やってはいけないこと
――― ※※ ―――
ぞぞ、っと、お茶をすすったヒコイチは、お坊ちゃまのさしだすそれを、にらんでから手に取った。
「嫌いでしたか?」
「いや、嫌いじゃねえですよ。ねえですけど・・・」
やつ当たるように、その柏の葉が巻きついた餅に、食いつく。
ヒコイチの狭い家にやってきたおぼっちゃまはその様子をうれしそうに眺める。
「―― セイベイさん、お元気になられましたよ」
「・・・ええ。ここにも、きやした」
うんざりしたように言えば、相手は、そうですか、と嬉しげに笑う。
その顔を見て、思わず、聞いた。
「・・・書くんですかい?」
「―――――」
見合った眼の色が、同じ人種とは思えないほど薄くて、ガラス玉みたいだと、どうでもいい事を考える。
お坊ちゃまの感情が読めないのは、きっとこいつのせいだ。
そのガラス玉が、くるりと動いて、くすり、と音までもらした。
「―― さすがに、友達をなくしてまで、書こうとは思いませんよ。どこかの作家先生のように、己の全てをさらけ出す勇気も、人生を賭ける気概も持ち合わせてはいない、ただの金持ちの道楽者ですから」
「・・・いや、なにもそこまで・・」
お坊ちゃまは笑い、いいのです、とヒコイチがいれた薄い茶を飲む。
「ぼくはね、ヒコさん。今度のことで、本当は、やっちゃいけないことをやってしまった」
「はあ?あんたが?」
思わずその顔をよくみようと身を乗り出せば、羽織っていたドテラがずり落ちて、お坊ちゃまになおされた。




