おさまる
そのまま、離れに通されると、隠居のそばに、サネがいた。
目が合えば、ああヒコさん、と力が抜けたような顔をむけられる。
一緒に入った息子は、親父どうだい?と、布団にふせた父親の顔をのぞきこみ、手を取って撫でてから、サネに頼んだよ、といって母屋へ戻った。
なんとなくそれを見送っていると、「おい、ヒコ」と、聞きなれた声がかかった。
振り返れば、身を起こしてサネに羽織をかけられる年寄り。
「・・・なんでえ・・。元気そうじゃねえか」
髭はのび、少しやせたようだが、噂に聞いたように、言葉が出ないなどということもなさそうだ。
「毒団子食ったのに、いきなり元気になったらおかしかろう」
「・・・・まさか・・」
「食ったよ。だが、ほんのひとかけだ。それもすぐに、水で吐いたけれどね」
「はあ?ならべつに元気になったって、いいじゃあねえか」
「ヒコさん? あんた、一条のお坊ちゃまに」いきなりサネがとがった声をだす。
「まあ、いいさいいさ」
隠居はサネの言葉をさえぎり、片手を振った。
「―― こいつはな、こういう馬鹿なところがいいのさ」
「な、・・・このモウロクじじい、てめえが」
「今度のことはな、この『とめや』のなかの揉め事が、ところどころ漏れでて、おかしな噂がたってしまった。 ご先祖様に申し訳が立たないが、これでどうにか、―― おさまるさ」
「おさまる?」
「おまえにも、おかしなかたちで迷惑かけて、すまなかったね」
「いや、べつにおれあ・・・」
「 一条の坊ちゃんに、よろしく伝えておくれ。 『おかげで、おさまりました』とね」
「おかげで?」




