とうとう
「その夜に、ご隠居は腹が痛いとひと芝居うって、見舞ったセイイチさんに、確かめたわけです」
――― おまえ、そんなにあたしが憎いかい?殺しちまおうと思うほど
白い顔をひきつらせたあと、息子はやさしくこたえたという。
――― かわいそうに。親父、とうとうボケが始まったのかい?
「《ひとりごと》のせいもあって、ご隠居の様子が、少しおかしいのは本当だったから、セイイチさんは、本当にセイベイさんがボケた、という方向に、もっていきたかった」
まずは、周りから。
近所の商店主をはじめ、おかみさん方に、この度手前どものセイベイがとうとう―― 。
と、話を広める。
新しい祠も、どういう目的かはわからないが、ともかく作ってやり、独り言をつぶやく年寄りを、外の人間に見てもらう。
――うちでも困っておりまして。
と苦く笑ってみせれば、あっという間に話は広まる。
「 セイイチさんは、セイベイさんに、本当にボケてほしかった。 周りがそうみれば、自然と自分でもそんな気になってゆくのを、期待してた。 そしてセイベイさんは、その期待に、わざとこたえた」
「え?」
胡坐の膝に肘をのせ、お坊ちゃまは窓枠で照らされる薄い布団をみつめた。




