団子を
母屋の裏木戸から入り、見舞いをしたいと台所にいた女に伝えれば、驚いたことに若旦那が慌てた様子でやってきて、これはヒコイチさんありがとうございます、などと頭を下げられてしまった。
「 実は、ここだけの話にしていただきたいのですが・・・」
―――まただよ。
思ったが、顔にださぬようにつとめて、案内にしたがえば、母屋の奥に通されて、上座の座布団をすすめられる。
尻が落ちつかねえと断って、先日のように隅に座って、息子の話をきくこととなった。
「 ――ご心配をおかけして、申し訳ございません。 実は・・・親父がこのたび倒れましたのは、病ではございませんで・・・」
「え?怪我ですかい?」
「いいえ、その・・・・・団子を・・」
「『団子』? ご隠居、詰まらせましたか?」
そのとき、ふ、と。
ほんの一瞬だけ、若旦那の口もとが、なぜか緩むのを、見る。
「――ネズミ用の団子を、間違って、食いました」
「・・・・・・・・」
「いや、まさか、あの団子を親父が拾って食うなどと・・・まさかそこまでボケているなどとは・・・あの、あの親父が・・・」
息子はいきなり、声を震わせてうつむく。
「 『乾物屋さん』の話も、先日お聞きして、信じられないような気持ちでしたのに、ここまでボケがすすんでいるとは、まったく気付きませんで・・・ ―― 息子として、失格です」
――― ヒコイチは、何もいえなかった。




