買い取ります
「きっと、『お友達』のヒコさんなら、気になって様子を見にいくだろうなあと思ってですねえ。お昼前に、松庵堂に買いに行っておいたわけです」
それとも、洋風の珍しい菓子のほうが良かったかなあ、と、力仕事などしたこともない女のような手が、ひょいと草もちをつかみ口へ運んだ。
「 っていうと・・・なにかい?このおれに、西堀のじいさんがボケたかどうか、確かめて来いって?」
「気になるでしょう? なにしろ、松庵堂に来るおかみさんどうしのおしゃべりにも、ご隠居のことが出てくるんですから」
「・・・そんなに、ひろまってますかい?」
なんだかすまなさそうに、草もちを食う男はうなずいた。
「うん・・・。 うちも母がいた頃は《西堀の呉服屋さん》と付き合いもあったけど、すっかり疎遠になっちゃったし、息子さんはあまりよく知らないんだよね。 ―― だけど、あのご隠居のことはよく覚えているよ」
母親の影に隠れていると、男らしくしろと怒られた、という話を坊ちゃまは披露した。
「でもさ、悪い人じゃないよ。 ヒコさんが、いちばん良く知ってるだろうけど。 ―― あんな、噂みたいに『ばち』が当たってボケただなんて、絶対ない」
「・・・いっつも思うんですが、あんたのその思い込み、どうしてそんなに自信持って言い切れるんですかね・・・」
「はずれたことないから」
「・・・・・・」
―― いつか、絶対にはずれて、一度、痛い目をみますように。
「とにかく、これはヒコさんのお友達の、沽券にかかわる一大事ですよ」
「だあーれが『おともだち』だよ。あんなじじい」
「いつもより、高値で買い取ります」
「・・・・ふん」
そうなのだ。この酔狂なお坊ちゃまは、《作品の題材》にするとかで、売り歩きを生業としているこちらから、あちこちで聞き及んだ『おもしろい話』を、買い取ってくれるのだ。
口端をあげててみせれば、「はい」と菓子の包みが押し出される。
「ほんとは気になってたでしょう?」
「あんたがこの噂に喰い付くのを待ってたのさ」
「はいはい。 そういうことにしておきますよ」
まるで古女房のように受け流す男に、淹れなおしたお茶を渡された。




