全部きいてから
いきなり立ち上がったヒコイチを見上げ、坊ちゃまはゆっくり微笑んだ。
「・・・ぼくはね、ヒコさん。 その、お二人の気持ちに気付いて、その『機会』がすんなりくるように、したんです。 ぼくが、あんなふうに動かなければ、今回のことはおこらなかったかもしれません。 ―― どうぞ。殴っていいですよ」
拳を握って見下ろす男に、背をのばした坊ちゃんは両手をひろげてみせる。
その様子が、さらに血を昇らせるのを知っていてのことだ。
「 ・・・前々から、一度は殴ってやろうと思ってたんだ」
「でしょうね。感じてました」
「・・・・・全部聞き終えてからにする」
「そうですか?あとは、説明することもないですよ。 ぼくが、わざとセイイチさんに、乾物屋のご隠居が戻ったって言い張るセイベイさんの話を聞かせる。 セイイチさんは、それこそ機会が訪れたと思う。すぐに、実行に移すだけです。 今回はぼくらがお邪魔して、ちょうどネズミ捕りの毒団子を作っていたのを見てる。だから、それを使っただけでしょう。 他にも、そこの西堀に落とすとか、方法は色々思いつくでしょうし」
「・・・本当に、やっちまうつもりで?」
「そうです。セイイチさんは本気だった。 で、一方のセイベイさんは、ご存知の通り、本当はボケていない。でも、ある程度は、殺されるつもりだった」
「あるていど?」
「刃物で刺されたら終わりですが、ボケを利用した方法なら、ある程度の防御はできると思ってたみたいですよ。 それに、・・・本当にセイベイさんが死んでしまったら、セイイチさんは、殺人犯人ということになってしまいます。 たとえ捕まらなくとも、親として、それは避けてあげたかったんでしょう」
「・・・わかんねえ・・・」
捕まろうがなんだろうが、殺すということに、変わりはない。
頭をかきむしるように尻を落としたヒコイチは眼で先を促す。




