤ顔を見せる。


「美人姉妹よ」


 茉莉花はクスクス笑い、桜子は大きく何度も頷いた。


 マリアが三杯目のジョッキを空にしたところで、桜子は恐る恐る訊いてみた。


「さっきの駅でのあれ――あれって浄霊ですよね」


 マリアは四杯目に手を掛けて答えた。


「そうよ」


「茉莉花ちゃんがマリアさんはバリバリの除霊師だって…」


 そこで茉莉花も入ってきた。


「そうよ。わたし、お姉ちゃんの浄霊なんて初めて見た」


 マリアはビールを一口飲んでジョッキを下ろした。


「でもあたし、専門は除霊よ」


 茉莉花は少し興奮気味だ。


「て事はどっちも出来るのに、あえて除霊してるってこと?」


「ちゃうちゃう。浄霊できないのを除霊してるのよ」


 そこで桜子が体を乗り出した。


「浄霊できないのなんているんですか?」


「いるわよ」


「わたし田舎では浄霊できないなんてなかったから…」


「あら、まあ」


「相手は人間ですよ?話せばわかるじゃないですか」


「そうよ。相手は人間よ。だから話して通じないのもいるわ」


「そうでしょうか」


 マリアは枝豆を口に含んで言った。


「あなた、性善説を信じてるのね」


「……」


「悪いことじゃないのよ?今まで悪意に出会わず生きてこれたのなら幸せなこと。でもね、この仕事を続けていくのなら、いつかは必ず悪意に出会うわ」


「もしそれで説得できないのなら、単にわたしが未熟なだけなのでは?」


「それもあるかもね。でも世の中には純粋な悪意というものがあるの。無理だと思ったら逃げる事も必ず選択肢に入れておいてね」


「……はい」


 マリアは枝豆をさやごと茉莉花の口に押し当てて、豆を押し出しながら言った。


「この子を守ってあげなさい、茉莉花」


「ンん」


 口に豆を入れられて、茉莉花は口を閉じたまま頷いた。



 その後、茉莉花たち三人は新宿でひとしきり遊んだ。存分に楽しんだ三人だったが、特に都会をほとんど知らない桜子は喜んだり恐がったり驚いたりはしゃいだり落ち込んだりと忙しく、マリアの爆笑を買っていた。





 夕方、駅でマリアと別れたあと、茉莉花たちは雅と落ち合い、戻ってきたマンチカンの運転する車に乗り込んだ。


 帰りの車の中では桜子ひとりだけ元気だった。


「すごかったね、東京。人がいっぱいいて」


 茉莉花が疲れた声で返事をする。


「確かに多いけど、あんたは水増ししてるから余計にそう感じるのよ」


「水増し?」


「だって、死んでる人もカウントしてるじゃない」


「え?どこにいたの?」


「そっこらじゅう」


「え?」


 茉莉花は苦笑いした。


「困った子ね」


「だって、そんなこと言ったって……」


 そこで桜子のお腹がくぅと鳴った。


「――!」


 桜子は赤くなり、茉莉花は笑って言った。


「お腹すいたわね」


 雅が大きな買いもの袋を差し出した。


「お母さんに持たされたお菓子あるけど、食べる?」


 桜子も茉莉花も頷いた。


「食べる食べる」


 運転席からマンチカンが声をかける。


「しばらくしたらサービスエリアで食事にするから、ほどほどにしとけよ」


 それをスルーして茉莉花は雅に訊いた。


「お母さん、元気だった?」


 雅は小さく頷いた。


「うん」


「弟くんも?」


 雅が笑った。


「なんか生意気になってた」


「中学生だっけ?」


「うん。小学生の頃はお姉ちゃんって呼んでたのに、『お』が取れて姉ちゃん呼びになってた。次に会うときは姉貴かな?」


「かわいいわね」


「でしょ?」


「ゆっくりできた?」


「うん、時間はたっぷりあったから」


 ポテチを食べながら桜子が訊いた。


「彼氏には会えたの?」


 桜子の持つポテチの袋に突っ込んでいた茉莉花の手が止まった。


「あ…」


 桜子も自分のミスに気がついた。


「あ…」


 茉莉花と桜子は同時に雅を見た。雅は無表情だ。

 茉莉花が慌てて釈明する。


「違うのよ。マンチカンが余計なことを喋るから…」


 マンチカンも慌てて弁解しようとする。


「あ、いや…そうじゃなくて、えと………ごめん」


 雅が吹き出した。


「あははっ。大輝だいきくんのことを言ってるの?別に隠してるわけじゃないからいいけど、何度も言ってるように彼氏とかじゃないんだってば」


 茉莉花はホッと胸を撫で下ろした。


「そう…」


 ところがマンチカンは懲りていない。


「彼氏でもないのに、夏休みのたんびに長野まで会いに来るか?しかもチャリで」


 桜子が目を輝かせた。


「なに、それ。ステキ!」


 マンチカンも調子に乗る。


「少なくとも向こうは雅を好きだろ」


 茉莉花が舌打ちした。


「だから――」


 怒りかけた茉莉花を止めるように雅が言った。


「知ってる」


「え?」


「大輝くんがあたしを好きなの、知ってる」


 桜子が喜ぶ。


「うわぁ…」


 雅は穏やかな、けれどもどこか寂しげな表情で続けた。


「気持ちは知ってたけど、幼稚園の時からの幼なじみだから、なんとなくハッキリさせられなかったの。でも、あたしが転校したら自然に終わるって思ってた。だって他県なんて中学生にとっては遥か遠くじゃない?まさか自転車こいでまで会いに来てくれるなんて思わなかった」


 桜子はワクワクしている。


「スゴい好きなんだね、雅ちゃんのこと」


「彼のこと嫌いじゃないから嬉しい気持ちもあるのはホントよ。でも重いのよね」


「けどこれだけ熱烈だと、雅ちゃんの気持ちも揺れるんじゃない?」


 雅はゆっくり首を横に振った。


「今の気持ちがピークよ。これ以上は無いわ。彼の気持ちに応えることは絶対に無い」


「えー?そうなの?」


 がっかりする桜子。


「恋ばなにならなくてごめんね」


 雅は寂しげな表情のまま笑った。


次回「その6 気持ちの名前」は7/12(金)に投稿する予定です。

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