どこからともなく
おれの飯に毒をいれたな、だの、寝ているところを狙うつもりか、とか。
まるで、自分の命が狙われているようなことを言うのだと。
「 そりゃひでえ。だってもとは、 ――」と、言いかけたのを、相手の白い顔を見てすんでのところでのみこんだ。
「いえ・・いいんです。・・・親父はきっと、フキコが亡くなり、わたしに怨まれているとどこかで思っているのでしょう。だから、ボケてもそんなことを口にするのだと・・・」
「・・・・」返された息子の言葉に腕を組んだ棟梁はうなずき、この話はあっしのむねにしまっておきましょう、と約束した。
「―― ・・それを、棟梁にきいたあんたが、またおれにしゃべっちまってるのはいいのかい?」
「ヒコだから、しゃべってんだぜぇ? ほら、西堀の嫁さんが死んだときも、おめえだけ、なんだか隠居の肩持ってたからよお」
「だってありゃあ、おまえらがくだらねえこと言うからよ」
西堀の呉服屋こと『とめや』に嫁いだ若い娘が自害したのは、二年ほど前のことだ。
フキコ、フキコと名をよび、泣き崩れてしゃんと座っていられないほどの息子と対照的に、まだ隠居したばかりだった父親は、悔み事をいっさい口にせず、しかも、商売のことを何も心得ずに育った豪農とよばれる家から嫁いだ若い娘を、隠居が毎日のようにしかりつけていたのを、店の者どころか、客や近所のものまで知っていた。
どこからともなく、
―― 『大旦那が、嫁をいびり殺した』という噂がのぼった。




